【閑話】美春(みはる)のおばあちゃん
中学生の頃、美春の両親は事故で亡くなった。
それから就職して一人暮らしするまで、美春は祖母の「絵里おばあちゃん」と一緒に暮らしていた。
◇◇◇
「みはる~、みぃちゃ~ん。
ちゃんとご飯を食べて行きなさいよ~」
「もう、わかってるってば~。あ、でももう時間!行ってくるね~
あ~もう!モチ太!じゃれないでよぉ靴履けないでしょ!」
高校生の美春とおばあちゃんの朝は、いつもこんな感じだった。
いつも美味しいごはんとお弁当を作ってくれた。
美春はおばあちゃんが作ってくれるご飯が大好きだった。
おじいちゃんが病気で亡くなって、高齢の犬、モチ太の世話をしながら一人暮らしをしていたおばあちゃん。
そんなモチ太は、美春が高校生の時にお星さまになった。大往生だった。
なんで茶色なのにモチ太なの?とおばあちゃんに聞いた時、「子犬だった時にはお餅みたいに真っ白だったの」と笑って言っていた。
美春の両親が事故で亡くなったときに、「守れなくてごめんね」と言って、一緒に泣いてくれたおばあちゃん。
それから美春はおばあちゃんと一緒に暮らしていた。
ーーーおばあちゃんは、ちょっと不思議な人だった。
堀の深い顔立ちで、いつもにこにこと優しい笑顔。
反対などはあまりしない人だけど、時々とても真剣に
「それはダメ!」と止められる事が有った。
おばあちゃんが「やめた方が良い」と言う事は大抵その通りになった。
「虫の知らせよ」と言って笑っていた。
美春がなんか ”イヤな感じがする” と思った所におばあちゃんが手を静かにかざして何かをつぶやくと、その ”イヤな感じ” が消えてしまう。
「美春、とても嫌な感じがしたらね、こうやって手を向けてね
ーーーーーーっていうの。そうすると嫌なのが無くなってスッキリするからね」
そう言って ”いやな感じを消す” おまじないを教えてもらったりした。
おばあちゃんのそばにいると、とても気持ちが落ち着いていられた。
◇◇◇
「おばあちゃんはね、とても遠い所から来たのよ」
幼い時に、おばあちゃんが語ってくれた。
「飛行機で行くくらい、遠いの?」
「飛行機よりも、もっともっと遠い所よ」
「そっかぁ、じゃあ、美春が大きくなったら、おばあちゃんを連れて行ってあげるね!」
おばあちゃんは、うんうんとうなずいて
「そうね、一緒に行こうねぇ」
と嬉しそうに笑っていた。
◇◇◇
学校を卒業し、就職してからの美春は激務に追われていった。
会社は給与や手当はきちんとしていたが、とにかく人手が足りない。
休みの日は買い出しと睡眠で精一杯で、遊びに行く時間もなかった。結果的に、貯金だけは順調に増えていったのが唯一の救いだった。
働きだしてから、最初は週に一度かけていたおばあちゃんへの電話も、やがて二週間に一度、月に一度と、次第に間隔が空いていった。
そんな生活を続けて数年。25歳になった頃、美春のもとにおばあちゃんが倒れたとの知らせが届く。
休暇届を出して病院に駆けつけた美春は、そこでおばあちゃんの余命をーーー残り1か月と告げられ、目の前が真っ暗になる思いだった。
おばあちゃんはここ数年、病に侵されていたが、そのことを一言も美春には伝えていなかったのだ。
美春は最後までおばあちゃんに寄り添った。
そして最期の瞬間、おばあちゃんは微笑みながら「ありがとう」と言葉を残して逝った――それが最後だった。
お葬式を終え、おじいちゃんと同じお墓へおばあちゃんに入ってもらった後、美春は家を整理した。
古い家電はどれもまともに動かず、20年以上使った洗濯機は水漏れし、冷蔵庫も冷えなかった。買い替えたばかりのエアコンだけが唯一まともに動いていた。
(物持ちが良いのも限度があるよ……おばあちゃん)
そう胸の中で呟きながら、壊れた家具や使えない家電を処分していった。
その後、美春は再び激務に戻ったが、心も体も疲れ果てて一年ほどで仕事を辞める。
そして、おばあちゃんが残してくれた家に戻ってきたのだった。