【055.旅立ち】
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ある夜。
普段は、足元で眠るレフティーが、枕元に来た。
ゴロッと横になると、オレのホオに頭をこすりつける。
そのようすで、オレは気付いた。
そういうことか、と。
「明日、帰るんだね、レフティー」
オレのささやき声に、レフティーは小さくピーッと鳴いた。
「そうか」
オレは、彼女の身体の上に手を置いて、その翼をなでる。
レフティーの身体から、芝生のニオイがした。
太陽を浴びて輝いている芝生の。
おそらく、トールとエレナも同じニオイがするだろう。
そう言えば、彼女たちについてしまった人間のニオイは大丈夫だろうか?
仲間が人間を恐れていなければいいが。
まぁ、そのときは3人でなんとかできるだろう。
いまさら心配しても仕方がない。
彼女とともにマブタを閉じた。
しばらくするとバサッという音がした。
もう一度、バサッ。
マブタを開けようとした瞬間に、胸の上に重みを感じた。
レフティーとは反対側にも気配を感じた。
マブタを開くと、胸の上にトールが、枕元にはエレナが立っていた。
「おまえたちも一緒に寝るか。だが、トール、胸の上はやめて欲しいな」
だが、トールは、そこに腰を落ち着けてしまう。
「やれやれ。エレナはそこでいいな」
エレナもすでに腰を落ち着け、こちらを見ていた。
「おまえたちともお別れか」
トールは、眠たそうにアクビをすると、すぐに丸まって眠ってしまう。
あの小さかったヒナが、もう結構な体重だ。
重いが、これが最後と思えば、我慢もできる。
エレナも身体を丸めた。
「みんな、お休み」
3人は、小さな寝息を立てて、眠る。
マブタを閉じ、オレも眠ろうとするが、トールの重さも手伝って、なかなか眠れない。
自然と今までの思い出がよみがえる。
初めてレフティーと出会ったこと、そのレフティーがエサを食べたこと、卵をふたつ産んだこと、その卵の殻が割れていくところ、中から出てきたヒナのこと、それから……
いつのまにか、オレは夢の世界に入っていた。
翌日。
朝食時にテオと話す。
「どうやら今日、帰るらしい」
テオは、なんのことかわからずに、オレを見た。
「レフティーたちだよ。ゆうべ、3人で私のベッドの上にのってきた」
それでようやくわかったテオは、うなずいた。
「そうですか。お別れの挨拶、ってところですね」
「おそらくね。トールなんか私の胸の上で眠りについたよ。重かった」
「あはは」と笑うテオ。
「朝には、ベッドの足元にいたがね」
「エレナは?」
「レフティーとともに枕元だよ。ふたりはそのままだったね」
「そうですか」
テオがいなくなると、オレは寝室を開け、玄関ドアも開けた。
3人が池へと向かう。
小魚を獲るために。
用意したエサは、ここのところ、食べていない。
小魚の方が、おいしいのだろうか?
それとも小魚の方がカロリーがあって、飛ぶために必要なのかもしれない。
オレは、仕事を休むことにした。
少なくても3人が旅立つまでは。
3人が羽ばたきをはじめた。
バサバサと音を立てる翼。
身体を支えるようにしっかりと踏ん張っている。
飛び立つ前の準備運動だろう。
充分に食べ、全身の羽づくろいを丹念にしたあとだった。
人間なら何か餞別を渡すのだろうが、彼らに持たせられるものもない。
オレは、その姿を見続けるしかなかった。
3人が羽ばたきをやめる。
レフティーがオレに向きなおる。
若いふたりも。
そのふたりの頭に小さなツノが生えているのが見えた。
もう充分な大人になったのだ。
あとは、北に帰り、群れと合流し、パートナーを見つけるだけだ。
レフティーが鳴いた、ピーッと甲高く。
子どもたちも同じように鳴いた。
オレは、うなずいた。
「わかってる。元気でな」
3人がもう一度鳴いた。
それからレフティーが腰を落とし、首をまっすぐ上空に向け、ジャンプした。
翼を羽ばたく。
一気に空へと躍り出た。
彼女に続いて、エレナが、トールが、と続く。
レフティーが先頭に立ち、編隊を組む。
庭園の上を旋回する。
上空から“さよなら”と鳴く3人。
その姿に手を振った。
「気をつけて行けよ!」と両手でメガホンを作って、大声で応えた。
3人は、どんどんと上昇していき、旋回の輪も広げていく。
その姿が小さくなって、点にしか見えなくなった。
その三つの点が、旋回をやめ、北へと進路を変えた。
オレは、その姿が見えなくなるまで、見送った。
城の壁がなければ、地平線まで見続けただろう。
昼食を食べた。
味気なかった。
それでも食べた。
それから仕事道具を片付ける。
明日から事務室での作業に戻るためだ。
それが終わると、寝室を片付ける。
彼らの巣にしていた引き出しをきれいにして、もとの場所に戻す。
そうだ、釣具屋に電話して、エサを断らなきゃ。
すぐに電話した。
釣具屋は、「そうですか、行ってしまいましたか」と残念そうに言った。
室長にも電話した。
「そう。ご苦労様でした」
「明日からそちらでの仕事に復帰します」
「わかりました。陛下には?」
「御知らせした方がいいですね。客人が旅立った、と」
「ええ」
陛下には、メールでお知らせした。
すぐに電話があった。
「もう旅立ったのか?」と驚いている。
「はい。北に向かって、帰っていきました」
「そうか……残念だな。だが、仕方あるまい」
「はい」
「そうか……仕事に戻るのだろう?」
「明日から事務室の方で、再開しようかと」
「そうだな」
陛下の方から電話が切られた。
事務室に仕事道具を運び込む。
「あら、もう持ってきたの?」と室長。
「ええ」
「大丈夫? あんまり顔色がよくないけど」
「ご心配なく。さみしいだけですから」
「そう」
いつでも仕事に戻れる状態にしておく。
だが、時間がまだまだあった。
そこで軽く仕事をはじめた。
何もしていないよりはいい。
室長もテオもマリーンもほかの人間も、そのことを黙認していた。
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