↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢は今日も推理する  作者: 深見きくり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/50

Episode44 欠けたるまま



 やがて、撫でる手が止まった。


 侯爵は、目を閉じていた。


 寝息が、小さく聞こえる。


「……お疲れになったのだわ」


 アデライン様が、涙を拭いながら小さく言った。


「お部屋で、ゆっくりお休みいただきましょう」


 私がそう言うと、グスタフが静かに車椅子の後ろへ回った。


 私たちは、誰からともなく扉へ向かった。


  * * *


 廊下では、ルシアン様が壁に背を預けて立っていた。


「終わったか」


「はい」


「泣き声が聞こえたが」


「……大丈夫です」


 ルシアン様は、それ以上は聞かなかった。


「で。どうする」


「どう、とは」


「あの従僕を、突き出すかどうかだ」


「……わたくしが決めることでは、ありません」


 花も、呼び鈴も、庭の像も、この家のものだ。手紙のことは、お父様が決める。


 軽い悪戯だと言う人もいるだろう。けれど、どれも間違いなく、人の手で、わざとやられたことだ。


「決められるのは侯爵家と、うちの父です。わたくしにできるのは、お願いすることだけですから」


「殊勝だな」


 ルシアン様が、少しだけ笑った。


「で、何を願うんだ」


「騒ぎには、したくありません」


「そう言うと思った」


 肩をすくめる。


「俺は今日は非番だからな。侯爵家が届け出るというなら別だが、そうでなければ、仕事が無くて結構だ」




 しばらくして、クラウス様が廊下へ来た。


 話を聞いても、顔色は変わらなかった。


「父には、私から話す。……そのうえで、表には出さない」


 きっぱりとした声だった。


「考えようによっては、めでたい話だ。祝いの詩のとおりのことが、この家で起きたのだからな」


 言ってから、クラウス様は小さく笑った。


 花も呼び鈴も、替えが済んでいる。気づいた給仕には、自分から口止めしておくとも言ってくれた。


「フォルクマーの家には、私から知らせておく。……そこは、伏せるわけにもいかないからな」


「はい」


「手紙のことは、君の家の話だ。ご当主がどうなさるかは、こちらからは何も言わない」


「お父様には、明日話します。……あの詩が、祝いのものだったことも一緒に」


 呪いの予告ではなかったと分かれば、お父様も事を荒立てはしないだろう。


 ……たぶん。




 扉が開いて、アデライン様が出てきた。


 泣き腫らした目のまま、私たちの前で足を止める。


「父には、わたくしからも話します」


 声は、もう震えていなかった。


「この者がしたことも、わたくしが書いた手紙のことも……」


「お嬢様、それは」


「いいの」


 アデライン様は、振り向かなかった。


「……始まりは、わたくしの手紙よ」


 後ろで、ヨナスが口を閉じた。


 アデライン様が、クラウス様に深く頭を下げる。


 それから私に向き直り、もう一度、同じだけ深く下げた。


 私は、黙って膝を折った。


  


 フォルクマー家の一行は、広間へ戻らずに帰ることになった。


 私は、馬車溜まりまで見送りに出た。


 ヨナスが扉を開け、手を差し出す。


 アデライン様が、その手を取った。


 手が離れるまでが、少しだけ長い気がした。


 馬車が動き出す。


 窓の向こうで、アデライン様が小さく会釈をした。


 門のほうへ、車輪の音が遠ざかっていく。



  * * *



 広間に戻ると、宴は何事もなく続いていた。


 楽団の曲は軽やかで、賓客は笑っていて、主賓の卓には新しい薔薇が生けてある。


 姉様が、クラウス様と並んで賓客に囲まれていた。何も知らない顔で、笑っている。


 婚礼は、半年後だ。


 私は、鞄の中へ眼鏡を仕舞った。


 お母様が、扇の陰からこちらを見ていた。


 ……その顔を、なさらないこと。


 言われる前に、私は笑ってみせた。


 人の輪を避けて、窓辺に寄る。


 先ほどまで老侯爵が車椅子を寄せていた場所は、今は空いていた。


 硝子の向こう、暗い庭に、女神の像が白く浮かんでいる。


 頬は、もう濡れていない。


 ……この家に ひとつ 欠けたるまま。


 詩の最後の行を、口の中で唱えてみた。


 七十年前にこの家から欠けた一人は、まだ、あそこに立っている。


 その名を呼ぶ人は、暖炉のある部屋で、今ごろ眠っているだろう。


 ……また、参ります。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。