第8話 永遠の若者
都内某所
地下15階
そこは国立医科学研究所の真下にあたる。
その建物は表向きには地下3階までの構造となっているが、実際にはその下、地下5階から10階の深さまでを地下鉄が通り、ここは更にその下に造られた秘密の研究施設となっていた。
その男、顔は30代半ばくらだろうか。しかしながら男の頭髪は真っ白な白髪である。
研究員らしく白衣を着ているが、その白衣も医療関係というよりむしろ工学系の研究者のように見える。
180㎝に満たない身長だが白衣を着ても鍛え抜かれた体躯、そしてはっきりとした顔立ちがまた異様に艶めかしく、だがその瞳から感情を読み取る事はできない、そんな印象の男だった。
男は目の前の特殊強化ガラスの窓から円筒状の隔離室に目を向けていた。
その中にはリクライニングチェアに横になる一人の少女。
少女はヘッドギアを付け何かしらの映像を見ているようだった。
そして窓から中を覗き込むと、隔離された部屋の少女の背後には高さ20メートルはあると思われる、大きな柱にも見える筒状の構造物がそびえ立っている。
その構造物は表面こそ頑丈な金属で覆われているようだったが、その中から溢れ出る青白い光がその厚い金属壁から漏れ出し、発光しながら螺旋状にグルグルと渦巻いている様子が透けて見えた。
白髪の男は目の前に並んだ計器を真剣にモニタリングしながら更に大きな液晶モニターに映し出された酷いノイズが混じった映像に目を向けている。
ザザザ・・
「・・ありえ・・い・・・何なんだあいつ・・・」
その声はまだ幼い少女のように聞こえた。
そしてその映像が少女の視点だと分かると、少女は手に持った大きな弓に光の矢を番えた。
と同時に上空へとぐいっと視点が動く。
その間酷いノイズに何度も映像がぶつ切りになりながら、ようやく映し出されたそこには2対の白い羽を持ち空を飛び回る人物が映し出されていた。
「・・・誰だ?こいつは・・・」
白髪の男は鋭い目を更に尖らせるように細めた。
少女は華奢な身体にそぐわない隆々とした腕の血管を浮き上がらせ、張った弦をその空を飛ぶ人物へと打ち放つ。
だが狙った相手はその矢を上空でひらりとかわすと、今度はその人物が一気に羽を畳んで降りて来たのだった。
ザ・・・ザーー・・ザザ
「次・・そは・・・絶対に・・当てる!!」
少女はそう言いながら再び右手で錬成した光の矢を弓に這わせ、弦を引く準備をした。
ギュギギギィィイ・・・と弦が力強く引っ張られる音がした。
そして降りて来た羽を持った人物の顔が一瞬だけノイズとノイズの合間に映し出された。と思ったその瞬間、
ザザッ!
「なに!!?」
少女がそう言うと同時に彼女の右側から銀色の光が襲い掛かってきた。
「マズい!!」
白髪の男はすぐに非常事態用のボタンを思いっきり叩き割り押下した。
しかし次の瞬間には横たわる少女の背後で螺旋状に光っていた円筒の柱が一気に銀色のフラッシュと共に幾つもの青白い発光体を蒸発してゆくのが目に入った。
「くそ・・・御霊が・・」
銀色の光が煙のように消えてゆくと、それに伴って隔離室の電圧も降下していった。
すると今まで横になっていた少女が急に飛び起き、付けていたヘッドギアを投げつけた。
「畜生!!!」
黒髪のおかっぱ頭の少女は怒り狂って隔離室の扉を無理矢理中からこじ開けようと躍起になっているが、どうやっても中からその扉を開ける事は出来ない仕組みになっているようだ。
白髪の男が制御盤に備えられたマイクを使って中にいる少女へ急いで声を掛けた。
「待ちなさい!今開ける」
「早く!開けろぉ!!」
少女はパニックになっているのか大声で外にいる白髪の男に怒鳴り散らした。
男は隔離室の扉前に待機していた数名のスタッフに目で合図を送ると、2人のスタッフが急いで2つの電子ロックキーを解除をして隔離室の扉を開けた。
少女は相当気分が悪いのか、真っ青な顔をして隔離室から逃げるようにして転がり出て来た。
「大丈夫か愛!」
愛と呼ばれた少女は白い被検体服を這いずらせながら、実験室の床に爪をたて床を力一杯に叩いた。
「くそ!くそ!くそ!!何だあの野郎共!!ふざけんな!邪魔しやがってぇえ!!」
白髪の男は床を叩く少女の手を塞ぎ、抱え起こす。
「やめなさい愛。もう久野の魂は使役できない。この計画は失敗したんだ」
少女はその言葉を聞いてピタリと動きを止めた。
「高橋・・・一体何柱の御霊が消された?」
「・・・数など気にするな」
「何柱!!」
愛は血走る目を見開いて叫んだ。
高橋と呼ばれた男は少しだけ困ったように口をつぐんだが、すぐに観念したように目を瞑った
「288」
「くそが!!・・・・せっかく必死になって集めたのに・・・!!許せない・・・」
「・・・愛。それよりあの羽の生えた男は一体誰なんだ?あの男はまさか・・・」
高橋は愛に真剣な顔で質問をする。愛も久野の次元の狭間で見た事を思い出しながら、ゆっくりと頭を持ち上げた。
「あの男は、最初から呼んでもいないのに勝手にこちら側に入ったきたんだ。だから名前も知らない。ただ本当に狙っていた銀髪の方の男に近い奴なので調べればすぐにわかるだろう。・・・・・そして恐らくあの男は聖人様と同じ尸解天狗の端くれ」
「・・・尸解。なるほど、どうりで」
高橋はゆっくりと立ち上がると液晶モニターの前に進み、録画された愛が見た次元の狭間の映像をもう一度再生する。
愛もフラつきながら立ち上がり、そのモニタ―の前へと近づいた。
そして映像を一時停止させ映し出されたのは寿々の顔だった。
「私も何度かそれと思われる人物とは遭遇してきたが、聖人様以外でこうもはっきりとその存在を確認したのは始めてだ。・・・これは早急に評議会で審議し財団本部の指示を仰がねばならないな・・・」
「・・え・・さ・・君・・!三枝君!!」
寿々は肩を揺られて呼ばれる声でようやく目を開けた。
「!!」
がばっと起き上がると、そこには編集長の最上が膝を着いて真剣な顔をして覗き込んでいた。
「!?・・編集長!?」
周りを見ると、目の前に座る史も椅子から落ちそうな角度で眠っており、急いで背後の会議室内を振り返ると、オカルトラボの東海林朱李と姉の藍李も机に伏せるように眠っているようだった。
寿々はまず目の前の史の肩を大きく揺らし声を掛けた。
「史!!起きろ!」
するとすぐに史も目をパチッと開き飛び起きると、反射神経なのかそのまま目の前の寿々を、庇うように抱きしめた。
「だぁー!待て待て史!!寝ぼけるな!ここは編集部だ!」
「は?」
史は寿々にそう言われてハッとして隣を見た。そこには二人の事は察しているとはいえ、やや引き気味の最上が苦笑いをしていた。
その顔を見て史もやらかしたと思い、バッと両手を離し大きく一歩身を引いた。
しかし時すでに遅しである。
寿々は「まったく・・・」と呟きながら顔を真っ赤にさせて頭を掻いた。
すると会議室の方でも藍李と朱李が目を覚ましたようで、藍李がガバっと身を起こすと目の前の朱李の顔を見るや急いで椅子から立ち上がった。
続けて朱李もゆっくりと頭を起こす。
「朱李!!」
藍李はそう叫ぶと朱李を抱きしめて涙を流した。
「ちょ・・姉貴!!」
朱李は皆の前で藍李に抱きしめられ、慌てたように顔を赤くさせる。
「良かった。まさかあのまま、また朱李と会えなくなるかと思った・・・」
藍李のその言葉に朱李も胸が締め付けられ、言葉に詰まった。
「・・・大丈夫。夢の中で三枝さんが助けてくれたから」
そう言うと朱李は藍李にまるで12年前の長い眠りから目覚めた時のようにあどけない笑顔で応えてくれた。
「・・・・三枝さん?」
そう言って藍李は会議室の入口を見る。
そこには寿々と史、そして編集長の最上が二人を見守っていた。
日付は変わり5月9日
深夜2時
念のためこの時間まで朱李に何も起こらない事を確認した一同は、ようやく片付けを始め帰宅の準備をした。
夢から覚めてから約7時間。
その間にある程度夢の内容については編集長の最上とオカルトラボの藍李にもあらましを説明したが、最上はともかく藍李は終始「信じがたい・・」と首を振るばかりだった。
しかし妹の朱李は夢から覚めてからずっとぼんやりとしたままで、今までみたいに威勢の良い反論は一言もなく、ただひたすら会議室内の計器のモニタリングに徹していた。
寿々はその姿を心配そうに眺めていた。
『朱李さん大丈夫かな・・・。さっき俺が話した説明では、あえて俺が夢の中で飛んでいた事は伏せたけれど、それに対して何も言って来なかったし。やっぱり夢とは言えショックが大きかったかな・・』
一同はこの後何も起きないと信じながらも、藍李からの提案で深夜0時を過ぎから朱李には、高周波音に対抗する為ホワイトノイズをノイズキャンセリングイヤホンで聴かせ、ただ時が過ぎるのを待った。
正直昼間の事を思えば、向こうは音だけでなく電子機器そのものから発せられる周波自体を操れる可能性が高い。なのでその間会議室では計器意外の電子機器の電源を落とし、とにかく何事もなくこの事態が終わる事を祈るしかなかった。
会議室の外から入る灯りだけの薄暗い部屋の中、寿々は史の隣でひたすら心の中で祈り続けた。
天使の祈りがどれだけの効果があるのかわからなかったが、それでも少しでも自分の中にあるその力の欠片を信じ、朱李、そして自分の無事をただ一心に祈り続けた。
ようやく全員が帰宅の準備が終わったのが2時半。
寿々と史は機材をまとめタクシーに乗り込む藍李と朱李を玄関先で見送った。
「三枝君、今回はひとまず朱李に何も起きなかった事を感謝するよ」
そう言って藍李は乗り込む前に寿々に握手を求めた。
寿々もそれを素直に受け入れ、手を差し出すと藍李はことのほかがっしりと握り返し、まるで固い友情を確かめ合うようににっこりと笑った。
「東海林さん。もしこの後も朱李さんに何かあったら時間に関係なくすぐに連絡してください。即座に駆け付ける事は出来なくても、何かしらの対策を一緒に考えたいと思います」
「ありがとう。それにしてもこういう事はもうこりごりだな・・・。時に君たちはいつもこんな不可思議な現象に立ち会っているのかい?」
藍李にそう言われて寿々と史は顔を見合わせると、困ったように笑いながらごまかした。
寿々は先に乗り込んだ朱李を覗き込み、
「朱李さんも疲れたでしょう?まだゆっくりと休めるか分からないけれど、無理しないでね」
そう声を掛けたが、朱李は既に眠いのか目だけチラッと寿々を見ると返事は返さず頷いた。
「じゃあ、とりあえず今日の昼にでもまた報告するよ。今回の件についてはまた日を改めて話そう」
藍李がタクシーに乗り込むと、扉がすぐに閉められ二人は静まり返った井之頭通りを走り去っていった。
「朱李さん本当に大丈夫かな?」
寿々が本当に心配そうにそう呟くので、史は呆れたような顔をして、
「さあ、どうでしょうね?」
とふてくされるように言うとくるりと回り、先にエントランスに入っていってしまった。
「え?・・史は心配じゃないのか?」
寿々は史の態度が少し鼻についたのか、不機嫌そうな口調で言い返すが、
「俺は別の事をずっと心配してますけど」
とやや厭味ったらしい言い方で寿々を見下ろす。
「別の事?」
史がエレベーターの下行きのボタンを押すと、すぐに扉が開き、二人はそのまま乗り込んだ。
「・・・まぁ寿々さんが分からないのでしたら別にいいですけど」
「?・・・さっきから何の事を言ってるんだ?」
寿々は全くちんぷんかんぷんと言った表情だ。
「それより。覚えてますか?ちゃんと説教させてもらいますよ」
史は寿々が夢の中で自分の意見をちゃんと聞かずに、敵の懐に飛び込み、命の危険が及ぶかもしれない勝手な行動をとった事を本気で責めていた。
「いや、あれは・・・確かに話を聞かなかったのは悪かったよ。でも時間がどれだけあるかも分からなかったし。俺も必死だったんだよ」
「それでも」
そう言って史はエレベーター内で寿々に迫るように左手を壁につき、寿々の手を握った。
「!?」
「・・・・二度としないと約束してください。・・俺はもう一度寿々がいなくなったら絶対に生きていけない・・・冗談じゃなく」
史の目は真剣そのものだ。
と言うか、真剣を通り越して静かに、だが確実な怒りを見せた。
こういう時の史の目に寿々は本当に弱かった。
「わかった!マジでごめん!・・ていうかここカメラあるからな?それに会社内ではお互い気をつけようって約束しただろ??」
慌てた様子の寿々は近づく史の顔から逃れようと必死になる。
「・・・わかってますよ」
そう言いながら史が体勢を元に戻すのと同時にエレベーターの扉が開いた。
『・・はぁ・・疲れもあって心臓がしんどい・・。って言うか史の機嫌がこの程度で本当に良かった。・・もし俺も今日がリミットだったなんて話していたら、もっと怒っていただろうな・・・』
寿々は先に降りて行った史の背中を眺めながら、例え相手の為だったとしても、恋人に嘘をつき続けるのは本当に辛いものだな、と改めて実感していた。
編集部に戻ると会議室の電気はすでに消されていたが、編集長の椅子に座る最上が二人が戻ってくるのを静かに待っていた。
「編集長。無事タクシーを見送りました」
寿々の言葉に最上はにっこりと笑顔で返す。
「そうか。これで本当に解決したようで良かったよ」
そう言われて寿々は少しだけぼんやりとした目線で最上の机に視線を向けた。
「?どうしたんだい三枝君」
「・・・・・・解決。出来たかはまだ分かりません」
寿々は夢の中でバッチリ目を合わせたあの子供の姿を思い出していた。
あの時のあの子供の表情。
あれはただ必死なだけでなく、何か切羽詰まったような必死さがあったからだ。
その表情からは恨み、憎しみ、確実な殺意。それら全てが読み取れた。
「どういう事だい?」
「・・・・確証はないのですが。もし黒幕が常天だったとして。以前あいつらに言われたのは、俺は『いいとよ』の社員だから殺せない、と言われたんです。最初俺は何を言っているのか分からなかったのですが。編集長・・・・編集長は勿論この意味分かりますよね?」
最上はその言葉を聞いて一瞬黙り込む。するといつものニコニコ顔がスッと消えた。
「・・・勿論分かるよ。それが僕がここにいる理由だからね」
史は二人が何を言っているのか分からなくて少しだけ様子を伺っていたが、どうしても気になって口を挟んだ。
「・・・いいとよが・・何だって言うんですか?」
最上は話を長引かせるつもりはないと思ったのか、厳しい目つきを緩めると二人を見上げた。
「詳しい話はまた後日ゆっくりとしなくてはいけないね。・・史君は初めて聞くと思うけれど、これはそこまで大した話じゃないんだ。・・・・この『いいとよ』はね、あの秘密結社と噂されているイルミナティの傘下なんだ」
「は・・・?え?・・いいとよが、イルミナティ??」
史はあまりの事に衝撃を受けていた。
「うん。正確に言えば、いいとよの社長、権田原時子、その父親でありいいとよの創建者、権田原正恒がイルミナティ13血族李家の出身なんだ。今でこそいいとよはどことも知れない中小出版社でしかないけれど。元々正恒は金融関係の仕事から鞍替え・・実際は身を紛らわすために、昭和初期にいろんな事業を手広く開拓していき、今残っているのがここという事だ」
「じゃあ・・常天がいいとよの社員には手を出せないというのは?」
史がいつになく動揺した様子で最上に聞くと。
「そうだね。権田原家しいては李家の存在が裏政府にとっては脅威になる。だから手を出せない。まあそれだけの事だよ」
最上はさらりとそう話したが、史はそれでも信じられないといった表情をしていた。
「問題は俺達に手を出せなかった場合、あの時の知念さんのように、東海林さん達が狙われるという事がないか?俺はそれだけが心配です」
「そうだね・・実は僕もそれを一番に懸念していてね。なかなか僕の力だけではどうにもならない事なんだ・・・ただ、僕も何もしてないわけじゃない。知念君の事がどうしても無念で・・。例え僕たち自身が直接的な原因でなかったとしても、やはりライターの知念君の企画を僕らが通し、取材に同行し、その結果常天に目を付けられた。僕はもうこれ以上こんな事が起こって欲しくない」
「・・・・」
「・・・・」
最上の真剣な言葉に寿々も史も言葉が出て来なかった。
二人共本当に知念の事を思うと、胸を痛めずにはいられなかった。
「そこで僕も前々から国の機関に所属する知り合いに相談していたんだけど、今回の事を聞いて連絡を取ってみたらすぐに動いてくれるとの事でね。まぁ・・有り体に言えば警察組織なんだけど、そこは所謂特殊犯罪を扱う裏の組織なので表向きの機関名などは僕からも言えないんだ。だけどすでにもう動いてくれているはずだから、以降オカルトラボの方は彼らに全て任せる事になると思う」
「・・・・わかりました。今後東海林さん達を守ってくれるというのであれば、俺からはこれ以上何も言う事はありません」
最上も寿々の返答を聞いて頷いた。
「うん。・・・さて、僕たちもそろそろ帰らないと。三枝君も史君も昨日は休日出勤になっているから。史君は学校があるから大変だと思うけれど、二人共今日の仕事は休みにしていいからね。あー・・ただし届け出だけは忘れずに頼むよ?いいとよはそういう事だけはやたらと煩いんだよ」
立ち上がりながら最上はそう言うと、いつの間にかいつもの笑顔に戻っていた。
5月9日
午後4時半
国立T大学附属高等学校
授業が終わり、生徒達が一斉に昇降口から外に出て来ると、半分は部活動へ、半分は帰宅の為に校門へと足を運んでいる様子が見られた。
6クラスある1年生の下駄箱の一番端っこで、明るい鳶色をした天然パーマの少年が一人靴を履き替えていると、急に後ろから声を掛けられた。
「稀!」
「うわっ・・・・マジ何?学校で急に話かけるなよ愛」
背後から気配を消していきなり近づかれたものだから、稀は驚きすぎて手に持った靴を落としそうになった。
「いいじゃん別に。可愛い妹が兄に話かけるくらい別に問題ないでしょ?」
愛はふざけたように話ながら、その丁度反対側にある別クラスの下駄箱を開ける。
「何が可愛いだよキッショ。双子なのに急に兄とか言うなボケ」
「相変わらず言葉悪すぎなんだよお前」
愛も売り言葉に買い言葉だと言わんばかりの悪態で返す。
「大体俺お前の事妹とか一切言ってないから、他の奴が聞いてたらビビるだろ?」
稀は靴を履くと先に玄関を出て行ってしまった。
愛はそれを不服そうに見ると、自分も急いで靴を履き替え追いかけた。
「何・・・。もしかして俺で憂さ晴らしいしようってわけ?」
「は?あんたで憂さ晴らし出来るくらいならもっと真正面からボコボコにしてるっつーの」
愛は機嫌が悪そうに稀を睨みつけた。
「大体あんたの方はどうなのよ?佐藤との修行?」
「あ?俺?俺は順調だぜ?お前と違って」
稀に言われて愛はブチ切れたように持っていた鞄で稀の尻を叩いた。
「ってぇ!!ざけんなよお前!」
「癪に障るんだよ。真面目な話」
「だっせ。聞いたぜ?お前失敗したんだってな?最後に朱李の魂を回収して終わるはずだったのに残念だったな?」
稀は愛に耳打ちするように言うと、愛は本気でブチ切れて拳で殴りかかろうとした寸前、
「おい、何やってんだよ稀、愛」
二人の背後から呆れた顔をした東海林朱李が声を掛けてきた。
「「朱李!」」
二人は声を併せて振り返った。
「高校で二人が一緒にいるの珍しいな」
朱李は怠そうに目を瞑ると二人の間を分け入るように通り抜け、
「お前達もう高校生なんだから、いい加減喧嘩とかするなよな・・」
と二人を離れさせた。
「だって朱李!稀がいちいちムカつく事ばっか言うから!」
「愛が煽るからだろ??」
朱李は間に挟まれ、寝不足の頭が更に痛くなりそうだった。
「マジでやめろ!やめないともうお前達とは二度と口をきいてやらないからな」
朱李にそう言われて二人は不服そうに口を尖らせた。
「じゃあ僕はもう行くから。いいか?喧嘩、するなよ!」
そう言うと朱李は振り返りながら二人を指差して注意して、そのまま長い脚でスタスタと校門に向けて歩いていってしまった。
「待ってよ朱李!せっかく会えたんだから一緒に帰ろ?」
「・・・帰り道完全に逆だろ?」
稀は愛がじゃれつく姿を後ろからしらけたように眺めながらも、ジィっと朱李の顔を目で追ってニヤリと笑った。
『愛が失敗したって事は、次は俺の番でいいんだよな?なぁ朱李・・・お前の魂を使役できたらどれだけ楽しいだろうな?』
午後5時
朱李はオカルトラボに着くとそのまま姉の藍李がいる所長室へと向かった。
「姉貴、帰ったよ。一応報告」
朱李は若干気まずそうに藍李に今日一日無事だった事を報告をした。
「ああ・・良かった。本当に」
そう言うと藍李は朱李を抱きしめようと近づくが、流石にそういうコミュニケーションが嫌な年頃の朱李はやんわりと制止するように手を向けた。
「大丈夫・・・。本当にもう今日は何でもないから」
「何だ・・そんなに嫌がらなくてもいいだろう?家族なんだからハグぐらい当たり前じゃないか」
「姉貴はそういうオープンな性格だからいいけど、僕はそうじゃない。だから、大丈夫・・」
朱李に嫌がられ少しだけつまらなそうな顔をした藍李だったが、すぐに気を取り戻すと、
「そうそう、昼間に何度か三枝君と連絡を取り合ってみたけれど。三枝君のタイムリミットに関しても、もう問題なさそうだから自分達で様子を見るって言われたよ」
藍李はそう言いながらコーヒーサーバーからコーヒーを注いだ。
朱李は入口脇のフックに掛けられたハンガーに制服のブレザーを掛け、自分の白衣を手に取りそこでゆっくりと動きが止まった。
「・・なぁ、姉貴?」
「ん?」
「姉貴は・・・。三枝さんの事どう思う?」
朱李から突然そんな事を言われて、藍李は一体何の事を言っているのか分からず天井を見上げた。
「どう?・・・どうって言うのは・・・・」
「いや・・ほら。・・人として?」
「人として・・・・?・・・・!!?」
見れば後ろ姿の朱李の頬と耳がほのかに赤くなっているように見える。そこでようやく藍李は朱李が寿々の事を何となく意識し始めている事に気が付いた。
しかしだ。
しかし藍李は寿々と史が恋人である事も理解している。
藍李は朱李以上に動揺を隠せなかった。
「人??いやぁ・・・人ねぇ・・。そうだなぁ。悪い人じゃないよ。うん。いや、どちらかと言うと良い人・・かなぁ?あ、あと若く見えるね!そうそう、前に聞いたら私の1つ下の28歳だと聞いたけれど、いやぁ全くそんな風には見えないよ!・・うん、見えない!」
藍李のあからさまな動揺っぷりを全く見ていない朱李は、白衣を持ったままパーテションのアクリル板の仕切りをボンヤリと眺めた。
「ふ~ん・・・・28歳か・・・」
するとそのすぐ右側にある所長室の扉がノックされた。
「?はい、どうぞ」
藍李が気を取り戻して声をかけると、朱李も急いで持っていた白衣を纏い職員用のネームプレートを首からかけた。
扉が開かれ、外から覗き込んできたのは青髪の坂口だ。
「所長、先ほど連絡のあった警察の方が見えました」
「ああ、すまないね坂口君。入ってもらっていいよ」
藍李は持っていたコーヒーを一口だけ飲み込むと、マグカップを自分の机の上に置いた。
案内され入って来たのは黒いスーツ姿で若くて背の高い一人の男だった。
「失礼します。先ほどご連絡しました警視庁捜査共助課の有明白朗です」
そう言って男は証明するようにスーツの内側から警察手帳を提示する。
すぐ横でその様子を眺めていた朱李は、その男の横顔を不思議そうな顔で見上げた。




