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目を閉じれば  作者: さち
第2章 動き出した時間
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幸せの定義

「ここ、どうした?」

「うん…」


部活で自分とほとんど同じ体重の子を上に乗せることが多かったために腰を痛めた


肩と腰に低周波を流すための電極を付けられている時だった


「ちょっとね…」

「いや、これはちょっとのレベルじゃねーよ

ごめん、触るな」

「うん…」


そう言って触られたのは右の肩甲骨あたりだった


「押すよ」

「うん」


そこを押された瞬間思わず痛すぎて声をあげた


「おい!葉山ー!今度はなにしてんだー」

「痣があったので確認してましたー」

「セクハラしてるのかと思ったじゃないか(笑)」

「そんなことしないですって!」


「ごめん、痛かったな」

「そこどうなってるの?」

「わりとでかい痣になってる

何された?」

「何かわからない固いので殴られた」

「ちょっと熱持ってるし腫れてるから、冷やそうか」

「うん」

「冷たいよー」

「はーい」

「よくこれで、部活までやってきたな

相当痛かっただろ」

「筋肉痛とそんなに変わらない感じだったよ?」

「それは我慢強いっていうか、なんて言うか…」

「ん?」

「何でもないですー、しばらくそのままでいてくださーい」

「はーい」


そのまま臣史くんは別の患者さんの治療に入った

他の先生たちの様子も見ていたが

あまりにもつまらなくなって

隣の患者さんの治療をしていた椎名先生の背中をちょっと突いてみた


「うわっ!びっくりしたなー

何するんだよー」

「えへへ」

「椎名くん、どうしたの?」


隣の患者さんも話し出した


「この子がー、俺の背中急に突いてきたんですよー」

「お嬢ちゃん、やるじゃん!」

「いやいや、この子手癖悪いだけですよー」

「そんなことないもん、しいたけ」

「しいたけ?」

「あだ名だよ、かわいいでしょー」

「え?」

「ん?」


「あー!もうすいません、この子」

「葉山先生?」

「ちょっとずれてるんですよー

俺のこと可愛いとか言いますから(笑)」

「え?葉山のこと可愛いって言ったの?

そりゃー、変わってるな(笑)」

「だってフレンチブルドックみたいな顔してないですか(笑)?」

「ぶっは!」


周りの人がみんな笑っていた

人の笑顔を見れるだけで幸せだった




「葉山先生、うちね、

どれだけ自分が犠牲になっても周りの人が笑っててくれるだけで幸せ」


貴方の表情は曇った


「それは幸せって言わないよ」

「え?」

「自分自身が幸せにならなきゃ」

「どういうこと?」

「確かに自分の周りの人が笑顔で過ごしてるのは嬉しいよ

だからって自分を犠牲にしちゃいけないんだよ

自分が苦しいのに、周りの人が笑顔だったとき

あずさちゃんはどう思った?」


どう思った…?


「ずるいって思わなかった?理不尽って思わなかった?

自分はこんなに苦しい思いしてるのにどうしてって」


今まで、自分の感情にも意思にも全部蓋をしてきていた

だからそんなこと考えたこともなかった


その重い蓋を少しずらされた

そして気づきたくなかったことに気づいてしまった


「思った…」


頬を一つ、二つと涙が伝った





こんな汚い自分に気づきたくなかった

他人の幸せに本当は嫉妬していたんだ


自分が手に入れられなかった幸せ

虐待されていない人

いじめられたことのない人

裏切られたことのない人


そんな人たちのことをずっとずるいって思っていたんだ


虐待から逃げようと思えばそりゃあ、逃げられたかもしれない

けれど、養護施設に行けば面倒を見てもらえるのは18歳まで

大学へ行くのは簡単じゃない

大学に行くために自分は、お母さんから日々暴力を振るわれても、

暴言を吐かれても逃げないっていう選択をしたんだ


自分を苦しめてるのは自分だった?

大学行くって選択を諦めて逃げればよかった?

そしたら自分はこんな汚くてずるい人間にならなかった?


もし、自分じゃない人がいじめられていたとして

自分はそれを助けられた?

止めなよって言えてた?


絶対、言えない…


だから、いじめられるのが自分でよかった

そう思った

自分がいじめの標的のうちは他の人はいじめられないから


「自分も汚い…」

「どうした?」

「自分も汚い人間だった…」

「それは違うよ、みんな嫉妬はするんだよ

できることもできないことも人によって違う」

「自分、何にも努力してないのに

周りの人のことずるいって思ってた…」

「そんなことないよ

あずさちゃんはずっと独りで耐えてきた

誰にも頼れなかったのかもしれない

それでもずっと独りでここまで耐えて、生きたのは偉いよ

確かに目に見える形じゃなかったかもしれない

でも、自分のこと傷つけてでも生きてきたあずさちゃんは偉い

その命を投げ出さなかっただけでも頑張ったよ」

「んっ…」

「頑張った…」


涙が止まらなかった






涼に裏切られたもの自分のせい

自分が涼の苦しみに気づいてあげられなかったから


お母さんに殴られたり、暴言吐かれるのも

自分が悪い子だったから


だから耐えることが償いになると思った


それも

「違うよ

その、涼ってやつもきちんと口で言えばよかったんだよ

暴力で解決するんじゃなくて

ちゃんと話し合えばよかった

お母さんからそんなことされるのも

あずさちゃんのせいじゃない

自分の親の理想になんて、誰もなれないんだよ

だって違う人間なんだから

いくら親子だって、違う人間

考え方も違うし、幸せの形も違うんだよ

だから、自分の思い通りにならないからって

暴力を振るったり、暴言を吐くのは間違ってる

大丈夫、あずさちゃんが全部悪かったわけじゃない」



ずっと罪の償いだと思ってた

痛いのも苦しいのも





ねえ、臣史くん?

ありがとう


ずっと自分の中にいた

重い足枷と手錠で繋がれていて苦しみと絶望の淵で

幸せや自由になることを許されなかった

8歳のままのボロボロで無表情だった人形のような自分が

その足枷と手錠から解放され

涙を流し笑った気がした



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