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元子爵令嬢と無表情男  作者: 樫本 紗樹
おまけ 【内緒ですが恋愛結婚です】裏話
11/11

その3後編 最終話辺りの二人

ヘンリーとエマの話なので、裏話とは少し違いますが

お付き合いくださればと思います。


 半年後。



 エマの陣痛が始まった。ヘンリーは産婆を手配しており、彼女は自室で出産する事になっていた。しかし難産で、陣痛が始まって一日半以上経ったにもかかわらず、未だに産声はその部屋から聞こえてこない。彼は落ち着いて仕事が出来なかったが、家宰の仕事部屋に籠っていた。自分の部屋にいる方が落ち着かなかったのである。

 ノックする音がしてヘンリーが返事をすると、レイがカップを手に入ってきた。

「ろくに食事もしていないんだって? 牛乳くらい飲んだ方がいいよ」

 そう言いながらレイはカップを机の上に置く。湯気がゆらりと立ち上るのが見えた。

「ありがとうございます。まさかこんなに時間がかかるとは思わなくて」

「こればかりは個人差があるからね。私が娘を産んだ時は三日かかったよ。それに比べたらまだまだじゃないか」

 レイの言葉にヘンリーは眉根を寄せる。彼女はそんな彼を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だよ。エマはとてもいい子だし頑張り屋だ。赤ちゃんだってきっとそんな母親の為に元気に出て来てくれるさ。だから牛乳を飲んで。父親がここで倒れたら恥ずかしいと思わないかい?」

「そうですね、ありがとうございます」

 ヘンリーはレイの気遣いに感謝した。家政婦長のレイはヘンリーがこの家にアルフレッドの従者として入ってからよく声を掛けてくれた。彼女はこの屋敷で働く者は全て自分の家族なのだと言って、職場の雰囲気をとてもよくしている。それは家宰となった今とてもありがたく、感謝してもしきれなかった。彼は大人しく牛乳を飲んだ。

 その時廊下を走ってくる音がすると思ったら勢いよく扉をノックする音が響いた。

「ヘンリーさん、産まれました! 元気な女の子です」

 その声にヘンリーの顔は緩み、レイは微笑んだ。

「おめでとう。呼びに来たという事はもう部屋に入れるだろう」

「ありがとうございます、行ってきます」

 ヘンリーは扉を開けると早足でエマの部屋へと急いだ。こんな時でも彼は走るという事をしない。レイはそんな彼の背中を呆れ顔で見送ると、部屋の扉を閉めて自分の仕事に戻っていった。



「エマ、大丈夫ですか? よく頑張りましたね」

 ヘンリーの声にエマは頷いた。彼女の横には女の子が寝ている。彼はその子を愛おしそうに見つめた。

「可愛い子ですね。エマ、本当にありがとうございます」

 ヘンリーはエマの手を握った。顔は今にも感動で泣き出しそうである。その表情が珍しく彼女は笑ってしまった。

「大袈裟です」

「そのような事はありません。出産がこんなにも大変だと思っていませんでした。子供は一人で十分です。この子を二人で大切に育てていきましょう」

 エマは頷きながら寂しさを感じていた。子供は一人で十分というのが、もう女性としては必要ないと言われたみたいでとても悲しかったのだ。



 更に半年後。



 サラも長女を出産し、ウォーグレイヴ家はにわかに騒がしくなっていた。最初はエマが乳母をやるという話だったのだが、一人では大変だろうとヘンリーが乳母を雇い、エマは侍女兼乳母という非常に曖昧な状況で仕事に復帰していた。それでも自分の娘エミリーだけでなく、サラの長女ライラに乳を与える事もあり、彼女は曖昧なりに満足して働いていた。

 問題はヘンリーとの夫婦生活の方であった。彼は元々誘ってきたりしない。それでもそういう雰囲気を醸し出す時がある。エマはそれを感じ取り、そういう雰囲気を自分も纏って肌を重ねていたのである。しかしこの半年、彼からそういう雰囲気を感じる事はなくなっていた。

 本来なら自分でエミリーを育てるべきなのだが、サラの乳母が気を利かせてエミリーもたまに預かってくれるので、エマはそれに甘えている。その乳母は昼夜逆転の生活をしていた。昼間はエマが主に乳母の仕事を担当していたのである。昼間はサラも積極的で新米母親同士、色々と相談をしながら楽しく育児をしていた。そしてそれをメアリーは羨ましそうに見ていた。

「今夜は預かって貰ったのですか?」

「はい。たまにはぐっすり眠って下さいと言われました。こんなに気を遣って貰っていいのでしょうか」

「大丈夫ですよ。彼女には多めに給料を支払っていますし、経験も豊富な方ですから」

 ヘンリーが優しく微笑む。エマも笑顔でそれを受ける。

「折角の御好意です。今日はゆっくり眠りましょう」

 ヘンリーはそう言うとベッドに横になる。しかしエマは素直にベッドに入ることが出来ず、脇で立ち尽くしていた。

「どうかしましたか?」

「ヘンリーさんはもう私に女性的な魅力感じませんか?」

 エマは悲しそうな表情を向けた。ヘンリーは驚いて起き上がる。

「そのような事はありませんよ。どうしたのですか、急に」

「急ではありません。では何故私に触れて下さらないのですか。私はずっと寂しいのです」

 エマは俯いた。ヘンリーは彼女の手を取りベッドに座らせると優しく抱きしめた。

「すみません。エマが疲れているだろうと遠慮していました」

「それなら今夜抱いてくれますか?」

「急にと言うのは大変でしょうし、抱きしめるだけで十分でしょう?」

 エマは首を横に振った。

「私は寂しいのです。クリフォード様が普通ではないと言うのはわかっているのですけれども、毎日求められるサラ様が羨ましくて仕方がないのです」

 サラはそんな日常に辟易していてエマの事を羨ましがっていた。所詮隣の芝生は青いのである。

「毎日こうして触れ合う時間を持つのはどうですか?」

「どうしても抱いてくれないのですか? 私は妊娠が嫌だなんて思っていません」

「私はあの二日間辛かったので、出来たらもう経験させたくないのですけれど」

「私が辛くないと言っているのですからいいではありませんか。抱いてもらえない方が辛いのです」

 エマはヘンリーと結婚してから彼に寄り添おうとしてか自己主張をあまりしなくなっていた。そんな彼女がここまで言うのは珍しく、彼はまた彼女に我慢させていたのだと気付き反省した。

「わかりました。ではまた結婚当初のように徐々に進める形でいいですか? 急にと言うのは私に抵抗があります。私は坊ほど若くも身勝手でもありません」

 エマは微笑んで頷く。ヘンリーが自分を大切にしてくれているのは伝わった。

「では横になりましょう。今夜はゆっくり出来るのですから目を閉じて早く眠りについた方がいいですよ」

 ヘンリーの言葉にエマは頷いて横になると瞳を閉じる。彼女は初めての口付けを彼も覚えていてくれたと思うと嬉しかった。彼女の頬に彼の手が触れたと思うと優しく唇が重なる。彼女は嬉しくて微笑んだ。目を開けるとそこには優しそうな表情の彼がいた。

「ヘンリーさん、愛しています」

「私も愛していますよ、エマ」

 そうして二人は再び唇を重ねた。

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