【048.音】
続きを読んでいただき、ありがとうございます。励みになります。
透視装置は、日に一度だけ使うことにした。
別にレントゲンのように生体に影響をおよぼすわけではないが、不必要な負荷は避けよう、と考えてだ。
画像は、コンピューターに収め続ける。
卵の核は、日一日と大きく成長していく。
レフティーの食欲も戻って、健康状態に問題はなさそうだった。
オレの仕事は、リビングで行なっていた。
ひとりでできる仕事で助かった。
脳波のパターンをコンピューターが解析して、イメージ化してくれる。
そのイメージをコンピューター内に記録していくだけだ。
作業は、ぽんぽんと進む。
昼食は、自分で作った。
エサは、マリーンが購入してきてくれる。
夕食は、テオが作ってくれた。
ときおり、マリーンを夕食に呼んだりする。
寝室には、誰も入れなかった。
卵が産み落とされて2週間も経つと、こちらもすべてが普段の行動となっていた。
透過画像で見る限り、卵の中のヒナはその成長を日々続けている。
テオもマリーンも、まだかまだかと訊いてくるが、まだまだだ。
卵の中でヒナが窮屈そうになってきたのは、そろそろひと月が経ったころだった。
もうじきだ。
いつ生まれてもおかしくはない。
レフティーもそのことに気付いているらしく、落ち着きがない。
早朝、その音で目が覚めた。
なんの音かと思いながら、まずレフティーを見た。
彼女も音に気付いたらしく、立ち上がって、卵を見ていた。
そう、音がしているのは、卵だった。
コツコツと叩くような音。
黒い楕円の卵が、ユラユラと揺れている。
両方ともだ。
コツコツ、コツコツ。
レフティーは、ただ見つめるだけ。
オレもただ見つめていた。
産まれるのだとわかっていた。
どう産まれてくるのだろうか?
殻の厚みは、それなりにあるはずだ。
ちょっとした力で割れるような厚みではない。
音が大きくなる。
卵のひとつにツノが生えた。
穴が開いたのだ。
そのツノが引っ込み、すぐ近くにまた現れる。
殻にヒビが入り、押し広げられ、中でうごめくヒナがチラチラと見えた。
ピンクの肌をした動物。
ヒビ割れた殻が、ヒナによってはがれていく。
背中に小さな翼。
単なる平たい肉だ。
頭にツノはない。
さっき、殻から突き出てきていたのは、ツノではなく、口の先端の硬いものだった。
鳥のクチバシの先といった感じだ。
レフティーには見られない。
もうひとつの卵も殻が割られた。
出てきたのは、やはりピンクの肌。
見分ける特徴は、ない。
どちらともなく、甲高く鳴き出した。
その鳴き声で、レフティーが目をパチクリし、ふたりのまわりの殻をのけはじめた。
レフティーがオレに向かって、一声、発した。
彼女の頭が、柔らかいエサを指していた。
思わず、エサをピンセットでつまみ、彼女に差し出した。
それをひったくるようにくわえると、片方のヒナに与える彼女。
オレは、次から次に彼女に渡す。
彼女は、交互にヒナに与えていく。
ヒナはどちらも彼女の腹の下で、ピーピー鳴きながらエサをぱくつく。
もちろん、親と同じように丸飲みだ。
腹が満たされると、今度は寝息を立てながら眠り込む。
そうなるとレフティーもオレもホッとひと息つける。
それでもレフティーにエサを与えるのを忘れない。
本人は、かなり食べた気になっていたらしい。
自分から催促してこないのだ。
こちらからエサを目の前に差し出すと、一瞬、キョトンとした表情をした。
それから目を細め、うれしそうにエサを食べはじめた。
レフティーは、普段どおりの量を食べると、落ち着いてヒナたちを温める。
オレは、タオルに散らばった卵の殻を拾い集めた。
そのようすをレフティーは、ウトウトしながら見ていた。
自然界でも卵の殻は、捨てているのだろうか?
生物によっては、それを食べたりもするのだが。
まぁ、レフティーが気にしていないようなので、捨てるつもりだ。
集めた殻をビニール袋に入れて、リビングのテーブルに置く。
それからフェイスでメールを作成して、室長に送信した。
卵が孵化して無事に産まれた、と報告したのだ。
ドアの開く音とともにテオが出てきた。
眠そうな顔をしている。
「おはよう、テオ」
「おはようございます、先生。早いですね」
「ああ、起こされてね」とビニール袋を持ち上げた。
それを見たテオは、しばらく意味がわからずにいた。
「卵の殻だ」
目をパチクリとしばたたくテオ。
それから駆け寄ってきた。
オレからビニール袋を受け取って、中身を覗き込む。
「産まれたんですか?」と袋から目を離さずに言う。
「ああ。すぐにエサを食べたよ。今、眠ってるところだ」
オレに顔を向けるテオ。
「どんなです?」
「まさしくヒナだね。口の先にツノのようなものが生えていて、それで卵の殻を割って出てきた」
「いいなぁ、見たかったです」
「撮影しておけばよかったね。だが、そんなことを考えてる暇がなかったよ」
「そうかもしれませんね。これ、もらってもいいですか?」と袋を持ち上げる。
「いいよ。だが、どうするつもりだね?」
「組み立ててみます」
「組み立てる?」
「ええ。もとの形に。ジグソーパズルみたいなもんですね」
「だが、ふたつとも入れてしまったから」
「そのくらい平気です」
彼は、袋をテーブルに戻して、トイレに入っていった。
「パオロ」と声をかけられた。
振り返るとテディーがそこにいた。
「朝食を用意しましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
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