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第36話 外の世界へ

カイは静かに二人へ視線を向けた。


「では、高橋さんと光輝さん――こちらへ来てください」


声を掛けると、二人は顔を見合わせ、小さく頷いて歩み寄る。


近くまで来た二人を見据え、カイの表情が引き締まった。


「これから外へ出ます。」


穏やかな声だったが、その瞳だけは真剣そのものだった。


「くれぐれも僕たちの傍を離れないでください。勝手な行動をされると、守れるものも守れません。」


一拍置き、念を押す。


「……いいですね?」


その空気に飲まれたように、二人は背筋を伸ばした。


「はい。」


短い返事だった。


カイは満足そうに頷くと、今度は工場の中へ向き直る。


「それでは、一度外へ出ます。皆さんはここで待っていてください。」


その言葉をきっかけに、人々が小声でざわめき始める。


「本当に大丈夫なのか……」


「危なくないのか?」


不安が工場中に広がる。


「静かに。」


中山の低い声が響いた。


ざわめきが止まる。


中山は陸と光輝へ真っ直ぐ視線を向けた。


「必ず帰ってこい。」


静かな声だった。


「何を見て、何を聞いたか……全部教えてくれ。」


少しだけ口元を緩める。


「俺たちは、お前たちを待ってる。」


陸と光輝は力強く頷いた。


「はい。」


「任せてください。」


それを見届けたカイは、小さく微笑む。


「では、行きましょう。」


工場の重い扉がゆっくりと開き、一行は外へ出た。


その途中、グロスが足を止める。


「俺はテルマを呼んでくる。」


「わかった。俺たちはここで待ってるよ。」


とカイはグロスにそう告げた。


カイの言葉を聞きグロスは軽く手を挙げ、そのままギルドへ向かって走り去った。


美桜は木刀の柄を握り直し、小さく呟いた。


「……どんな魔物がいるんだろう。」


手のひらはじっとりと汗ばんでいる。


隣を歩く湊が肩をすくめた。


「またゴブリンとかじゃね?」


「さあ、どうだろう。」


カイが苦笑する。


「僕も、そんなにたくさんの魔物を見たわけじゃないからね。」


その時だった。


「あの。」


後ろから声が掛かる。


陸は少しだけ表情を引き締め、カイへ視線を向けた。


「桜井さん……でしたっけ?」


「はい」


「でも、カイでいいですよ。みんなそう呼んでますから。」


「分かりました。」


陸は嬉しそうに笑った。


「じゃあ俺のことも陸って呼んでください!」


親指で隣を指す。


「こいつは光輝で大丈夫です!」


「おい。」


間髪入れず、光輝が小さく睨む。


陸は首を傾げた。


「ダメだったか?」


「ダメじゃない。」


光輝はため息をつく。


「勝手に決めるなって話。」


「いいじゃんか。」


陸は悪びれもせず笑う。


「減るもんじゃないし。」


二人のやり取りに、美桜は思わず口元を緩めた。


さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。


「あ、それでさっき話を聞いていて思ったんですけど……」


一度言葉を切る。


何かを決心したように、小さく息を吸った。


「俺たち、多分タメですよね?」


カイは首を傾げる。


「え?」


「だから……敬語なしでもいいですか?」


一瞬、場が静まり返る。


「あ……まぁ。」


カイは少し戸惑いながらも笑う。


――バシッ。


乾いた音が響いた。


「いてっ!」


頭を押さえる陸を見て、光輝が呆れたようにため息をつく。


「誰がそんな真剣な顔して言うんだよ。」


「大事なことだろ!」


陸は即座に言い返した。


「俺、同い年とはタメ口で話したい派なんだよ!」


「知るか。」


光輝は肩をすくめる。


カイは耐えきれず吹き出した。


「ははっ。」


自然と笑みがこぼれる。


「改めて――僕は桜井海。」


右手を差し出した。


「よろしく、陸。光輝。」


「俺は高橋陸!」


勢いよくその手を握る。


「よろしくな、カイ!」


続いて光輝も手を差し出した。


「葛西光輝。」


少し照れ臭そうに笑う。


「よろしく頼む。」


「ああ。」


カイはしっかりと握り返した。


「みんなも紹介するよ。」


美桜へ視線を向ける。


「この子が美桜ちゃん。」


「篠崎美桜です!」


ぺこりと頭を下げる。


「よろしくお願いします!」


「隣が弟の湊くん。」


「湊です!」


元気よく頭を下げる。


「よろしくお願いします!」


「それで、あそこに座っているのが二人のお母さんのシズカさん。その隣がエナ。」


階段に腰掛ける二人へ視線を向ける。


その瞬間、陸は迷わず二人の元へ歩いて行った。


膝をつき、深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございました。」


顔を上げる。


「俺を助けてくれたんですよね。」


「当然のことをしたまでですよ。」


エナは優しく微笑んだ。


その隣で、シズカも柔らかく笑う。


光輝も静かに膝をつく。


「俺からも、お礼を言わせてください。」


短い言葉だったが、その声には心からの感謝が込められていた。


立ち上がった光輝は、陸の肩を軽く叩く。


「お前のために頑張ってくれたんだ。」


エナを見る。


「少し休んでもらおう。」


「あ……そうだな。」


陸は慌てて立ち上がる。


「また元気になったら、改めてお礼させてください!」


エナは小さく頷き、穏やかな笑みを返した。


カイは陸たちへ視線を向け、落ち着いた口調で言った。


「じゃあ、もう少しここで待ってよう。グロスたちが戻ってくるまでな」


陸と光輝は黙って頷き、その場で待つことにした。


それから数分後――。


人影が近づいてくる。


「戻ったか」


カイは階段に腰掛けていた体をゆっくりと起こし、歩いてきた二人へ近づいた。


「陸、光輝。紹介するよ。こっちがグロスで、こっちがテルマ」


紹介されると、陸はすぐに一歩前へ出て、明るく頭を下げる。


「陸って言います! よろしくお願いします!」


続いて光輝も静かに前へ出ると、右手を差し出した。


「光輝です。よろしくお願いします」


「あぁ、グロスだ」


グロスは差し出された手をしっかりと握り返す。


一方、テルマは小さく「……ん」とだけ返事をし、無言のまま握手に応じた。


その様子を見ていた湊が、二人へ笑いながら言う。


「テルマさん、あんまり喋らないんだよ」


「こらっ!」


美桜は慌てて湊の腕を掴み、軽く引っ張った。


「勝手にそんなこと言わないの。」


しかし湊は悪びれる様子もなく首を傾げる。


「えー。でも本当のことじゃん」


そのやり取りを見た陸は苦笑しながらテルマへ向き直った。


「なるほど。じゃあ改めて、仲良くしましょう!」


そう言って親指を立てる。


テルマは少しだけ目を丸くしたあと、小さく親指を立て返した。


それだけのやり取りだったが、陸は満足そうに笑った。


その様子を見届けたカイは、軽く手を叩く。


「それじゃあ、行こうか」


全員が歩き出そうとしたところで、カイは何かを思い出したように振り返る。


「あ、そうだ。エナとシズカさんはギルドで休んでて。終わったら迎えに行くよ」


「えっ、私まだ行けますよ……」


エナはそう言って立ち上がろうとするが、体はふらりと揺れた。


その肩をシズカが優しく支える。


「お言葉に甘えましょう、エナさん」


カイも安心させるように笑った。


「大丈夫。少し回ったらすぐ帰ってくるから!」


その言葉にエナは少しだけ悔しそうな表情を浮かべながらも、小さく頷いた。


一行は街の門へ向かって歩き始める。


道中、周囲を見回していた陸が口を開いた。


「しかし、これどうなってんだ? 建物ぐちゃぐちゃじゃん。住めんのかな?」


光輝は混ざりあった建物を一瞥すると、淡々と答える。


「さぁな。中が問題なかったら住めるだろ」


陸は想像したのか、吹き出しながら言った。


「トイレと自分の部屋が合体してたら、めちゃくちゃ嫌じゃね?」


「……まぁ、確かにな」


光輝が珍しく素直に頷く。


その言葉に周囲も思わず想像してしまい、小さく笑いながら頷いた。


そんな他愛のない会話を交わしているうちに、一行は街の門へと到着した。


門番を務めていたレオンは、近付いてくる足音に気付き顔を上げる。


「よぉ、レオン」


グロスが片手を軽く上げる。


「グロスか」


レオンも振り返り、口元を緩めた。


「どうだ? 大変なことになってただろ」


「まぁな。どこがどこだか分からんな」


グロスが肩をすくめると、レオンは苦笑した。


「そうだろ? 俺も何回も迷ったよ」


そこでレオンの視線が陸たちへ移る。


「ん? また違う異界人を連れて……どうしたよ?」


「奥の工場に避難させてた奴らだよ。ちょっと外に連れていく」


「ふーん、そうか」


レオンはあっさり頷く。


「まぁ、気をつけろよ。この辺の生態系も変わっちまってるみたいだからな」


その言葉にグロスは少し不思議そうな顔をした。


「連れていく理由を聞かねぇのか?」


するとレオンは片方の口角を上げ、ニヤリと笑う。


「ヤバいことでもすんのか?」


「そんなわけねぇだろ」


グロスは呆れたように短く返す。


レオンは鼻で笑った。


「だったら問題ねぇ」


グロスも同じように小さく笑う。


「じゃあ、行ってくる」


そう言って門を抜けて歩き出す。


美桜たちはレオンへ軽く会釈をすると、その背中を追うように門の外へと足を踏み出した。

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