第二章
続けて第二章です。
《 5 》
「十年前。遠方からやってきた父の友人の息子に惚れていたらしい。コレンさんの日記は彼のことで一杯だった。ルミナさんの話も含め、事件とはその彼への思いに関係しているらしい」
「主殿! アップルパイをもう一皿頼んでよいか!?」
「聴いてないな」
カーラが許可を継ぎ足す前にラピスは注文を発した。
街中枢部に位置する酒屋。昼は喫茶店、夜は酒屋という二毛作の店で二人は情報を集めていた。作物の世話や収穫に疲れた者達はここで話をつまみに酒を飲んでいる。一軒しかない店である為、客の数は簡単には分からない程多い。情報の収集も難なくはかどっていた。
店の奥でカウンターに座っているカーラ。彼は並々と注がれた一杯の酒に手を伸ばし、一気に飲み干した。
口中に林檎の甘酸っぱさと炭酸の爽やかさが弾け飛ぶ。
「――うまい。いい酒だ」
「嬉しいこと言ってくれるね、兄ちゃん。あんたもいい飲みっぷりだよ!」
林檎酒を喉奥に流し込んだ途端、カウンターの奥に居た一人の大男が話しかけた。一度に数十杯を運べる筋肉がついた腕でカーラに酒を注ぎ足している。
「……兄ちゃん、宗教を広めに来た聖職者か何かかい?」
鋭い瞳を持った青年に男が酒を突き出した。
「旅行者には見えないか?」
苦笑を口元に浮かべ、カーラは無精ひげを生やした大男を見つめた。どうやらこの店のマスターらしく、会話をしながらも多くの客の注文を捌ききっていた。
「いやあ、気を悪くしたなら謝るよ。何しろ見慣れない格好の上、観光に来たわけじゃなさそうだからな」
「まあ……な」
そこで店の真ん中で大声が響いた。
「主殿ー、もう一皿頼んでいいかー!?」
ラピスがパイ皮で汚れた口を全開にして叫んでいる。
「うおおおお! これで十皿目だぜ!」
「すげえな、お嬢ちゃん!」
「おい、何皿までいけるかちょっと賭けよーぜっ」
彼女が座るテーブルに積まれた皿は高かった。相棒として引き連れている蘇生師は金額も高いだろうと懸念する。
「はあ」
「はっはっは。あんなに一つの料理を沢山食べる観光客もそういねーしな。安心しな、代金は安くしておいてやる」
「……ああ、頼む」
酒屋のマスターである大男は豪胆ながら人懐っこい笑顔でカーラに語りかける。彼から三十代ぐらいだと何故か誇らしげに教えられた。少しだけ驚くカーラは、彼がエーデルシュタイン家について何か知っているか尋ねようとした。
「ちょっといいか」
「いやあ、親父の跡を継いで店をやってるのはいいんだけどな。もう髭さえも剃る暇が」
「エーデルシュタイン家を知っているか?」
「――――っ」
大男から笑顔が失せる。一瞬感情が抜けたかのような顔になり、やがて太い眉をしかめてカーラに顔を近づけた。
「……この街の者なら当然知っているさ。あそこは街の大半を仕切る領主だからな。そこで笑っている奴らも殆どがエーデルシュタイン家に納税しているよ」
店のマスターが示したのはラピスの近くで笑っている野次馬だった。若い少女の信じられない大食いに悪意が感じられない笑顔を向けている。
「つい最近……前領主が亡くなってな。それで今のルミナ様が領主になったんだ。前領主も悪くはなかったが、世間の体裁を優先的に気にしていた。ここはよく貴族の社交場になったりもするんだからな。…………だが、あの娘さんが領主になってからはかなり良くなってきたんだ」
「なるほど」
脳裏に穏やかそうなルミナの顔が浮かんだ。カーラは彼女なら確かに農民を優先した方法を選ぶだろうと考えた。
大男の話はまだ終わらなかった。
「ここだけの話なんだが」
無精ひげが生えた口がカーラの耳元に近づく。彼は低い声で囁き始めた。
「……十年前。ある地方から貿易商がやってきてな。そいつには息子がいたんだよ。んで、ルミナ様にもコレン様という妹がいたんだ」
適当に青年は嗚呼と相槌を打つ。依頼を受けている蘇生師は掴んでいた情報には淡白だった。むしろ、彼女の妹がどんな状態であるか知っているカーラの方が詳しいのだ。
次の瞬間、小さな余裕に休んだ耳が疑われる。
「その息子とコレン様は恋に落ちて、駆け落ちしてこの街から出て行ってしまったんだとよ」
「駆け落ちした?」
鋭い双眸を大きく開き、驚愕を顕にカーラが言葉を反芻した。かなり大きな声だったせいで、目の前の大男は焦ったように周囲を見回す。幸いにもラピスの大食いが凄まじいことから野次馬達の方が騒がしかった。
「ちょ、兄ちゃん! 気をつけてくれよっ……」
「コレン・エーデルシュタインが駆け落ち?」
繰り返した事実は初めて知るものだった。酒屋のマスターが語った話が本当ならば、幾つかの疑問が生じてしまう。
駆け落ちして街を出て行ったというコレン。何故、彼女はcryを発症してあの館で眠っているのか。そもそも、この事件をカーラ達に話さなかったルミナの本意は何処にあるのか。
「何がどうなっているんだ?」
一度に燻り出した情報にカーラが眉をひそめる。謎を解こうと熱くなった頭を冷やす為、マスターから注がれた酒を一口含んだ。
その時、カウンターの奥のある物に鋭い瞳が留まった。
「おい、ちょっとそれを見せてくれ」
「ん? これか?」
店の奥、棚に無造作に貼られていたある物はカーラに興味を抱かせた。男から手渡しで渡ってくると、青年が早速穴が空きそうなほど見つめ始めた。
「懐かしいな。……それはほら、さっき言った貿易商の息子が置いていった物だ。…………なんだっけな、シャシンていう名前だったはずだぜ」
「これは十年前か?」
「お、おお? 良く分かるな。この端っこに居るのが俺でな。真ん中に居るのが貿易商の息子とエーデルシュタイン家のご姉妹だ」
四角い一枚の紙。そこに映っていたのは色あせた光景だった。十年前の酒屋。丁度ラピスが騒いでいる辺りの場所である。中心に仲の良さそうな姉妹が映っている。二人寄り添う姿は睦まじいが、彼女らは髪の色がそれぞれ違っていた。一人は青い髪で、もう片方の髪は紅かった。
恐らく蒼い髪の少女が姉であるルミナ。紅い髪の少女は発症者のコレンだろう。髪の色を除けば二人は顔や体型、造る笑顔までかなり似ていた。年も近く、傍目からは姉妹と言うより親友の如き印象を受ける。
また、彼女らの後ろには穏やかな笑みを携えた男性が立っていた。彼が貿易商の息子だと、カーラは一目で知る。身につけた衣服が明らかに周囲と違っていた。
「…………っ」
――蘇生師のこめかみ近くに違和感がこびり付いた。手元の中で映る姉妹を見ていると、何かが脳裏で噛み合わなかったのだ。言いようの無い感覚だけがシャシンの上を幾度も泳いでいく。
カーラは礼を言いながら四角い紙を返し、二杯目の酒を一滴も残らず空っぽにした。
《 6 》
暗くなった街を歩く二つの人影。カーラとラピスは館へと向けて帰路を進んでいた。重く静まり返った夜道、ラピスの声が唐突に響く。
「主殿? 何か進展はあったのか?」
「まあな。色々と分かったが、余計ややこしくなった」
駆け落ちしたという妹の存在。十年前の二人を見て覚えた違和感。更にもう一つ、必ず外せない謎が残っている。
「ルミナさんは十年前の事件が原因だと言っていた。……だが、彼女はそれを進んで話そうとはしないだろう。唯一教えてくれたのが十年前に出会った男性に関係している、ということだけだ」
「……謎、とはその男性のことか?」
カーラが後ろを歩くラピスを振り返った。少女の瞳を真っ直ぐ見つめ、やがて視線を外して首を振る。
「いいや」
蘇生師の首が向いたのは真横だった。
「俺が一番おかしいと思っているのは、これだ」
そう言い残すと、青年は懐から一冊の手帳を取り出した。ラピスがそれを見るや、すぐに訝しんだ顔を浮かべる。
「それは発症者の手帳ではないのか?」
「その通りだ。十年前、コレンさんがcryに罹るまで付けられた日記だ」
「…………別におかしいところは無いと思うのだが?」
カーラは日記を懐に戻し、前方へ進むことを再開した。ラピスは無言の背中を追いかける。
「ないんだよ」
「……ない、とは?」
カーラが高い門の前で踏み留まった。エーデルシュタイン家の館はすぐ前にある。
そこから蘇生師はある一点を睨んでいた。
館の表面に貼り付けられた窓の一つ。女性が縁に身体を預け、頭上で満天の星空を輝かせる景色を眺めている。館の主人であるルミナ・エーデルシュタイン。彼女は夜空の下、窓辺で何かを偲んでいるようだった。
「コレンさんが駆け落ちしたという記録。そしてcry発症の記録。両方がなかった。日記に残っていたのは紙を破ったような跡だけだ。考えられるのは……」
「誰かがその記録を隠した、ということか?」
「ああ。当時を知られたくない誰かが隠蔽したんだろうな。その誰かとはおそらく――――」
ふと、敷地に戻っていた二人にルミナが気づく。視線を下げてきたので、ラピスが挨拶代わりに手を振った。彼女もそれにあわせて微笑を浮かべる。
夜闇へと憂いが残った笑顔をルミナは落とした。
《 7 》
ルミナの書斎に蘇生師が訪れたのは夜深い時刻だった。
「何の御用でしょうか?」
蒼い長髪を解したルミナは廊下からノックと蘇生師の声が響くのを聴いた。すぐに鍵付きの扉を開け、カーラを室内へ招き入れる。横に少女の姿は見当たらない。
「ラピスはもう寝てしまった」
「そうですか」
既に夜が更けた時間帯なのだ。ルミナもそろそろ眠りに着こうとしていた。カーラもそれを一目で判断し、時が老けていることを謝った。
「すまない。どうしても訊いておきたいことがあったんだ」
「はい。コレンのことですか?」
「正確に言うと……この日記のことだ」
青年へ座る為の椅子を差し出すと、ルミナの目前に一冊の手帳が突きつけられた。発症者であるコレンが付けていた日記だ。それを青年が話題にしたことで彼女は表情をしかめる。
「察しはついているな? ……十年前のコレンさんがcryを発症するまでの日記。これから欠けたページは何処に行ったんだ?」
ぱらぱら、と手帳が古い記録を積もって開いてゆく。
「これはつい最近破り取られたものだ」
カーラが日記を指差して示す。不揃いに切り取られた跡が日記の折り目に並んでいた。その先からは空白である事も彼は口にする。
「これ以上はここで途絶えている。彼女の最後に何があったのか。それが書かれているのは破り取られたページしかありえない。一体、何処にあるんだ……?」
書斎が静寂で満たされた。ルミナはカーラの問いに何も答えない。彼女の背後で消えかけたランプの輪郭が揺らめいた。俯く彼女の顔により深い影が浮かぶ。
不意にルミナの瞳が正面から真横へと移った。逸らされた視線は書斎に並んだ棚と結ばれる。束の間、彼女はカーラの鋭い瞳から切り離された。
再びルミナが視線を正面に据えた時、口も同時に開き始めていた。
「あなたは何処まで知りえましたか?」
「十年前……コレンさんがある男性と駆け落ちしたというとこまでは知っている」
「では、街から出て行ったはずのコレンがこの屋敷に居たのは驚いたでしょう」
カーラが有無も言わずに頷いた。
「ええ。そうですよね。…………街の人もみんな同様に思っているでしょう」
ルミナの頬に機微を含んだ笑みが浮かぶ。自虐的に見える引き攣った口はカーラに更なる事実を投げかけた。
「駆け落ちは失敗したんです」
「……失敗……した?」
告げられた事実は一瞬だけ蘇生師の顔を驚きで支配した。しかし、彼の語調は裏腹に納得で満ちていた。
「そうか、それが原因か」
コレン・エーデルシュタインがcryを発症するに至った理由。己の生を危ぶませる事件。蘇生師が至った推測はたった一つだった。
「愛する人と共に居られない。そんな苦悩がコレンさんを追いやったのか……」
今度はルミナが静かに頭を下げる。腹の底から煮えくり返るような悲痛な呻きが聴こえた。
「あ……の子はっ、それから壊れてしまって……。破り取った日記には憎悪の言葉を延々と書き続けたのです。私は、それが他人の目に触れてしまうことが堪えられず……」
「…………」
「申し訳ございません……。このような勝手な振る舞い、どう償えばよいか…………」
「いや、別にいいさ」
頭をうな垂れるルミナに対し、カーラは椅子の背もたれに深く身体を預けた。
「ですが、私の不手際で」
彼女の必死な姿勢に、蘇生師は無遠慮な溜息をもって答える。間髪いれず、声が響いた。
「別に嘘のことで謝られても嬉しくはない」
青年の目前で漏れ出ていた呻きが途絶えた。蒼い長髪の女性は面を上げていなかった。下方にうな垂れた彼女から読み取れるのは絶句の気配。是非を挟まないことがルミナの虚言を明るみにしていた。
「な、何を……」
懸命に上げられた顔は震えていた。
「……日記のことだが、知られるのが嫌だったら……何故最初から俺達に渡したんだ? 不信なページを見られるくらいなら渡さない方が手っ取り早い」
ルミナの瞳はカーラの指摘を受ける度に揺れていた。動揺を隠そうにも隠せていない。双眸は鋭い視線から逃れようと室内を縦横無尽に駆けてゆく。
「……そこまでしてあんたはコレンさんをcryから救い出したかった。大事な家族だから、という名目で」
発症者を知れる物。蘇生師が事前に出来る限り用意してくれ、と頼んだ結果、辿り着いたのが彼女の日記だった。
ルミナの渡した日記に基づいて蘇生師は行動している。もしも手元に行かなければ、効率は数段悪化していただろう。だからこそ、彼女の行いは腑に落ちなかったのだ。
「大切な家族の為、日記を破った。……矛盾しているんだ」
「……む……じゅ……ん?」
何も言えない現在のコレンにとって日記はいわば形見だ。言い換えればコレンそのものである。それをルミナは彼女を守ろうと破り取った。
「あんたは、大切なコレンさんの形見を傷つけているんだ」
「あっ」
ルミナが顔を真っ青に染めて立ち上がった。己が仕出かした行為に口を押さえて堪えようとする。身動きできない家族を見守っていたのだが、その形見は躊躇いもなくやぶってしまった。破らない、という選択も彼女の脳裏には浮かんでいなかった。コレンを思っての行動ならば矛盾には容易に気づけたはずだ。
一連の行動と矛盾が意味するのは一つ。
「ただ単純にコレンさんの為ではなかった。つまり日記を破ったのは他の理由があるからじゃないのか?」
「う…………」
「何が本当か。その日記には何が書かれているのか。全て話してもらおうか?」
カーラの更なる畳み掛けにルミナはたじろいだ。唇から漏れる息が時々途切れている。一旦、歯で鍵を掛けた様に口を重く閉じた。彼女の声は急いで開錠を強いられた。
彼女の喉から言葉が突いて出る。
「私は――――」
直後。二人の頭上に破砕音が降り積もった。がしゃん、と盛大に室内が満たされる。二人は真っ先に音源を見上げた。
「……三階からか?」
「っ」
素早くルミナが廊下へと飛び出した。三階から聞こえて来たのは陶器などが壊れた音だ。そのような物が置かれているのは一室しかない。多くの収集物と共に発症者のコレンが眠る部屋だ。
「コレン……!」
カーラも遅れて室外へ走り、一気に階段を昇りだした。
「誰っ!?」
暗闇に覆われた部屋にルミナが大声で問いかける。濃紺の闇からは確かに人の気配が感じられた。
「使用人……じゃないっ?」
ルミナの顔が強張った。名乗り上げない相手は闇に紛れている。目的が不明な今、彼女は警戒を張り巡らせた。
彼女の視線が部屋の片隅へ伸びる。暗闇の向こう側で紅い輝きが認識できた。発症者であるコレンの放つルビーの煌きだ。突然、紅い線が人の輪郭を浮かび上がらせる。欠損が見当たらない全身はルミナに一瞬の安心をもたらした。
そんな彼女の長い蒼髪を撫でる風。
「え」
さっと顔を上げた先で窓が開いていた。コレンの輪郭を浮かばせたのは夜闇に並ぶ星の光だった。同じ闇であるせいか、窓を開けたであろう人物までは見ることが出来ない。
「――動くな」
やけに慣れた声音がルミナの後方から響く。部屋の入り口でカーラが懐に手を潜らせながら立っていた。青年はすかさず衣服から手を取り出した。
彼が握っていたのは黒光りする金属の筒。丁度掌に合う大きさで、窓を向く筒が人差し指の上に乗っていた。
蘇生師はそれを持って腕を直線の如く伸ばす。取り出された物にルミナは困惑していた。自分の頭の横に位置する腕から離れ、微かに見覚えがある筒を凝視する。
「っ!」
眼前の四角い枠に飛び出た濃い影が驚愕の吐息を吐かせた。人の形を一つ描いた闇は即座に落下しようとする。
三階の部屋だ。飛び出しても怪我をする確率が高い。
その時。
――金属の筒が轟音を噴いた。
小さな塊が青年の直線状に飛んでゆく。ルミナは凝視しておきながら正体までは見破れなかった。放たれた物体が人影のあった場所を通過する速度は圧倒的だったのだ。
外れたことを知ると、カーラがすかさず窓へと近寄る。
「待てっ!」
身を乗り出して外を覗き、相手が落ちていったであろう地面へと先程の轟音を何度も唸らせた。カーラが窓から出ていた上半身を戻した際、悔しそうに言い放つ。
「くそっ、逃げられた」
「……今のは……一体…………?」
ルミナが呆然と青年に尋ねかけた。急に起こった騒動に彼女は疲労を全身に漂わせていた。先刻の動揺もあってか、顔までが病的なほど真っ青だ。
「……おそらく盗賊だろうな」
「盗賊?」
「ああ。cry発症者の宝石となった体を狙う奴らだ。あの宝石は天然物で高く売れるからな」
「……そんな」
彼女の顔が不快感で歪む。滔々と話す蘇生師も信じられないといった顔で見つめた。
「発症者だって、人間……なんですよ? 人身売買なんてもうかなり昔に禁じられているはずですっ。それを……同じ人間がどうして……」
ぶつけられた倫理観に蘇生師も割り切れない表情を浮かべた。眉に微かな皺を寄せ、若干低い声音で語り始める。
「向こうはそう思っていないのさ。今の彼女は生きていない……死んでいると決め付けているんだ。それを金に換えても奴らに罪悪感は一切ない」
カーラがふと部屋の扉へと顔を上げた。遅れて数人の使用人が集まってくる。彼らは第一に主人を心配した。
「ルミナ様……壷が割れております」
初老の執事が部屋に散らばった欠片を発見した。報告を受けた彼女は大丈夫だと言い返す。最も大切な物は壊れていなかったからだ。
「……とにかく急ぐ必要が出てきたな」
紅の宝石へと視線を集めていたルミナにカーラが告げた。振り返った依頼主は青年の言葉を自ずと悟る。
「cry発症者を蘇生するか否か」
あのような盗賊が出てきた以上、カーラ達に生と死を議論する猶予はなくなっていた。コレンが奪われる前に蘇生の有無を決める必要があった。
依頼主は青年の冷たささえ感じる問いに返事する。
「はい」
微かな声色の綻びを持った答えだった。
「……何かあったのかぁ……?」
最後に眠たげに瞼を擦るラピスが部屋に入り込んだ。
カーラは入り口に立つ少女の方へ無言で歩き出す。ラピスの声にも反応はせず、黒いコートを翻して部屋を去っていった。その後姿を軽やかな足音が追ってゆく。
「………………」
使用人の一人が窓を閉めた。室内に慣れない金属音が積もっていく。闇が紅い宝石の人体を飲み込み、消えずに片隅にこびり付いたのはルミナの決意のみだった。
早いうちに新しい章を投稿しようと思います。




