表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「不正を告発したら辺境に追放された。三年後、王国は私に頭を下げることになる  作者: 幸善さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/18

第1話 無能官僚、辺境へ追放される

「レオン・バルド。お前を本日付で王国財務省から解任する」


 王国財務省の大広間に、冷たい声が響いた。


 前世で十五年、経営企画部長として数字と戦ってきた俺には、この帳簿の異常が三秒で見抜けた。


 十万食分の保存食の購入記録。だが倉庫にあったのは、その半分にも満たない。


 差額は四万七千食分。兵士一万人が三か月、飢えるのに十分な量だ


 小さいように見えて、積み上げれば国が傾く数字だ。


 声の主は、財務卿ガルディア公爵。王国の金庫を預かる男であり、同時に王都でもっとも汚い金を動かす男でもある。


 俺――レオン・バルドは、目の前に置かれた一枚の辞令を見下ろした。


『レオン・バルドを北方辺境領バルドへ赴任させる』


 赴任。


 聞こえはいい。


 だが実態は違う。


 これは左遷だ。いや、処刑に近い。


 北方辺境領バルド。王国最北端にある、税収ゼロの不毛地帯。冬は長く、土地は痩せ、魔物も出る。人口は年々減り、領主は三代続けて逃げ出した。


 役人たちの間では、こう呼ばれている。


 死んだ領地。


「理由をお聞かせください」


俺が静かに尋ねると、ガルディア公爵は鼻で笑った。


「理由? 自分の胸に聞け。お前は財務省に混乱を招いた」


「混乱ではありません。不正会計を報告しただけです」


 大広間の空気が凍った。周囲に並ぶ高官たちが、一斉に視線をそらす。


「不正、か」


 ガルディア公爵は薄く笑った。


「若いな、レオン。帳簿とは、国を動かすための道具だ。数字が合っているかどうかなど、些細な問題にすぎん」


「兵士に食料が届いていません」


「届かなくても戦争には勝てる」


「では、なぜ税を取るのですか」


 俺の言葉に、周囲がざわついた。ガルディア公爵の目が細くなる。


「口を慎め。お前はただの下級官僚だ」


「下級官僚でも、数字は読めます」


「その数字しか読めぬところが無能なのだ」


 無能。


 その言葉を聞いた瞬間、周囲の役人たちの顔に安堵が浮かんだ。誰かを悪者にすれば、自分たちは助かる。そういう顔だった。


「レオン・バルド。お前には北の辺境がお似合いだ。せいぜい、雪と貧民を相手に数字遊びでもしていろ」


 周囲から笑い声が漏れた。


 悔しいか。


 もちろん悔しい。


だが、怒りよりも先に、俺の頭の中では別の計算が始まっていた。


 北方辺境領バルド。税収ゼロ。人口減少。交通不便。魔物被害あり。


 前世なら、どう見るか。


 税収ゼロということは、既得権益が少ない。人口が少ないということは、意思決定が速い。王都から遠いということは、干渉されにくい。


 そして北方には、まだ未開発の森と鉱山がある。地図で見た限り、近くには凍らない入り江もあった。


 港。物流。産業。


 前世の言葉で言えば、これはグリーンフィールド投資だ。


 何もないからこそ、最初から正しい仕組みを作れる。腐った組織を改革するより、ずっと早い。


「辞令は受け取ります」


 俺は辞令を手に取った。ガルディア公爵が満足そうに笑う。


「ようやく身の程を知ったか」


「いいえ」


 俺は顔を上げた。


「感謝しているのです」


「何?」


「王都では、腐った帳簿を直すだけで精一杯でした。ですが辺境なら、最初から作り直せる」


 大広間が静まり返った。


「税制も、物流も、産業も、人の流れも。全部です」


 ガルディア公爵の顔から笑みが消えた。


「何を言っている」


「いずれわかります」


 俺は一礼した。


「では、行ってまいります。二度と戻れと言われないよう、精一杯務めます」


「戻れると思うなよ」


「戻るつもりはありません。あなた方の方が、いずれ私のところへ来ることになる」


 その言葉だけを残し、俺は財務省を出た。


---


 王都の空は、嫌になるほど青かった。


 大通りには馬車が行き交い、商人たちの声が響いている。豊かな都。だが、その豊かさは長く続かない。


 王国の帳簿は、すでに腐っている。


 前世の経験から言えば、これは典型的な「成長の限界」だ。支出は膨らみ、税収は伸びず、中間層が搾り取られ続ける。歴史上、こうなった国が立て直せた例は少ない。


 数字を読めばわかる。この国は、あと数年で傾く。


「レオン様!」


 財務省の門を出たところで、若い女性の声がした。振り返ると、栗色の髪を揺らして一人の少女が走ってきた。


 ミリア。財務省で俺の補佐をしていた下級書記官だ。


「聞きました。本当に辺境へ行かれるのですか?」


「ああ。今日付けで解任された」


「そんな……ひどすぎます。レオン様は正しいことをしただけなのに」


「正しいだけでは、王都では生き残れないらしい」


 俺が苦笑すると、ミリアは悔しそうに唇を噛んだ。


「私も行きます」


「駄目だ」


「なぜですか」


「バルド領は危険だ。給料も払えるかわからない」


「では、なおさら私が必要です」


「ミリア」


「私は数字が読めます。帳簿も作れます。レオン様がやろうとしていることも、少しはわかります」


 彼女は真っ直ぐ俺を見た。


「それに、王都に残っても、どうせ私は潰されます。レオン様の補佐だったというだけで」


 確かにそうだ。ガルディア公爵が俺だけを狙って終わるとは思えない。


「後悔するぞ」


「王都に残る方が後悔します」


 強い目だった。俺は少し考えてから、頷いた。


「わかった。だが条件がある」


「何でしょう」


「泣き言は禁止だ」


「はい」


「数字から逃げるな」


「はい」


「それから、もう一つ」


「何でしょう?」


「三年で、バルド領の国内総生産を王国一にする。手伝えるか」


 ミリアが目を丸くした。


「こくないそうせいさん、とは?」


「国全体が一年間に生み出す富の総量だ。前世……いや、俺が昔いた場所で使っていた概念だ。わかりやすく言えば、王国全体を豊かさを示す数字を、三倍にする」


「三倍、ですか」


「ガルディア公爵が王都で頭を下げたくなるくらいには」


 ミリアが初めて笑った。


「それは……見てみたいですね」


 俺も少しだけ笑った。


「では征こう。数字を作りに」


「はい。レオン様」


---


 こうして俺は、王都を追放された。


 役職も失った。名誉も失った。味方もほとんどいない。


 与えられたのは、税収ゼロの辺境領だけ。


 だが、俺は思っていた。


 これは罰ではない。


 これは、神から与えられたチャンスだ。


 腐った組織を上から直すより、何もない土地に正しい仕組みを作る方がずっと速い。


 道路を引く。港を作る。産業を育てる。人を集める。税を軽くし、商売を増やし、金が回る仕組みを作る。


 前世で学んだことを、全部使う。


 王都の貴族たちは、まだ知らない。


 領地とは、搾り取るものではない。育てるものだ。


 そして、正しく育てられた領地は、王国すら動かす力を持つ。


 馬車が北へ向かって走り出す。遠ざかる王都を見ながら、俺は小さく呟いた。


「数字で証明してやる」


三年後、王都の財務省は、俺に頭を下げることになる。


 ガルディア公爵は、自らの失敗を数字で突きつけられることになる。


 だがそのときには、もう遅い。


---


*(第2話へ続く)*



次話もお楽しみに!ブックマークしておくと更新通知が届きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ