姿隠しの魔道具
◇◇ クレイアス ◇◇
クレイアスは、再び王都の地を踏んでいた。
一か月前、王都から自領への帰路で刺客に襲撃された件ーーその際に使われた 《 姿隠しの魔導具 》 について、所有権を巡る話し合いが行われるためである。
襲撃後すぐに、近くの町から通信魔道具を使い、王都の大叔父と自領に連絡を入れていた。
王都にいる大叔父・アルセルドは、敬虔な女神の信徒でありながらも、冷徹な政治家の顔も持ってる男だ。
大叔父には捕らえた刺客と共に、刺客が所持していた魔道具や、空から舞い降りた白い布も送っていた。
大叔父ならば女神の加護にかかわってる可能性の有る、あの布の管理も適切に行ってくれるだろう。
刺客からは、拷問に近い尋問を行っても何の情報も引き出せなかった。
ただ、その身のこなしと、身体に刻まれていた制約紋から見て、隣国ダルカニアの暗部組織に属していた可能性が高いと結論づけられていた。
( それにしても…… あの魔導具、まさか本物だったとはな )
《 姿隠しの魔導具 》
神代の時代から伝わる、神器の一つ。
その力は、存在そのものを感知させないという恐るべきものだった。
発する匂いも練り上げる魔力の気配すら完全に覆い隠す。
強い魔術師が魔術を使おうとすれば、周囲に魔力が感知され、その場所が露見する。
だが、この魔道具を身に着けていれば、魔力を練っていたとしても位置を掴めない。
( あの時の刺客は、刃物を持って近距離から命を狙っていたが……
もし、やつが魔術師であったら、助からなかったかもしれない )
刺客の存在にダルカニアの影がちらつく。
あの国はいまだ、後継者争いの渦中にある。
どの勢力が差し向けたのかは分からんが、ずいぶんと中途半端なことをする。
( ……魔力を隠し、離れた位置から、魔術で狙われていたとしたら対処は難しかったはずだ )
攻撃魔術を使える魔術師は希少だ。暗殺の為に動かすことができなかったのか……?
( 命令系統が混乱しているのか……? )
父の代より、かの国は幾度も領土侵犯を繰り返してきた。
その戦場には必ず魔術師の姿があったと、記録にも父の話にもあった。だが、自分の代になってからは、国境での衝突に魔術師が現れた事は一度もない。
攻撃魔術を使える魔術師はもとより希少ではある。
国の内紛に割かれ国外に回す余裕がないのか……
( それともやはり…… ダルカニアでは魔術師が生まれなくなっているのか……? )
……いずれにせよ、この 《 姿隠しの魔導具 》 は特別だ。かつて所有していたとされる国はすでに滅び、その存在すら伝承の域を出なかった稀代の遺物。
ゆえに、王家としてはその所有権を欲していた。
ーーそれが今回の呼び出しの理由だ。
今の流れでは、魔導具を得たのはクレイアス本人であり、正当な所有者は彼となる。
「俺は、あんな物に執着はないのだがな…… 」
同行していた大叔父ーーアルセルド大神官が、ふっと鼻を鳴らして言った。
「 クレイアス、仮にその所有権を王家に譲るとしても、焦らしてやれ 」
「……焦らすのですか? 」
「 そうだ、焦らして高く売ってやればよい。……わしも陛下に進言せねばならぬ事があるでな。 ちょうど良いわ 」
優美な装飾が施されている王宮の廊下を進み、さらに奥に入る。
王家のプライベートエリアにも近い静かな一室で、国王であり叔父であるヴァリネスが待っていた。
豪奢ではあるが、過度な飾り立てはなく、清潔感のある空間。
クレイアスとアルセルドは、謁見の作法に則り室内へと入る。
「 クレイアス、久しいな。 大神官殿も、ご壮健そうで何よりでございます 」
「 陛下、一ヶ月ぶりでございます 」
クレイアスは膝をついて丁重に頭を下げる。
その横で、アルセルドはにやりと笑った。
「 これはこれは、国王陛下。 そちらこそ元気そうでなにより。 ……まあ、形式的な儀礼はこの場では抜かしても良かろう。
遠い自領へ帰ったばかりの甥を、わざわざ一ヶ月で再び呼び戻す程に、陛下もお忙しいとお見受けするが? 」
「 ……叔父上、どうかいじめないでいただきたい 」
ヴァリネスは苦笑しつつ二人に椅子を勧め、自身も背を椅子に預けて口を開いた。
「 物が物なのです。 姿隠しの魔導具……神代の品。 迂闊に扱えば災いを呼ぶ。 だからこそ、国宝として保管し、誰の手にも渡らぬよう管理したいと考えております。 ですが、現在の所有者はクレイアスですので…… 」
「 ……ふむ。 王家としても、それ相応の見返りを提示せねばなるまいな 」
アルセルドが続けるように言った。
「 しかし、物は言いようよな。 『 欲しい 』 と素直に言えばよかろう? あのような神器、再び手に入る品ではない 」
クレイアスは少し肩をすくめた。
「 ……正直、俺は持ち続けたいとは思いません。 しかし、だからといって、何の交渉もなく手放すのも違うと思っている 」
王が少し思案するように目を細める。
「 ……では、まずは提案をさせてもらおう。 ヴァンドル領に対し、一年間の減税ではどうだ 」
「 それはありがたい話です、陛下。ただーー」
クレイアスが何か言いかけたその時、アルセルドが口を挟んだ。
「 陛下、その条件に加えてクレイアスの婚姻に、王家も国家も一切口出しをしない契約を交わしていただきたい 」
その場に、短い沈黙が流れた。
「 ……クレイアスは継承順位は低いとはいえ、王族の血を引いております。 完全な自由婚はーー 」
「 もちろん、害になる者はそもそも妻として相応しくなかろうよ。 だが、身分の問題で足を引っ張るというのなら、わしが後見となれば済むこと。 それに対して、口出しをするな、させるなと言っておる 」
「 ……クレイアスよ。 身分の違う、思い人でもできたのか? 」
ヴァリネスが目を細めると、アルセルドがさらに一言。
「 そういう詮索も“口出し”に含むぞ 」
国王は苦笑し、肩を竦めた。
「 大神官殿…… 私とて、甥には良き伴侶を得てほしいと願っております 」
「 ほう…… ” 良き伴侶 ” とな。
……では問おう。王都の学園で、おぬしの二番目の息子が “ 身持ちの悪い女 ” に誑かされておった件、覚えておるか?
複数の男と関係を持っていたその娘を、クレイアスの嫁候補として辺境に送り出そうとしていたな?
知らぬとでも思ったか? 」
ピクリと、王の眉が動いた。
「 女を送り出してしまった後に ” 王命 ” で婚姻を命じれば拒否は難しくなる…… そう踏んでおったのであろう。
……わしが阻止せねば、本当に送り込んでいたであろうな? 」
「 華美な贅沢を好む女だそうだな? クレイアスに押し付ければ王都からいなくなり、息子の目を覚まさせることが出来るとでも考えたか?
あるいは辺境に送れば女への罰になるとでも……?
ふざけた話よな。
甥に我が子の尻ぬぐいをさせる気だったか 」
アルセルドは王を鋭く見据え、さらに声を落とした
「 其方も言った通り、クレイアスは末端とはいえ継承権も持つ王族。 あの女が王族の ” 良き伴侶 ” となれるというのならば、そのまま自分の倅と婚姻させれば良かったではないか? ん? どうじゃ? ほれ、何か言うてみよ 」
アルセルドは声を低くし、言い含める様に言った
「 ……甥に本当によき伴侶を得てほしいと思っておるのなら、そなたは二度と干渉するな。 ……良いな? 」
国王は目を伏せ、無言のままそれを認めた。
( 知らなかった…… )
クレイアスは、大叔父の庇護をここで改めて強く実感し、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「 ……分かった。 クレイアスの婚姻に、国家も王家も一切、口出しはしないと誓おう 」
それが、王の敗北宣言だった。
その場で制約の魔法が交わされ、王の誓約は効力を持つ正式な契約となった。
「 ふむ。 これで良し 」
アルセルドは満足げに立ち上がると、王に軽く会釈をした。
「 それでは王よ、健勝でな 」
クレイアスを伴い、大神官は部屋を後にした。
その背中はどこか晴れやかで、したたかで、頼もしかった。
10/3 誤字脱字の一部修正しました。




