第24話 才能の片鱗
湊は勢いそのままに、椅子から半分浮き上がって叫んだ。
「じゃあ魔法も教えてください!!」
カイが返答しようと口を開きかけた瞬間──
隣のエナが静かに前へ出て、柔らかい声で引き取った。
「魔法については、私が説明しますね」
その声にはどこか水面のような落ち着きがあった。
「魔法というのは──“魔力”と呼ばれる力を、自分の器から魔力回路を通して外へ出す技術のことです。
魔力の器は全員に存在しますが、その大きさは本当に人それぞれなんです」
エナはそう言いながら、自分の胸元に手をそっと添えた。
「使用方法にも得手不得手があって……例えば私は──」
手のひらを天井へ向ける。
「──ウォーターボール」
次の瞬間、手の上に淡い光が集まり、
やわらかく揺れる水の球がふわりと姿を現した。
美桜と湊は同時に息をのむ。
「このように“外に出す”魔法は得意なんです。
ただ……自分自身を強化する魔法はちょっと苦手で」
その控えめな言い方に湊は「すげぇ……」と感嘆の声を漏らした。
そこでカイが手を挙げる。
「エナとは逆でさ、俺やグロスは“放出”が苦手なんだよ。
その代わり、身体強化なら任せてくれ。テルマもどちらかと言うと強化タイプだな」
テルマが照れ臭そうに頬をかく。
エナは再び説明に戻る。
「まずは“魔法を使う感覚”を鍛えていきましょう。
誰でも使える“基礎魔法”というものがあるので……カイさん、実演お願いします」
「え? 俺?」
カイは肩をすくめ、ちらりと美桜たちを見る。
「……これ、恥ずかしいんだよな」
そう言いつつも、観念したように目を閉じ、息を整えた。
そして、低く真剣な声で詠唱を紡ぐ。
「水よ──揺らぎを束ね、跳ね返る滴となれ……
《ウォーターショット》」
詠唱が終わった瞬間、カイの掌に小さな水滴が集まり、
BB弾ほどの球になって弾けるように放たれた。
──ぴしゅっ。
「うわっ、冷たっ!!」
見事に湊の額へ命中。
エナは淡々と言う。
「魔力放出が苦手な方だと……だいたいこうなりますね」
その言い草が妙に真顔だったため、
美桜も湊もこらえきれず吹き出した。
「わ、笑うなよ……!」
カイはわずかに赤面しながら抗議する。
「仕方ないだろ、苦手なんだから!」
その姿は妙に人間味があって、
むしろ親しみを覚えさせるほどだった。
湊は額をさすりつつも目を輝かせている。
──魔法。
自分にも、できるのだろうか。
場の空気は明るく、そしてどこか希望に満ちていた。
エナは、淡い微笑みを浮かべたまま説明を続けた。
「魔法で一番大切なのは──“イメージすること”です。
詠唱を使えばある程度の曖昧なイメージでも魔法は発動しますが……
詠唱破棄や省略を行うには、明確で揺るぎないイメージが必要になります」
湊と美桜は同時にごくりと喉を鳴らした。
「たとえば《ウォーターショット》でも、イメージ次第で水の形を変えられますし、
複数の水弾を同時に撃つことだってできます」
エナは両手を軽く開きながら言う。
その声音には、自分が水を扱うことへの自信が滲んでいた。
「まずは──やってみますか?」
その一言に、湊は椅子を弾かれたように立ち上がった。
「はいっ!!」
声が家中に響いたかと思うと、彼は勢いのまま風呂場へ走り出す。
美桜があわてて立ち上がる。
「ちょっと湊! どこ行くのよ!」
すると、風呂場の扉の向こうから湊の顔が半分だけのぞいた。
「でっけー水玉とか出たらどうするんだよ!
風呂場なら何とかなるだろ!」
その真顔ぶりに美桜は思わず脱力する。
「……そんなの出るわけないでしょ。期待しすぎ」
とは言いながらも、結局気になって後を追った。
エナはふっと柔らかく笑い、湊のあとについていく。
カイたちも顔を見合わせたのち、
「まぁ、一応見ておくか」と言わんばかりに歩き出す。
こうして、
家の中の全員がぞろぞろと風呂場へ向かうことになった。
湿ったタイルの匂いと、朝の光が差し込む浴室の白い壁。
その中で湊の“人生初の魔法”が披露される──
そんな期待と不安で、空気が少しだけざわついていた。
「では──詠唱をしてみましょうか」
エナが優しく告げた瞬間、
美桜と湊の視線がぴたりと彼女に張り付く。
食い入るように、まるで一言たりとも聞き漏らすまいとするかのように。
エナはそんな二人を見て、ほんの少し首を傾げた。
「え、えっと……?」
すると横からカイが額を押さえた。
「おいエナ。詠唱、教えてやらないと。
この子たち、魔法の“ま”も知らないだろ」
「あっ……そ、そうでした!」
エナはみるみる頬を赤く染め、咳払いをひとつ。
「こ、コホン……では詠唱ですね。
私のあとに続いて言ってみてください」
そして息を整え、静かに手を前へ。
「水よ──揺らぎを束ね、跳ね返る滴となれ
──《ウォーターショット》」
美桜と湊は同時に目を閉じ、そっと両手をかざす。
エナの言葉を一語ずつ噛みしめるように復唱した。
美桜の胸の内を、疑念がかすめる。
(……ほんとに、こんなので出るの?)
ところが──。
へその奥あたりから、
じんわりと温かいものが湧き上がるような感覚がした。
(……え? なにこれ)
それは細い流れのように身体の内側を通り、
ゆっくりと腕へ、手へと昇っていく。
初めて触れる“魔力”の感触。
血でも筋肉でもない、もう一つの自分が動き始めたような奇妙さに、
美桜は息を呑んだ。
そして──。
手のひらで“何か”が抜け落ちるような感覚。
続けて、水へと変換される“音のない変化”。
(……うそ……ほんとに魔法が……!?)
淡く透き通った水が空中に集まり、
みるみるうちに野球ボールほどの大きさへ膨らんだ。
その瞬間。
ずしり、と身体が沈むような倦怠感が襲う。
「っ……!」
集中が切れ、水球はぺしゃりと形を失い、
タイルの上に跳ねて砕けた。
隣を見ると、湊も同じように肩を落とし、項垂れている。
美桜は息を整えながらエナを見る。
「なにこれ……めちゃくちゃ疲れるんですけど……」
エナは穏やかに首を振った。
「初めて魔力回路を使ったからですよ。
身体が慣れていないだけです。
最初の一回だけ──本当にきついんです」
美桜はほっと息を吐き、苦笑した。
「ならよかった……。毎回これなら続けられませんよ」
エナは柔らかく微笑む。
「少し休んだら、もう一度やってみましょうか。
今の感覚が消えないうちに」
美桜と湊は同時に小さくうなずいた。
湊はまだ息を切らしながらも、どこか嬉しそうだった。
魔法が《本当に自分の手で起きた》という事実が、
じわじわと胸に広がっていく──。
「よーし! やるぞー!」
湊が突然、風呂場に響き渡るほどの声で気合いを入れた。
美桜は思わず眉をひそめる。
「……さっき全然はしゃいでなかったのに、急にどうしたのよ」
「いや、普通に疲れてただけだって! 今は元気だ!」
胸を張る湊。その明るさにエナは柔らかく頷いた。
「では、もう一度やりましょう。
今度は──“空中で玉を留める”イメージを大切にしてください」
エナの声が静かに響く。
二人は再び向き合い、深く息を整えた。
そして。
「水よ──揺らぎを束ね、跳ね返る滴となれ
──《ウォーターショット》」
詠唱が重なり、空気がわずかに震える。
先ほどと同じように、魔力が体内から手のひらへと押し上がってくる。
だが今回は──美桜ははっきりと分かった。
(……さっきほど苦しくない。流れが分かる……)
魔力は流体のように滑らかに抜け、空間で収束していく。
水が集まり、淡い光を反射する球体へ変わっていく。
みるみる大きく──
バスケットボールほどの水球が、美桜の目の前で静止した。
(……止まってる……!)
感動が胸に湧いたその瞬間、ふと隣に目がいく。
湊の水球は、美桜のものより小さい。
だが、輪郭は驚くほど滑らかで──ほとんど“完璧な球体”だった。
僅かに波はあるが、それすら均一に脈打つようで整っていた。
(……キレイ)
自分の水球に目を戻す。
形は大きいが、表面は微かに揺れ、かすかに歪む。
“球”にはほど遠い。
胸の奥がちくりと刺さった。
その時。
パンッ!
エナが軽く手を叩く音が響いた。
「はい、そこまでです!」
集中がふっと抜け、水球は同時に大きな音を立てて浴槽へ落ちた。
湊は弾けるように振り向く。
「すっげー! 姉ちゃん見た!?
俺のウォーターショット、マジで野球ボールみたいだったよな!」
全身で喜びを表す湊。
美桜は少し遅れて、作り笑いのまま答えた。
「……うん。すごかったね」
その声は少しだけ沈んでいた。
大きさではなく、形。
自分には作れなかった“綺麗さ”。
胸の内側で小さな影が落ちたような感覚を、美桜は自分でも気づかぬほど自然に抱いていた。




