36話:ラビットハウス・オン・ザ・ラブ!④
「杉崎、お前好きな子いるんだって?」
「同じクラスの女子って、ほんとか?」
「絶対に誰にも言わないって! 約束するって!」
「どうせもうすぐ卒業して中学生になるんだしいいじゃん、教えろよ」
「ええ、マジかよ? あいつのことが好きなの?」
「お前、趣味悪いな」
「だって、あいつブスじゃん」
「暗いし、いつも無表情だし、みんな可愛くないって言ってるぜ」
「やーい! 杉崎のブス専!」
「みんなに言ってやろう! 嫌なら本人に告白してみろよ!」
「なぁ、おい、あいつがお前に話があるってよ」
「あいつ、お前のことが好きなんだってよ」
「『誰それ?』だって……完全に眼中にないみたいだぜ、お前」
「わるぃ、杉崎……俺たちそんなつもりじゃなくてよぉ……」
「もしかして、あの子のこと好きなの? 一目惚れでもした?」
「いや、べつに、そんなんじゃ……」
ガキの頃を思い出してしまい、おもわず否定してしまう。
「じゃあ、なんでそんなに気にしてるの? ちょっと異常だよ、ぶっちゃけ」
「そ、それは……」
必死に頭を凝らしては適当な方便を考える。
小学生の頃の苦い思い出から、素直に打ち明けるという行動はできなかった。
「……かわいそうだから」
「かわいそう?」
「だって、かわいそうじゃん。せっかく転校してきたのにクラスにも馴染めず、友達もいないままで……それだけでもひとりぼっちはつらいのに、へんな出来事に2回も巻き込まれて……」
自分でも最低で身勝手な言葉だと思った。
一方的で押しつけがましく、思えてくる。
だけど、心からの嘘というわけではない。
俺も綾野と同じメンヘラだ。
だからこそ――彼女の苦しみが、わかる。
ひとりぼっちのつらさは――わかる。
「つまり、学校はおろかクラスにも馴染めていないあの子があまりにもかわいそうで不憫ってこと?」
織部にとっては理解不能な感情だったのだろう。
それまで眉をひそめていた織部は心底呆れたように盛大に大きな溜息を吐いてから言った。
「くっだらないわねぇ」
「!?」
一瞬、目を丸くする。
しかし、次の瞬間、俺は頭をカッと熱くする。
「そんなの本人の問題なんだし、放っておけばいいのよ。そうやって周りが右往左往するから、あの子もわがままを言い放題で付け上がるのよ。世間はあの子のママじゃないわ」
「そんな言い方はないだろう……!」
頭に血がのぼり、織部に詰め寄る。
「!?」
今度は織部が目を丸くする。
「ひとりぼっちのつらさが、わかるのかよ!」
俺は高ぶる感情のままそう吐き捨てる。
「スクールカースト上位の陽キャはいいよな……」
「はぁ? すくーるかーすと? ようきゃ?」
「ていうか……女はいいよな」
「…………」
困惑していた織部が眉をひそめる。
「みんなでお手々繋いで仲良くっていうかさぁ、みんなで、おんなじようなことをして、おんなじようなことを言い合って……あげく、つまはじきされた子をみんなして無視してバカにしてさぁ……」
「…………」
「ほんと、女ってのは陰湿だよな」
突然、音がした。
無機質で甲高い音だった。
その音が聞こえた瞬間、俺はようやく我に返る。
織部が下駄箱を力任せに蹴り上げたのだ。
その瞬間、彼女のスカートの中がしっかりと見えた。
そして。
「……うん」
静かだった。
「そうだね。そうかも」
掠れていた。
「たしかに杉崎くんの言うとおりかも」
震えていた。
「私って陰湿かも」
声が、身体が、瞳が――。
「これで満足!!!」
織部は叫んだ。
両の腕を振りながら。
荒い息を吐きながら。
瞳を充血させながら。
俺は呆気に取られてしまい立ち尽くしてしまう。
そんな俺の顔を見て、彼女は心底おかしそうにわらう。
「きみって、いっつもそうだよね」
「…………」
「杉崎くんってさぁ、誰かのことを考えているようで、ほんとは自分のことばっかりだよね」
織部が静かに詰め寄ってくる。
「さっきから聞いてれば結局、自分が『こうなってほしい』ことばっかりじゃん。それで周りが自分の『都合の良い』ように思い通りに動いてくれたら最高だよね」
ドキッとした。
「『転校してきた女の子がかわいそうで心配なんだ! だから助けてあげたいんだ! だから、みんなもあの子と仲良くしてあげて!』ってこと? ほんっと、楽しそうな暇の潰し方だね、あはは……」
空虚で皮肉めいた笑い声をあげる織部に俺はなにも言い返すことができない。
だって、結局、俺はまた同じことをしていたことに気が付かされたのだから。
あの日、あのとき――彼女に拒絶されて失意のまま銀座の通りを歩いていたときと同じように。
しかも、今度は赤の他人……しかもこんな小さな女の子に、だ。
「ご、ごめん、そんなつもりじゃあ、なくて……」
「さっきの言葉、そっくり、そのまま返すわ」
「え?」
言葉を遮られる。
「きみって、ほんと、自分勝手だよね」
「!?」
またもや胸が張り裂けそうになる。
「ていうか、他人に興味ないよね。いつも自分のことばっかりで他人の気持ちを考えないんだもん」
「……ごめん。軽率だった、ほんとにごめん……!」
そのとき、織部の瞳がまたおかしそうに揺れる。
「なんできみがあの子のことをそんなに気にするのかはわかんないけど……ひとりよがりはやめなよ。すっごく、かっこ悪いよ」
「…………」
「きみに女のなにがわかるの? きみに私のなにがわかるっていうのよ? 知りもしないのにやめてよ。きみは男じゃん。他人じゃん。……他人だって生きているんだよ」
「…………」
自分は他人じゃない。
他人だって生きている。
それは至極当然のことだ。
他人には他人だけの視点が……気持ちがある。
俺だけの気持ちがあるように。
綾野にも。
織部にも。
「これは私の気持ちだけど……あの子も、そんな人になにもして欲しくなんかないと思うよ」
「!?」
それが、一番心にきた。
俺はもう本当になにも言えなくなってしまう。
ただ無言のまま俯いたままになってしまった俺を見て、織部はまた大きな溜息を吐いた。そして、おもむろに自身が背負っていたボロボロの赤い安物のランドセルを開き、一冊の本を取り出す。
表紙には、この学校の蔵書印が捺されている。
「この本、さっき私が図書室で借りたの。ほんとはだめだけど、きみに貸してあげる」
「え?」
「私の代わりに読んで。しっかりと。何度も。何度も、何度も」
念を押すようにして織部は言う。
「で、でも……なんで俺が代わりに?」
「うさぎが死んだ理由。知りたいでしょう?」
「!?」
「あの子のためにも」
「…………」
結局、俺は本を受け取る。
織部は本を手渡してから静かに言った。
「……私、うさぎが死んだ原因わかるよ」
「ほんとに?」
「たぶん、だけどね……」
そこまで言って、織部は少しだけ目を伏せる。
彼女のその瞳は初めて憂いを帯びているようだった。
そしてきつく口を閉じてから。
まるで死んだうさぎに慰霊と鎮魂の黙祷をささげるように、一度だけ目を閉じてから。
彼女は静かに口開いた。
「うさぎを殺したのは、綾野本人よ」




