第三十九話 討伐作戦その1
side 雨宮鞠
僕は今正剛少将から送られてきた以来のデータを見ながら歩く。歩きスマホならぬ歩きARだが、危険はない。分割している脳でデータを見ているためだ。
しかし、この作戦書すごいな。いやね?何がすごいのかと言うと、作戦と言えないこの作戦書がすごい。
簡単に言えば人数構成と大まかな作戦は決まっているのだが、それだけだ。そのほとんどがその場で考えるファインプレーで戦えと言っている。せいぜいが僕の回復が直ぐ近くで行えると言う事だけだ。
「しかしこれは…僕の負担を一切考えていないよな?」
この作戦書は最後まで僕の回復が切れない事前提に書かれている。もちろん、切れた場合も考えられていて軍の再生能力者を引っ張ってきているが、あの力切れで寝ていた人たちが使い物になるのかは分からない。
ため息をついて病院から出ると、そこに軍用車が止めてあった。
3次元的視覚で確認すると、正剛少将が送ってくれたナンバープレートと同じだ。
あれが僕の迎えの車なのだろう。まさか今生でこんなにも沢山軍用車に乗るとは思っていなかった。
僕が車に近づいていくと軍人が車から降りて敬礼をしてきた。
マジで思うのだが、こうやって敬礼された時僕はどう返せばいいのだろうか?
敬礼し返す事も考えたのだが、僕は軍人では無い。となると、軽く会釈するだけで良いのだろうか?でも、それだと失礼な感じもするし…。
まあ、軽く会釈で良いか。別に子供なんだし。
「ご苦労様です」
僕はそれだけ言うとすでに扉が開いている車に乗り込んだ。
僕が乗り込むと僕にシートベルトを着けてくれると軍人が扉を閉めてくれる。
いたせりつくせりな対応だが、この体にとってはありがたい。
「ありがとうございます」
僕が感謝を述べると軍人は軽く会釈だけしてくれる。だけども、僕には見えている。その軍人が少し笑顔になった事を。
車のエンジンを起動させる。
前世にも何回も感じたエンジンの震える振動と音に懐かしさを感じた。大和では完全電気自動車だったが故にエンジン車と言う物が完全になかった。しかし、大阪では未だエンジン車が主流なようで、EV車を一台も見ていない。
軍人が僕に負荷をかけない様にゆっくりと車を発進させた。ここら辺はあまり信号も無いのか止まったり走ったりがあまりなかった。
少しの時間車が走ったのだが、走るにつれて潮風の匂いがしてきた。
そう言えばここら辺は海の近くだったことを再認識する。僕はなかなか感じる事の出来ない潮風を感じたく車のドアガラスを開けた。このドアガラスなのだが、昔なじみの手動で回すタイプの奴だった。地味に重く開けるのに苦労した。
潮風を感じながら5分ほど車を走らせると目的地に着いたようだ。
軍人がドアを開けて僕が降りると、そこは港だった。
「そして、あれが僕の乗る船か」
僕が見つめる先に大きな船が一隻あった。
その船は灰色に塗装されている。この船なのだが下から見た見た目で一番似ているのはイージス艦だろうか。
しかし、イージス艦とは違い大きなレーダー装備が無い。
この船をイメージ検索してみると天馬と言う名前の船だそうだ。下から見たらイージス艦の様な見た目だったが上から見たこの船は空母の様に平べったくなっている。
もちろんだが、この船は空母では無い。そのため航空機は一機も配置されていない。
まあ、当たり前か。戦闘機って天使に撃ち落とされるんだもん。
色々とネットの情報を探っていくと、この船には特殊な素材がふんだんに盛り込まれているらしい。その素材とは天使の灰だ。天使の灰は超能力の吸収が出来る事は知っていた。しかし、天使の灰は天使からの攻撃も超能力同様に吸収できる。その吸収率は98.8%と超能力と同じ数値だ。
そして甲板部分は天使からの攻撃をより多く受ける為に厚く設計されている。まさに天使特化の船だと言える。
では、なぜこの船には平たい甲板部分があるのかと言うと超能力者がこの上で戦うからだ。そもそも超能力者の殆どは空を飛ぶことが出来ない。それ故にこの広い甲板上で戦うしかないのだ。
僕がネットでこの船に関して調べていると、先ほどの軍人が車を駐車場に止めてやってきた。
「では鞠さん。こちらに案内します」
案内されて船に入ると、僕が知るような船では無かった。
前世で一度乗った事のある民間フェリーとは違い、狭い通路と頑丈そうな扉。そこには本当の軍艦と言う物があった。
軍人が階段を何段も上っていく。僕もそれを追って上り始めたのだが、かなりの段数上らされた。
マンションで言えば4階ほども上らされて少し息が上がる。流石に大人用の階段は子供の体にはキツイ。
「鞠さんこちらです」
軍人は一つの部屋を指してそう言った。ここに来るまで何度も見たような扉だが、3次元的視覚で中を見ると正剛少将と何十人と言う軍人が居た。
ここまで案内してくれた軍人が扉を開けてくれた。手で僕が入る事を促すと、僕が入ったことを確認した軍人は正剛少将たちに向けて敬礼をして扉を閉めた。
「鞠、待っていたぞ」
そう言ったのは正剛少将だ。入る前から居る事は分かっていたが、僕は喜ぶ顔にはなれなかった。
「…お疲れ様です」
「なんだ?不満そうな顔だな」
「ええ、こんな作戦書を見せられてはね。こんな子供でもサルでも分かるように簡単に書いてくれてありがとうございます」
さすがにこんなずさんな作戦書を見せられてはそうも言いたくなる。
皮肉交じりにそう言うと隣に居た女性の軍人がプルプルと震えだして笑った。
「ぷぷ、ハハハ!いいね、気に入った。面白い事言うじゃん!ほら隊長、隊長の作戦立案能力の低さが露呈してますよw!」
半袖の軍服から見える腕はバキバキでそこだけ切り取ったら女性だと全く分からない女軍人が正剛少将の肩を叩きながら爆笑していた。
周りの軍人も女性軍人ほどでは無いものの、みな笑いをこらえている。
「おい、咲菜やめろ!俺たちまでわらっちまうじゃねーか!」
後ろで見ていた青髭をはやした男が正剛少将の顔をなるべく見ない様に笑っていた。どうやら僕の言った事は彼らの琴線に触れたらしい。
しかし、どんなところが琴線に触れたのだろう?と考えていると答えは青髭おじさん軍人が行ってくれた。
「い、いくらw隊長が作戦を書き出すのが苦手だからって、ぷw、さすがに子供に言われるのは、w」
未だ笑っている青髭の男に青筋が浮かんでいる正剛少将は静かに近づく。静かだったがそのスピードはすさまじく目で追うのがやっとだった。
ゴギャンと頭をしばかれた青髭は地面に倒れ伏した。
かなりやばめな音が鳴っていたが、僕があれを治すのだろうか?戦闘前に怪我を治すなんて嫌なんだけど。
「鞠、こいつは治さなくていいぞ」
「あっ、はい」
「っと、ここまでだな」
そう正剛少将が発した瞬間、先ほどまで笑っていた軍人全員が敬礼をして真顔になる。
さっきまで倒れていた青髭も立ち上がって敬礼していた。
たった一言言っただけで全員が切り替えた事に驚く。さっきまで和気あいあいとしていたが、今は重い空気を全員が放っている。
「さて、時間になった。これから作戦を始める。さて、作戦に当たり今回のコードネームを決めようか。そうだな…咲菜お前が何か考えろ」
さっきの腕がすごい女軍人に正剛少将はそう言った。多分だがさっきの仕返しなのだろう。
咲菜は無表情だったが一瞬眉が歪んだのが分かった。
しかし、咲菜はすぐに切り替えると正剛少将に冗談を飛ばした。
「げ!私ですか?正剛少将逆恨みなんて勘弁してください」
「ふん、これだけで許してやるのだ。我の心の広さは偉大だろ?」
どうやら正剛少将は本当に逆恨みだったようだ。まあ、あれは仕返ししたくなる気持ちは分かるが、ちょっと大人げないとも思う。だってこの女軍事は見た目だけなら30歳もいっていないだろう。
ちょっと大人げなく思うが、この二人の信頼関係があって成立する会話なのだろうな。
こんな軽口が叩ける相手がいるなんて少し羨ましく感じる。前世では飲み会の場で上司から永遠と愚痴を言われるだけだったからな。
僕が何気ない会話に嫉妬心を感じていると、少し考えていた女軍人が言葉を発した。
「…そうですね。今回の要はそちらの少年なのでしょう。ですので、その少年の名前を取って『キクの花作戦』なんてどうでしょう」
「ふむ、良いな。咲菜にしてはセンスのある作戦名だ。よし、今回はそれで行こう。今回のコードネームはキクの花作戦で行く」
正剛少将も周りの軍人たちも気に入ったのか異論を挟む事はしなかった。しかしながら、ただここに異論がある人間が一人いる。そう、僕だ。
「えっと僕は異論…が、」
そう言おうとしたら正剛少将に軽く睨まれてしまった。
あまりの事に僕が困惑してしまう。
「すまんな鞠よ。もう時間が無いのだ。今回のコードネームはキクの花作戦で行く」
え?…えー。マジで嫌なんだけど。作戦名に自分の名前の音読みを付けられるのは恥ずかしい。…もう帰っていいかな?良いよね?
「では、もう一度作戦の説明をする。と言っても我々には作戦と呼べるものを準備するだけの時間も余裕もない。故に個人プレイによる戦いになるだろう。人数もここに居るスサノオ部隊だけだ。ここまでは各自理解しているな。…よし、話をつづけるぞ。人数が少ないと言う事は一人欠けるだけで部隊全体に大きな負担をかける事になる。しかしながら、怪我をせずに戦えるほど今回の敵は甘くない。そこで今回の要となる人物がこの少年だ。この少年はたぐいまれなる再生能力者だ。お前たちが致命傷を負っても治してくれる。最悪死んで直ぐならば治してくれるぞ。我らにとってはさながらパナケイアと言う訳だ」
誰だそれ?と思ってネットで調べてみるとギリシャ神話の神様みたい。治癒をつかさどる神様のようだ。
しかし、なぜみんなはこんな神様を知ってるのだろうか?まあ、身内のノリと言うやつか。
僕がネットでパナケイアの事を調べていると急に正剛少将が僕の頭に手をのせてきた。
「鞠、やれるな?」
「え?ええ、もちろんです」
ちょっと反応に困ったが、気合満々にそう言う。
僕が頷いたのをみた正剛少将は大きな声を張り上げた。
「では!10分後に作戦を開始する。各自気合を入れていけ!」
「「「は!」」」
全員がきれいな敬礼を正剛少将にした。足の付け根から指先まで真の入ったかのような敬礼は映画で見るような熟練された兵士その者だった。
正剛少将はその敬礼に満足して頷くとこの部屋から出ていった。
ちなみにだが、映画のワンシーンみたいで興奮したのは僕だけの秘密だ。そんな事ももしも口走ったら、この人たちからもみくちゃにされる未来が僕には見える。
正剛少将が部屋から出ていくと先ほどまでシャキッとしていた敬礼を全員が同じタイミングで解いた。
同じタイミングで敬礼を解いた事にちょっと感動していると、異変に気が付いた。そう、ある人たちが僕に熱烈な視線を送っている事に。
「へぇ?」
「「「…」」」
そのぎらついた(特に女性)に見られた僕は睨まれたカエル状態になってしまった。そんな好機をヘビたる女性が見逃すはずもなく。
それから年齢とか趣味とかいろいろ聞かれた。
男の軍人に助けの目を向けても無視されたのは普通に傷ついた。しかし、もし立場が逆ならば同じことをしていたと断言できる僕は目を逸らす男軍人に文句は言えなかった。




