往診
「長老、ホンソメワケベラさんたちにご挨拶に行くのじゃが、何をお土産にもっていけばいいかのう」
「お土産? なんだい、その、お土産っていうのは」
おみやげは不要じゃった。
というかそもそも、魚たちにお土産という習慣はなかったのじゃな。
うなぎ長老に相談をした結果、わしはそういうふうな結論にいたった。
ゅ゜
かくして、わしがひとり(いっぴき?)、ホンソメワケベラさんたちの住処へ向かって泳いでいると、通りがかりのさかなに声をかけられた。
「あれ? も、もしかして、先生!? 青先生じゃありませんか!?」
白い小魚じゃ。種類はわからんが、きれいな模様をしておる。
わしをなにか、妙なものを見るような目で見ておるのが気になるが……。
わしも、返事をする。
「こんにちは」
「こ、こんにちは! ええと……なにを、されているんですか? こんなところで」
「うん? なに、今日は休暇なんじゃよ。じゃから、日ごろお世話になっている、ホンソメワケベラさんたちに、ご挨拶をと思ってな」
「ホンソメワケベラさん、ですか?」
白い小魚は、うーん? と、困ったような顔をする。
「あのう、この先に、ホンソメワケベラさんたちはいませんけど」
「むむっ?」
「あのう、ホンソメワケベラさんたちが住んでいるのは、コロニーの南のほうのはずです」
「ふむ。わしも、ホンソメワケベラさんたちは、南の方に住んでいると聞いておるが」
「あのう、ここ、ステーションの、北です」
なんと。
なんということじゃ。
まさか、わしとしたことが、うっかり道を間違ってしまったらしいのう。
恥ずかしい。
「しもうた。間違えてしまったようじゃわい。親切な魚さん。教えてくださって、ありがとう」
「え……いえいえ。あのう、もしよかったら、南までご案内しますけど」
「むむ」
親切な魚さんは、なんと、案内の申し出までしてくださる。
ありがたいことじゃ。
しかし、どうしようかのう。
ここから南に向かっても、ぐるりと一周して最後は北に来るつもりだったのじゃから、結局時間の無駄遣いになってしまいそうじゃ。
ここは、当初の予定とは逆に、北のほうから、コロニーを反時計回りに、ぐるりと南下するのがいいかもしれん。
となると、むしろ、
「お気持ちはありがたいが、わしは北の方にも用事があってのう」
「えっ」
「ところで、おぬし、このあたりに住んでいる魚さんじゃろうか」
「あっ、はい。このあたりに、住ませてもらってます。すみません」
「む? いや、住むのは自由じゃと思うが。それなら、ひとつお願いがあるんじゃよ」
「な、なんでしょう。ぼくにできることであれば、なんでもしますよ!」
「いやいや、そんなに難しくはないんじゃ。このあたりを案内してもらえないかと思うんじゃが……」
「!? えっ、このあたりを、ですか!?」
「ああ。いや、忙しければ、無理にとはいわんぞ」
なにやら、驚いておるの。
わしがこのあたりに来ると、そんなにおかしいんじゃろうか。
白い魚は、慌てたように言う。
「も、もしかして……」
「む?」
「先生は……このあたりに、お、往診に来てくださった……とか!?」
そして、妙に熱の籠った目で、こちらを見る。
往診。
はて、どういうことじゃろうか。
ゅ゜
白い小魚さんは、ナノと名乗った。
「ぼくと、ぼくのお母さんは、遠くの方からきたんです。ここにくれば、お医者様がいるって、聞いたので」
「しかし、おぬしは往診をしてほしいと願って居る。ふむ。つまり」
「ええ。ぼくたちは、小さな魚なので、お医者様にあっていただけなくて……元いたところでも、そうだったんですけど」
そうか。
海は、弱肉強食。
そして、ここには多くの大型の魚が集まる。自然と、ナノのような小さな魚は「順番」がもらえなくなってしまうのじゃろう。
うかつじゃった。
たしかに、考えてみれば、おかしなことではない。《クリーナー》たちと比べれば、そうでない魚たちのほうが、はるかに多いのじゃから。
ましてや、遠方から来たとなると……。
「それでも、もしかしたらと、望みを捨てきれずに」
「ふむ。まあ、診るだけであれば、わしでもできるのう」
「本当ですか!?」
「とはいえ、わしは神ではない。患者を確実に助けられるとは、限らんぞ」
「はい! それはもちろん覚悟しています! どうか! どうかお願いします!」
聞けば、最初に案内を申し出たのも、わしに恩を売って、なんとか診療をしてもらおうということだったらしい。
うーむ。
これだけ切実にお願いされては、まさか無碍にはできん。
ひとまず診療だけでも、わしにできることがあれば、ひとまずやってみるべきじゃろう。
しかしじゃ。
果たして、それだけで済むじゃろうか?




