大牙
ギャング。
わしも、映画では見たことがある。
銃を撃ったり、違法な薬物を売ったり、時には人様の物品を壊したり略奪したりする、荒くれどものことじゃ。
日本風に言えば、筋者のことじゃな。
まさか、そんな奴らが海におるとは思っておらんかった。
「先生、頼みます。息子を、息子を助けてやってくだせえ!」
そこにおったのは、真っ黒なさかな。
大蛇のような長躯。わしらを一飲みにできそうな顎。ぎょろりと身体から飛び出た灰色の眼球。
そして、まるでタテガミのような背ビレ。
「オオカミウツボ……」
エビさんが呟く。
たしかに、ウツボじゃ。あのタテガミといい、牙といい、オオカミを連想させる。
オオカミウツボ、なるほど、適当な名前じゃのう。
凶暴そうじゃ。噛まれたらさぞ痛かろう。
わしくらいのサイズだと、痛みを感じる間もなく、お陀仏かもしれんな。
しかし、これがウツボというものか。わしの知っておるウツボは、もっとおとなしくて小さいやつだったんじゃがのう。
……などと、どこか現実逃避したことを、わしは頭のどこかで考えておった。
「つまり、オオカミウツボさん。あなたの息子さんがご病気で、それをわしらに助けてほしい、ということですかのう?」
「ああ、そうだ!」
オオカミウツボは吠えるように答える。
なるほど、わしらは医者と呼ばれておるからの。助けを求めにくるのは、それほどおかしなことではないのかもしれん。
「この辺りは医者が少ないんでさあ! でも、最近腕のいい先生たちが来てくれたと、噂で聞きやして! なんとかお願いできやせんか!」
噂……。
やはり、この場所は噂になっておったようじゃの。
「それで、息子さん……患者さまは、どちらにおられるのかのう」
「俺の家でさあ! 見てもらえるんで!?」
「まあ、患者がおるというのなら、是非もないのう。じゃが、わしらに治せるとは言わん。それでもよければ、案内をしてもらおうかの」
オオカミウツボは、歓喜に吠えた。
ゅ゜
わしは、オオカミウツボに連れられて、彼の住処に向かうことにした。
白さんもついてきたがったが、お願いして、コロニーで留守番をしてもらっておる。
わしらを目当てにくる客も多いからのう。
黒も一緒に留守番じゃ。まだ小さいからの。
白さんは、「青さん一人では危険です!」と言っておったが、なあに、海はもともと、どこも危険なものよ。
「ところでのう。オオカミウツボさんや。わしは、あんたのことを何と呼べばええんじゃろうか」
「俺の通り名は《大牙》だ」
わしが質問すると、オオカミウツボは、そう名乗った。
「《大牙》、というのは……俺の、この牙が由来なんで。ちょっとした自慢なんでさあ。この牙をもってすれば、この海原に、俺様のかみ砕けねえものはねえ」
「ほう。すごいのう」
すごい自信じゃ。
「ウニや貝もか」
「おう。俺様の好物だぜ」
「珊瑚でもか」
「おう、バリバリかみ砕いてやるぜ」
「岩でもか」
「この俺の牙にかかれば、なんてことないさ」
「じゃあ、ウミガメの甲羅はどうじゃ」
「フン、あんな甲羅、俺様にかかればカニと同じよ」
「ほおう。じゃあ、クジラはどうじゃ。皮膚が分厚くて、食いちぎれんのと違うか」
「く、クジラなんて、昨日、お、おやつにしてやったぜ」
ほう。
なかなか、勇ましいのう。最後のほうは、だいぶ怪しかったが。
「わしらのコロニーのことは、どこで聞いたんじゃ」
「うん? 色んなところで噂を聞いたな。どこへ行っても、新しい《病院》ができたって、その話題ばっかりだったぜ」
「ほう。だれが話を広めおったんじゃろうな?」
「知らねえけど。ウワサクラゲのやつらじゃねえのか。あいつら、ウワサが大好きだからな」
ウワサクラゲというのは、なんじゃろうな。
わしはそれらしきクラゲを見たことがないが……。名前からして、ウワサが好きなんじゃろうなあ。
「わしや、えびさんの名前もかい」
「おう。俺は《青》と《白》って二人の名医がいるらしいって聞いたな」
「言っておくが、わしは、たぶん、ふつうのハゼじゃぞ。息子さんのことも、診察はするが、治せるかどうか、確約はとれん」
「いいさ」
《大牙》はそこで真剣な表情になった。
「おれたち魚は、病気になったら、あとはふつう、死ぬしかない」
「まあ、そうじゃな」
「先生たちの病院で治してもらった魚の話も、たくさん聞いた。だから分かる。先生に治せないとしたら、ほかに息子を治せるやつは、このあたりの海にはいねえよ」
切実な目をしておる。
「過度な期待は、せんでくれよ」
わしとしても、治せるもんは治してやりたい。
しかし、いまのわしは、ただの魚にすぎんのじゃ。
ただ、少しでも患者を楽にすることはできるかもしれん。わしにできるのは、せいぜいそのくらいじゃ。
《大牙》の期待に沿えるとは、正直、このときはほとんど思っておらんかった。
「息子さんの症状は、どんな風なんじゃ」
「からだに、変な模様がついていやがる。泳ぐのがつらそうでな。今は俺の家で、安静にさせているよ」
俺にはどうもしてやれねえ。
つらそうに、《大牙》はそう言った。
あとは黙って、わしと《大牙》は二人で進んだ。




