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【閑話】王妃クローシェリアと側室ミランダ


カシェリオス王ヴァリネスの側室であるミランダは、公爵令嬢であったクローシェリアと乳兄弟として育った。

幼いころから共に暮らし、将来クローシェリアが嫁ぐときには侍女として付き従う、その様に教えられて育った。


聡明で美しく優しい主は、ミランダの自慢であり、ミランダの誇りであり、仕える事が人生の意味でもあった。


そんなクローシェリアが十二歳の時、当時の王子、二歳年上のヴァリネスとの婚約が王命により決まった。

王命である。拒むことは許されない


「王命だもの。受け入れるしかないわ……」

「クローシェリア様……」


その時点で王子は既に問題児として知られていた。耳障りの良い言葉ばかりを信じ、気に入らないことがあれば癇癪を起こす。行動力だけはあり、各地でやらかしては周囲を振り回していた。


会うたびに募る不安を、クローシェリアはミランダにこぼしていた。


「あの人、本当に王になるの?この国は大丈夫かしら……」

「クローシェリア様、わたくしも心配しかありません……」


クローシェリアが両親に婚約を拒んでほしいと訴えても、公爵にも王命による婚約を拒否は出来なかった。


「このままでは国が滅ぶわ……。わたくしが何とかしなくては……!」


そう決意したクローシェリアは努力に努力を重ね、学問も政治も、王子が出来なくても自分が背負う覚悟で力と知識を蓄えて言った。

ミランダもまた、そんな主を支えるために精進し、二人は主従を越えた親友となっていった。


やがて学園に入ると、王子に媚びてしなだれかかる女生徒の姿が目に入った。クローシェリアとミランダの不安はいっそう募っていった


しかし大神官アルセルドのもとに王子が通うようになると、その奇行は次第に落ち着きはじめた。


クローシェリアは飴と鞭を使い分け、時にはアルセルドに相談し、時には芝居を打ちながら、王子に自覚を植え付けていった。


王子も少しずつではあるが自ら進んで勉学に励むようになり、やがて二人は婚姻を結んだ。


しかし婚姻し、即位した後も王は目を離せなかった。


王は常にやる気だけはあるのだ。ただし先々で余計なことばかりをしてしまう。

その上、先の事を考えない。


一度など 「 王印を宰相に渡そうと思う 」 と言い出した。

「 その方が仕事がはかどると言われたのだ 」 と屈託のない笑顔で言う王。

クローシェリアは必死にそれを止めた。

しかし、 「 渡してはいけない 」 と言っても王の心には響かない。


一度は思い直しても、宰相から耳障りの良い事を聞かされれば、またその気になってしまうだろう。

強く反対すれば、”言えば反対されるから”という理由でこっそりと渡しかねない。

本人に 「 自分で持っていたい 」 と思わせるしかない。


「 あなた様が持つからこそ、王印は輝いて見えるのですわ! 他の方が持てば、その輝きが失われてしまうようで……わたくしには辛うございます……! 」


別の日には


「 王印を持って執務を行うそのお姿。 やはり素敵ですわ! 王印はあなた様が持ってこそですわ! 」


涙ぐましいまでに必死な演技だった。

なんとしても国を守ろうとする主のその姿に、ミランダは溢れる涙を抑えきれなかった。


そして王は気分よく 「 押印はわれが持ち続けた方が良いようだ 」 と言い、他者に渡さないとの約束をした。


クローシェリアは常に寄り添い、さりげなく王の自尊心を傷つけぬよう気を配りながら導いていった。

その姿はまるで仲睦まじい恋人同士のようで、王もまたそんな彼女の言葉に耳を傾けるようになっていった。


やがて、王子が産まれると、クローシェリアはようやく安堵の息をもらした。


「 この子が成人するまで、あの人に大きな失敗をさせなければ、国は持ちこたえられるわ。 やっと…… 先が見えたわ 」


「 クローシェリア様……! 」


「 あなたにも心配をかけているわね。

ミランダ、あなたが支えていてくれるから、わたくし頑張れるの。頑張って国を支えていきましょう 」


その矢先であった。


同盟国への妹姫の輿入れに同行した王が、他国の姫に手を出したとして、エルラントの姫、ドリアーナを連れて帰ってきた。

本来ならクローシェリアが同行するはずだったが、産後の体調不良で今回は留守を余儀なくされていた。


その先でのやらかしであった。


夫の口から経緯を聞いたクローシェリアは、ただ唖然としながらうわごとのように呟いた。


「 ……どうして……そんな……、なぜ……? 護衛もつけずに一人で部屋から出た……? 

王位につく者が……? どうして…… 」


泣くことすらできない主の姿を見て、ミランダは心の中で叫んだ。


( なぜ、なぜです! 前王様、なぜヴァリネス様以外の男児をお残しにならなかったのですか……! 何人側室を儲けてでも、別の男児をなぜ設けてくださらなかったのですか……! )


その夜。


「 ミランダ……お願いがあるの 」


「 クローシェリア様、何なりと 」


ーーこのやり取りは、幼いころからの二人の間の決まり事のようなものだった。


クローシェリアが 「 お願い 」 と口にする時、それは決して軽い頼みごとではない。

自分で出来る限りの努力を尽くし、それでもどうにもならない時にだけ口にする言葉。その合図をミランダは誰よりも知っていた。


「 ……今回の様に、わたくしが王の傍にいられない時に……あなたが見張ってほしいの。

……そのために、夫の側室になってほしいの…… 」


涙を浮かべ、必死にすがるクローシェリア。


「 見張ってないと…… この子が大人になるまで、あの人では国が……持たないの……。 」


はらはらと涙を流しながらクローシェリアは続けた。


「 あの人はきっと誘われれば、暗殺者の待つ部屋にだって行ってしまう……。 この子が大人になるまでは、王を失うわけにはいかないの…… 」


「 クローシェリア様…… 」


ミランダは胸を締め付けられる思いで、深く頭を下げた。


「 承知いたしました。 わたくしの一生は、元よりあなた様に捧げるつもりでございました。

生涯の主はあなた様一人でございます。

側室の位も、全てあなた様の為に受け入れます。 」


こうしてミランダは、忠義の為に王の側室となった。


* * *


王の話から、当初は誰もが「ドリアーナ妃が自らヴァリネス様を誘惑したのだ」と考えた。

王より直接聞かされたクローシェリアも、ミランダも同じだった。


……しかし、ふとクローシェリアが呟く。


「 おかしいわ…… 」


「 クローシェリア様? どうされました? 」


「 ドリアーナ様です。 本当に陛下を誘惑なさったのでしょうか 」


「 それは一体……? 」


ミランダの問いに、クローシェリアは静かに答える。


「 陛下を見る目線です。 あれは思う殿方を見つめる目ではありません。 謀を巡らす者の目でもありません…… むしろ怯えているように見えました 」


「 ですが陛下はそのように仰せでした。 誘われて足を運んだ先に、ドリアーナ様がいたと 」


「 ええ、その通りです。 しかし、ミランダ。 あなたも知っているでしょう?

陛下は昔から、都合が悪くなると場当たりの言い訳をする方だと。

確かに 『 行った先にドリアーナ様がいた 』 とは仰いました。 ですが 『 ドリアーナ様に誘われた 』 とは一言も仰っていないのです。

私たちは陛下からの言葉しか聞いていない。 ならば、ドリアーナ様に直接お話を伺うべきでしょう 」


だが、道は険しかった。


「 どうでしたか? 」

ミランダが侍女の一人に問う


「 ダメです。何度お申し込みしても、 『 気鬱の病ゆえ談話はできない 』 と 」

クローシェリア付の侍女が報告する。


クローシェリアは友好のため、繰り返し茶会や談話を申し込んでいた。 だが返ってくるのは、いつも断りの言葉。


クローシェリアため息をつき、呟いた。

「 ……妨害されているかもしれません 」


ミランダは静かにうなずいた。


ならば手を打つまで。

クローシェリアとミランダは策を練った。庭園にドリアーナを誘い出し、そこで 「 偶然 」 に迷子となったふりをして接触する。


自国の庭園で王妃が迷子になるなど本来あり得ない。 だが、そうでもしなければ会話の機会は訪れない


そしてその日、想定外の形で好機は訪れた。


ふさぎ込んでいたドリアーナは、美しい庭園に心を奪われ、侍女からふと離れてしまったのだ。


迷路仕立ての生垣に阻まれ、侍女たちとはぐれ、ひとり彷徨うドリアーナ。


絶好の機会だった。

「 偶然を装い 」 現れたクローシェリアは、彼女と初めて二人きりで顔を合わせた。


その頃、別の小道では、ドリアーナを探していた侍女たちにミランダがさりげなく声をかけ、違う方向を示していた。


「 たしかに、こちらへ行かれるのをお見掛けしましたわ 」

侍女たちは慌ただしく駆けていき、クローシェリアとドリアーナの語らいは長く邪魔されぬものとなった。


――そして驚くべき事実が判明する。

ドリアーナは茶会や談話の申し込みを知らされていなかったのだ。


( やはり、妨害されていたのですね…… )

クローシェリアは確信しつつも、穏やかに笑んで告げる。


「 何か手違いがあったのでしょう。 どうか、次の機会に 」


こうして、彼女は初めて約束を取り付けることに成功した。


* * *


庭園での 「 迷子作戦 」 を重ね、二人は少しずつ言葉を交わすようになった。


クローシェリアとドリアーナは時折わざと庭園で 「 迷子 」 になりながら話をする。


そこで明らかになったのは、ドリアーナが自ら望んで嫁いだのではないという事実だった。


「 ……ヴァリネス様が、謀を……? 」

問いかけると、ドリアーナは静かにうなずいた。


彼女の話によればーー薬を盛られ、一夜を共にさせられ、婚姻を拒めぬ状況にされたという。


しかし、クローシェリアは思う。


( そんなはずがない……! 陛下にそこまでの謀略を巡らす知恵など…… あの方が策を弄するなら、私たちはこれほど苦労していない! )


愚かだからこそ、周囲が常に立ち回らねばならない。 謀を仕組める人間ではない。


ーーならば、背後にいるのは他国。

ヴァルディア、そしてエルラント。


だが、涙を浮かべ、傷ついた顔で訴えるドリアーナは、王の謀だと信じ切っていた。


「 ……お辛い思いをされましたね 」

クローシェリアはそっと彼女を抱き寄せる。


謀によって嫁がされたドリアーナ。

王命により嫁がされたクローシェリア。

立場は違えど似た境遇に、クローシェリアは深く同情したのだった。


その日から、ドリアーナは彼女に心を開きはじめた。

同時に、クローシェリアはヴァルディア王国とエルラント王国への警戒を強めていくのだった。


* * *


「 ミランダ、お願いがあるの 」


「 クローシェリア様、何なりと 」


「 もし、わたくしに何かあったら…… 第一王子ヴェルトラムの警護も教育者も、必ず実家の公爵家の息のかかった者で固めてちょうだい 」


「 ……それは…… 一体? 」

ミランダの顔色がさっと青ざめる。


「 不安にさせてしまってごめんなさい。 あくまで “ もしも ” の話よ 」


そう言いながらも、クローシェリアの声音は沈み、言葉の端々に切迫したものがあった。


「 ドリアーナ様の語ったことからすれば、背後にヴァルディア王国がいるのはほぼ間違いないでしょう。

彼女がエルラントの姫である以上、両国が共謀しているはず。

何らかの意図を持って彼女を送り込んだ……そう見るのが自然です。

ただ、ドリアーナ様ご本人は何も知らされていない。


そして…… 問題は、この王宮の内にもおります 」


クローシェリアは声を潜め、強く言い切った。


「 近衛を信じてはいけません。

同盟国ゆえ、ヴァルディア貴族との姻戚関係を持つ者は多い。 近衛の多くはそうした貴族家の子息たち。


……外遊先で王を一人にし、部屋から離れた時点で、もはや忠義は揺らいでいるのです。


宰相もまた同じ。

……何があっても、宰相の手の者や近衛にヴェルトラムの身を任せてはなりません 」


ミランダは唇を噛みしめながらも頷いた。

「 では……大神官様にご相談を。

陛下に苦言を呈せるお方であれば、必ず力になってくださるはず! 公爵様へもお伝えしましょう 」


クローシェリアは逡巡しゅんじゅんののち、小さく首を振った。


「 今はまだ確証がないのです。 確証もなく同盟国への疑いを口にすることはできません……。

ですが、証が得られたその時は、父に相談し、大神官様のお知恵を必ずお借りいたしましょう 」


ーーその言葉から五年。


クローシェリアは病に倒れ、若くしてこの世を去った。

彼女が息を引き取るや否や、ミランダは迷うことなく行動した。

ただちにクローシェリアの父、フェルガント公爵へ連絡を取り、これまでの経緯をすべて語ったのである。

そして、亡き主の願いを胸に刻み、そのすべてを叶えるために動き始めた。


クローシェリアの願いを聞き入れ、フェルガント公爵は第一王子の周りを信頼のおける者達だけで固めた。


そして、クローシェリアの子、ヴェルトラム王子は王にふさわしい知性と判断力を持つ青年へと成長していった。



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