第1章 婚約破棄と外れスキル「Vtuber」
燦然と輝くシャンデリアの下、王都の大広間には貴族たちのざわめきが満ちていた。
本日は年に一度の“スキル授与式”。
十八歳を迎えた者が神意を受け、その才を世に示す日である。
その中央に立つ一人の少女は、周囲の視線を一身に受けながらも、静かに背筋を伸ばしていた。
エレノア・フォン・ルミナス。
侯爵家の令嬢であり、王太子の婚約者。
彼女の未来は、誰もが疑わなかった。
すなわち――王妃。
「次、エレノア・フォン・ルミナス」
神官の声が響く。
エレノアは一歩前へと進み出る。
緊張が無いと言えば嘘になる。
だがそれ以上に、彼女は確信していた。
自らの責務を果たすだけの力が与えられると。
王子の隣に立つ者として。
国を支える者として。
水晶球に手を触れた瞬間、淡い光が広がる。
会場が静まり返る。
そして――表示された文字を見た神官の顔が、わずかに引きつった。
「……スキル名、『Vtuber』」
一拍の沈黙。
次の瞬間、ざわめきが爆発した。
「ぶ、Vtuber……?」
「聞いたことがないぞ」
「何だそのふざけた名は」
エレノアは一瞬、理解が追いつかなかった。
未知のスキルであること自体は珍しくない。
しかし――空気が違う。
困惑ではなく、明確な“失望”。
「……ご説明をお願いできますか」
エレノアは平静を保ちながら神官に問いかける。
神官は咳払いを一つ。
「詳細は不明ですが……魔導映像を通じて自身を投影し、他者と交流する能力と推測されます」
「交流、ですか」
その言葉に、周囲から失笑が漏れる。
「娯楽ではないか」
「そんなもの、国政に何の役にも立たん」
エレノアの胸の奥に、冷たいものが落ちた。
――役に立たない。
その言葉は、この場において致命的だった。
ゆっくりと視線を上げる。
そこには、婚約者である王太子――アルベルト・クラウディウスが立っていた。
彼は無言でエレノアを見つめている。
その瞳に浮かぶのは、戸惑いでも、怒りでもない。
明確な“評価”。
そして、静かに口を開いた。
「エレノア」
「はい、殿下」
「そのスキルで、国を救えるか」
一瞬、答えに詰まる。
正確な能力が不明な以上、軽々しく断言はできない。
だが沈黙は、そのまま“否”と同義になる。
「……現時点では、判断が難しいかと存じます」
その答えを聞いた瞬間、アルベルトは小さく息を吐いた。
決断を下す音が、はっきりと聞こえた気がした。
「ならば――仕方あるまい」
その一言で、空気が変わる。
「エレノア・フォン・ルミナスとの婚約を、ここに破棄する」
ざわめきが、今度は別の意味で広がった。
エレノアは瞬きを一つ。
言葉の意味は理解している。
だが、それが自分に向けられた現実として、まだ定着しない。
「理由は明白だ」
アルベルトの声は、冷静で、そして残酷なほど理に適っていた。
「現在、我が国は瘴気の拡大という未曾有の危機に直面している」
「その対抗手段として、聖女の力は不可欠だ」
会場の一角から、一人の少女が前に出る。
柔らかな金の髪、清らかな気配を纏ったその存在。
セラフィーナ・エイル。
神官が告げる。
「スキル名、『聖女』」
今度は、歓声だった。
誰もが理解する。
どちらが“必要とされる力”なのかを。
アルベルトは続ける。
「王太子妃は、国家の存続に寄与できる者でなければならない」
「その点において――お前のスキルは不適格だ」
一切の感情を排した、純粋な結論。
エレノアの胸に、じわりと熱が広がる。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ――理解。
(ああ、そうですのね)
この人は最初から、個人としての私ではなく、“役割”を見ていたのだ。
そして私は、その役割を果たせなかった。
それだけのこと。
ゆっくりと息を吸う。
背筋をさらに伸ばし、ドレスの裾を整える。
「……承知いたしました」
静かに頭を下げる。
「これまでのご厚情、感謝申し上げます」
その所作は、最後まで侯爵令嬢としての誇りを失っていなかった。
しかし内心は――少しだけ、空っぽだった。
会場を後にする足取りは軽い。
軽すぎて、少し可笑しくなるほどに。
(婚約破棄、ですか)
物語の中でしか聞いたことのない展開が、自分に降りかかるとは。
だが立ち止まるわけにはいかない。
立場を失った今、次に考えるべきは――生き方だ。
その時、不意に思い出す。
神官が口にした言葉。
「魔導映像を通じて、他者と交流する能力」
交流。
それはつまり――誰かと繋がる力。
(……試してみる価値は、ありそうですわね)
誰にも期待されていない力。
誰にも理解されていないスキル。
だからこそ。
そこには、まだ誰も知らない可能性がある。
エレノアは小さく微笑む。
その表情には、ほんの僅かだが――楽しげな色が混じっていた。




