第3話 人ならざるものたち
有明に支えられながらなんとか1階へ戻って来た寿々は、リビングに入るなり膝から崩れ落ちた。
『やばい・・・マジで怖かった・・・。まだ手が震えてる・・・』
そこへ酒井が近づいてきて、
「三枝さん大丈夫でしたか!?・・・地下から戻って来たら皆様子がおかしくて」
そう言って酒井が振り返ったリビング奥を見ると、そこには窓際であぐらを掻いて項垂れる柴田と部屋の隅で膝を抱えて頭を膝に付けて蹲る坂口の姿があった。
『・・皆相当なショックを受けているな・・・。まさかあの柴田さんまでこんなにも怯えるなんて・・・?』
「あれ?朱李さんは?」
寿々は何とか震える膝に力を入れながらようやく立ち上がる。
「朱李さん、大分気持ちが悪かったらしく今は奥の和室で休んでいます」
酒井にそう言われて寿々は朱李の体調が気になって暗い和室を覗き込んだ。
「・・・朱李さん?大丈夫ですか?」
声を掛けられた朱李は、和室の一番奥に敷かれたマットレスに横たわり頭からブランケットを被っている。
反対向きになっているようで顔色などの様子は見て取る事は出来なかった。
だが、
「・・・大丈・・夫です。ちょっと休めばすぐに良くなりますので・・・」
といつもより元気のない小さな声が返ってきた。
寿々はとりあえず返事があっただけでも良かったと思い、近くにいた酒井に、
「酒井さん、悪いんだけどこの後も朱李さんの様子を見てあげてくれないかな・・」
小声で言うと、酒井も勿論そのつもりだったらしく、
「わかりました。任せてください」
と頼もしく応えてくれ、寿々も少しだけ安心をしかけたその時、
「では、以上がこの家の説明になりますが、他に何か質問などはありますでしょうか?」
「!!」
地下から戻ったオーナーが笑顔でリビング入口前に立っており、寿々はその姿が今一番の恐怖でしかなかった。
「・・・・・・」
リビングにいる全員が言葉を詰まらせるように黙り込む。
柴田もげんなりした顔をこちらに向けた。本当ならばもう少し聞きたい事もあったのかもしれない。
「では、私は一旦これで失礼します。もう夜になりますし、本当に皆さん無理をなさらないでください。私は明朝7時にまた来ますが、万が一朝まで過ごす事が出来なかった場合は鍵だけ掛けて外に避難してください。本当に夜は色んな現象が起きるようですし、何度にもなりますが、絶対に無理をされないようお願いします」
そう言ってオーナーは持っていた家の鍵をキッチンカウンターの上に置くと、静かに外に出て行ってしまった。
時刻は午後6時半
今回投稿された写真は、この事故物件に滞在した20代の男性グループが、ふざけた様子で3人で暗闇の中写真を撮っているその上部に不気味に浮遊する真っ赤な人の顔らしき写り込みが複数ある。という内容になっている。
その写真は一度データ内を精査し、AIなどで合成されている可能性が低いものだという事までは分かっていた。
更にここへ来てようやくその場所が地下の祭壇前で撮られた写真である事が分かった。
なので当初予定していた検証内容としては、その現場で同じ時間帯に同じ角度で同じスマホの機種で撮影を試みるという事になっていたのだが・・・・。
寿々はこの静まり返ったリビングの様子を見て、これは今回は中断しても仕方ないのかもしれないと思い始めていた。
リビングに突っ立っていても仕方ないし、寿々はあと30分だけ様子をみて皆の様子に変化がなければ今回の検証を中止しようと考えその場に腰を下した。
「はぁ・・・・ここの部屋だけクーラー付いていて本当に助かったな・・・」
そう言いながら寿々は胡坐を掻いて疲れた様子で項垂れる。
「?」
ふと斜め後ろを見ると有明が入口前で何を考えているのか分からない様子で突っ立ていた。
「有明さんもどうぞ座っていてください。ずっと立っていても疲れますでしょ?」
「・・・そうですね。じゃあ」
というと有明はその場に腰を下し、何故か正座で座った。
「・・・・もしかして正座が通常の座り方の人ですか?」
「?・・・あ~そうかもしれません。あまり気にした事がありませんでした」
『・・・有明さんてもしかして結構天然なタイプなのだろうか・・・。そう言えばこの前のゲームの中の時もずっと正座していたもんなぁ・・・。っていうか、今更だけど有明さんって宇宙人だとか言ってたよな?・・・もしかして宇宙人って正座がスタンダードな座り方なのかな』
とマジマジとその姿勢の良さを見つめていると、
(どうかしましたか?)
と全く口を動かさずに例のテレパシーで質問をしてきた。
「え?」
と思わず寿々は口に出して驚いてしまったが、
『そう言えばそうだった・・・でも何で今テレパシーで?』
と疑問に思っていると、
(基本テレパシーで一方的に話し掛ける事は余程でない限りしないのですが、もし必要な時は三枝さんにはこうやって送りますのでよろしくお願いします。突然話し掛けられるとちょっと驚かれると思いますが、慣れると結構便利だったりもするんですよ?あ、でも三枝さんからは受け取れないのでまだ会話は難しいかと思いますが、それもきっといつかできるようになると思います)
と再び口を閉ざしたまま脳内に直接語り掛けてきた。
『・・俺にもテレパシーが出来るって言うのか?まさか・・・・』
寿々が有明を見つめ驚いていると、奥の窓際にいた柴田がようやく大きなため息を吐きながら立ち上がった。
そして寿々へと近づき、目の前に座り直すと、
「いやぁ・・・本当にすみませんでした。急に気が動転してしまいまして・・・」
と深々と頭を下げた。
「いえ、いんですよ。俺も地下は本当にダメでしたから・・・。例え幽霊などが視えなかったとしても、関係なくあそこは無理ですって」
「ですよね・・。でも、まさか祭壇奥が鏡になっているとは・・」
柴田がそう言って寿々と有明は顔を見合わせた。
「祭壇奥・・・鏡でしたか?」
「え?そうですよね?絶対に!だって私それで祭壇奥に人影がはっきりと見えたからビックリして・・・」
そう言った柴田は再び顔を青くさせる。
寿々はさっき有明に支えられながら勇気と力を振り絞って撮った地下室の写真を確認する為にスマホを取り出した。
しかしそれを見返すのも正直言って怖い。
そこで寿々は完全に有明に甘えて、
「すみません・・・有明さん。もし嫌じゃなければこの写真フォルダ開いて、さっきの写真を確認してもらってもいいですか?」
と懇願すると、有明は嫌な顔一つせずに、
「いいですよ?」
と快諾して受け取ってくれた。
そしてそれを確認すると・・・・、
「・・・・これは」
と言ったまま少し悩むように眉を寄せた。
寿々と柴田は顔を合わせ再び顔を青くさせる。
「や・・やっぱり何か写っているんですか?」
寿々が震えながら聞くと・・・。
「・・・・・・・というか」
「はい・・・」
「・・・何も写っていません」
「え?」
そう言われて寿々は急いで有明の隣に腰をずらし、スマホの写真を覗き込んだ。
そこには有明の言う通り、何も写っていない真っ暗な写真だけが残っていた。
「そんな・・・あ、いやでも、明度を上げればあるいは・・・」
寿々は急いで写真の明るさを最大まで上げるが、やはりそれでも画面が白ばむだけで何も写っていないようだった。
「そんな・・・あれだけ必死な思いで撮ったのにぃ・・・」
と落胆していると、有明がすっと立ち上がり、
「じゃあ私がもう一度下へ行って一人で写真を撮って来ますよ。それで確認するというのはどうでしょうか?」
と言うものだから寿々と柴田は勿論、部屋の隅で蹲っていた坂口までもぎょっとして有明を見上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください?有明さんは何ともないんですか?地下のあの様子が?」
と柴田が寿々より先に驚きながら質問すると、有明はまるで何を言っているのだろうか?という表情で、
「怖くはないですね。全く」
「え?だってさっきのオーナーの話を聞いていましたか?あの地下で遺体が複数体見つかったって・・・」
寿々も必死に質問し返すと、
「あぁ・・・えっと。これは警察の管轄の話なので元所有者の詳細を話すのは控えたいところではありますが。さっき部署に問い合わせてみたところ、地下室で複数人の遺体が見つかったという事実は確認されていないそうです。ですから、あそこで何某かの儀式めいた事は行われていたのは間違いないんでしょうが、現時点で殺人は無いと警察の方では記録されています」
寿々と柴田、そして坂口は一気に力が抜けたように肩を落とした。
「そ・・それならそうと、もっと早くに教えてくださいよ・・」
寿々も有明が何を思って今の話を黙っていたのか分からず思わずそう言ってしまったが、
「すみません。別に黙っていようとしたわけではなく。あくまで個人情報にも触れる話なので、どうお伝えすればいいのか悩んでいたのと、あと企画そのものが心霊写真を再現できるかの検証だとすれば、こういう事実はある意味邪魔な情報にもなるかと思い少しだけ様子を見ていました」
そう、あくまでも有明が事実を黙っていた事に他意はないのだ。
それを知って寿々もちょっとさっきの言い方は攻めるようで悪かったなと反省した。
「はぁ・・・なんだ・・・そうなんですね。ひとまずそれが聞けて安心しました。・・・では三枝さんどうしましょうか?俺ももう一回自分の目で確かめたいので、深夜になる前にもう一度行って確かめようかと思うのですが」
柴田は有明の言葉を聞いて急にやる気が戻ってきたようで、顔色もすっかり良くなっている。
しかし寿々は違う。
例え地下室で人が死んでいなくても、あそこには確実に何か良からぬものが潜んでいる。それだけは確信できている。
ともすれば、他の人には視えなくても自分だけには視たくないものが視えてしまう可能性もあるのだ。
「・・・・・」
でも責任者である以上、やはりこれを拒否する事は寿々にはできなかった。
『はぁ・・嫌だな・・もぉお・・今すぐ家に帰りたいし、史に会いたい・・』
そんな事を考えていたその時、持っていたスマホに通知が届いた。
ふとそれを見ると、
〖お疲れ様です。今仕事が終わりました。そっちはどうですか?もし必要なら、俺今から行きますけれど〗
と、まるで寿々の心の声が届いたかのような史の文章に思わず涙が出そうになった。
『本気で今すぐ来て欲しい!・・・来て欲しいけど・・・』
寿々はそのままスマホをポケットにしまい、
「・・わかりました。じゃあ深夜の検証前にもう一度だけ行ってみましょう」
と答え、トボトボと再び廊下へと戻った。
今回下に行くのは寿々、有明、そして柴田の3人だけだ。
実際もう一度くらいちゃんと調べておかないと、オカルトラボの二人があの状態だと検証不能となってしまう。
ここまできてそれは編集サイドとしてはとても痛い。
何とか事前の下調べで安全だと何某かの確証ができれば、坂口でも朱李でも何とか説得して検証をお願いできるかもしれないとそう考えたのだ。
『とは言え、やはり嫌なものは嫌だ・・・』
先頭の有明と背後の柴田の二人が懐中電灯を持ち、3人の男がひしめき合うように階段を下りてゆく。
そして下まで着いてようやく再び中を確認する事が出来た。
「三枝さん、どうですか?大丈夫そうですか?懐中電灯がないので嫌じゃなければ私の後ろに着いて来てください」
有明はさっきから本当に寿々の事を心底気を遣ってくれてとにかく頼りになる。
寿々も思わず、
『有明さんびっくりするほど優しいな・・・俺の警護ってわけじゃないのに』
とその頼もしさに安心してしまいそうになった。
しかも、史が傍にいないせいなのか、
『なんかシンディさんがあれだけメロついていたのもちょっと分かる気がしてきた・・』
と思うようになるまで弱っていた。
柴田は足元の血痕らしき黒いシミを避けながらジリジリと祭壇奥へと進む。
寿々と有明もそれに続いて部屋の一番奥側までやってきた。
「・・・そんな。鏡じゃないだなんて・・」
柴田は他の壁同様に真っ黒に塗られ、無数のお札が貼られたその壁を見て再び恐怖に身を震わした。
「じゃあさっき私が見たのは・・・本物の幽霊・・・」
再び恐怖が襲ってきたのか、柴田はジリジリと後ずさる。
(三枝さんは幽霊がいれば視る事ができるんですよね?)
寿々は隣に立つ有明を見上げ、口を開いていない事を確認するとそれがテレパシーなのだと理解しそのままゆっくりと頷く。
(すみません、柴田さんをあまり驚かせないようにと思いテレパシーで話させてもらいますが。どうすですか?今この部屋の中には何かそういうのは視えたりしますか?)
寿々は改めて眼鏡を外し、じっくりと暗闇を観察してみた。
部屋の隅辺りは本当に真っ暗で物体があっても認識できない程なのだが、こうやって観察してみる分には現状特にそれらしきものは何もなさそうだ。
確認すると寿々は首を振りながら隣の有明を見上げた。のだが。
恐怖からか思わず有明の腕にほぼぴったりとぶつかりそうな距離で立っている自分に驚き、すぐにバッとその身を離した。
「あ・・すみません!」
こんな状況だというのに寿々は自分の小心ぷりを恥じ赤面すると、有明は何も気にしていなさそうな表情で優しそうに微笑み、
(いいですよ別に?史君いなくて心細ければいつでも腕でも掴んでくれて構いませんので)
とテレパシーで答えてくれた。
「いえ、本当に失礼しました・・・」
寿々はその自分の頭の中だけに直接話し掛けられる事も含め、不覚にも有明に少しだけときめきそうな衝動を覚え自分を責めた。
『何考えてるんだ俺!・・今そんな状況じゃないってのに!!・・ただ有明さんみたいな普段はクールな人に急に微妙に優しくされてびっくりした・・・そうだ、それだけだから!』
そんな事を考えていると、柴田は気を取り直しスマホを取り出し、自らを奮い立たせるかのように部屋の中の撮影を開始しだした。
さっきあまりにもびっくりしてしまった事を挽回させたいのか、はたまたライター魂に火がついたのか、次第に恐怖を克服したように動きも軽やかに戻ってゆく。
何枚か良さそうな画像を収めるとその場で写真を確認し、
「はぁ・・・何とか資料として使えそうな写真は撮れました。三枝さんも有明さんもありがとうございます」
柴田はそう言うと、寿々はとりあえず上に戻ってオカルトラボの面々とも相談しないといけない事もあり、
「じゃぁとりあえずもう戻りましょう!」
そう2人を階段の方へ向かうように促した。
「ですね、何も無かったとはいえ長時間ここにはいられないのは間違いないですよ」
柴田はさっきまでの気合いが抜けたのか、そう言うとそそくさと先頭になって一人で階段を上がっていってしまった。
必然的に寿々は有明のライトを頼りに歩かないといけなくなり、再び有明の真横に近づくと
(もう支えなくても大丈夫ですか?)
と有明に言われ、
「いえ、大丈夫ですって本当に・・・っていうか今それで話さなくてもいいですから・・」
寿々は自分の弱さ故なのに、何だか気を遣ってくれている有明を過剰に意識してしまいそうになるのを避けようと必死に強がった。
「それはすみませんでした」
「・・・もしかして有明さんて、ちょっとだけ俺の反応を楽しんでません?」
「まさか。でも三枝さんに頼られるのは嫌じゃないですよ」
「!」
そう言って有明が先に階段を上がろうとしたその時、
「!!」
寿々は背後から物凄い悪寒を感じ、何故かバッと後ろを振り返ってしまった。
振り返った途端、目に飛び込んできたのは、ちょうど床の血痕の上に立つ4体の全身真っ黒な人影だった。
「うぁっ!!」
思わず大声を上げて階段方向へと逃げよとしたその瞬間、アクシデント的に有明に抱きつくかたちになってしまい、しかし背後の黒い影も恐ろしいのと半ば混乱状態になってしまった。
「どうしました?何か視えたんですか?」
有明も寿々の異常な反応に驚きながらも、すぐに地下室を確認する為に持っていたライトをあてる。
「・・・・・何もないように見えますが・・」
「け・・血痕の上に・・人影が4体・・・」
寿々は気を失わないように何とか呼吸を整えようと、有明のスーツにしがみ付きながら説明をするが、
「血痕の上・・ですか。・・・何もありませんね」
「はぁ・・・はぁ・・・何も?」
寿々はようやく震えながらもう一度振り返った。
だが有明の言う通り、さっき一瞬見えた黒い人影はもうそこには見当たらなかった。
「やばい・・俺もう疲れて幻覚が視えているのかもしれない・・だってもし本当にこの部屋に何かいるならもっとしっかりと視えるはずなのに・・」
そう言うと有明は少しだけ考えてから、
「それってもしかしていつもは史君と一緒にいるから、とかじゃないんですか?」
「え?」
有明にまさかそんな事を言われると思っておらず、寿々はその言葉に硬直した。
『・・・・そう・・なのか?でも確かにその可能性はある。でもじゃあ今日は何でこんなにも霊に対して嫌な感じばかりするんだろう・・。もしかして俺っていつも史の能力に依存しすぎていただけだったのか・・?』
すると有明は寿々の肩にポンと手を置き、
「すみません、また余計な事を言ってしまいましたね。落ち着いたようでしたらとりあえず上に行きましょう。さ、先に上がってください」
優しく背中を押され、寿々は少しふらつきながらなんとか地下室から再び1階へと戻ってこられた。
地下室を上がった廊下のところで柴田が心配そうに待っており、
「今、三枝さんが叫ぶ声が聴こえましたが、もしかして何か視たんですか?」
と柴田は恐怖と興味、どちらもあると言った顔で質問をする。
しかし寿々はもうすっかり疲れ果てていて、本音を言えば答えるのも面倒くさかった。
だが仕事の立場上それを無下にするわけにもいかない。
「・・・そうですね。一瞬だったので不確かですが、血痕の上に黒い人影が4体いたように視えました・・。でも本当一瞬だったので見間違いかもしれません・・・」
「4体の・・・。でも有明さんの話では地下でそういう事件は無かった筈ですよね・・・一体どういう事なんでしょう」
寿々もあの影の正体が何なのかなんて全く分からない。
ただ今日はどうにも嫌な感じしかない。とにかくいつも以上に怖くて仕方がないのだ。
寿々はまだよろよろとしながらもリビングへと入った。
するとそこにはさっきまで調子の悪そうだった朱李、そして隣には酒井、坂口も一緒に座って待っていた。
「ああ、朱李さん。大丈夫ですか?」
どう見ても今の様子からすれば、朱李よりも寿々の方が顔色が悪いのは誰から見ても明らかだ。しかし何とか気を持ち直し顔を引きつらせながら聞くと、
「すみませんでした寿々さん。今はもう大丈夫です。・・・でも今までそんなに気にもした事がなかったのですが、どうも地下室の血痕を見た途端急に気分が悪くなってしまって・・」
とまだ少しばかり元気のない声で答える。
「あぁ、そうだよね。俺も同じだよ・・・。でも起き上がれるようになって良かった」
寿々はそう言いながら3人の前にゆっくりと座った。
「はぁ・・・。えっと今時刻はもう夜8時過ぎか・・・。さて、どうしましょうか。一応予定としては深夜0時に検証開始でしたが、・・・俺はもう今回はこれでいいんじゃないかと思っています。もし検証をするにしても厳密に0時ではなく今すぐやるか、若しくはもう中断させてここから早急に出るというのもありだと思っています。・・・皆さんはどうですか?」
目の下を黒くさせげんなりとした表情で語る寿々を見て、柴田も酒井も、勿論オカルトラボの朱李も坂口も全員発言を詰まらせた。
「・・・・確かにあの空間だし、厳密に時間を守る必要はないかもしれないです。でも、僕は検証をするならば、なるべく同じような撮影環境と条件で再現度を確かめたいと思っています」
朱李が少し躊躇うように気持ちを伝えたが、寿々がすぐにそれを止めた。
「いやいや、朱李さんはもう地下に行かないでください。体調もですが、これ以上無理をしなくても本当にいいですから」
「いや、でもこの企画の担当は僕なので!」
「わかっています。俺も責任者なので朱李さんの気持ちはよくわかります。でもまた何かあってからじゃ俺が嫌なんです。だから今回は俺の指示に従ってください。お願いします」
そう言って寿々は朱李に頭を下げた。
「そんな・・・・」
するとその様子を見ていた柴田が挙手をする。
「あの、・・確認なんですが、検証の内容って同じ状況下で同じような写真を撮る事ですよね?」
そう朱李に聞くと、
「はい。あとは周波数系と電磁波測定、それからサーモグラフィカメラもあるので本当ならばそれでも観測するつもりでした。ですが・・・」
「周波数系と電磁波・・・。全部は無理だと思いますが、あえて計測するならどれが一番重要ですか?」
「?・・・そうですね。まぁ電磁波測定ですかね」
「じゃあ私がそれを代わります。あとは写真撮影だけすればいいのであれば、私と有明さんと三枝さんとで何とかできなくもないかもしれません」
と柴田が言うものだから思わず寿々はギョッとした目で隣を見てしまった。
「お、俺も・・ですか?」
「え?ええ、まぁ。だって今三枝さんそうおっしゃいましたよね?今すぐやるか帰るかって・・・」
「そ・・うですけれど・・」
「じゃあもう0時を待たずにそれを今すぐやってしまいましょう。そうすればこの写真の検証コストも無駄にならないですし!」
「・・・・・・・」
どう考えても中断を促すような話をしてたのに、まさかライターにこの状況を押し切られるとは思っていなかった寿々は、その提案に涙目になりそうだった。
『やっぱり史に来てもらうようにメッセージすればよかった・・・!マジで嫌なんだが!!!』
午後9時半過ぎ
先ほどの柴田の提案の通り、寿々と有明、そして柴田の3人で地下に下り、柴田はオカルトラボの方の機材を使ってデータ集め、そして寿々は被写体となって定位置に立ち、写真は有明が撮るという手筈で決まった。
時刻も0時から午後10時に変更。
多少条件はズレてしまうが、元々灯りの点かない地下室ではあまり差異はないという事でそのタイミングで実行する事になった。
今その下準備として、柴田はラボの朱李と坂口から計器の取り扱いとデータ集積用のデバイスの説明を受けている。
一方寿々は一人キッチンカウンターの端に下がり、ずっとスマホと睨めっこをしていた。
「・・・・・・」
画面にはメッセージアプリに〖やっぱり今からこっちに来てもらえないか?〗という一文が打ち込まれ、しかしながらそれを送信するか否かでこの数十分間ただその画面を見つめていた。
「呼ばないんですか?」
その様子を見ていた有明はカウンターに背をつけ、さっきからずっと難しい顔をしている寿々に話しかけた。
「え?・・・何をですか?」
寿々はまさか有明に史を呼ぼうかどうしようかずっと迷っているのがバレているとは思っておらず、びっくりしてごまかしてしまった。
「史君。呼ぼうかずっと迷ってるんですよね?」
「な、なんでそう思うんですか・・」
寿々は思わず顔を赤くさせ、全然ごまかしきれない表情で質問をする。
「いやぁ、それはだってこの前だって手を繋いで帰っていましたでしょ?」
「!!」
先週末のゲームセンターでの一件のあと、確かに施設内にいるうちから史に手を握られ、寿々もそれを嫌がるわけもなく歩いて帰ったわけだが。それでも人混みの中にいたはずなのにまさか有明にしっかりと見られていたなんて思いもしなかった。
寿々は頭を抱え言葉が出て来ずただ赤くなる顔を必死に隠した。
「・・・まさか見ていたんですか?」
「ええ。そりゃあ」
「じゃあもう・・・気づいているんですね?」
「はい。というかその前から常にそんな感じはしていました。住所も同じですし」
寿々はスマホをカウンターに置いて両手で顔を覆った。
『やば・・・・まさか有明さんにもバレてただなんて。俺はなんて迂闊なんだ・・』
「はぁ・・・まぁそれなら仕方ないですね」
寿々は大きなため息をつきながら顔を撫でる。
「で、何で今回は史君を呼ばなかったんですか?」
「なんで・・ってそこまで深い理由はないですよ。史は今日出勤だし、今は自分で担当している企画もあるので。でも最初は俺が史の教育担当だったけれど・・実際は逆でしたね。俺の方が史がいないとろくに取材もできないただのポンコツでした。元よりオカルトとかに疎いし、霊が視れても別に除霊とか出来るわけでもないし・・」
有明は寿々の言葉を聞いて特にそれに対して慰めるような発言をするわけでもなく。
「・・・人はいつか別々の道を進まないと行けなくなりますからね。特に我々のような人ならざる存在と人間とではそれは明確です」
珍しく有明が感傷的な雰囲気でそんな発言をするものだから、寿々はちょっとだけ驚いた。
「そうなんですか?・・・有明さんにもそういう事があったんですか?」
と聞くと有明は全くの無表情になり、
「だから前にも少しお話ししましたが、魂の階層が同じでないと我々は心を通わせる事すら叶わないんです。そして私はこの地球に降りてきてからは誰にも出会えませんでした。・・・でも今は違います。三枝さん貴方がいますから」
そう言って有明は真剣な眼で寿々を見つめた。
それは例え愛の告白でなく救済の弁明だったとしても、やはり愛の告白のようにしか聴こえなかった。
「・・・・・」
寿々は有明の突然の言葉に目を丸くし、しかしその意味を脳みそが理解するのを保留にしていた。その時、
「三枝さん、有明さん。こっちは準備ができました」
とリビングの方でレクチャーを受けていた柴田が機材一式を抱えてやって来た。
「あ、はい。わかりました!じゃああと10分したら下に行って検証を開始します」
寿々は返答すると、急いでスマホを見直し一度打ち込んだ文字を全て削除した。
そして、
〖お疲れ様。返信遅れてごめん。こっちは今の所順調だから心配しなくても大丈夫!帰りはもしかしたら予定より早くなるかもしれないけれど、まだ分からないからまたこっちを出る頃に連絡するよ〗
とだけ打ち直して送信した。




