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オカルティック・アンダーワールド:ベート  作者: アキラカ
婚姻怪異譚

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19/25

第3話 冥婚


「はぁぁ・・・・」


 (ふひと)は今まで聞いた事もない馬鹿でかい溜息をつき、再び銀髪の髪の毛をワシャワシャと()きむしった。


「なぁ史。俺も一緒に行くから、もう一度ちゃんとハンナさんと話した方がいいって」


 寿々(すず)は隣で歩きながら心配そうに見上げた。


「どうする?私から叔父さま叔母さまに連絡しておいた方がいい?」


 史を挟んでその隣で従兄弟(いとこ)迦音(かなん)も不安そうに聞く。


「・・・・悪いけど頼む。今俺から何を言っても話が通じなさそう・・」


 史も急な展開に色々と耐えられず、既に疲労困憊な顔を右手でぐっと押し込むように押さえた。


「って言うか、俺がカトリックとか寝耳に水すぎるんですよね」


 そしてハンナの言葉を思い出しながら腹立たしさを抑えきれずに愚痴を漏らした。


「本当に何も言われてなかったのか?」


「本当に一度も聞いた事がありません!確かに正月にスウェーデン行った時、元日に祖母と母は一緒に教会に行っていました。でも俺は何も言われなかったので付いて行ってもないんです。てか何ですか?他宗教の相手と結婚すると子供は必然的にカトリックにさせられるとか!?洗礼も受けてないのに?俺まだ血縁関係で酷い目に遭わないといけないんですかね!?」


 史はまだ混乱しているようでついつい住宅街だというのに大声で文句を垂れた。


「それにしても何て言うか・・・、史のお母さんって・・とんでもないパワー型なんだな・・」


 本当はもっと気を遣って言うべきところなのだろうが、寿々も()えて遠慮なく言ってしまった。


「そうなんですよ・・・。どうやら俺の曽祖父(ひいじい)さんがそれこそヴァイキングの生き残りみたいな豪傑(ごうけつ)な人だったらしく、母はそれによく似ているんだと向こうの叔父さんから聞いた事があります」


「ヴァイキング・・・」


 寿々はそう呟きながらよく見るあのヴァイキングの格好をしたハンナを想像した。


「でも仕事は物理学の博士号を持つ研究者なんだよな?」


「そうですね。一応ストックホルムの理論物理学研究所で素粒子の研究をしているとしか聞いてないですが。こっちに来たって事は辞めてきたんでしょうね」


 寿々と史がそう話していると、


「叔母さまからは返信ないけれど、叔父さまからは、分かったので今夜二人で家に来るように伝えなさいって返ってきたわ」


「はぁ~・・・。嫌だなぁ」


 いつもならば思っていても口に出さないであろう史が、色んなストレスからそのタガが外れて感情がボロボロと出て来る様子を、迦音は何となく新鮮だなと少しだけ面白そうに眺めていた。


「それで?それまでにその()をどうにかしないとなのよね?」


 迦音はスマホをしまいながら史の左手を指差す。


「あぁ・・・ね」


 史は正直もう左の薬指なんてどうでもよさそうな感じになっている。

 寿々はその適当な様子を見て少しムッとしたように史を見上げた。


「史。確かにハンナさんとの事も大事だけど、俺にとってはお前のその指の事の方が遥かに大事なんだからな!もう少し真剣にやってくれよ」


 そう言われてようやく史もドキっとしたようで。


「わ・・わかりました。すみません。確かにこっちの方が重要事項でした」


 と左手を(さす)りながら反省した。


「で?私は一体何をすればいいの?私は史と違って透視も念力も使えないわよ?」


 迦音が史に質問すると、


「そうだな例えば・・・。迦音は普段、人や物を探す時どうやってどうやって探している?」


「私は・・そうねぇ。ほぼ100で当てるには、その対象の一部を持っていれば探し出せるけれど。本体の一部だけを探すっていうのはやったことがないわ」


「でももしその探す対象が近くにあったとしたら、少しくらいは何か感じたりしないのか?」


「う~ん・・・」


 迦音は悩みながらも全く気にする事なくいきなり史の髪の毛を(むし)り取った。


「いって!迦音!!いつもそうやって無許可で人の髪の毛引きちぎるのマジでやめろよな!」


「あ、ごめん。人の髪盗むの当たり前になりすぎちゃって無意識でやってた」


 寿々はこの二人のやり取りを聞きながら、


『やはり(はだ)家の人間の異常性には付いていけないな・・・』


 と苦笑いしかできなかった。


 迦音は痛そうに頭皮を摩る史を横目にその場に留まり、史の髪の毛を半分に分けると片方を左手でぐっと握り締め、もう片方を右手に摘まむように持ち小さく何かを呟き唱え始めた。

 そして唱え終えると摘まんだ方の髪の毛をふっと息で空に飛ばす。


 と同時に左手に握った髪の毛に集中した。


 寿々は風もないのに上空に舞う史の銀髪が、6月の日差しに照らされてキラキラと舞ったかと思うと、一気に全方向へと散ってゆくのをまるで魔法でも見ているかのように見惚れてしまった。


「すご・・・」


 するとすぐに何かを察知したように迦音がゆっくりと歩き出した。


(わず)かにだけどこっちから反応が返ってきているわ」


 そう言って少しだけ足早に進む迦音に寿々と史も急いで続いた。






 三人は茶沢通りを世田谷方面へと南下しながら商店街は勿論、少し入った住宅街の路地裏などを捜索しながら先へと足を進める。


「それにしても、その紅包(ホンパオ)っを拾った・・、いや押し付けられた?ってことはつまり(ふひと)は今冥婚させられてるってことなんだろ?」


 当然その事についても気になっている寿々(すず)は、少しだけ不機嫌な口調で聞いた。


「いいえ。俺は断じて拾っていませんので、この場合冥婚は成立してないと俺は解釈しています」


 史も寿々に変に誤解や心配をかけたくないのか、そこはきっぱりと言い切った。


「でもその紅包の相手なのか、それを落とした親族なのかはそうは思っていないから史の指が獲られてしまったわけよね?」


「まぁ・・・。あれを故意的に落とした人物が何を思っているのかまではよくわからないけれど。ただ、通常俺が知る限りでは、台湾では若くして亡くなった未婚の女性は、男と違って〖(パン)〗という()()としての身分が認めらられない為、位牌も作ってもらえないとか。親や親族がそれを不憫(ふびん)に思い冥婚させて、せめてどこかの家族となる事で名の入った位牌を祭壇に並べ、ようやく故人とて祀る事ができるらしいんだけど。それで道端に故人の爪や髪を入れた紅い封筒を落とし、縁がある男がそれを拾うと一族がぞろぞろと出て来て冥婚を強要させられる・・・っていうのがあくまでも世間一般的な()。でも実際はそんなどこの馬の骨とも知れない男と死んだ娘を結婚させたい親などいるわけないってのが現実らしい」


「じゃあ、よく聞く無理矢理冥婚させられるってのは?」

 隣で真剣に聞いていた寿々が質問する。


「それこそ都市伝説ですよ」


 史は自分が今その都市伝説の方にすっかり巻き込まれているにもかかわらず、まるで他人事のように面白そうに話した。


「ねぇ、史?でもその封筒って最初寿々さんが袋から取り出して開けようとしたのに、実際あんたの方が選ばれちゃってるって事よね?」


 左手に持つ史の髪の毛に意識を集中していた迦音が、ふと気になって質問した。


「まぁ・・・・そう言われればそう」


「って事はその女性の親族は、どこの馬の骨か分からない男。ではなく史の事をちゃんと知った上であえて史に拾わせようとしたけれど、拾ってもらえなかったからわざわざ紙袋の中にまで入り込んで、あげく薬指まで奪っていった・・・。これってつまり最初から史を狙って冥婚させられてるんじゃない?だとしたら相当な執念と呪力を持った相手って事にならないかしら?」


 迦音はそう少しだけシビアな顔をして史に言うと、史は少しだけ固まったように黙り込んだが、


「・・・・でも。それならほら、迦音の呪力と執念には敵わないだろ?」


 とサラッとさも当たり前のように言った。

 迦音もその言い方にどう返せばいいのか戸惑いながら、短く息を吐くと。


「まぁ・・でも私の呪力なんて今はほぼ無いからね。秦の家に居た頃ならともかく、今は恨みの中で生きていないからほとんど力も蓄積されてないし」


 そう言いながらも、誰かから頼られるなんて事が今までの人生でほとんどなかった迦音にとって、こうやって素直に頼られてしまうと何と言うかまんざらでもないと感じてしまうのも事実だった。

 そうしているうちに井の頭線が見える手前になると急に迦音の足が止まった。


「?どうしたの迦音さん?」


 寿々が何かあったのかと聞くと。


「・・・・この先じゃなさそうですね。さっきまではちゃんと感じていた気配が一気に散ってしまいました。もしかしたら向こうもこっちが探している事に気づいたのかもしれません」


 そう言ってやや険しい表情になりなながら周囲を伺った。


「でもここに来るまでに、台湾とか中国に関するような場所には全く出会わなかったよな?」


 寿々も周囲をキョロキョロと見回しながら急に嫌な雰囲気を感じていた。


「・・・あるいは。向こうは常に俺達の行動を見ている・・とか」


 史は指を盗られた左手を握り締め力を込める。


「?・・・・あそこって?」


 ふと寿々は通りから少し入った所の看板を指差した。

 その先には〖胡家台湾小吃〗と書かれた赤い立て看板が目に入った。


 三人は何かを察したのか、顔を見合わせるとその店の脇にこっそりと近づき、隣の店先から静かに店内を覗いてみた。


「中華料理屋かな?・・・・休み?」


 寿々が扉の前に掛けられた休業の札を見て呟いた。


「どうだ?迦音は何かこの辺から俺の気配を感じたりしないか?」


「・・・そうねぇ。全く感じないわけではないけれど。でも絶対にここ、とは言い切れないわね」


 迦音が悩ましげに言うと、寿々はスクっと立ち上がりそのまま堂々と店前まで近づき更に中を覗き込んだ。


「寿々さん?誰かいるかもしれないですよ?」


「いるなら返って好都合だろ?俺が直接聞いてみるし」


 そう言っていつになくキリっとした目で史を見上げた。

 どうも今日の寿々からはピリピリとした雰囲気を感じる。


 史も寿々がいつも以上に自分の薬指捜索に対して並々ならぬ執念を燃やしているのを察すると、もしかしたら自分に言わないだけで、実は何か嫌な未来を既に視ていたりするのではないかと、少しだけ心配になってきた。


「日曜の昼なのに休業だなんて・・。もしかして普段から営業していないのかもしれないな」


「閉店・・しているわけではなさそうですけど」


 二人して店を覗いていたその時。

 寿々は急に背後から嫌な視線を感じ、寒気がした。

 そして店の中を見ていた視線を窓ガラスにフォーカスさせたところで全身に鳥肌が立った。


「!!?」


 反射して映ったそこにいたのは、紅いチャイナドレスを着た黒髪の女。

 それに気づき急いで振り返った。



 その様子を隣にいた史と後ろにいた迦音も見て咄嗟に同じ方向を確認する。


「寿々さん、どうしました?もしかして・・」


「ああ、今確実に後ろに誰かいた・・」


 しかし、店の前の薄暗い裏路地。対面する民家と民家の隙間に先ほど見た紅いチャイナドレスの女はどこを見回しても姿を見る事は出来なかった。


『おかしいな・・。普段ならばこんなにすぐに霊を見失う事なんて無いのに・・』


 寿々は霊の姿がちゃんと視えるようになってからは、普段でも通りに佇む地縛霊や誰かに憑りつく怨霊や生霊さえ視ようとすればそれなりにきちんと視えるのだが。今みたいに気配だけ残してパッと消えてしまうのは、はまるで向こうが視られたくないのか、逃げるようにして消えてしまったという事になる。


『・・・やっぱり最初から史を狙って冥婚をさせる為に死霊、またはその死霊の意思を汲んだ家族があの封筒を家の近くに落とした・・そう考えるのが妥当なのかもしれない』


 以前ならばこんな事があれば一人涙目で震えながら怯えて逃げ出していただろう寿々が・・。


「寿々さん大丈夫ですか?」


 心配そうに寿々を見る史を見上げ、特徴的な垂れ目が吊り上がるのではないか?というくらい鋭い目つきになり、顔を真っ赤にさせてわなわなと右手の拳を震わせた。



『絶対に許せないんだがっ!!!』



 自分の恋人である史と無理矢理、いや勝手に冥婚をさせた上に左手の薬指まで持っていったその相手に対して相当な怨念を燃やして対抗しようと怒りに満ち溢れていた。


 寿々は無駄だと思いながらもスマホを取り出すと、ダメ元で目の前の〖胡家台湾小吃〗の電話番号を検索し、そのまま電話を掛けた。

 店が休業の場合、万が一店主の家へ転送になっていたりしないか、その可能性にかけたのだ。


 しかし当然だけれど、店内の電話が鳴り響くだけで一向に転送される様子はない。

 寿々も仕方ないと通話を切ろうとしたその瞬間、


 〝ガガガ・・・・ザーー、ザーーー〟

 というノイズ音がスマホから流れてきた。


「なんだ?」


 寿々は隣で様子を見ていた史と迦音を見上げると、一度耳から離したスマホをスピーカーに切り替えた。


 〝ザザ・・と・・ザザザ・・ぅんザーー・・ザーー・・〟


 三人は今一瞬だけ何かの声を聞いたような気がしてその場で固まった。

 店内ではそのまま電話の呼び出し音が鳴り響いている。


 〝ザーー・・ザーー・・ふ・・・ひと・・くん〟


 次は間違いなく女の子の声で史の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 そして、



 〝お前だけは絶対に許さない!!〟



 しっかりと怨念の籠った口調でそう言うとノイズがプツリと途切れ、〝おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません〟と急に音声ガイダンスへと切り変わった。



「史・・・・・今の声って」


 その声に史は勿論、寿々にも聞き覚えがあった。

 史は顔を青ざめさせ暫く黙り込んだかと思うと、口を押さえ眉間に皺を寄せながら呟いた。


「・・・・・・・・今井、先輩かと」


 史の額に嫌な冷や汗が滲む。




 今井(いまい)沙耶(さや)


 彼女は(ふひと)の存在によって大きく人生を変えられ、それでもなお史に執着し、中学3年の時に一つ年下の史に殺傷事件を。更にその3年後の昨年末、忘れもしない12月に今度は寿々(すず)を誘拐して脅し、左肩をナイフで突き刺した張本人だ。

 まさかその今井が既にこの世にいない事も、ましてや死してなお史への執念を果たそうとしている事を知り、史は思わず吐き気を覚えた。


「史・・大丈夫か?顔が真っ青だぞ」


 寿々は史の背中を支える。

 事情を知らない迦音(かなん)もその様子から察し、今しがた聞いた声の女が史をここまで追いやる存在なのだということを理解した。


「寿々さん、寿々さんは今さっき窓越しに紅いチャイナドレスを着た女性を見たと言ってましたけれど、それはその今井って人で間違いなさそうでしたか?」


 迦音に聞かれ、寿々も険しい顔をしながら必死に思い出そうとする。


「実はそう言われればそうかもしれない、っていうぐらいにしか感じなかった。俺が知っている今井は極度に痩せこけ、髪もボサボサで肩くらまでしかなかったし。でもさっき見た紅いチャイナドレスを着た女は痩せこけてもいなかったし何よりも髪の毛は腰くらいまで長かった」


 そう言うと史は少しだけ大きく息を吐き、


「・・多分そっちの容姿が本当の今井先輩です。元々は周りが(うらや)むほどの人だったので。そのおかげで俺は有る事無い事でっちあげられ、中学時代は周りから相当嫌われていましたから」


 史はそう言うと顔を上げもう一度息を吐いた。


「昨年の12月の事件以降、一度だけ弁護士から直接連絡を取りましたが。今井先輩は再び精神病院に入ってその後の裁判は未定だと言われたきりでした。それがまさかこんな形にまでなるとは・・」


 史はそう言いながら自分の消えた薬指に目を落とした。


「もしそうだとしても・・・」


 寿々はその見つめる手を握り締め、


「いや、そうで無くても俺だって絶対に許せないし許すつもりはない!」


 その言葉に、いや、普段寿々からは発せられないような怨念とも言えるとつもない大きな負の感情に史は勿論迦音まで驚いている。


「迦音さん、ほんのわずかでもいいから史の指がありそうな場所、何か手がかりがありそうな場所に俺を連れ行って欲しい。俺が絶対に史の指を取り戻す!」


 見上げる寿々の大きな波動を迦音も否応なしに感じたのか、迦音もたじろぎながらゆっくりと頷いた。


「・・・わかりました」




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