日常
しばらく、のんびりとした日々が過ぎた。
医者と呼ばれていることが分かったとしても、わしがやることはこれまで通り、ただ食うだけじゃ。急に意識が変わるというものでもない。
まあ、これまで以上に、丁寧な仕事を心がけるようにはなったがのう。
コロニーは、とても繁盛しておる。
毎日、数え切れないほどの魚がやってきては、ワケベラさんたちに群がられて気持ちよさそうに洗われておるよ。
弱肉強食の海の中とは思えないほど、のどかな光景じゃな。
わしと、白さんの担当は、日に何度かやってくる、大型の魚じゃ。ここらのヌシと呼ばれる有力者たち。
それを、丁寧に、時間をかけて、クリーニングしてやるのじゃ。
ときおり、魚以外の者もやってくる。
亀だとか、ウミヘビだとか、それ以外にも、魚とは思えないような不思議なフォルムの生き物じゃ。
そういうときはたいてい、わしらが対応することになる。
そうそう。黒もおったな。
黒は、小さいのに、コロニーの中でも随一の働き者じゃ。
育ち盛りだからなのか、あちこちで、ワケベラさんやわしらを手伝ってくれておる。
一日中、クリーニングしっぱなしなのじゃ。
無理しすぎてはおらんか、気にしてはおるが、どうやら本人は楽しそうなので、いまはありがたく手伝ってもらっておる。
とにかく、そんな感じで、平和な毎日を過ごしておるよ。
ゅ゜
毎日毎日、魚たちをクリーニングしておると、こころなしか自分の腕がよくなったような気もする。
まあ、魚だから腕はないんじゃがな。比喩表現じゃよ。
いまも、ほれ。
この隻眼のオニオコゼなど、明らかに堅気ではないとわかる、その筋のオーラがただよっておったが、わしが掃除をしはじめたとたん、だらしなく蕩けておる。
どうにも、わしには魚を気持ちよくさせる、つぼのようなものが、わかりはじめてきたかもしれんよ。
気分はまるで鍼灸師じゃな。
ゅ゜
そういえば、長老と話した後、白さんにも、わしら二人が名医として扱われておるらしいと伝えた。
すると、白さんは何やら恥ずかしがるように穴の中に引きこもっていき、数時間後にやたらやる気を溢れさせて砂から飛び出してきおった。
なんでも、
「これは大変なことです! エビの誉れです! いただいた称号に恥じぬ仕事をせねば!」
ということらしい。
生真面目で、まっすぐな性格なのじゃな。
白さんらしくて、微笑ましいわい。
そんなわけで、わしだけではなく白さんも毎日、仕事にいそしんでおる。
わしに負けず劣らず、白さんの腕はいい。お客さんも嬉しそうじゃ。
「いいえ、まだまだ、青さんにはかないませんよ」
白さんは謙遜してそんな風に言うが、白さんの方が好きな客も増えておるのじゃよ。
特に、いくつもの足で丁寧に汚れをこそぎ落とすのが、評判がいいみたいじゃな。
ん?
おお、黒。
おまえも、白さんのまねかい。
ふふ。
そうか、がんばって、良いクリーナーになるんじゃよ。
まあ、おまえは小さいし、前足がまだ柔らかいから、完全にまねるのは難しいかもしれんがの。
ゅ゜
それにしても、わしらの客は、ほんとにこのあたりの有力者なのじゃなあ。
今日のお客さんも、見事に巨大魚しかおらん。
この赤目さんもそうじゃ。
大きすぎて、わしから見れば、まるで怪獣ではないか。
どれどれ。
うむ。唇に虫が食いついて、口内炎になっておるのう。
待っておれ。取ってやろう。
もぐもぐ。
うむ。これぞ、食餌療法。
まさしく医食同源じゃ。
もぐもぐ。
そんな風に客のクリーニングをしておると、アジが一匹、慌てた様子でやってきた。
「青さん。あっ、白さんも、ここにいたんですね」
ただごとではない様子じゃ。
なにか、緊急事態かのう。
「どうしたんです、アジさん」
白さんも、手を止めて、こちらへ来た。
アジの様子が、尋常でないのう。何事じゃろうか。
「大変なんです。ここに、ギャングが来てしまいました」
えっ。
ギャング、じゃと?