第1話 守護天使
6月末土曜日
寿々は解せない表情で一人カウンターの中に入り、開店前の手伝いとしてせっせとグラスを磨いていた。
そこは歌舞伎町1丁目、ゴールデン街の一角にある〖アカーシャ〗と言う名のバー。
この一帯を縄張りとしている天使の一人、シンディが経営するお店だ。
先週末、恋人の史が冥婚させられそうになった一件でシンディの力を借りたところ、その見返りとして寿々が店の手伝いをしなくてはならない約束になっており、それを今日果たしているのだった。
『はぁ・・・俺普通のサラリーマンだし、知り合いとかにバレたら面倒くさそうだなぁ』
勤め先のいいとよ出版は渋谷にあるのだが、新宿辺りだと業種柄、横繋がりも含めてそれなりに関係者と遭遇する率も高い。
とりあえず寿々はそういう事が無い事を祈り、ひたすらシンディから言われた仕事をこなすより他なかった。
一方、当の経営者シンディは、目の前のカウンターで寿々と一緒に店に来た史の従兄弟、迦音と何やら話が盛り上がっている様子だ。
「それにしても迦音、あなた本当に逸材すぎるわよ!その素晴らしい容姿で料理も得意だなんて、しかも今は史の家のハウスキーパーですって?勿体ない!是非うちの店で働いちゃいなさいよ?」
どうやらシンディは先週末に迦音と電話で話をした時から、直感的に迦音をこの店に引き込むつもりだったようなのだ。
迦音はまさか今日、仕事のオファーを受けるとは思っていなかったようで、普段のカジュアルなジーンズ姿ではなく綺麗なオフホワイトのワンピースを身に纏った194㎝の長身を、ぐっと縮ませ恐縮してしまっていた。
「そんな・・・お褒め頂き光栄ですが、私本当に人とお喋りするのがとても苦手で・・」
迦音は生まれは男性だが、幼い頃から性自認はずっと女性だ。そして数年前に戸籍の性別も女へと変えている。
そういう事も含め、環境的にも性格的にもとにかく内向であり、自身もとてもじゃないけれど接客業など無理に決まっているとそう思っていた。
「そんな事ないわよ、迦音?あなたは絶対に接客業に向いているわ!先週の事も含めて、私にそういう未来を視る力がある事は信じてくれるでしょ?」
「はぁ・・それは疑いようもありませんけれど」
ノリに押され気味の迦音はそれでも慎重に悩み、即決する様子はなさそうだった。
シンディは少しだけ困った顔をしたが、ふとカウンターの中で話を聞いていた寿々にアドバイスを求めた。
「ねぇ?寿々はどう思う?」
「え?俺ですか?」
いきなり意見を求められたので一瞬びっくりしたが、寿々は一度迦音の表情を見ると少しだけ斜め上を見上げ思案してみた。
「・・・そうですねぇ。迦音さんは、多分ゆっくりと考えたいタイプなのかなって思うんですよ。だから無理してすぐに答えを出さなくてもいいんじゃないかなって」
寿々のその言葉にシンディも迦音もキョトンとした表情になった。
「でも、もし少しでも興味があるのならば、ちょっとだけ試してみるのは悪くないんじゃないのかな?」
寿々はシンディに言われたとはいえ、今日ここへ連れて来た責任もあるので、せっかく来た迦音に嫌な気持ちにならずに少しでも楽しんでもらえるよう願い、そう返答した。
その言葉を聞いた迦音はちょっとだけ考えるように下を向いた。
するとそれを見ていたシンディはにっこりと笑い、
「・・・そうね、寿々の言う通りだわ。やっぱりあんた、言葉で人を癒す才能があるのかもしれないわね?」
とシンディは寿々の返答が気に入ったらしく、カウンターに肘をつきながらにっこりと笑顔を返した。
「そ?そうですかぁ?」
寿々も特にそんなつもりで言ったわけでもなかったので、急にシンディに褒められた事に反射的に照れてしまった。
「どう?迦音はちょっとだけでも興味あったりしない?」
寿々とシンディにそう言われ、迦音はゆっくりと答えた。
「・・・・興味、が無いといったら嘘になりますけど・・」
その答えにシンディはにっこりと微笑み、
「良かった。じゃあ、本当にやるかやらないかはちょっと試してみてから考えてみない?」
と迦音に向かってウィンクをした。
夕方6時を過ぎ、店の開店まであと1時間ほどとなった。
寿々はカウンター内の準備から追い出され、狭いフロアの通路やカウンター席などの拭き掃除に専念していた。
『何だかんだで俺しっかりと働かされてるのマジ何なんだろう・・・』
寿々に替わってカウンター内では迦音がエプロンをかけ、体験入店がてらシンディから色々と店について教わっているところだ。
最初は緊張しながらも、迦音はシンディの事をすでに姉のように信頼しているように見える。
寿々も迦音のその楽しそうな様子を見て、やっぱり連れて来て良かったのかもと思わず顔がほころんだ。
そして拭き掃除に続き、帚で塵を掃きだそうと入口のドアを開けたところでそこに一人の男が立っている事に気がついた。
「?あ、開店はまだ・・なんですけれど・・」
寿々はその人物の容姿に圧倒されると、途中から小声になっていった。
男は見るからにホストのような煌びやかな刺繍の入ったグレーのスーツを纏い、チャラい雰囲気がだだ洩れした所謂優男だ。
サラサラな灰色の髪の毛と化粧されたその整った顔立ちから、おそらくその業界でもそれなりに目立つ存在なのではないだろうか。
男は最初怠そうな表情で店の前に立っていたが、寿々を見た途端に営業スマイルのような満面の笑みに変わった。
「やぁ!君が寿々ちゃん?すぐにわかったよ!」
「は?ちゃん?」
寿々は突然の『ちゃん』呼びに凍りついた。
28歳にして年齢不詳のホストからまさかの『ちゃん』呼びをされるとは、夢にも思っていなかったのだ。
「瑠華~!いらっしゃい!」
店の中からシンディが目の前のホストに声をかけた。
「ぃえ~い!シンディ、この子が話してた寿々ちゃんでしょ?め~ちゃくちゃ可愛いじゃん!」
瑠華はかなり調子のいいテンションでそのまま寿々の肩を掴むと、ぐいぐいと中へと入り込んできた。
「えぇえ・・ちょっと、やめて下さいよ!」
寿々はその軽いノリに本能的にぞっとして瑠華の両手を払うようにして店の中へと逃げた。
「え~寿々ちゃん、ノリわるぅっ」
瑠華は漫画のような大げさなリアクションでショックを全身で表す。
寿々は何となくその動作全てに寒気を感じた。
『やばい、何この人・・なんか本能的に拒否反応が・・』
寿々が両手で身を屈めるようにしていると、
「うらぁ!さっさと中入んな瑠華!!」
と更にその後ろから小柄な女の子が瑠華を足蹴にしながら入ってきた。
「ぎゃんっ!」
瑠華はまたもや大袈裟な動作で飛び跳ねるようにして寿々へと近づいた。
「ひぇ!」
寿々はその全てに恐れおののき、逃げるようにして更に奥へと駆け込んだ。
「った~・・・、ノマちゃん蹴るなんてヒドスギ!・・僕これでもNo1ホストなんだけど?」
瑠華は少しだけ先ほどまでのテンションから素に戻ったのか、涙目でじろりと後ろを振り返った。
「あ~も~、これだからホストはうっさいわぁ。いいからはよ入れって」
そう言って呆れながら入ってきたのは、緩くカールした髪の毛がベージュと水色の2トーンになっているギャルっぽいメイクと格好をしたこれまた年齢不詳の女の子だ。
この様子をうんざりした顔で見ていたシンディは、
「こら!瑠華もノマも馬鹿やってないでさっさと座りなさい!」
と喝を入れた。
すると二人は仲が悪そうに一席空けてカウンター席に渋々腰をかけた。
「それと佐々木!あんたも店先で突っ立ってないで早く入って来なさいよ」
シンディが入口の方へと声を掛けると、最後に入ってきたのはもはやどこの国の人なのかもわからない金髪ロングヘアで丸いサングラスをかけた白スーツの男だった。
「お久しぶりシンディ」
佐々木は先の二人とは違い、見た目の派手さに反して話し方がとても穏やかそうだったが、むしろそれが故に怖くも感じた。
「・・・・・・」
寿々が店の奥で帚の柄を抱えながらこの異様な光景にぶるぶると怯えていると、
「安心しなさい寿々。見た目こそみんなアホっぽいけど、全員私の仲間だから」
とにっこりと笑いながら首を傾げた。
『え?仲間?・・仲間って事はまさか、この人達全員〖天使〗なのか!??』
寿々は今一度この珍妙なトリオを恐る恐る見返すが、やはり際どいホストと狂暴なギャルそして分けのわからない怪しい金髪サングラスにしか見えなかった。
カウンタ―内でその様子を伺っていた迦音も驚いた表情のまま固まっている。
するとシンディが迦音に向かってにっこりと微笑み、
「そうそう、迦音?体験入店なのに悪いんだけど、ちょっとお遣いを頼んでもいいかしら?」
と分かり易く迦音にちょっとだけ席を外してもらおうと頼み込んだ。
「え?お遣い・・ですか。私で大丈夫でしょうか?」
だが迦音はこれも仕事の一環だと思い素直にそれを受け入れてくれた。
「大丈夫大丈夫!いつも贔屓にしている酒屋に行って、帰りに花屋で迦音の好きなお花を買ってきてもらいたいの。お店の場所は今地図アプリに飛ばすわね?」
そう言うとシンディは手際よく迦音へ指示をだす。
それを確認した迦音は、指定された店もそこまで遠くなさそうだと思い、何よりもこうやって頼られるのがとにかく嬉しそうな様子で、
「わかりました。じゃあ私ちょっと行ってきますね!」
と笑顔で応えると、借りていたエプロンを外し、軽い足取りで店を出て行った。
寿々は目の前の3人の圧に押されながらも小さな声で、
「いってらっしゃ~い・・」
と迦音の後ろ姿を見送った。
「さて・・」
シンディはそう一言つぶやくと、店の奥で潜んでいる寿々を手招きで呼び寄せる。
「・・・・・・」
寿々も仕方なく従い、いそいそと3人の後ろを通ると身を縮こませながらシンディの隣に立った。
「じゃあ、改めて紹介するけれど。この子が三枝寿々。この子の経緯については前にみんなにも話したけれど、実に特殊な立場にいる天使の一人よ」
そう言うとシンディは寿々の肩をポンと叩き、次はあんたの番、と目で指示を出した。
寿々は向かい合う3人の珍妙な先輩天使達の表情に緊張しつつ、何となくアガルタに異動した時に失敗した自己紹介の二の轍を踏まないようごくりと唾を飲み込んだ。
「初めまして、三枝寿々です。シンディさんからのお話の通り、俺はだいぶ中途半端な・・その、天使なようで。皆さんのように上手い事〖未来視〗もできませんし、ましてや天からの〖啓示〗を受け取る事もできません・・。なので今の所天使と言っても何をすればいいのかすら不明なままです。その・・・ですから俺、本当どうしたらいいと思いますか?」
寿々は自己紹介だというのに途中から自分でもどう話したらいいのかわからず、最後は何故か逆質問になってしまった。
その突然の質問に目の前の3人も隣にいたシンディも思わずぶはっと噴き出してしまった。
「あはははは!なにそれ!?オモロ!」
「はははは!寿々ちゃんその自己紹介は反則でしょ!」
ノマと瑠華が腹を抱えて笑い出す隣で、丸サングラスの佐々木も堪えきれず口を指で隠しながら「くくくく・・」と低い声で笑っていた。
「いや、確かに自己紹介としてはアレですけれど。俺、本当にこれでも結構真剣に悩んでいるんですよ?」
寿々も顔を真っ赤にさせながら必死に弁明をする。
「ふふふ、そう、そうなのよ。みんなちょっと笑わないでちょうだい?みんなが考えている以上に寿々は真剣に悩んでいるの」
シンディも笑いを堪えながら、何とか寿々のフォローに回った。
「ははは!ごめんごめん、ちょっと面食らっちゃって!・・はぁ。えっと、じゃあこっちもちゃんと自己紹介しないとだね」
そう言うと瑠華は涙を拭いながら姿勢を正した。
「僕の名前は瑠華、見ての通りすぐそこの歌舞伎町でホストをやってるよ。この辺りは人種や人口だけでなく、色んな問題を抱えた人間がとにかく多いからね。だから縄張りとしては歌舞伎町から新大久保辺りを管轄して、シンディとも頻繁に協力し合っているよ。あと夜は店でホストやっているからあまり活動出来ないけど、それでもある程度急務の助けがあれば手広くやっている感じ。あ、そうそう僕はやっぱり女の子が大好きなので、基本は女の子を助ける事を優先にやってるかな」
瑠華は本当に見たまんまの天使のようだ。
それでもあのカオスな歌舞伎町を一人で管轄するだなんて並大抵の事ではない。
寿々は瑠華の話を聞きながら口があんぐりと開きっぱなしになっていた。
「んじゃ、次はアタシね!アタシはノマ。普段はマルキューのショップで店員をやってる。縄張りは勿論渋谷駅周辺。ただあそこもめちゃくちゃ人が多いから、渋谷駅近くにはアタシ以外にも4人の天使が常に見回りをしている。その中には警察官もいるし、飲み屋の店長してるのもいる。基本的には渋谷で何かあれば、アタシが皆に指示出してできる限りの救済をしてる。んで、アタシの特技は察知する速さかな。何かあればすぐに他の奴らと連絡取り合って駆け付けさせるよ。ま~うちらくらいになると、とにかくコミュ力だけはバケモンじゃないとやっていけないかんね?寿々も渋谷で働いているならそのうち呼び出すから覚悟しておいてね~」
ノマはそう言うと歯を見せ笑い、シースルー素材のオーバーサイズシャツから派手な爪を出し余裕そうに手を振った。
「というと・・もしかして俺も渋谷の管轄内で何かしないとなんですか?」
寿々はノマに質問をすると、
「管轄つっても、そんなのあくまでも目安だから。天使はとにかく近くのやつが何とかするが鉄則。それに別に天啓もなく治安を守ったりするのは天使の使命じゃない。例えば殺傷事件とかそんなのどうにもできないかんね。アタシらにできることはあくまでも悩みがある人間がいたらそれに寄り添う、そして話を聞く、可能ならばアドバイスをする。これ以外は無理。勿論、これ以外の使命がある奴らもいるけれど、それはまた別の話」
ノマの話を聞いて寿々は天使にも色々な役目と使命があるのか、と初めて知った。
「どう?寿々。他の天使が普段何をどうしているのかは何となくわかったかしら?」
隣で腕を組みながら聞いていたシンディが寿々を覗き込むようにして聞いてきた。
「そうですね。皆さん普段は普通の人と同じように暮らして、その上で使命を全うしているのだな、と。・・・なんか凄すぎてちょっとびっくりしちゃいました」
そう言うと、今まで黙っていた丸サングラスの佐々木が口を開いた。
「寿々は別に無理をしなくてもいいと思うよ」
佐々木の声はとても透き通っていて、それでいて低く落ち着いた妙な魅力がある。
歌でも歌えばまるでその場にいる人達全員を魅了させられそうなくらい甘く深みのある不思議な声だ。
「だって寿々の身体はまだ自分の身体なんだし。私達のように無尽蔵に動いたりはできないのだから。それに〖未来視〗だって出来ない天使は沢山いる。だから寿々は今出来ることだけをすればいいと思うよ」
佐々木の発言に寿々はぎょっとした。
「え・・・?もしかしてみなさんって寝たり休んだりしないんですか?」
すると隣のシンディは呆れた顔をして、
「馬鹿ねぇ、するわよ。私達の身体はあくまでも借り物なんだし、少なくても私は大事に借りてるつもりよ?」
そう答えたシンディの言葉にノマが付け加えた。
「アタシだってこの身体相性がいいし、気に入ってるから大事にさせてもらってるけど。でも実際天使にとって人間の身体はただの借り物の器でしからないからね。身体的エネルギーが尽きたり、病気になって支障がでれば、申し訳ないけれど乗り換えざるを得ないのも事実なんよ。だってそうでもしないと新しい身体を探して、その身体に馴染むまでのタイムロスで果たせる使命も果たさなくなるかんね。あと下手して新しい身体が見つからなかった場合はそのまま消失しちゃうし」
寿々はノマの言葉聞いて眉を寄せた。
「あの、前にもシンディさんからちょっとだけ聞きましたが、その天使ってその人間の身体に入れなくて消えてしまったら・・・本当にあとは何も無くなってしまうものなんですか?」
寿々のその質問に4人は少しだけ顔を見合わせた。
そして佐々木が代表して、
「無いよ。もうその先は何もない」
とあっさりと言い放った。
そして更にこう続けた。
「寿々。我々は一度天界に上がった時点で原則としてこの世界の物質に干渉してはいけない存在になっているんだ。それでもその理を破って神との誓約の下、使命を果たす存在として特例で降ろしてもらっている。だから〖天使〗なんて耳心地のいい名前で勘違いされそうだけど、実際は人間にとって必ずしも有益になる事だけをする存在ってわけでもないんだよ。私達のアドバイスはあくまでも神の御意思によるもの。私達もそれは人間を幸せにするためなのだと信じているけれど、それでももし天意の方向が人間を調整するフェーズに入れば、自ずとそれは人間の繁栄とは真逆の使命を背負う事になる」
寿々はそれを聞いて急に胸の奥がざわざわとしだした。
「つまり、天使はあくまでも神の僕であって、人間を救うのも神にとって人間という存在が何かしらの目的があって必要なだけで、天使はあくまでもその代理で直接手を貸しているだけ。もし万が一そのバランスを崩してしまえば神の意思がその逆の行為・・例えば人間を死に導くよう神が天使に指示する事も・・・ある、と」
寿々の言葉に4人は何も答えなかった。
つまりイエスという事だ。
『・・・じゃあ〖神〗って一体何なんだ?一体何の目的で人間を・・魂を監視しているのだろう』
寿々は特に天啓を直接受け取れないからこそ、目の前の4人が言っている〖使命〗だったり〖神の意思〗に対して自ずと疑念を抱かずにはいられなかった。
しかし次の瞬間、寿々の背後にあった酒瓶が何の振動もなくストンと棚から落ち、床で破裂しながら大きな音をたて割れた。
「!!」
寿々はその音に酷く驚き身を逸らせた。
しかしシンディもだがカウンター席に座る誰もがその事に全く動じる様子もなければ表情一つ変えなかった。
「へ?・・・な、何が起きたんですか?」
寿々は急に酒瓶が割れた事にビビっていたのに、誰一人無反応な事にも更に恐怖を感じていた。
すると瑠華が強張った表情を崩し、大きなため息を吐いた。
「はぁ~・・・・。寿々ちゃん今のそれ、絶対にダメ!」
そう言いながら大袈裟に目の前で腕をバッテンにさせた。
「マジ焦ったわぁ。寿々、今のがあんたにも分かる〖天啓〗だかんね?てかむしろあんたの場合、言葉や直感で天啓を受け取れないから、こうやって物理でやられるからマジ気をつけて!下手すると本当に怪我すんよ?」
瑠華とノマの言葉に寿々は心臓がドキっと跳ね上がった。
「え?え?今のって?まさか俺が今考えていた・・・」
「そうよ寿々。今あんた、神の存在とその目的に本気で疑念を抱いたでしょ?そういうのは私他達にとっては御法度なの!」
「悪い事は言わない。これからもどんなに理不尽だと感じる事があっても、今みたいに神への疑念だけは持たないようにしなさい」
佐々木も少しだけ冷や汗をかいているように見えた。
「わ・・・わかりました」
寿々は思わず肝が冷やされた。
『そ・・そうか。神に対して疑念を抱かない。もし少しでも疑うような事があれば物理で知らされる!・・・そんなんマジで恐怖しかないよ!気を付けねば・・』
シンディは怯える寿々を見ながら帚と塵取りを取り出すと、そのまま足元の割れた瓶を片付け始めた。
「シンディさんすみません、俺やります」
寿々は申し訳なさそうにシンディの持っていた掃除用具を受け取った。
「でもまぁ、これで私以外にも何かあれば相談できる天使がいるって事はわかったでしょ?それに、あんたが言ってた『自分に何ができるかわからない』って疑問も、とりあえずはここにいる4人に呼ばれたら応じる。それでいいと思うの。そうして対応しているうちに寿々にしか出来ない事を見つけなさい」
「4人・・・」
そう言って寿々はふと、佐々木を見つめた。
「ところで佐々木さんの管轄と職業だけまだ聞いていませんでしたが・・・」
すると佐々木はにっこりと微笑み黙ってしまった。
その様子を見たシンディが飽きれたように肩をすくめ両手を広げると、
「佐々木の管轄は基本は恵比寿近辺。でも本当は23区を統括する大天使の一人でもあるの」
「大天使!?・・・それって聖書で言えば確かガブリエルとかと同じ階級ってことですか??」
寿々がびっくりして帚をぎゅっと握って恐縮していると、
「あ~でも私はそういう堅苦しい階級制度が本当に苦手でね。とにかく皆にもあまり階級がどうこうで接しないで欲しいってお願いしてるんだ。だから寿々も私と話す時は絶対に畏まったりしないで欲しいんだ」
寿々は、佐々木の見た目こそ様子がおかしいが、やはり内面は大天使にふさわしい人格なのかもしれない、とその甘美な声色も相まってかなり魅了され始めていた。
しかしそこでシンディが寿々に近づき、
「あ、寿々。マジで佐々木の事勘違いしないでね?佐々木ってほら肩書とオーラとこの美声で無条件にカリスマ性を感じがちだけど、普段は新興宗教レベルのマルチ商法の幹部をやってるとんでもないろくでなしだからね」
と冷めた目で忠告した。
「は?マルチ??」
寿々もその言葉に更に驚かされたが、それを聞いていた佐々木は肩をすくめると、
「まったく酷い言い方だね。人間は時として現実から逃避する為に何かに陶酔する必要があると言うのに。私はそうやって疲れた人々の心を癒しながら活力を取り戻す手助けをしているだけだよ?」
甘い囁き声でそう言った佐々木を見ながら寿々は、
『あ、この人やっべぇ人だ。なるべく関わらないでおこう』
と即座にそう思ったのだった。
気が付けばすっかり午後7時近くになっていた。
そこへまだクローズド表示になっているはずの店のドアが開かれたので、寿々は買い物に行った迦音が戻ってきたのだとばかり思いそちらへと目をやった。
すると一人の黒いボーイ服を着た、物凄く見覚えのある男が中を覗き込んで、
「瑠華さん、何度も連絡しましたが返信なかったもんで迎えに来ました。オーナーがずっと呼んでますよって・・」
と関西訛りの喋りで瑠華を呼んだ。
「は!?そ、颯太??なんでお前、こんな所にいるんだよ!?」
寿々は今日一びっくりした様子で口を大きく開いたまま震えた指をさした。
「はぁ??寿々??なんで寿々がこんなところにおんねん!!」
そして指された寿々の義弟、三枝颯太もまた同じくらい驚いた顔をしてその場で硬直していた。




