構造が機能を産むのではない。機能が構造を要求するのだ。
<構造が機能を産むのではない。機能が構造を要求するのだ。>
これ流行らせたいです。いわゆるコペルニクス的転回です。
・真実が先にあり、事実がそれを裏付ける。
・結果が先に決まっており、過程はその辻褄合わせに生じる。
・歴史は物語として既に現在に存在し、過去の事実記録はそれを補強する。
・私とは何かの定義があり、私の人生はそれを表現する。
・概念の必然が先にあり、物理の偶然はそれを可視化する。
いろいろと展開することが可能です。
魔法使いの基本原理とも言えますね。
・生活をしても人生にはならない。人生をするから生活は意味が満ちる。
人類の問題の本質をざっと説明しましょう。ものすごく簡単なので笑えます。
これまでの人類:
五感の認識範囲で生活する
→ 摩擦・軋轢
→ 他人に対する恐怖
→ 人間への誤解
→ 心への配慮喪失
→ 同意なき競争社会
→ 世界なんてこんなもん(世界理解)
→ 受け入れがたい不条理・死(恐怖の実現)
これからの人類:
概念で世界の本質を知る
→ 心の本質を知る
→ 人間の本質を知る
→ 相互信頼ある平和
→ 本当の生活の謳歌
→ 新しい文化・文明
つまり、生活理解や実践を先行させるのではなく、世界(人生)理解を先行させるようにすれば、圧倒的に人類は生きやすくなります。詳細を述べるなら、次のような感じです。
因果逆転後の課題
第1段階:形而上学
世界とは何か?(ヘーゲル『大論理学』) → 私の想いが創り出し、認識している現象(カント『純粋理性批判』) → 私しかいない(仏教「唯識」「空」) → 恐怖の対象の喪失
第2段階:深層心理学(自己の制御、心の理解)
世界は私次第(神話と元型) → 能動性獲得 → 自信獲得 → 尊厳ある私
第3段階:現象学(他者の意味)
私と他者の対称性 → 他者の尊厳の認識 → 他者との有機的関わり → 他者の中の資源利用
第4段階:技術、文明、文化
本心での共同 → 私と他者の境界喪失 → 楽しい → 私の世界の平和
つまり、生活人と人生人はちょうど出発点が逆なのですね。これ、魔法の原理から言えば、「構造が機能を産むのではない、機能が構造を要求するのだ」となります。
魔法使いが生活ではなく、人生からスタートしている存在であることはわかると思います。そして、魔法使いはゆえに人の心を知ります。自分の心と他者の心を入れ替えても成立するような生活こそ、大事だということを概念として理解します。
人類が本質的に見落としているのは、この手の対称性でしょう。自分さえよければいい、というのが世界を壊しているのです。そして、それについてすら、自分さえよければいいを発動すると思います。
これだけわかった段階でも、なお自分勝手に怠惰であることを人類は恐らく選択すると思います。何わかったようなこと述べてるの? 頭おかしいんじゃない? とすら言って、わからなかったことにするでしょう。怠惰なのです。
しかし、世界とは変化を本質とします。順風ばかりではないです。凪もあれば逆風もあります。魔法使いは全天候型人間ですが、魔術師程度は天候特化型です。いろんな種類の魔術師が死に絶えていく中で、世界が存続するときに常に残っているのは魔法使いです。
魔法使いは知っているのです。そして、結局は「知は力なり」です。いずれ怠惰でありたい人類も、それでは生きることも叶わないようになるのです。いや、もっと言えば、生き生きと能動的に生きている魔法使いたちをしり目に、ただただ奴隷のように生活する自分を比較することになります。
世界を知ろうとしない、人間の心の本質に触れない、というのは、魔法使いから見れば、もう今の段階ですら、非常に劣った生き方になっているのです。そう、哀れで泣きたくなるくらい。
だんだん、理屈が押しつけがましくなってきましたが、
仕方ないですよね。
人生とは戦争なのです。
きっとそんなこともわからないほど、怠惰になっているのです。
実際のところ、深層心理学の過程が人間の人生です。
こいつは理屈では簡単に述べてますが、無意識や超越意識との自我を通した交渉です。
つまり、わからずやでわがままで醜くて受け入れがたい自分自身の衝動と戦い、
それを自分の認識を超えた力(変化)の助けを借りながら、
自分の能力を拡大していく過程になります。
理想の自分なんてのを破壊されるのは、ものすごい痛みになります。
今の人類はその痛みを自分で引き受けずに、弱者へ責任転嫁しているだけです。
弱者の方が、いずれその責任のおかげで強くなるでしょう。
魔法使いというのも基本的には、責任を押し付けられて、
自分の課題以上の課題に立ち向かった結果として生じることが多いようです。
この痛みある過程を、理解して進めば楽しいというだけです。
この過程を『パスワーク』は非常に適切に案内するのです。




