第1話 紅包(ホンパオ)
6月3週目の土曜日
昨日8月号の校了だったアガルタ編集部は、その日は流石に誰も出勤してくる者もおらず。
土曜勤務が通常の史はたった一人で黙々と仕事をこなしていた。
校了の作業に追われていた分、来週から本格的に始動させる現代妖怪特集改め『現代妖怪百鬼夜行』の企画。ライターの朝霧との取材の打ち合わせ、更にレイアウトなどを今日中に片付けないといけない事が多く、いつもより集中して真剣に取り組んでいた。
しかしながら史は、相変わらず寿々以外とつるんで行動する事に慣れずにいた。
朝霧とは、元アガルタ編集者の松下がいた時に何度も心霊スポットの取材に同行していた。なので表面上は問題なく付き合えてはいたが、元々アングラ系の裏社会や、ディープスポットのルポライターだった朝霧と、まだ高校を卒業したばかりの史が妖怪の話以外で盛り上がることはなく。松下と違い編集者としての上手い人付き合いも出来ているかと言えばそうでもないのが実状だった。
松下とは先日の『バックルーム』一件で、寿々と史に助けられた松下が結果的に折れる事となり、朝霧は希望通り松下の動画制作会社の契約スタッフから外れ、以前と同じようにフリーのオカルトライターに返り咲いた。
史も心からそれを待ち望んでいた・・・のだが。早速朝霧と連絡を取り合うと、妖怪談義ではスムーズに進んでいた会話も次第にアラフォーの朝霧からマウント、とでも言うのか。「いや~、史君と早く飲みにでも行ってくでんくでんに酔いながら妖怪談義したいもんだね~」とか「いつか俺がいい風俗に連れて行ってやるからな!」などと、まぁ同性とはいえこれも所謂アルハラやセクハラにあたるだろう。史にとっては1ミリも興味のない話題になりがちで、どうにもそういう社交辞令を上手く交わしてゆける自信を失いそうになっていた。
「・・・面倒くさ」
史は電話の会話を思い出しながらそうぶっきらぼうに呟いた。
呟きながら息抜きにお茶を飲もうと水筒の蓋を開けたその時、手元にあったスマホからメッセージアプリの着信が響いた。
「?」
何気にその通知を確認すると、それはスウェーデンに住む母のハンナからだった。
「なんだ?」
土曜のこの時間に、14時間も時差があるスウェーデンのストックホルムからメッセージが届くのは珍しい事だ。
史はお茶を飲みながらも何事かと思い、メッセージを開くとそこに写された写真にビックリしてその場でお茶を噴き出した。
「っぶは!!・・・・ごほっ!ごほ!・・・・・・・はぁ??」
吹き出したお茶よりその画像があまりに衝撃的すぎて、再度見直し更に頭の中が混乱した。
《ヒューゴ!今ソージと一緒に日本に帰って来たわよ!!》
そう史をミドルネームで呼ぶ母親からのメッセージと共に、写真には父親の総司と引っ付いてクルーズ船をバックに、おそらく横浜港辺りで撮ったであろう自撮り写真が送られてきたのだ。
「・・・何言ってんだこの人達??」
史はこの写真を見て激怒を通り越して虚無の心にまで達していた。
それもそうだ。
母のハンナは、父総司の実家である秦家の祖母から呪い殺されそうになり、史が1歳になる前に総司によって命からがら生まれ故郷のスウェーデンに帰されたのだ。
その後史はその混血をまるで一族の恥晒しとばかりに見下され、さらに祖母によって日常的に酷い虐待を受けてきた。
9歳の時にようやく総司が実家から引き離した事で、史は何とか正気を取り戻せるようになったが、母のハンナと実際に対面出来たのは3年後の12歳の時だった。
父総司は飛行機が大の苦手なので、史は一人で飛行機に乗り母の住むストックホルムに行ったのがたった7年前の事。
その後再び会えたのは14歳の時と昨年の年末18歳の時の3回のみだ。
その間それなりに電話などで連絡は取り合っていたが、まさか秦家の問題が解決したとは言え自分に何の連絡もなく日本に帰ってきたなんて、嬉しいよりもショックの方が遥かに大きかった。
確かに先日従兄弟の迦音から、総司がハンナを日本に呼び戻すつもりだとか何とか言っていたとは聞いていたけれど。
それでも史は母なら来る前にちゃんと相談や連絡くらい絶対にしてくれるはず、と信じていただけに何だか裏切られたと言うか、やっぱりこの人達は俺の事なんてどうでもいいって思っているんだろうな。と改めてそう実感してしまったのだった。
「はぁ・・・・」
こんなところで一人で物に八つ当たりしても仕方ないのは分かっていたが、どうも腹の虫が収まらない。
以前編集アシスタントの浅野に無理矢理机に置かれたアガルタのゆるマスコット、アガルティくんのぬいぐるみが目に入ると、史は反射的にぐいっと首を鷲掴みにし、投げつけようか引きちぎろうかという形相で右手をワナワナと震わせた。
「ちょっと、アガルティくんをどうするつもり?」
その史の獣の様な形相を見て驚きながらも、まるでいいものを見たとでも言いたそうな雰囲気で編集部に入った来たのはチーフの丸早智子だった。
「・・・・・」
史は内心恥ずかしくもあったが、見られたのが丸ならいいかと思い、馬鹿でかい溜息をつくと右手に握ったアガルティくんをゆっくりと机に戻した。
「・・・別に。ただ物凄くムカついていたので」
あからさまにふてくされながら、史は机の上のスマホにもう一度目をやると、ササっとその画面を消した。
「はぁ~、何?もしかして三枝と喧嘩でもした??」
丸は自分の机に何やら沢山入った紙袋をドサっと置き、上着を脱ぎながらいつもの下世話なテンションでからかうように話しかける。
「別に寿々さんとは何もありませんよ。ご心配なく」
史も先日の松下の一件で、寿々と付き合っている事が丸に完全にバレたのでむしろ開き直って返答をする。
「じゃあ何?仕事のこと?」
「まぁ、そっちも色々と面倒な事だらけですが。それ以上にくっそ面倒な事がありましてね・・」
「?」
珍しく丸は史に熱いお茶を淹れてあげ、更に駅隣接の商業施設で買ってきた高級団子やら高そうな総菜のパックを応接セットのテーブルに広げた。
「はぁ?じゃあお母さんが今日日本に帰ってきたわけ??」
丸も史の家の事は大体を把握している。なので急に何の連絡も無く日本に帰ってきていた事に当然ながら驚いた。
「そうなんですよ!普通連絡の一つくらいしますよね??実質19年間放って置いた子供に相談も無く日本に来れますか?」
史は丸に差し出された高級団子をやけ食いするようにかぶり付きながら愚痴を漏らした。
「まーそれは、史の事を考えれば普通出来ないわなぁ。何て言うか史のお父さんもそうだけど、お母さんもちょっと変わってる人なんだね?」
「変わってる・・・。そりゃそうでしょ。俺の身内に変わっていない人なんて一人もいません!」
「まぁ、じゃああれでしょ?サプラーイズ!ってことでしょ?ほら海外の人ならそういうのありそうじゃない」
「全然!笑えないんですよね!」
史は団子を一気に2本たいらげるとお茶でゴクゴクと流し込んだ。
丸はその様子を見ながら、普段のしらけた態度の史からは想像できないような本性が見れて、これはこれで貴重な体験ができたとばかりにニヤニヤしながらお茶を啜った。
史は一息ついてからようやく落ち着いたのか。
「で?何ですかこの団子やら総菜やらは?」
と食べてから丸に質問をした。
「あ~これ?さっき打ち合わせで寄ってきた恵比寿駅の店で見かけたから。ほら、この前は松下の件で色々と迷惑を掛けたでしょ?だからまぁそのお詫びって感じ?」
「へ~・・・。それはありがとうございます。アレについては本当に心底迷惑でしたので、そういう事ならば素直に受け取らせていただきます」
史は2週間が経った今でも松下への怒りが収まっていないようだ。
「あははは」
丸は一瞬だけ妙な顔をしたが、史のその態度にすぐに大笑いをした。
「それで?今日三枝は家にいるの?」
丸も団子をつまみながら史に質問をする。
「寿々さんは今日、同期の人の結婚式に行ってます」
「あ、は?結婚式?なるほど、6月だもんね。世間的にはそういう時期か」
またもや丸の反応が妙だ。
普段寿々以外の人間に興味の無い史でも、今日の丸の態度がおかしい事くらいは分かる。
「・・どうしたんですか?何かあったんですか?」
ひとしきり自分の方の不満を述べ、更に少しだけ空腹が満たされたからか。
史にしては珍しく人を気遣うような質問に丸がは目を丸くさせた。
「あぁ~っとねぇ。まぁ・・・史と三枝にはちゃんと言っておこうと思ってさ」
何やら神妙な面持ちで自分のマグカップを置くと、丸は少しだけきちんと座り直し。
「?」
「あたしさ。結婚したわ」
「・・・・・・・・はぁあ??」
史は丸の突然の報告に驚くよりも本気で呆れていた。
「いやさ、もう前々から分かっていたんだけどさ。ほら、あたしももう40だし?っていうかこの前の10日に40になったんだけど。松下もあいつでもう人生のどん底みたいな生活しているし?いつまで経ってもアホな事しかできないし。・・・だから何て言うかもう、しゃらくせぇ!どうせ離れられないなら、いっそうあたしが養ってやるわ!!って、もう何て言うか腹を括ったってわけ」
丸は少しだけ顔を赤らめながら、いつもより必死に説明をしたはずだったのだが。
「・・・・いや、全然分からないっす。理屈云々よりも何でよりによってあの松下・・・さんなのいか」
「今松下って言いそうになっただろ。・・いやまぁいいのよ、あんたが言いたい意味はあたし自身が一番よく分かっているから」
「俺はあまり気の利いた言葉を言えるような人間じゃないので、正直丸さんが後悔しないのならばいいんじゃないかと思います」
「後悔ねぇ~」
丸は再び寛いだ姿勢になると、一口だけお茶を啜った。
「後悔はさぁ。結局自分への言い訳じゃん?やった後悔も当然あるけれど、でもやらなかった時よりかは遥かにダメージ少ないと思うんだ。少なくてもあたしはそうだった・・・」
丸は自分が8年前に教育担当をしていた松下に、ふと気を許して当時の婚約者のちょっとした他愛もない不満を漏らした事により、色々な人に誤解させたまま拗れてしまった事をずっと悔やんでいた。
そしていつも思うのは、「あぁあの時ちゃんと会話をしておけば、もっと違ったのかもしれない」と。
「あたしはさ、本当にダメ女だからさ。8年前に婚約を破談にさせた相手の事を今でも本当に申し訳ないと思っていて。ただ、思えば当時そこまで相手に対して感情があったのかさえ思い出せなのよ。だから余計に酷い奴だな~って思って。それ以降恋愛なんてとてもじゃないけれど考えられなかった。・・・松下は本当に馬鹿でダメなアホ人間だけど、あの時最後までアタシの事を庇って怒ってくれて。まぁその後は皆の知っている通り、本当に松下とは最悪な関係が続いてはいたけれど。そんな状態だったのに8年間もずっと気持ちが変わらないのならもういいんじゃないかって、自分に素直になってもいいんじゃないかってそう思ったのよ」
史は松下の事などどうでもよかったが。
何だかんだ面倒見のいい丸がそんなに長い間想い続けているのならば、もしかしたら自分には全く分からないだけで、松下にも丸を思いやれるような人間性が案外ちゃんと残っているのかもしれない。と・・・思ってはみたものの。
やはり松下のあの顔を思い出すとムカついて、どうでもいいなという結論に至ってしまうのであった。
「そういうわけだからさ!二人には先に報告!まだ昨日籍を入れたばかりだから、編集長には色々と落ち着いてから編集部の皆にもちゃんと説明するつもり」
「?二人にはって、寿々さんへはもう連絡してあるんですか?」
「何言ってんのよ?それを史からネタとして三枝に話してもらう為に色々と買ってきたんじゃない。ほら、その総菜あれば今日夕飯作らなくていいでしょ?結構したんだから感謝してよね?」
「はぁ・・。てか丸さんって俺達の生活の何処までを知っているんですか?まさかハイヤーセルフで俺達のこと勝手に視ていたりしていません?」
史は、肉魚を食べない寿々がちゃんと食べられそうな総菜の数々を見て、少しばかりげんなりした表情になった。
「はぁ?そんな事するわけないでしょ!!てか正直こっちだって史と三枝のプライベートを探るような悪趣味なんてないっつーの」
「本当ですか?それならばいいんですど・・・」
「てか別にあんた達の生活なんてハイヤーセルフ使わなくても予想つくじゃない?史が三枝の尻に敷かれいて、三枝は料理が出来ないから史が全部作ってるんだろうし、その分年上の三枝が金銭面を賄って、愛情の天秤はいつまでたって史の方が遥かに重い!」
史は丸のその発言が全部当たっている事とその内容に赤面し、
「!!・・・・用事が済んだのならさっさと帰ってください!ったく仕事の邪魔ですよ!」
と怒り出すとテーブルの上の物を片付け、そそくさと自分の机へと戻っていってしまった。
「全く、相変わらずキレやすい子なんだから」
丸はやれやれといった顔をするとそのまま荷物を持って一瞬だけ史に目をやったが、まだ怒っているその様子を面白そうに見ながら編集部を去っていった。
午後7時半
史は最寄り駅の東北沢を降り、自宅のマンションへと続く道を歩きながら今日あった色々な事を思い出し、ぼんやりと脳裏に浮かぶその二文字がずっと頭の中から離れなかった。
「結婚か・・・」
正直自分にとっては全く関係のないワードである事は重々理解していた。
今後法改正がどうなるかは分からない。だが今までの経緯を鑑みても同性婚が法的に認められる可能性はまだまだ低そうな世の中である。
そうでなくても史にとって誰かと法的に家族になるなんて事は、妖怪や幽霊の存在より遥かに信じ難い出来事でもあった。
血の繋がった両親ですら、まるで他人のような関係なのだ。
家族。これがどれだけ自分にとって呪いと同等のものなのか。いや、家族こそ呪いだ。との史は本気でそう思っていた。
しかしだ。
じゃあもし、法改正がされて寿々と結婚ができる日が来たならば、それでもしたくないのか?と言えばそれは嘘になる。
というか、もしそうなれるのならば絶対に結婚したいと強く願っているのも事実だ。
最近はそうでもないが、ふとした時に史は前世で寿々の飼い犬、日向吾だった時の記憶が蘇る。
あの時の喜びだけはいつになっても忘れる事ができないのだ。
寿々の母真紀と寿々と自分。
姿形が変わって人間になれたのに、今の自分には再び二人の家族になれる可能性は無い。
『いや?俺が養子になれればそうでもないのか?』
一瞬そうは思ってみたものの、やはりそれはなんか違う気がした。
正直何で自分が怪力の大女にでも生まれ変わって来なかったのか、本当に不思議でならない。
とは言え、たとえ同性だったとしても今はある程度望む形で寿々と一緒に暮らせているのだ。やはりこういうのは全部叶えられないようにもなっているのかもしれない。
そんな事を考えながらマンションまであと数100mというところで史の足がピタリと止まった。
「・・・・何だ?あれ」
史が足を止めたすぐ先のT字路。
止まれ標識の下にあるそれを見つけて、まるで金縛りにあったように体がビシっと固まった。
「紅い封筒?」
一方寿々は、午後7時前には帰宅しており。
通常土曜のこの時間には史も帰宅しているはずなのに、何だかいつもより遅い帰りを少しだけソワソワした気持ちで待っていた。
今日は同期の笹井の結婚式で、久しぶりに気の知れた同期達とゆっくりと話す事もでき、披露宴もとても素晴らしく素直に友人の結婚を祝う事が出来た良い日でもあった。しかし・・・。
二次会に出席した折、顔を合わせた別部署の編集者達からアガルタの悪口ともとれる弄られ方をするわ、目立つ史といつも一緒に行動しているのをいちいちからかわれるわ。
正直二次会が最悪過ぎて、途中で逃げるように帰ってきてしまったのだった。
同期の鳥羽や糸井は気にするなと庇うように慰めてくれたけれど、やはり気分は優れない。
別に普段ならばそのくらいの冗談はなんて事もないだろう。だが寿々はまだ色々とあった自分の人生の大きな変化に感情がついて行けてないのだ。そんな事を考えているうちにすっかり疲弊し、早く家に帰って史の顔を見たいとそう思い、三次会に出る事もなく帰宅したのだった。
「ただいま」
そう言って開いた玄関の音を聞き、寿々は何となく史を玄関まで迎えに出た。
「おかえりー。あれ?買い物でもして来たのか?」
寿々は史が持つ紙袋を見て不思議そうに聞いた。
「?珍しいですね。寿々さんが玄関まで迎えに来てくれるなんて」
史も寿々のそのいつもは見られない行動を不思議に思いつつ、素直に嬉しかったようで笑顔で応える。
「っていうか、帰りが遅くなるかもって言ってたから、先に帰っているとは思いませんでした。・・・?何かあったんですか?」
靴を脱いで一旦荷物を床に置くとそのまま洗面所に入り、手を洗う史を寿々は何となく気まずそうな顔で見つめていると。
「・・・・まさか!同期の結婚式で気になる女性ができたとか?」
と史が冗談とも本気とも取れるテンションで寿々に聞いてきた。
「何でそうなるんだよ・・。そんな事あるわけないだろ!っていうか史はまだ俺にそういう疑い方をしてるのか?本気で心外なんだけど」
寿々は何となく今日はいつも以上にナーバスになっているようだ。
史も何があったのかは分からないが、ちょっとふざけ過ぎたと反省しながらきちんと手を拭くと、拗ねた様子の寿々に近づきそのまま長い腕で包み込むように引き寄せた。
「すみません。ただの勝手な嫉妬ですから」
不思議と寿々も素直に史の広い背中に手を伸ばし、寄り掛かるように抱き着いてくる。
「何か嫌な事でも?」
「まあそんな感じ」
「俺も今日は色んなことがあって、ずっと怒っていました」
「編集部で?一人で?」
寿々がちょっとだけびっくりした様子で聞き返すと。
「?ああ、そうだった」
史は寿々の手を引きながら自分の荷物を拾い上げ、リビングへ入るとそのまま寿々をソファへ座らせた。
そして丸から受け取った紙袋を机の上に置き、
「これ、丸さんからなんですが」
「え?丸さん?」
寿々は紙袋の中を覗き込み、なかなか高そうな総菜が沢山詰まっているをの確認した。
「夕方頃にこれをこの前のお詫びだと言って編集部に持って来て、更に寿々さんに報告しておいてくれって託けをされました」
「託け?」
「はい。丸さん結婚したそうです」
「はぁあ??」
寿々のその反応があまりに自分と同じ過ぎて史は思わず吹き出してしまった。
「はは!そうですよね?そうなりますよね?」
「いや・・・確かに二人が一緒に暮らしている未来は見えていたけれど。この前のあの正拳突きを見て以来、そんな未来まだまだ先なんだろうなぁって思っていたのに・・」
寿々が本気で信じられないといった顔をしているので、史が付け加えるように話す。
「なんでも今月の10日が丸さんの40歳の誕生日だったらしく、それがきっかけで結婚が決まったみたいな話をしていました。本当に人生ってのは何が起きるか全く分からないものです」
史はどことなく意味深な物言いでそう言うと、自分のバックを持ち上げ自室に置いて戻り、そのまま台所に向かいながら話を続けた。
「とりあえず今日の夕飯はその総菜なので適当に広げてもらっていいですか?俺は米温めますが、寿々さんはどうします?飯食えます?」
「実は披露宴もほとんど食えるものなかったし、二次会は最悪だったから飲み物さえ手を付けずに帰ってきちゃったんだよね。だから結構腹は減ってる」
「じゃあいつも通りの量でいいですね?」
そんなやり取りをしながら寿々も史の優しい口調に少しだけ元気を取り戻したその時、
「?なんだこれ?」
寿々は紙袋に入った紅い封筒が目に留まりそのまま持ち上げた。
「あ、寿々さん飲み物どうしま・・・」
そう言って振り返った史は、紅い封筒を手に持つ寿々を見て一気に血の気が引き、持っていた茶碗を落としたかと思うと物凄い速さでその封筒を寿々の手から弾き飛ばした。
「!!」
寿々は総菜店の広告か何かかと思い、ちょうど封筒を開けようとしたところで急に手を殴られるようにして封筒を弾かれたので、一瞬何が起きたのか分からず呆然としてしまった。
「は・・?何?」
史に攻撃をされたかと思い青ざめている寿々を、史は怖い顔をしながら隣に腰かけると寿々をソファに押し倒す勢いで手を調べた。
「急にすみませんでした。でも・・今あの封筒の中を見ましたか??」
「い、いや、中まではちゃんと見てなかった・・。って言うか何なんだあれ?」
二人は飛ばされた紅い封筒に視線を戻した。
史はポケットからスマホを取り出し写真フォルダを探る。
「実はさっき道にあの封筒が落ちていたんです。ですが、俺はアレに心当たりがあったので写真にだけ収めてそのまま放置して通り過ぎたはずなんですよ」
しかし収めたはずの写真には止まれの標識の足元と歩道の白線、それからアスファルトしか写されていなかった。
「何も写ってないじゃないか・・」
「はい。写真からは消えました。そしていつの間にか俺の持っていた紙袋へと入り込んでいたようです」
「はぁ?じゃああれってつまり呪物的な何かなのか?」
「恐らく・・。いや間違いなく台湾の冥婚で使われる紅包かと」
寿々の顔が青ざめたかと思うと、目の前の紅包が赤く発光したと同時にその場から姿を消した。
「消えた・・・?」
寿々は恐怖で史の手を握ったまま更に力が籠った。
が、史はその握られた自分の手を見て信じられないと言った顔をしている。
「え?え?何?何だよ?そんな顔するなって怖いだろ?」
慌てる寿々の目の前に史は握られたままの左手をゆっくりと持ち上げた。
「持って行かれました・・・・薬指」
そう言う史の長くしっかりとした男らしい左手の薬指は、まるで最初から存在してなかったかのようにすっぽりと消えてなくなってしまっていたのだった。




