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オカルティック・アンダーワールド:ベート  作者: アキラカ
2.夢男怪奇譚

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第6話 氷炭

 5月8日

 


 東海林(しょうじ)朱李(しゅり)は、その日の10時から都内某式典会場で執り行われるクラスメイトの上野(はるか)の告別式へと出席していた。



 朱李は会場外に集まっていたクラスメイトへと近づくと、その中に今坂(いまさか)里奈(りな)がいないかと探したが、どうにも見当たらない。


大氣(たいき)。今日里奈は来てないのか?」


 同じクラスの中でも比較的話しやすく、ムードメイカー的な須藤(すどう)大氣(たいき)を見つけて朱李は声を掛けた。


「朱李。里奈だけじゃなく、女子の大半はまだショックが酷くて来れない人が多いんだよ」


 大氣はそう言うと隣の近藤(こんどう)沙千佳(さちか)と顔を見合わせた。


「そうなの。実芽衣(みめい)も行ったらまたパニックになりそうで怖いって・・」


「まぁ無理もないよな」



 朱李はそうは言ってみたのものの、恐らくクラスメイトの中で一番、亡くなった上野悠に対して感情が乏しい事を自覚していた。

 周りを見れば皆一様に悲痛の表情を浮かべている。

 涙を流し肩を寄せ合って励まし合っている女子達もいる。

 しかし朱李はこういう事に関して、全くと言っていいほど感情を持ち合わせていなかった。



『死など決まっている事なのに』



 死への原因はどうであれ、朱李にとって死はただの終わりでしかなかった。

 終わってしまえば特に後は何の意味も無い。残るのは生きている人間同士が都合を擦り合わせ、傷を舐めあうイベントがあるだけだ。

 それでも・・・。


『多分皆の方が正しい。やはりこういう感情が欠如していている僕の方がおかしい・・・』


 朱李はそう自覚しながら、ただ上野悠の遺影を見つめた。

 彼女は最後に何を思いあの校舎の上から身を投げたのか。

 

 今のところ分かっているのは、(はるか)が連休中に夢であの片目の男に遭遇していたという事。そしてその話を聞いていたのが悠の親友の今坂(いまさか)里奈(りな)だという事だけだ。

 連休が明けてすぐに悠の転落死があり、その当日から学校はそのまま休校。同じクラスの朱李達は翌日の金曜日も自宅自習という事で、今日まで事件について誰とも話すタイミングがなかった。

 なので朱李は何かしら手がかりを掴めれば、と思って告別式に来てみたのだが、里奈もショックからか式場には来ていないようだった。


『収穫は無し・・か』


 そう思ったその時、廊下の突き当りにあるエレベーターから、少女とその少女を支えるようにして付き添う母親らしき姿が目に入った。


「・・里奈?」


 その場にいた大氣と沙千佳も朱李の声に反応してそちらを見た。


「里奈!・・大丈夫?」


 沙千佳は里奈と高校三年間ずっと同じクラスということもあり、親身に寄り添った。


「・・・ママありがとう。あとは大丈夫、また連絡するね」


 そう言うと里奈の母親は、3人に里奈を託すように会釈をすると会場を去っていった。



 式典にはクラスの担任も来ていたので、皆担任の指示に従い焼香の順番を待った。

 朱李はクラスの最後尾に並んでいたが、気づくといつの間にか隣にはまだ顔色の悪い里奈が並んでいた。


「・・・本当に大丈夫か?無理そうなら休んでいた方が・・」


 朱李が気を遣って声を掛けたが、里奈は黙って首を振った。


「・・・ごめん。でも私どうしても最後に悠の顔見ておきたくて」


「そうか・・・」


 そう返答すると暫くの間沈黙が続いた。

 会場内から聴こえるお経と木魚の音だけが辺りに響き渡る。

 しかし暫くして里奈がふと声を掛けてきた。


「朱李・・。あの時、悠が飛び降りたのを皆で見た時私気を失っちゃって・・。でも朱李が保健室に運んでくれたのまだお礼言ってなかったね。ありがとう」


「・・・別に気にしなくてもいいよ。あの時は他の子も気分悪くなって教室も大変だったし」


「・・・それでさ。アタシその後保健室で朱李に悠から聞いた夢の話をしたでしょ?」


 里奈にそう言われて朱李は少しだけ驚いた顔になる。

「!・・・ああ・・」


 まさかこんな状況でその話ができるとは思っていなかったからだ。


「実はア、アタシも・・一昨日、夢に噂の男が現れたんだ・・・」


「!?・・・それって片目の?」


 里奈は深く頷く。


「本当に・・その夢が怖くて・・夢の中に死んだ悠が出て来て・・それでアタシもう・・」


 里奈は両手で顔を覆うと、次第に小刻みに震えはじめた。


「落ち着いて里奈。・・・その話、後で僕に聞かせてもらえないか?」


 そう言って朱里はふらつく里奈の背中を支えた。


 







 この日は土曜日という事もあり、基本アガルタ編集部に朝から出勤する人はいなかった。

 しかし(ふひと)は別である。

 史は火曜日の授業が5コマ目まであり、大学が終わるのが7時過ぎになってしまうのでその日だけはアガルタのバイトを休みにし、その分を土曜に出勤する事になっている。

 ただ今日は朝から寿々(すず)も一緒だった。


 明日の検証の為に寿々も朝から色々と準備をする必要があり、珍しく土曜の()いた電車に揺られて二人はこんな状況だというのに穏やかな朝の日差しに思わず顔がほころんだ。


「・・何だかこのままどこかに出かけたくなる気候だな~」


「本当ですね。俺も暑くなる前に、(しばら)く行けていなかった山にでも行きたいですよ」

 史も電車の外の見慣れた風景を眺めながらそう呟いた。


 寿々と史は、いいとよ出版まで電車に乗っても2駅しか乗らないので基本はシートに座らず、ドア前に立ったまま過ごす事が多い。

 

「山かぁ。たまには行ってきたらいいんじゃないか?うちに来てから一度も行ってるの見た事ないけど?」


 寿々が不思議そうに言うと、史は何となく気まずそうな顔をして、


「そんなの・・・山よりも一緒にいる事の方が俺にとっては大事だからに決まってるでしょ」


 と分かってるくせにと言わんばかりの表情で反論した。


「あ~・・・じゃ、じゃあ俺のせいって事なのかそれ?」


 寿々も思わず顔を赤くして反論したが、すぐに否定された。


「そんな事言ってませんよ。それとも一緒に行きますか?いくらでもサポートしますよ?」


「俺が山に?・・・いやぁ興味無いわけじゃなけど、俺と史じゃレベルが違いすぎて史が楽しくないだろ」


「・・・なるほど?暗に興味無いって言ってるわけですね。別に俺はレベル云々は気にしませんけど」


「いやだから興味が無いわけじゃないって」


「じゃあとりあえず高尾山から登ってみたらいいですよ。って言うか寿々さんって無理矢理にでも連れて行かないと絶対に自分から行こうとしないタイプですよね。これじゃいつか一緒に尾瀬に行くって約束も永遠に達成できそうにないですね」


 史はそう言うと少しだけ意地悪そうな目線で寿々を見下ろした。


「くっ・・・わかった。じゃあ来週の日曜、晴れてたら高尾山に行く・・」


「・・・え、マジですか?半分冗談だったんですけど」


「はぁ?俺はそういう冗談好きじゃないんだよ!行くって決めた以上行くぞ」


 寿々は半ばやけになっていたが、史は結果的に自分の趣味に寿々を引き込めたのが余程嬉しかったのか。それとも単純にデートの約束が出来た事が嬉しかったのか。

 とにもかくにもその瞬間の二人には『令和のThis Man』の呪いについての不安など一つもないように見えた。




 しかし寿々(すず)はズルい人間だ。

 いや、ズルい()()使()と言った方がいいだろうか?


 とにかく、寿々はいつでも史に何かしらの()をついている。

 それは史を守るためでもあったが、その嘘は今までも決して良い結果に結びついた事はなかった。

 寿々にもそれは痛い程分かっている。

 だがそうでもしないと自分自身が耐えられなかったのもまた事実だった。


 寿々が与えらえたカウントダウンも朱李と同じ明日の深夜だ。

 前日になって寿々はいよいよ本気で焦り始めていた。


『・・・天使は自分の未来を視る事はできないんだよな・・・』


 魂がすでに人ではなく天使に上がっている寿々は、その力で()()の〘未来視〙ができる能力が備わっている・・はずなのだが。

 どうにも寿々はその能力が未熟すぎて、視える時と視えない時と確定的でないうえに、視えるのもごく親しい人達に限られていた。


 なので自分の未来が視えないのもそうだが、今回検証の対象になっている東海林(しょうじ)朱李(しゅり)の未来もまた視えないままだった。




 編集部に着くと、史は早速溜まりに溜まっていた仕事の山を急いで終わらせるために、とにかく黙々と仕事に取り掛かり、寿々は寿々で会議室の方をどうすればいいかと考えながら、前日オカルトラボの所長、東海林(しょうじ)藍李(あいり)から指示を受けていた会議室の広さや上部の構造など写真付きで資料として送って欲しいという要望に応えるためにその準備に勤しんだ。

 すると12時近くになった時、寿々にスマホに酒井からの連絡が入った。


「もしもし酒井さん?」


「お疲れ様です三枝さん!」


 電話の向こうから駅構内にいるであろう騒音と、酒井の元気な声が聴こえてきた。


「昨日お話した、音を研究している先輩と今少しだけ話してきたのですが」


「ああ、土曜なのに本当にありがとう、助かるよ!それで何か助言がもらえた?」


「そうですね、こちらもあまり詳しい話ができなかったので的確ではないかもしれませんが。確かにハイパーソニック・ネガティブエフェクトで不調を引き起こせる可能性は大いにあるとのことでした。勿論個人差はありますが、それが若年層になればなるほど敏感な人は多いかもしれないと。ただその効果を個人的に狙ってその人だけに音を聴かせるのは不可能とのことでした。なので特定の人物だけに催眠効果を音で引き起こさせるというのは物理的にはほぼ無理とのことです」


 寿々は酒井の話を聞いて確かにその通りなのだろうと納得した。

 しかしその一方で常天(とこのたか)の技術力があればもしかしたらそのくらいは出来てしまうのではないか?という懸念もある。


「・・・なるほど、分かった。東海林所長にも伝えて参考にさせてもらうよ」


「どうしましょうか?とりあえず私が聞いた話だとこの程度なのですが、私も何かお手伝いした方がいいでしょうか?」


 酒井は気を遣ってそう聞いてくれたが、やはり現状を考えるとこれ以上この件に参加させると酒井まで巻き込んでしまうのは明白だ。


「ありがとう。とりあえず編集長にも色々と相談したけれど、今回は東海林さん達と俺達だけで何とか様子を見る事にするよ。酒井さんはまた月曜に通常通り出勤してきて・・・ああ、じゃあまた・・」


 そう言って寿々は通話を終えた。

 するとそこに史が開いていたドアから会議室を覗き込んで声を掛けてきた。


「寿々さん、そろそろ昼飯にしますけど、どうしますか?」


「わかった。いいタイミングだし俺も一緒に食べるよ」





 (ふひと)は懐かしの応接セットのテーブルに、いつも通り毎日作っている弁当を二人分取り出した。

 今日は今のところ誰も編集部に来てないので、気兼ねなく同じ弁当を広げられる。

 といっても弁当の内容はほぼ毎日同じものだ。

 卵焼きと何かしらの野菜を炒めたもの、それと白米。寿々(すず)は肉も魚も食べられないので逆にこの固定された弁当で十分満足していた。

 一方史はそれだけでは188㎝のデカい図体を維持できないので、プラス鶏むね肉やカジキなどで何かしらのタンパク質を補っている。


 傍から見れば本当に味気のない地味な食事を、文句言わずに毎日食べているようにしか見えないのだが、二人にとっては何の不満もない内容だった。

 

「酒井さんの話だと特定の相手にだけ遠隔で音を聴かせるのはほぼ無理って事なんだけど。史はどう思う?」


「・・・そうですね。まぁ本当に黒幕が常天(とこのたか)なのだとすれば、どんな事もありえるとは思いますが。でも確かに音だけをって言うと、例えばイヤホンをしている時とか、・・・どうでしょうかね通話でっていうのも、スマホの音域を考えると実際難しいのかもしれません」


「そうだよな。確実に相手がイヤホンをしているとか通話に出るとかもその辺は確実性に欠けるよな。そう考えるとやっぱり科学的な視点だけではどうにもならない力がそこにあるってことになるよな。う~ん・・・そうなるともやは事前対策のしようがない」


 寿々は弁当の1/3を食べたとこで箸が止まった。


「・・・俺も父さんに相談しましたが、強力な呪力の結界を張る事はできるけれど、もし相手が常天(とこのたか)で、向こうの術式が“祓”(はらえ)だったら全く効果がないだろうって言われました。呪力は呪力には対抗できますが、浄化の力には全くの無力なので」


 そう言って史は寿々の倍の量を食べ終え、先に弁当の蓋を閉じた。


「なぁ、呪力では“(はらえ)”には絶対に対抗できないものなのか?」


「対抗は出来ないと思いますが、()()はできますよ。浄化できない程の邪気に(まみ)れれば全てを打ち消します」


「え・・それって例えばどんなパターンがありえるんだ?」


「そうですね・・・そうなるともう神話レベルの話になりますが、邪神や悪神といった存在になるでしょうか。アジア圏では絶対悪的な邪神はあまり聞かないですが、世界的にはそれこそサタンやルシファーが有名ですね。あとはバビロニア神話のティアマトやエジプト神話のアポピスなどの蛇や龍を象徴とした邪神も力的にはそれに値します。またゾロアスター教のアンラ・マンユなんかは元より悪である事を背負った存在なので、そのレベルにでもなれば浄化程度ではどうにもならないと思います」


「邪神・・悪神・・。なぁルシファーって確か堕天使だよな?」


「そうですね、基本的にはキリスト教における悪魔であったり堕天使を差します」


「俺さぁ・・少しだけ気になっていた事があるんだよ」


「何ですか?」


「俺やシンディさんも堕天使になる可能性ってあるのかな・・・って」


「・・・・・・・寿々さんが?堕天使??」


 史は弁当箱を袋に入れながら目を丸くした。

 そして思わず吹き出すように大笑いをしはじめた。


「あはっはははははは!!」


 史がこんなに大笑いするなんて初めてだったかもしれない。

 寿々もびっくりしたが、何よりも自分で言った事がそんなにもおかしな事だったのか、と思い顔を真っ赤にさせて憤慨した。


「わ・・笑い事じゃないからな!?今の結構本気で言ったんだぞ?」


「はは・・す、すみません・・。くくく。でも、そんな寿々さんが堕天使とか、そんな・・あまりにも厨二病みたいな・・事を言うだなんて、おかしくて・・!」


 史は思わず大笑いで涙まで出ている。

 寿々はあからさまに不機嫌な顔になった。


「あーあーいいよ。わかったよ。どうせ俺が黒い服とか着てゴテゴテなコスプレでもしてる姿を想像してんだろう?そりゃ似合わないし、俺みたいな小心者が悪の存在になるなんて想像できないもんな?」


「コスプレまでは考えていませんでしたが。それはそれで絶対に見てみたいですね」

 と史は真顔で論点がズレた話に飛んでいる。


「もーやめやめ」

 寿々はそう言いながら最後の一口をかき込むと急いで弁当の蓋を閉めた。

 史もその姿を見てちょっとからかいすぎたと反省をして、


「すみません、本当に悪気は無いんです。本当に。ただ寿々さんはどうやったって悪の存在になり得ない。可能性すらない。と俺が信じて疑ってないんです。第一に天使にも階級があるんですよ。ルシファーは最上位の熾天使(セラフィム)。寿々さんの階級は分かりませんが、なかなか大天使になるのも大変なはずです。熾天使は天使(エンジェル)の8階級上ですからね。その高位の天使が神に対抗できる力を持ち、神に逆らったから天から堕としたんです。そのくらいでないと堕天使にはなれません」


「でもそれってあくまでもキリスト教の話だろ?天使って言ってるけど、俺達の存在って絶対的にこの世の神話に即しているわけじゃないだろうし」


「確かにそれに関しては何とも言えません。ただどの宗教にも天からの使者はあるんですよ。イスラムは当然ですが天使(マラーイカ)、仏教では天人(デーヴァ)や飛天。天狗も日本では完全に分けられてますが、かつての蘭学では天使は天狗と訳されました。民話に登場する天女なんかもそうですよね。こちらは天使の羽という表現ではなく、羽衣を纏っていますが、あれがいわゆる使者が纏う波動であり天と地上を行き来できる役目があるわけです。他にもありますがどのみち堕天使のように追放されるなんて事は、よほどの力と天の(ことわり)から外れた悪事でもしないとそう呼ばれる事なんてないんですよ」


 寿々はそこまで聞いてようやく納得したようだった。


「・・・・確かにそれを聞くと俺には縁遠いどころか、全く関係のない話だな・・」


 そもそも自分でも天使の羽がある以外は天使である自覚などほとんどなかった。

 それは半天使であるせいで《神の啓示》、つまり神の声すら受け取る事もできなければ、大事な〘未来視〙の能力もまともに使えないからかもしれない。


 寿々はまだ天界と現世(うつしよ)の境目に存在している極めて中途半端な生き物なのだ。


 史はそれでいいと、それでもこの世にいて欲しいと、文字通り自らの命を捧げる覚悟でそれを望んでいる。

 だから寿々もそれでいいと思っていた。



 しかし当然疑問に感じていないわけでもない。

『本当にこれは正しい選択なのだろうか・・』と




 その後二人は食事を終え、片付けをしていたその時。今度はライターの柴田から連絡が入った。



「はい、もしもし三枝(さえぐさ)です。・・・はい、お疲れ様です!」


「ああ三枝さん!おつかれさまです!」


 通話先の柴田もどこかの人混みの中にいるらしく、周囲からはガヤガヤとした喧騒が聴こえてくる。


「三枝さん、例の片目の男ですが、何と男の名前と何をしていた人物なのかが分かりました!」


「え!凄い!本当ですか!?」


 寿々が思わず大きな声で反応するものだから、目の前で片付けをしている史も気になって寿々と目を合わせた。



「はい、あれだけ特徴的な見た目をしていますからね。最初は公園によく来ていそうな老人達に聞き込みをしていたのですが、良い情報を得られなかったので、思い切って東京タワーの方まで行ってみたんですよ。そしてタワーの警備員に聞いてみたら、片目の男は周辺で清掃の下請けをしている会社に勤めていた事が判明しました。運良くその会社のスタッフに話が聞けたので事情を説明すると、男は昨年の10月に公園内で自死したそうです。ネットで調べてみましたが、残念ながらその記事を探す事はできませんでした。ですが男の名前は久野(くの)(まこと)。年齢は64歳、事故で片目が見えないだけでなく生まれつき耳も不自由だったと、その話を聞かせてくれたスタッフが教えてくれました」


 柴田は元週刊誌の記者だった実力があるせいか、この手の調査には本当に適役だったとしか言えない。


「柴田さん素晴らしいです!こんなに早く片目の男の身元が判明するなんて思ってもいませんでした。本当にありがとうございます」


 寿々は感動して感謝をしたが、今のところこの調査をしてもらったとしても記事として出せる可能性がほぼないのでそれを柴田にどう説明しようか、その方が気になっていた。


「あの柴田さん・・・ここまで調べて頂いて本当に申し訳ないのですが。この心霊写真、恐らく7月号に載せる事はできないかもしれません」


 しかし寿々はあえて回りくどい言い方をせずに、ストレートにそれを告げた。


「あ~~・・・・・。やっぱりそれは『令和のThis Man』として多く若者にその人相が知られてしまっているから、ですか?」


「・・・はい。実際あの心霊写真がかつて公園で自死した男と似ている噂がある。ぐらいの繋がりであれば記事にもできたのですが。今回はそれ以外の問題が絡んで、そっちの方が大きくなってしまっているので。もし載せるとしても少し世間での噂が落ち着いてからでないと厳しいかもしれません」


「ふむ・・。わかりました。俺はそれでも構いません。他の写真に関しては既に記事も上がっていますので、とりあえず週明けまで待ちます。もしこの写真が駄目であれば今回は上がっている記事に加筆して提出させて頂きます」


 柴田は本当にこの手の仕事に対しての理解も対応も素晴らしいとしか言えない。

 寿々は申し訳ない気持ちと感謝を精一杯返し、その通話を切った。



「・・・・柴田さんには申し訳ないけれど。おかげであの片目の男の素性が分かったよ」


 寿々は目の前の史にもその内容を詳しく伝えようとしたところで、編集部の入口から編集長の最上(もがみ)が入ってきた。


「ああ、三枝君、史君。休憩中だったかい?」


「いや、今ちょうど休憩を終えて仕事に戻るところでした」


 そう言って二人はソファから立ち上がった。


「じゃあ早速だけど、これから明日の打ち合わせをしてもいいかな?」


 最上はそう言うと少し忙しない様子で自分の席へと向かい、寿々と史もそのまま最上に続いた。







 3人は会議室に入ると、寿々は会議室のモニタにノートPCを繋ぎ、事前に連絡していたオカルトラボにいる東海林(しょうじ)藍李(あいり)朱李(しゅり)にビデオチャットで連絡を取った。

 すぐにモニターに藍李が映し出されると、寿々は調整も兼ねて挨拶をする。


「お疲れ様です東海林さん。三枝ですけれど、どうですか?通信の方は大丈夫そうですか?」


 モニターの向こうで少しだけ調整するようにタッチパッドを弄る藍李の背後には、難しそうな顔をしてモニターから視線を外している朱李のピンク色の頭髪が見えた。


『昨日の今日だからな・・大丈夫かな朱李さん』


 寿々が朱李の心配をしていると、カメラ前で調整をしていた藍李から返答が返ってきた。


「・・・これで大丈夫かと。改めて三枝さんお疲れ様。昨日は色々と助かったよ。それと・・」


 そう言いながら藍李は寿々の後ろに写った最上に視線を送った。


「初めまして。アガルタ編集部の編集長、最上(もがみ)です。いつも大変お世話になっております」


 そう言って最上は頭を下げる。


「いえいえ。こちらこそ三枝さんは勿論、史君それから酒井君にもお世話になっております。オカルトラボ所長の東海林藍李と申します。この度はこちらの事情で助力頂けるだけでなく、場所までもお借りできるとの事で。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます!」


 二人が互いに挨拶を終えるのを確認すると、寿々は本題へと移るために進行をし始めた。


「では、早速ですが。俺の方から昨日今日あった出来事を簡潔に。そして今日酒井さんからもらった音の専門家からのアドバイスと、ライターの柴田さんからの報告をお伝えしますね」


 そう言うと、寿々は午前中に昨日の事象をまとめた会議室のホワイトボードを映しながら、酒井と柴田の報告を付け加え的確に説明をした。



「・・・・片目の男の名前は久野誠、年齢は64歳。亡くなったのは昨年の10月・・・という事で・・。やはり信じられないですがこの写真に写っているのは本物の幽霊。つまり心霊写真という事になります。・・それでこの後の話ですが、これはあくまでも俺と史、つまりアガルタの考えなのでオカルトラボのお二人には理解して頂けない話かもしれませんが」


 寿々はそう言うと再び椅子に腰を下しカメラに向かって更に真剣な表情になった。


「俺は久野誠の霊が何者かの手によって操られていたのではないか?と、そう考えています。理由は本物の久野は言葉が話せない。それから史が久野を浄化しようとしたのを何者かによって邪魔された、からです。・・元より俺が霊視できる事や、史が透視や浄化が出来る事なども含めて信じて頂けなくても仕方のない事だと思っています・・・」


 寿々の話を真剣に聞いてはいるものの、カメラ越しの藍李も朱李も本当に信じられないと唖然とした表情になっていた。

 しかし、


「・・・僕は信じません。それが信念でもあるので」


 朱李は念を押すように、いや、まるで自分に言い聞かせているように話した。


「ですが、今日亡くなったクラスメイトの葬儀に行って来て。そこで亡くなった子の友達からも一昨日、片目の男の夢を見たという話をされました」


 朱李の話に寿々も驚いた顔になる。


「え・・一昨日?それじゃあ俺と同じ日に?それでカウントダウンは?」


「・・・それがカウントダウンはされなかったそうです。その子はとにかくその夢が怖くてずっと目を塞いでいたのですが、耳元で片目の男に話掛けられたと思ったら、すぐにその男は何か別の事に反応し、舌打ちすると「くそが、何だあいつ・・・」そう言って姿を消してしまったとの事でした。ちなにみその夢を見たのは三枝さんとほぼ同時刻だったそうです」


「と言う事は・・・」


 そう言って考え込む寿々を見て史が、


「もしかしたら久野を操っている奴は夢を多人数に同時に見せる事はできるが、イレギュラーなコントロールは一人に対してしかできない。って事でしょうか?」


 その話を聞いていた藍李が、


「まあ・・全てを一旦飲み込んだうえで、あくまでも科学的な感覚で話すと、もともと悪夢の内容についてはあくまでも夢を見ている本人の精神状態に起因しているだけで、あとはプログラミングされた映像だけを見せている。その仕組みまでは分からないが、まあそういう具合に考えればとりあえずは理解できなくもない」


 と、腕を組み目を瞑って頭をフル回転させながら答えた。


「それから、これはデータが少なすぎるので僕のただの憶測ですが」


 隣に座る朱李がカメラ先の寿々をしっかりと見つめているのがわかる。


「実は今回この夢を見たクラスメイトの上野、そして上野の親友今坂、そして僕。この3人は実は学校での成績が1,2,3の順番なんです。上野が主席。僕がその次、そして今坂の順です」


「と言うと、夢を見させている奴は年齢だけで選んでいるのではなく、つまり頭の良い人物をターゲットに・・・」


 そう言いながら、少しだけその中に自分も入っている事を皆が疑問に思われないか気になってもいた。

 下手に突っ込まれると本当のターゲットが史だったというのがバレてしまう、と冷や冷やしているせいなのだが。

 しかし朱李は全くそんな事を気にする様子もなく話を続けた。


「まあデータが同じクラスの3人ってだけで、他にも該当しそうな人達の成績がどうだとかは全くわからないので、本当にこれはただの憶測ですけれどね」


 そこまで話をただ黙って聞いていた最上がようやく口を開いた。


「・・・なるほど。大体の話は分かったよ。本当にこの件に関しては超常現象の視点からも科学の視点からも考察してみないと、解決の糸口が見つからないのかもしれないね。・・・三枝君」


「え、はい!」

 寿々は急に呼ばれて畏まって返事を返す。


「この検証プロジェクトの指揮はどう考えても君だ。だから改めて聞きたいのだが。三枝君はどうすればこの片目の男の呪いを解くことができると思う?君の意見でいい。是非とも分かる範囲で話してみてもらってもいいかい?」


 最上はいつも通り優しそうな表情ではあるが、その瞳の奥だけは鋭く光っているように見えた。

 寿々も少しだけ息を飲み込み顔を引き締める。



「そうですね。・・・俺は救いたいです。久野誠の霊を」


 その寿々の言葉に朱李はまるでハッとさせられたような表情になった。


「正直根拠は薄いですが、久野誠の霊を救い浄化させられれば、朱李さんも俺も『令和のThis Man』の呪いからは解放される。そう考えています」


 寿々のしっかりとした発言に朱李は考えさせられてしまった。


『僕はただの好奇心と嫌悪感だけで片目の男を勝手に敵視していただけでなく、クラスメイトの死にさえ同情していなかったというのに・・・。三枝さんの言う事は素直には受け入れ難い。・・・でも僕の信念を度外視しても、死んだ人間へ、ましてや見知らぬ相手を救ってやりたいと思うだなんて・・・そんな事どうやったって僕にはできない・・・』


 朱李は寿々に対して相反する感情が自分の中にある事に気が付いた。

 猜疑心、そして尊敬。

 そんな感情が同時に胸の中に混在するなんて事は初めてだったので朱李は本当にその感情をどう処理していいのか分からず困惑するばかりだった。



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