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終わりの前兆

「なぁ将亦。スピーチの準備は万全か?」

 

俺は将亦を信用していない訳ではなかった。


しかし、多忙を極める彼女の姿を近くで見ているからこそ、こんな言葉を投げかけてしまう。


それに彼女はグッと力こぶを作って「問題なし! 流石に疲れているけどね!」と本音を漏らしてくれた。


以前まではありえなかった彼女の弱音。


本来は嫌われる部分であるのにも関わらず、つい嬉しくなって頬が緩んでしまう。


俺は彼女のために購入していたホットアイマスクを渡すとYouTube上でライブ配信している与那国のスピーチを聞くために、イヤホンを耳に取り付けた。


「本日は貴重なお時間をTFLのために割いて頂き、誠にありがとうございます。本日は我々が考案した政策を発表したいと思います。今ある資産を比較的安全な投資対象に注ぎ込み、財源を生む。所謂、投資を推し進めていきます。無論リスクはありますが、この分野は与那国グループが最も得意とするところ。長年にわたって積み上げてきたノウハウを十二分に活かしてみせましょう。そうやって金銭的に苦しむ生徒の救済から施設の補強までをカバーします。もう、搾取されるのは止めましょう。道と言うのは自分で切り開くものです。多少のリスクを背負うのは強者の宿命。私たちは恐れない。私たちは奪われない! 空虚な理想を並べるのではなく、屈強な現実を持って皆様を支えてまいります!」

 

俺は彼のスピーチを聞いて、思わず唖然としてしまった。


それは彼の度肝を抜く話術、というよりはその内容にある。


財源の確保と言う点において、投資を行うのは革新党でも考えており、それを今度のスピーチの軸にしようと作戦を練っていた。


しかし、TFLに先を越されてしまった以上、もう今の台本は使い物にならない。


学園の生徒にパクリと思われれば、無能や卑怯者と言ったレッテルを張られるだけだ。


「すまん将亦、今すぐ台本を書き直すから時間をくれ」

 

俺は全く持って浅はかだった。


投資と言う選択肢はポピュラーなものであり、小学生だって株に手を出す時代だ。


それなのに、他の代替案や素早く原稿を書き上げることができなかったのは明らかに自分の能力不足であった。


「これは、かなり強烈だね……。私たちの弱い部分を与那国グループという後ろ盾が完全にカバーしている」

 

将亦は珍しく苦しそうな顔をしながら爪を噛んだ。


そんな悪癖を垣間見るが、今はそんなことを指摘する余裕はない。


パソコンを直ぐに開いて今まで必死に書き上げた原稿を白紙に戻すと、仕方がなく当たり障りのない言葉を並べ始めた。


ここで理想的な公約を述べたとしても、実現可能性が低ければ元も子もない。


そんな中、リサさんが慌てた様子で教室へ入ってくる。


そして、呼吸が整え終わるのを待つことなく、「大変! スピーチを行う予定だった場所が全部TFLに取られちゃった!」と更なる凶報が舞い込んできた。


それに思わず「馬鹿な!」と口にしてしまう。


以前もブッキングがあったため、念のため秘密裏に場所を選定していたのに、どこからどうやって情報が漏れた。


この異常事態に気が動転しそうになる、というよりは完全なパニックに至っていた。


その証拠に俺の指先はピタッと止まっており、それ以上の動作を身体が完全に拒否している。

 

俺は天井を見上げて、「やられた」と独り言を漏らした。


そして視界に映る光が邪魔で、それを遮るためにそっと瞼の上に腕を乗せる。


するとその中から、一つの決して抱いてはいけない考えが這い出てきた。


いや、それだけは駄目だ。


想像するだけでもこれは罪となる。

 

俺は電子が教室に戻ってくると、システム攻撃やウイルスの有無について確認した。


すると彼女は「なんだよ。僕の能力が信用できないのか?」とムッとした表情を見せる。


俺はそれを真顔で否定する。


むしろ、逆であった。


電子の技術力を信用しているからこそ、自分の愚かな考えを否定できずにいた。


もし、電子のシステムに異常があったのなら、どれだけ良かっただろうか。

 

緊急で招集される革新党のメンバーたち。


各々の椅子に腰を掛けるその雰囲気は果てしなく沈んでいた。


それを振り払うかのように将亦は「はいはい。そんな暗い表情しないの! 問題を見つけて解決する。先ずはそれが先決だよ!」とリーダーらしく志気を上げようとする。


俺たちは今回の致命的な出来事について議論を交わすことになる。


監視カメラや盗聴機の有無。


書類の紛失や不適切な破棄。


今回は革新党が捨てたゴミから情報が流出したと言う結論に落ち着いた。


無理やり、そういうことにした。

 

それから数日後、再び事件が起こることになる。


「どうしてまたスピーチ原稿がTFLに漏れているんだ! 今回はオフラインで作業をしていたんだぞ!」

 

とうとう俺は感情を爆発させて、今回の件の異常性を指摘する。


そうせざるを得ない状況に革新党は立っていた。


「お、落ち着いてよつぐは君! そんな風に取り乱しても問題が解決するわけじゃない!」

 

確かに将亦の言うとおりだ。


しかし、俺が怒りの感情を前面に押し出しているのには理由がある。


なぜなら、衝動に任せなければ、ここから先へ進めないから。


決してあってはならない事象。


これを口にすれば、革新党の存亡を危うくなる。


しかし、このままでは緩やかに死ぬだけだ。


だから、俺がやらなければ。


何度も裏切った俺だからこそできる背反行為を。


「革新党を売った奴は誰だ?」

 

そう口にした瞬間、俺の頬には一発のビンタが打ち込まれた。


それと同時に口の中でじんわりと鉄の味が広がっていく。


それでも抵抗する意思を示さないのは、同情しているからの一言に尽きる。


俺は将亦に視線を合わせると、その瞳は「私たちの中にそんな人はいない」と訴えかけているのが良く分かった。

 

それは俺も望んでいることだ。


だけれど、壊さないことには始まらない。


「この状況は明らかにおかしい。誰か内通者がいないと辻褄が合わないんだ」

 

そんな主張に電子は少し浮かない顔をして、「僕のシステムに不備があったかもしれない。もう一度ログを洗ってみるよ」と口にするが、「さっきも言っただろ。俺はオフラインで作業をしていたんだ」と儚い望みを一つ潰す。


「も、もしかしたら誰かがこの部屋に入ってデータを盗み出した可能性があるだろ。何も革新党に限定する必要はないんじゃないか?」

 

確かにその線も考えられるが、例え鍵を閉めていたとしても、誰かがいない限り決してパソコンを置きっぱなしにはしなかった。


だからそれも否定されることになる。


「電子、俺の徹底ぶりは知っているだろ。もう、裏切り以外は有り得ないんだ」

 

それに彼女は「分かっているさ。だけど、だけど……」と現状を受け入れるのを拒否していた。


しかし俺は歯を食いしばりながら、「俺たちの目標は仲良しになることじゃない。将亦を生徒会長にすることにある」と見失うべきではない事実を何とか発することができた。


「俺たちの目標は革新党を応援してくれる、みんなの希望になっているんだ。俺たちは色々な人の思いを背負っている。そうだろ、将亦?」

 

そうやって彼女に注目を再び向けると、悔しさと虚しさ、それと悲しさをごちゃまぜにした表情をちらっと見せる。


しかしそれ以降はすうっと息を吐くと冷静な自分を取り戻したのか、「そうだね。感情に流されて道を見失ってた」と思い切り頬を自分で叩いた。


すると唇が切れたのか、生々しい血がドロッと溢れ出てくる。


「突然殴ってごめん。君はきっと私を殴れって言っても断るだろうから、自分で殴っておいた」

 

彼女にはもう迷いはなかった。


そこには一つの党を束ねる長としての風格だけが残っており、「誰が情報を渡したの。何のために、どうして」と机の上に手を置く。


しかし、この場にいる全員が無表情のままじっと動かないでいた。


ここまでは非常に予定調和であり、俺も直ぐに犯人が名乗りを上げるとは思っていない。


しかし、この問題を早急に解決しなければ互いが疑心暗鬼に陥り、本来のポテンシャルを発揮できなくなる。


だから俺は卑怯者、もしくは信用に足らない人物と言われる覚悟で切り札を使うことにした。

 

ロッカーの上にポツンと置かれたペンを取ると、その中からマイクロSDカードを取り出して、パソコンの横にあるソケットに差し込んだ。

 

俺の様子を見て、これは録画機能のあるカメラだと勘づく人間は少なくない。


しかし、この異常な行動に誰も言及することなく、パソコンの画面に映像が映し出されるのをじっと待った。


俺はふと気になって、周りの人の顔色を窺う。


するとそこには一人だけ、たった一人だけがいつもと変わらない笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

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