表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第三章

深紅色の夜想曲、最終話です。

《 8 》

『今日もルミナ姉さんと一緒にあの人の元へと行きました。今回は北の国を旅行した際のお話でした。あの人が私にくれた北国の記念品は私の生涯の宝物となるでしょう』

 一本の指が手帳に記された最後の文をなぞった。

『私はあの人が大好きです』

 過去を記録した日記はその日を境に途切れていた。これ以上ページをめくっても空白のみが目立つ。

 カーラは読み終えた日記を懐に収めた。幾分の情報収集が終わった帰路。自分でつけた期限の終わりは間近に迫っていた。蘇生師は己の腰に手を回し、コートの上から抜かりが無いことを確認する。

「結局どうすることにしたのだ、主殿?」

 横からラピスが首を傾げながら訊いて来た。少女は今日も実った果実を多く口にしていた。温厚な農家が多いことと彼女の性格が幸いをもたらしているのだ。林檎の甘酸っぱい匂いが青年の鼻を燻った。

「……一応検討はついた。……だが、まだ不明瞭な部分がある。それが判明するまで実行はしない」

「――――お?」

 まだ訊きたそうな顔をしていたラピスが遠くを見つめる。小さな歩調を止め、道の先にある何かを見極めようと目を細めていた。

「馬車が来ていると思うのだが?」

 ラピスの一言にカーラも歩幅を緩めた。少女の双眸の先へ視線を重ね、馬車らしき影を路上で発見した。彼女の言うとおり、距離が徐々に縮まってゆく。

 姿を全て視認した時、自分達を連れてきた馬車だと思い返した。エーデルシュタイン家の者が来たのだ。

「――蘇生師様」

 馬の手綱を握っていた執事が顔を出した。カーラとラピスを街へと運んだ年季の入った男性だ。昨夜も主人を第一に気遣った姿を二人は覚えている。

「どうしたのだ?」

「単に迎えに来てくれた……って訳でもなさそうだな」

 執事が額の汗を拭う仕草から緊急の用だとカーラは理解する。周辺を幾度も走り回ったのであろう。車を引く馬でさえ覇気を消耗していた。

「きゅ、急に申し訳ございません。とにかく早く馬車にお乗りください! 館へと向かいます!」

「何があった?」

 執事の言葉を耳にし、カーラの鋭い瞳は倍以上に大きく拡張した。

「コレン様が盗まれたのです!」


 がたがたと快適を置き去りにした馬車の中。

「俺達が情報を集めに出た後、館ではコレンさんを三階から移動させようとした。その際に近くに潜んでいた盗賊が隙を見計らって奪っていった。……これで間違いないな?」

「ええ、間違いありません」

 盗賊騒ぎから一翌日。館では盗賊が入れない場所へコレンを移動させると言う提案が出たそうだった。白羽の矢はエーデルシュタイン家が保持する厳重な鍵を付けられる倉庫に当てられた。

 そして実際に奪われたのは移動の最中。使用人が周囲への警戒を怠った瞬間に盗賊が暴挙に出た、と執事は語った。瞬く間にコレンは奪われ、街外れのある場所へと向かったらしい。

「実際に見ていないのですが……川を挟んだ街外れの廃教会が奴らのねぐらだそうです。私達はこのような事態に慣れていない故、貴方達に意見を求めようと探した所存です」

「なるほど」

 正面だけを捉え、馬車を一心不乱に急かす執事はことの危うさを示していた。対照的に、カーラは冷静に事情を判断する。蘇生師にとっても発症者を奪われた状況は芳しくない。すぐさま行動を起こすべきだった。

「悪い、館には戻るな。街外れにあるという教会へ向かってくれ」

「…………何ですって?」

「わざわざ館に戻る時間がもったいない。俺達が何とかしてコレンさんを取り戻す。あんたはそれをルミナさんに伝えておいてくれ」

 手綱と路上に向けられた注意が一度だけカーラに浴びせられる。執事は判断に多少の時間を掛けたが、特に反論も無く青年に従った。

「分かりました。では、廃教会に向かいます」

 馬車が方向を転換する。

「ラピス」

「……いつもどおりで良いのだな?」

 二つにお下げを結んだ少女が肩を回し始めた。黒い衣服の青年も腰へと手を伸ばす。

 しばらくの時間を経て、川のせせらぎが馬車に近づいていった。


 廃れた教会は主に石で積みあがっていた。かつての信仰の具合は何処にも見当たらず、風雨によって黒く煤ぶった壁が崩壊している。大きさもエーデルシュタイン家の館よりも幾分小さい。傍目からは人が近寄るとは考えにくい場所だった。

 しかし、人が住める程に雨風は防ぐことが出来る。実際に中から数人の気配が漂っていた。

「三、四人てとこかな」

 盗賊の人数を読み謀りつつ、カーラは教会の壁沿いに内部へと近づいている。ラピスも彼の行動を模倣して、慎重に侵入を推し進めた。

「主殿。急いだ方がいいのでは?」

「ちょっと待て。………………もう少しだけ様子を伺うぞ。教会の中に入る。ついて来い」

 カーラが教会へ入る直前。ラピスはいつもより困惑した様子で尋ねかけた。

「主殿、慎重すぎではないか?」

 対するカーラは淡白に言葉を返す。

「今はこれでいい」

 青年は片手に武力を持ち上げながら、静かに教会の中へと潜行して行った。開放意外に使い道がない内開きの扉。二人の影がその境目へと入る。

 入り口を越えた途端、教会の最奥が二人の目を最も奪った。中心に置かれた神託の台に紅い宝石となった少女が横たわっていたのだ。

「おお、彼女ではないのか?」

 ラピスが目標を発見したことにより一切の警戒を振り解いた。軽快な足取りで最奥へと駆け寄る。

 そんな彼女の浅はかな行動に青年が叱責した。

「――んの、馬鹿!」

 神託の台の裏から大きな影が飛び出す。油断するラピスへと飛び掛り、彼女の細い首を片腕で押さえ込んだ。

「???」

 ラピスは自分の身に起こったことを理解出来ていなかった。カーラが自分の後ろを金属の筒で狙っていることから、己が人質になってしまったのだとようやく察知する。

 少女を捕まえたのは黒い覆面を被った大男だった。筋骨が隆々した腕はラピスを捕らえて離さない。彼がコレンを奪ったという強盗だとは一目で理解できた。

「動くなよ……。暴れさえしなければ傷つけはしない。まずはその妙な金属の筒を下せ」

 覆面の男がカーラへと命令する。次の行動を模索しつつ、カーラは筒を握った腕の角度を減らしていった。

「……娘。何をしている」

 指示に対応する青年を余所に、人質のラピスは小さな鼻を動かしていた。ひくひく、と嗅覚を刺激させている。

「…………妙だぞ?」

 己を捕らえた強盗にラピスは率直に言い募った。

「林檎と酒の匂いがするぞ?」

「ぐっ!?」

 人質を手に入れ、現況は有利なはずの大男が動揺した。少女を固定する腕も思わず離しそうになった。

「林檎に……酒? ――――まさか、あんたなのか」

「な、何のことだっ?」

 強盗の安定しない大声の隙間を縫い、カーラはラピスに淡々と伝えた。

「ラピス。振り解け」

「無理矢理にか?」

「ああ」

 何を話している、と覆面の大男が叫ぼうとする。その声は人質だった少女の行為によって掻き消された。

 大男の身体が一回転した。少女より格段上の重量。ラピスはそれを苦も無く投げ飛ばしていた。地面に力強く打ち付けられた強盗は激痛で呻く。

「ふう。これでいいのか?」

「よくやった」

 ラピスに労いの言葉を与えると同時に、カーラは倒れこんだ男の覆面へ手を伸ばした。覆面が掛けられた指先によって一度に剥がされる。

 現れたのは太い眉に無精ひげを蓄えた大男だった。カーラは彼に見覚えがある。情報収集に大きな荒波を立てた酒屋のマスターだ。ラピスが嗅いだ匂いは林檎酒を売る彼になら多くこびり付くものだ。

「ご、強盗ではないではないか!? どういうことなのだ、主殿っ?」

 ラピスに答えるようにして教会内部に足音がもう一つ加わった。音が段々二人の方へ近づいてゆく。カーラは全容を見せられる扉へ正面を向いた。

 ――かつん。足音が扉の境目で止まった。

「茶番は終わりにしよう」

 深紅色の長髪が煌く。

「…………」

 見えてきた人物にラピスが口を噤むことを忘れる。教会の入り口に聳えていたのは一人の女性。蘇生師は宝石の少女を背に、扉に立った彼女の名を呼んだ。

「コレン・エーデルシュタイン?」


《 9 》

「本当の発症者はコレン・エーデルシュタインではなく、その姉ルミナ・エーデルシュタインだ」

「はい、お察しの通りです」

 cry発症者が眠る最奥へと彼女は進む。真の名、コレンを明白にした後の足取りは何処か勇ましかった。

「ずっとルミナさんを演じてきたのか。髪までご丁寧に蒼く染めて……」

「確かに大変でした。ですが、これが私の罪なのです」

 コレンは瞳に哀愁を込めて語る。

「――――十年前の駆け落ち。その時あの人の相手に選ばれたのが本当はルミナ姉さんだったのです。私は恋の相手にもされませんでした。……二人は相思相愛。所詮妹という立場にしか居られなかった」

「だが、長女及び跡取りであるルミナさんはその恋を認められなかった」

 絶え間なく続く過去の告白に、コレンは自らの両肩を抱きかかえた。遠目から震えていることが分かる。

「ああ、だから、私はそれを利用しようとしたのです! 決して許されない罪を! この手で仕出かした!」

 コレンの告解が廃れた教会の雰囲気を一時的に神聖なものにした。ラピスは未だ事情を飲み込めていなかったが、カーラは堂々と聴き続ける。

「二人は父に内緒で交際を続けた。遂には駆け落ちまで選ぼうとした。……でも、私はそれを黙ってみているのが堪えられなかった。だから、だから!」

 彼女はその先に声を詰まらせた。

 代わりに低い声音が罪を顕著に宣言する。

「父親に二人の駆け落ちを告げた」

 結ばれないと悟った二人は最後の選択をする。ルミナは姉の結末だけは自分で話そうと、喉の奥から懸命に絞り出した。

「だから、二人は心中してしまった」

「……っ!?」

 ラピス、そして強盗を演じていた酒屋のマスターと使用人達は息を詰まらせた。ラピス以外は事情を知っているはずだが、コレンが語る罪は余りにも重すぎる、慣れる、ということはないのだ。

「二人は川へと身投げしました。それ以前から二人の探索は行われていたのですぐには見つかりました。……ですが、その時見た姉さんは紅い宝石になっていたのです」

 駆け落ちの失敗――一緒に居られない絶望。彼女がかつて語った発症の要因だ。少なくとも虚偽ではなかった。ただ、対象が違っていたのである。

「跡取りの心中に加え、cry発症。……体裁に厳しい父親はコレンさんをルミナさんに見立てることで何とか誤魔化したのか」

「私があの人と結ばれた、幻想でもその響きには憧れてしまった。それからずっと、私は姉さんを演じてきたのです」

 真実の全てを吐き出し、コレンは冷たい石の床に膝をついた。彼女の行為を侵害する者は誰もいない。空っぽの静寂が場を敷き詰めた。

「一つ訊いてもいいですか……?」

 静寂を打ち切ったのはコレン自身だった。罪を吐ききった虚ろな瞳でカーラ達を見上げる。

「いつから私達の正体に気づいていたのですか? 館に戻らず真っ直ぐここに来たということは…………かなり前から気づいていたのですね」

 カーラの表情が苦々しい失笑を演じた。

「簡単だ。――拳銃の前に不用意に出る強盗は居ない。そもそもここのような過疎地方で宝石は金に換えにくい」

「ですが……」

「言いたいことは分かっている。三階の部屋に忍び込んだ強盗のことだろう? 答えは……これだ」

 一冊の手帳をカーラは取り出す。眼前で膝を屈めるコレンが十年前まで書いていた物だ。

 そこに挟まれた数枚の紙を目にして、コレンは顔色を一変させた。

「それは……私が破った……!?」

「あの日にちょっと盗らせて貰った。詰まる所、あれは俺達がこれを見る為にやったことなんだよ。壷を割ったことは素直に謝罪する。――そもそも、音を出せとは言ったが、あそこまでやれとは命令してないぞ、ラピス」

「仕方ないではないか!? 他に音を出せるような物があったというのか?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 強盗は三階から飛び降りました。けれども、ラピスさんも最後には部屋へとやってきて」

「? 私は確かに飛び降りたが、部屋の窓から窓へと飛び移ったのだぞ? 何かおかしいことがあるのか?」

 平然と言いのける少女を前に多くの人間が唖然とした。カーラが地面へと拳銃を撃ったのは目くらまし。窓へと移動したラピスを気づかせない為だったのだ。だが、全てがラピスの超人的な身体能力で成り立っている。

 注目を三階に集めた後、ラピスは窓を飛び越えて書斎へと侵入した。緊急時によって鍵は掛かっていない。少女はやすやすと室内へ入り、カーラが事前につけた目印を頼りに破られた日記を手に入れたのだ。

「これが一番の決め手だった。酒屋で見た写真の違和感もすっかり解消された」

 一文だけ記された日記の紙が空に晒される。蘇生師は紙を背後から透かし、乱暴に書かれた文章を読み上げた。

『あの人に選ばれた姉さんが憎い』

 ルミナの名を語っていたコレンが胸元を苦しそうに握り締めた。カーラが持つ日記にはそれからの愚行が記されている。姉に嫉妬し、二人の駆け落ちを父に知らせたこと。川へと身を投げた二人の姿が変貌したこと。最後には偽りでも自分の楽な道を選んでしまったこと。

 長い年月が去り、コレンは深く嘆き続けた。そこに蘇生師という償いの機会が訪れた。深紅色の宝石と化した姉に、妹はただ伝えたいのだ。

「一度でいい……。姉さんに、ルミナ姉さんに謝りたい」

 依頼主の本心に、カーラは判断を下す。

「コレン……いや、ルミナさんか。彼女が生きているか、死んでいるか。答えは出た」

 憎悪を綴った一枚の紙がひらりと落ちる。

 誰もが息を呑む中、蘇生師は厳粛に結論を口にした。

「彼女は死んでいる」

 黒く光る回転式拳銃が彼の手に収められていた。


《 10 》

 夕焼けの紅い日差しが廃れた教会に差し込んでいた。光は壊れた天井から降り注ぎ、最奥に眠る少女を照らす。ルビーの身体は紅の共鳴を起こし、周囲までも真っ赤に輝かした。

 そんな少女の心臓の上に黒い筒が屹立した。一発だけ装填した回転式拳銃は今にも宝石の身体を壊そうとしている。

「――ま、待って!」

 完全に破壊しようとするカーラにコレンが叫ぶ。

「姉さんを殺さないで! 私は謝りたいの。…………例え恨まれても構わない。姉さんに謝れるなら、私はこの命だって捨てられます!!」

 蘇生師は背後で訴える彼女の方を振り返らず、冷酷な語勢で希望を切り裂いた。

「駄目だ。この人はもう死んでいるんだ」

「でもっ」

 撃鉄をカーラが刻一刻と引き起こす。その後方では彼を止めようと数人が行動していた。真っ先に動いたのは酒屋の主人だ。けれども、ラピスが勇敢にして鉄壁の如く立ちはだかった故に彼らはたじろいでしまう。

「……あんたには一つだけ言っていないことがあるんだ」

 狙いを慎重に定める蘇生師が突然呟いた。頼み続けるコレンは彼の言葉に耳を傾ける。

「cry発症者は二度目を堪えられない。二度目の発症が起こると身体が宝石となりつつ粉々に砕けてしまうんだ」

「それが一体……」

「例えば――愛する人が死んでいた、なんてことにルミナ・エーデルシュタインは確実に発症するということだ」

 コレンは唇を振るわせた。彼女にはカーラが告げた事例に心当たりがあったのだ。

「ルミナさんと心中したという男性。……彼もまた同様にcryを発症したんじゃないか? 十年が経った今、蘇生を試みた本当の理由。それは父の親友が葬儀をきっかけに息子の死を知らせた手紙、だろう?」

「全て――承知していたのですか」

「父の死に蘇生師について述べることは全くないからな。情報を載せるとしたらcryの話がどうしても思いつく。日記、手紙、街の住民の話。全てを統合すれば容易に分かったさ」

 カーラが話を締めくくろうと考えを述べた。

「愛する人が死んでいたことを知ったルミナさんはたちまち宝石へと変わってしまうだろう。同時に全身に亀裂が入り、崩壊する」

 拳銃を握る指に力が籠もる。寸分違わずに胸を打ち抜こうと銃の先がルミナに触れていた。宝石を壊す銃声はすぐ近くに迫っている。用意を完了させた蘇生師が抜き出した息は容赦なき重さだった。

「もしも意識を持ちながら発症した時、ルミナさんの絶望を良かったと、幸せだったと、生きていたと、祝福してやれるのか?」

 問いかけられたコレンは何も答えなかった。当時の身体を保ちながら崩壊した恋人の死に直面する姉。その姿にコレンは耐えることは不可能だった。

 起きたまま崩れるか。眠ったまま崩れるか。

「……姉さん」

 妹が最後に尽くそうと選んだのは後者だった。熱い雫がコレンの頬を伝って流れ、石の床へと落ちていく。

 無音が訪れた一拍の後。


 ――ルビーの身体に弾丸は打ち込まれた。


 火を噴いた拳銃がルミナから離れる。位置していた場所からは放射線状に罅が走っていた。少しの間を置いて、ルビーの全身は完全に人型から崩れ落ちた。

 紅い日差しに照らされた大小の破片を目の当たりにし、コレンは悲鳴を上げる。

「あ、あ、あ……うああああああああああああ」

 教会に悲嘆が高く木霊した。彼女の両目からは涙が堰を切ったように溢れ出ていた。十年前の罪を謝ることもできず、彼女は愛していた姉と永別したのだ。妹として、コレンは盛大に泣き続けた。

「…………これで依頼は完了した」

 拳銃を衣服の裏に戻し、カーラは相棒を引き連れて教会を出ようとする。視線を涙で濡れたコレンに合わせようとはしない。彼の顔には無表情が貼り付けられていた。

 一定の足音を刻みつけ、蘇生師がコレンの横を通り過ぎる。

「――私が好きだったのは」

 おぼつかない声がカーラとラピスを止めた。彼らの後ろで目を赤く腫らしたコレンが屈託した感嘆を叫んでいるのだ。

「私が、好きだったのは……、三人で一緒に笑いあっていられる時だった。……あの人も姉さんも……どちらも好きだった! ずっと一緒に……居たかった。幸せが続くと思っていた…………これからも…………できると」

 入り口に差し掛かる寸前だった蘇生師が口を開く。生と死の狭間で幸福を見失っていた依頼主。自分達へと儚い希望を託した彼女へ向けて、カーラが突き放すように事実を投げかけた。

 

「死んだ今になって、幸せに生きていたと言えるんだ」

 

 cryによって生を引き伸ばされた発症者。彼女の幸福は崩壊の瞬間まで留められなかった。しかし、幸福の記憶は確かに残されたのだ。コレン・エーデルシュタイン。姉の死を受け入れた彼女は傷付き、そして生きてゆく。

「…………」

 カーラは数秒のみ後ろを振り返った。多くの人が泣き叫ぶコレンを囲んでいる。

「行くぞ」

 少ない言葉を残し、蘇生師は少女を伴い教会から去っていった。


「あれで良かったのか、主殿?」

 夕焼けが鮮やかな茜色を空に引き伸ばしている。そんな路上をカーラとラピスは歩いていた。また新たな依頼を求めて旅を続けようとしているのだ。

「…………彼女はたった一人で生きていけるのだろうか? もしかしたらcryを発症するかもしれないではないのか?」

 夜を知らせる涼やかな風が吹く。カーラはコートが舞って示した先に視線を向けた。出てきた廃教会が立っている。

 最後に覚えた景色を脳裏に浮かべ、蘇生師はラピスへと返答した。

「大丈夫だろう。……一人ではないんだ」

 二人が通った道中には紅い林檎の果実が浮かんでいる。街中をくまなく照らす紅の輝きが林檎を艶やかに反射した。

 見ていた景色が深紅色に満ちてゆく。

「……」

 コレン・エーデルシュタインが暮らす街を目の奥に焼き付ける。蘇生師はこれから訪れる夜を想いながら、夕日の方角へと再び歩き出した。

 ふと、カーラは赤繋がりであることを連想させられる。隣でラピスが首を傾げた。

「……赤字だ」

 紅の景色に青年の言葉は飲み込まれ、二人の姿も街の向こう側へ消えていった。


これはある意味短編連作的な小説をイメージしていました。二人組が世界をありこち旅をする、というお話です。蘇生師シリーズとでも言いましょうか。機会があれば、新作を執筆したいと思っています。読んで下さり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ