【閑話】ヴァンデル辺境伯領の青年たち
ここはカシェリオスの北にあるヴァンデル辺境伯領。
「おい、防具の手入れが終わったら掃除もしておけよ」
「「「はい、分かりました」」」
領主の護衛をする者から防具の手入れを言い渡された3人の青年たちが、汚れた鎧や小手を拭き上げ、敷物の上に並べて虫干しをしている。
「あとどれくらいある?」
「この倉庫が終わったら、一応大丈夫なはず。」
「もうすぐか、早く済ませて飯食おうぜ!」
協力しながら汚れをふき取り、メイルの革部を油をしみこませた布で磨き並べていく。
しばらくして手入れも終わり、倉庫に戻すと三人は食堂に向かった。
「フィンおまえ、手際よくなったな!」
三人の中の兄貴分を気取る、ガレンが笑いながら言う。
「ほんと、ここに来た時なんて荷物持つのもへっぴり腰だったのにな」
もう一人の同僚ルーが同それに同調するように言った。
「いい加減僕だって成長するさ。もうここにきて2年以上立つんだぜ」
フィンは笑いながら二人に答えた。
彼がこの領に来て4年とすこし、下働きから領主の護衛を務める者の従者に選ばれて2年がたつ。
「そういえばまた閣下が王都にご出立だってさ。」
フィンがピクッと反応する。
「あれ? 帰ってきたばかりじゃなかったっけ。」
「なんでも重要な呼び出しだとか。 偉い人は大変だよな」
「……そういえば、閣下ってご結婚されないのかな?」
そういうと
「何度も見合いをしてるらしいぜ。 とにかく釣書が多くて選べないって聞いたことがある。」
「いや、俺は女に興味がないって聞いたけどな。」
ルーが言う
「おい、お前ばかっ、それ言ってノアリス様にボコボコにされたやつがいるらしいぞ」
声を潜めてガレンが言う。
(……やはり、男色なのか……)
フィンは心の中でつぶやいた。
貴族家の当主なら場合によっては幼いうちに婚約者が選ばれる。
少なくとも多くの貴族家の後継者は成人までには婚約者がいるものだ。
しかし、ヴァンドル辺境伯クレイアスには、女の噂が無かった。
屋敷に引き入れているという噂も無い。
屋敷には若い者から年配者まで使用人の女性はいるが、手を付けたという話も聞かない。
武力に優れ、領地も良く治め、見目も血筋も良い。
領地は潤い、民が飢える事も無い。
時折、ダルカニアからの侵略もどきがあるが、そつなく敵を退ける。
そんな男が20代の半ばを超えても婚約者がいないという事は、つまりそういう事なのだろう。
「閣下がご出立なら、また俺らの上司も同行だな。」
「だから防具の手入れを急いでたんだろ」
「……そうだな。早く終わらせておいて良かったな。」
三人は笑いながら話していた。