↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 経営企画部長、地下鉄で居眠りしたら税収銀貨八枚・借金金貨十二万枚の辺境領主になっていた。  ~不正を告発したら追放された。王国は私に頭を下げることになる  作者: 幸善さち
第一部 北方辺境領バルド/第1章 追放

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/183

第1話 無能官僚、辺境へ追放される

※この作品は毎日更新予定です。

ブックマーク・評価をいただけると励みになります

 第1話 無能官僚、辺境へ追放される


「レオン・バルド。四万七千食を横領した罪により、本日付をもって王国財務省より追放する」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 横領。


 俺が。


 四万七千食。


 三日前に、俺が告発した数字だ。


 十万食分の保存食が購入されていた。

 だが倉庫にあったのは、五万三千食。


 差分、四万七千食。


 千人の兵が、半月食いつなげる量だ。


 国が傾く量ではない。

 だが、見逃していい量でもない。


 一度なら、事故で片づく。


 だが三年、ほぼ同じ額が消えていた。


 それは、仕組みだ。


 それを報告書にまとめ、財務卿に提出した。


 いま、その数字が、俺の罪状として読み上げられている。


「財務卿。何かの間違いです」


 声が震えていないか、自分でも分からなかった。


 財務卿ガルディア公爵は、手元の書類を一枚めくった。


「購入記録だ」


 差し出された紙を、俺は受け取った。


 そして、指が止まった。


 末尾に、承認印がある。


 俺の印だ。


「……これは」


「見覚えがあるだろう」


 ある。


 あるに決まっている。


 半年前、俺が押した。

 下級官僚の仕事だ。

 一日に何十枚も回ってくる書類の、一枚。


 内容を確認して、押す。


 確認した。

 確かに確認した。


 あのとき、そこに書かれていた数量は、十万食ではなかった。


 書き換えられている。


 そう言おうとした。


 だが、どうやって証明する。


 原本は、財務省の保管庫にある。


 保管庫の鍵を持っているのは。


 目の前の男だ。


「証人を呼べ」


 扉が開いた。


 入ってきたのは、ベルガーだった。


 三年、隣の席にいた男だ。

 不正に気づいたとき、最初に相談した相手でもある。


 報告しろと言ったのは、彼だ。


「ベルガー主計官。レオン・バルドについて、知っていることを述べよ」


 ベルガーは、俺を見なかった。


「……レオン・バルドは、倉庫の在庫を、たびたび一人で確認しておりました」


「一人でか」


「はい」


「なぜ一人で」


「分かりません」


 嘘ではない。


 全部、事実だ。


 事実だけを並べて、形を変えている。


 数字と同じやり方だった。


 俺が誰よりもよく知っている方法で、俺が殺されている。


「次」


 扉が開いた。


 ミリアだった。


 俺の補佐をしていた書記官だ。


 顔が白い。

 両手が、前で強く握られている。


「ミリア書記官。お前はレオン・バルドの帳簿を、日常的に扱っていたな」


「……はい」


「彼は、独自に数字を書き換えていたか」


 ミリアが、俺を見た。


 一瞬だけだった。


 そして、俯いた。


「……書き換えて、おられました」


 書き換えていた。


 確かに。


 誤記を直した。

 計算違いを正した。

 毎日のように。


 それは、書き換えたと言える。


「以上だ」


 ガルディア公爵が、手を振った。


 ミリアは、最後まで顔を上げなかった。


 俺は、天井を見上げた。


 三年かけて、一枚ずつ積み上げた。

 誰が、いつ、何を動かしたか。

 全部、紙に残した。


 その紙が、全部、こちらを向いている。


「レオン・バルド」


「はい」


「王国は寛大だ」


 寛大。


「本来なら鉱山送りだが、家名に免じて、赴任という形にしてやる」


 一枚の辞令が、目の前に置かれた。


『レオン・バルドを北方辺境領バルドへ赴任させる』


 北方辺境領バルド。


 王国最北端。

 冬は八か月。

 人口は減り続け、領主は三代続けて逃げ出した。


 役人たちは、こう呼ぶ。


 死んだ領地。


「それから、もう一点」


 ガルディア公爵が、書類をめくった。


「当該領地の負債は、赴任と同時に、領主個人へ移る」


「……負債」


「金貨十二万枚」


 息が止まった。


 十二万枚。


 下級官僚の俸給では、何代働いても届かない額だ。


「今月末に徴税官を送る。払えなければ、土地と住民を差し押さえる」


「今月末、ですか」


「今月末だ」


 そのあとのことは、あまりよく覚えていない。


 官服を脱がされた。


 その場でだ。


 大広間の、全員の前で。


 肩章が外され、床に落ちた。


 誰も拾わなかった。


 官舎から、私物が運び出された。

 本も、筆記具も、父が遺した時計も。


 負債の一部に充当される、と説明された。


 手元に残ったのは、辞令が一枚。


 それだけだった。


 正門は使うなと言われた。


 裏の、荷運び用の門から出た。


 門番が、俺を見て、目をそらした。


 背中で、笑い声が聞こえた。


 王都の空は、嫌になるほど青かった。


 大通りを、馬車が行き交っている。

 商人が声を張り上げている。

 パンの焼ける匂いがした。


 朝、ここを通ったときと、何も変わっていない。


 変わったのは、俺だけだ。


 足が止まった。


 どこへ行けばいいのか、分からなかった。


 帰る家がない。

 金がない。

 名前もない。


 立ち尽くしていると、人混みに押された。


 肩がぶつかる。

 舌打ちが聞こえる。

 誰も俺を見ない。


 押されて、揺れて、また押される。


 ふいに、この感覚を知っている、と思った。


 金曜の夜の、下りの地下鉄だ。


 混んでいた。


 それでも、運よく座れた。


 鞄を膝に抱えて、目を閉じた。


 その日、大きな部屋で異論を唱えて、押し切られた。


 それでも、資料は作り直すつもりでいた。


 週明けに、もう一度出すはずだった。


 降りるのは、三つ先の駅だった。


 そこから先が、ない。


 事故ではない。


 病気でもない。


 ただ、居眠りをした。


 それだけで、次に目を開けたときには、財務省の席に座っていた。


 三年前だ。


 二十七歳の、レオン・バルド。


 名前も、家名も、指にできた硬いたこも、全部が他人のものだった。


 頭の中身だけが、俺のままだった。


 それから三年かけて、この国の帳簿を読んで、正しい数字を出した。


 結果が、これだ。


 週明けに出すはずだった資料は、たぶん、誰も開かなかった。


 俺は、同じ負け方をしている。


 ◇◇◇


 夕方近く、北門の外に、荷馬車が一台待っていた。


 罪人を辺境まで運ぶための馬車だ。

 幌はなく、板張りの荷台だけがある。


 乗ろうとしたとき、後ろから足音がした。


「レオン様」


 振り返らなかった。


「……レオン様」


 もう一度、声がした。


 振り返ると、ミリアが立っていた。


 荷物を一つだけ抱えている。


「私も行きます」


 俺は何も言わなかった。


「……お怒りは、当然です」


「怒ってはいない」


 本当だった。


 怒る気力が、残っていなかった。


「では」


「だが、信用もしていない」


 ミリアの顔が、歪んだ。


 俺は荷台に乗った。


「乗るなとは言わない」


 それだけ言った。


 ミリアは、少し離れた端に座った。


 馬車が動き出しても、どちらも口を開かなかった。


 王都の壁が、遠ざかっていく。


 目を閉じた。


 何も考えたくなかった。


 だが、頭は勝手に動く。


 三日前に見た、あの購入記録。


 十万食。

 差額、四万七千食。


 あのとき、俺は数量の欄しか見ていなかった。


 だが、あの書類には、もう一行あった。


 輸送先の欄だ。


 目を開けた。


 あそこには、こう書いてあった。


 北方辺境領バルド。


 伝票に書かれていたのは、輸送先だ。


 届いたかどうかまでは、書いていない。


 それでも。


 俺が告発した書類に記されていた土地と、俺がいま向かっている土地が、同じだ。


 背筋が冷えた。


 なぜ、よりによって、そこなんだ。


 偶然か。


 それとも、誰かが選んだのか。


 答えは出なかった。


 馬車は、北へ走り続けている。


 北の空は、王都よりも暗かった。


(第2話 税収銀貨八枚の領地)


最後までお読みいただきありがとうございます。

ぜひブックマーク登録をお願いします。

評価(★★★★★)も作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。