東京に憧れる少女
紫苑が、転校、引っ越す必要が無くなり、俺たちと別れなくてもいい事になると、紫苑はいつものハイテンションになった。
「ずっとマロンと一緒にいられるなら、もう私に怖い物はありませんっ! 果歩ちゃん、中断していた早歩き勝負の再開ですよっ!」
紫苑が、俺の隣に座る権利をかけて、中断していた葛城の勝負にやる気を出していたのだが。
「紫苑。やる気を出した時に悪いが、そろそろ船の出る時間だって、真彦さんから連絡があった」
皆が落ち着いた頃に、真彦さんから電話があった。『どこまで行っているのか知らないが、早く戻ってこないと、船に乗れなくなる』と言う、お叱りを含めた電話だった。
「それじゃあ、先に船着き場に着いた方が1億点ね」
俺の話を聞いた葛城は、一目散に川舟が出る、船着き場に向けて走り出した。
「果歩ちゃんっ! 神社の中は神聖な場所だから、走るのは良くないって言っていませんでしたかっ!?」
紫苑は律義に、神社の敷地内では、早歩きで船着き場に向かっていた。ちゃんとマナーを守る、紫苑に1億点を進呈したいぐらいだ。
「絶対に負けませんからっ!!」
神社の境内を出た瞬間、紫苑は本気で走り出して、あまり運動していない俺は、到底紫苑の走りについて行くことは出来ず、俺は出来るだけ早く歩こうとした時だった。
「もしもし、そこのお兄さん」
俺を背後から呼び止めたのは、俺より身長の低い、菜摘と同じぐらいの背丈の、黒髪のおかっぱの女の子だった。
「何ですか? 怪しい講習とか、変な壺を買わされるのは勘弁ですから」
「わたくし、お兄さんより年下、15歳の中学生ですよ? そんな人生経験も少ない中学生が、他人に教えられるような体験、考え、そして壺を売る話術なんて持ち合わせていませんの。そんなわたくしに対して、お兄さんは堅苦しい敬語なんて止してください」
この子は、辺の芸者さんなのだろうか。美観地区に合わせ、接客も着物、そして時代に合わせるような、古風な話をしているのだろう。
「お兄さん、女性2人を連れて、デートですか? 随分にぎやか、お転婆な女性ですね」
「色々あって、東京から岡山に店の手伝い、そしてついでに観光に来ているんですよ」
「東京から、わざわざ岡山に来て頂けるなんて、わたくし、とても嬉しいですわ。まだ高校生になって1年目のお兄さんは、恐らく今回の旅費を、親からのお年玉の前借りして来ているのでしょう?」
実際はそうなのだが、こんな女の子に本当の事を話して、恥をかきたくないので、俺は適当に返事をして、船着き場に向かおうとしたのだが。
「もう少し、わたくしの話し相手になってくれませんか? わたくし、東京に行った事がなく、東京に興味があるんです」
「……歩きながらで良いなら、簡単に話しますけど」
「心優しいお兄さんですね。わたくし、東京の人は冷たい人ばかりだと思っていたので、安心しました」
この子は、一体なぜ俺に声をかけたのか。謎が深まるばかりなのだが、特に勧誘目的ではないようで、堪えられる範囲で、答えてあげることにした。もしかすると、春から東京に上京を考えているのかもしれない。
「お兄さんの好物は何でしょう?」
「牛丼とか」
「意外ですね。東京の人は、タピオカミルクティーを毎食飲んでいると聞いていたので」
東京都民全員が、タピオカを好むはずはないだろう。大分ブームも去りつつあって、タピオカの店も少し減ってきた印象もある。
俺はずいぶん前に飲んだっきりなのだが、楠木や紫苑は学校の最寄り駅の構内で、帰りによく飲んでいた。
「東京の若人は、渋谷で騒ぎ、大人は歌舞伎町や銀座で騒いで、毎日逮捕者が出ているのは、本当でしょうか?」
「すごい偏見ですね」
この子は、ニュースでしか、東京の様子を見ていないのだろうか。あながち間違っていないが、真っ向に否定はしない。
「それは一部の人だけですよ。最初に言っていたように、東京の人たちは時間に追われ、他人に構っていられない、冷たいような印象はあります。けど、元はみんな同じ日本人。昔は義理と人情の江戸の町だったので、実際話せば、優しい一面もありますよ」
あまり東京に偏見を持たれないよう、適度に東京の人をフォローする。これだけ言っておけば、東京の人は恐ろしい人は思われないだろう。
「なるほど。そうでないと、日本の首都は務まりませんね」
俺の話に納得してくれたようで、女の子は足を止めた。
「お兄さんの目的地、到着しましたね」
話している間に、俺たちは美観地区に到着していた。到着した頃より人が増え、そして中心に流れる川には、すでに小舟が運航していた。
「倉敷だけは無く、他にも後楽園や鷲羽山に向かうのでしょう? 岡山にも、コンクリートジャングルに囲まれて過ごす、東京の方にも楽しめる名所はあります。是非心置きなく、後悔のないよう、観光してください」
そう言って、女の子はゆったりと何処かに歩いて行った。東京の事を教えてくれた代わりに、岡山の名所を最後に教えてくれたようだが、それらは真彦さんが連れて行ってくれるだろう。
日本人形のような、着物が似合う女の子。礼儀正しい女の子が、俺より年下で、菜摘よりもしっかりしているなんて――
「……どうして、俺の年齢を知っていたんだ?」
一度も、俺は年齢を言っていない。それなのに、あの女の子は俺の年齢、そして高校1年生だという事を知っていた。俺は不気味に思い、女の子が歩いて行った方を見渡したが、すでに姿は無かった。




