ウナギ長老
今日も今日とて、わしらは平常運転。
いつものように砂をついばんでおると、急に見知らぬ魚が目の前に現れた。
カラフルなオコゼじゃ。わしよりふた回りはでかい。
このオコゼ、わしの前にぷかぷか静止して、左半身を見せつけるようにしてくる。
なんじゃ。
待てよ。このポーズ、もしかして、
「おぬし、掃除をしてほしいんじゃな?」
オコゼはふるふると体を振る。
分かりにくいが、どうやら「うん」と言いたいようじゃ。たしかに、近づいて見てみれば苔やらなにやら、体にくっついておるのう。
「どうしました? さかなさん」
「おお、エビさんや。ちょうどいい。こやつの体のクリーニングを手伝ってくれんか」
「ええっ」
「頼むよ。なあオコゼよ、おぬしもまさか、わしの友人のエビさんを食べたりはせんじゃろう?」
オコゼはまた、体をふるふると振る。
「ほれ、オコゼもこう言っておることじゃし」
「わかりました。食べられないなら、いいですよ」
エビは巣穴から這い出てくる。
最初と比べると、立派な体つきになったのう。
エビの体はあれからも何度か脱皮を繰り返して、今では空色の斑が浮かんだ白じゃ。
保護色になっておるのか、遠目から見ると砂地の模様と区別がつかん。
言葉遣いも、いつのまにか流暢になっておる。
もうエビと呼ぶのはやめよう。これからは、エビさんと呼ぶべきじゃろうな。
「じゃあ、掃除するぞい」
「じっとしててくださいねー」
わしらは二人でオコゼの背中にとりかかる。
それ。
ひょいぱく。ひょいぱく。
あ、ぱく、ぱく、ぱく。
「ほれ、オコゼよ、口も開けよ」
「すみません、エラもお願いします」
ほう。
オコゼの舌は妙な柄をしておるのう。
それにしても、あちこちずいぶん食い残しが多い。虫歯になるぞ?
わしにとっては、まあ、ごちそうでしかないがの。
「ほれ、終わったぞ」
「こっちも終わりましたー」
オコゼめ、途中で横倒しになって、寝てしまいおった。
とろけそうになっておる顔を最後に小突いてやると、魚ははっと目を覚まして、気持ちよさそうに泳ぎ去っていく。
やれやれ。大仕事じゃったのう。
ゅ゜
「こんにちは。今のをみていたんだが、おふたりはクリーニング屋かね」
といって、一匹の魚が砂を這って近づいてきた。
黒い魚じゃ。
このにょろにょろした長い感じは、ウナギかのう。
ひげがとても長い。
なんだか、長老と呼びたくなる感じじゃな。
「こんにちは、ウナギさん」
「こんにちはー」
「いや、わしらはクリーニング屋ではないんじゃが」
「さかなさんもわたしも、掃除が好きなんです。よく、二人で掃除していますから」
わしらが答えると、ウナギは「ほお」と言う。
そして、期待したようにくねくねと体を動かして、目を輝かせた。
「それなら、ふたりとも。わしを掃除してくれないか」
と言ってきた。
「エビさん、どうする? さっきので疲れておらんか」
「わたしは、まだ大丈夫ですよ」
「ならええじゃろう。ほれ、長老。そこに寝転がるんじゃ」
「ちょ、長老? 分かった。こうかい」
ウナギはおとなしく、砂の上にごろりと横になる。
腹を上にして。
腹は白いんじゃな。
見たところ、虫はついておらん。しかし、肌が荒れておるようじゃな。
古い皮膚があちこちに残っていて、見た目が悪い。
これをきれいにしてやろう。
ぱく。ぱく。
ぱく、ぱく、ぱく。
エビさんと二人で、しばし食事を楽しむ。
うむ。古い皮膚。
こびりついた粘液。
なんともいえん。深い味わいじゃな。
「ああ、お二人とも。体液はあまり飲まないほうがいい。わたしの体液は毒なのだよ」
「そうか。気をつけよう」
「はい。気をつけます」
そうか。魚の体液はうまいんじゃが、今回はおあずけか。
仕方ない。それ以外の老廃物で、我慢するとしようかのう。
食べる。食べる。
もぐ。もぐ。
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ。
エビさんとふたり、一心に食べつづけると、あれだけ汚れていたウナギの体も、最後にはピカピカになった。
光を反射してキラキラしておる。
我ながら、いい仕事じゃったの。
「終わったぞ、長老」
「おつかれさまでした」
「素晴らしい! こんなにきれいにしてもらえるなんて!」
うねうね。うねうね。
ウナギ長老は嬉しそうにダンスを踊る。
こんなに喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなってしまうのう。
ぴょこぴょこ踊ってしまうわい。
にょろにょろ。
ぴょこぴょこ。
ぱちん、ぱちん。
三人で、しばらく踊った。
やがて、落ち着きを取り戻したあと、ウナギ長老がこう言った。
「こんなに丁寧なクリーニング屋さんは、滅多にいないよ。
このそばに住むことにしよう。たまに、掃除をお願いしてもいいかな?」
わしらは、顔を見合わせて、同時にうなずいた。
「「もちろん、よろこんで!」」
こうして、ウナギ長老がわしらのご近所さんに加わった、というわけじゃ。
〈 技能《クリーニング》を習得しました 〉




