【ドリアーナの告白2】
ため息を吐いて、アルセルドはドリアーナに向き合った。
「 さて、続きを聞こうかの。 ドリアーナ妃よ。力を奪う香を焚いた部屋に己が息子を待機させ、そこへ愛し子を入れたのは間違いないな? 」
「 はい、間違いございません……
ですが誓って、害するつもりはございませんでした! 本当でございます!
もし息子との婚姻が成れば、誰よりも大切にお仕えするつもりでございました。 息子にも、決して傷つけぬようにと言い聞かせておりました! 」
「 そなたの息子には香の効果が出ぬよう、中和剤を飲ませておったと聞くが、それは本当か? 」
ドリアーナは目を見開き、震えながら返す。
「 中和剤……? いいえ、わたくしは中和剤など存じませぬ。 」
困惑した声でドリアーナは続ける。
「 わたくしが望んだのは、ただ息子と一時を過ごしていただき、外から見て共寝に見えたとしても――それで愛し子様を迎える口実になるのではないかということだけでございました。
息子にも優しく接し、決して傷つけぬようにと申しておりました! 」
アルセルドの声は重くなった。
「 そなたたちには聞こえなかったのだろうな。
神託が下る直前、そなたの息子が愛し子を力ずくで従わせようとしたときの声が、ホールにいた我らの耳にも届いておった。
離れておるのに、まるで同じ部屋で起きているかのように。
怯え、必死に逃げる愛し子の声と、嘲るように追い詰めるそなたの息子の声がな。 」
「 そ、そんな! いいえ、わたくしは確かに”傷つけてはならぬ”と申しました! 本当に……! 」
必死に弁解する声は震えていた。
アルセルドは静かに、しかし厳しく告げた。
「 念のために言っておこう。愛し子は王家に属する者ではない。ゆえに王家の権謀を配慮して済ませるような理屈は通らぬ。
誰と一夜を共にするかは、当人の意思が第一である。
また、誰かと一夜を共にしたとて、他の者と婚姻できぬことなどない。
また、もしそなたの息子が愛し子と関係を結び、それが愛し子の望まぬものであれば―― 娶るどころか、極刑に処され、国ごと破門されるべき事態だ。
愛し子は男女問わず、伴侶を何人選んでも構わぬ存在。
王家の者と縁を結ぼうが、愛し子が別の場所を選べば自由に移動する。婚姻で束縛できると思うでない 」
言葉を一度きり、さらにつづけた。
「 加えて、愛し子に侍る侍女が負った被害を忘れてはならぬ。首を掻き切られるほどの深手を負い、本来であれば即死に至るところであった者がいる。
一命は取り留めたが、その重さは看過できぬ。 侍女は女神の加護を受けし者。愛し子に仕える者への、女神からの特別な慈悲が命を救ったがな。 」
「 そんな…… わたくしは愛し子様の侍女を一夜閉じ込めておくようにと、その様にと……。 命を奪えなどとは決して…… 」
「 故意か過失かを問わず、結果が重いのだ。
事実関係はこれからさらに詰めるが、愛し子に関わることは神と神殿の前で決して軽んじてはならぬ――その点だけは肝に銘じておけ 」
ドリアーナはうつむき、固く結んだ自らの手を見つめながら震えていた。
そんなドリアーナを見て、アルセルドはふっと息を吐き、声色をやわらげ問いかけた。
「 話は変わるがな。ドリアーナ妃よ。 そなたこの茶を知っておるか? 」
ドリアーナは茶葉の入れ物を見る。 それは彼女が毎日愛飲していた香り高い茶。 なじみの商人が毎月届けてくれるもので、欠かさず口にしていた。
しかし大神官がなぜそれを問うのか……分からない。
「 はい……。 わたくしが毎日飲んでいた物でございます 」
「 ……その茶を、其方以外に飲んでいた者は? 」
「 はい……。 わたくしがお勧めして、陛下も。
前王妃クローシェリア様やミランダ様にも…… 」
答える声がだんだん小さくなる。
この場で大神官が問う、と言う事は何かがあるのだ。
「 茶を陛下たちに勧めようと考えたのは、其方自身かの? それとも誰かの助言かの? 」
少し逡巡をしたのち、ドリアーナは答える
「 ……侍女の一人が申しました。 『 同じ茶を勧めれば、関係が良くなりましょう 』 と……。
わたくしも他国から参った身、少しでも受け入れられようと、侍女の言う通りだと思いまして…… 」
ドリアーナの声は不安からか、かすれていく。
「 ドリアーナ妃よ。そなたが前王妃クローシェリア様にその茶を勧めたのは、そなたの子ーールシヴァン王子が生まれてから、であろう? 」
「 は、はい…… 」
「 その侍女は、そなたがエルラントにいた時から見知っている侍女か? 」
「 いいえ。
この国に来ることが決まった際、初めて顔を合わせてた者でございます 」
大神官は深く息を吐き、静かに言葉を紡いだ。
「 ある侍女が助言し、王と王妃に茶を贈った。
その事実を確認したかったのだ。
其方は嘘を申してはおらぬだろう。 エルラントから来た侍女も同じ証言をしておる 」
「 大神官殿、それは……どういう事で? 」
王の声は震えていた。
「 王よ。そなたの口にした茶を回収しただろう。 それがこの茶だ。……さて、ドリアーナ妃。この茶の出どころはどこじゃ? 」
ドリアーナの体がびくりと震えた。
顔は真っ青になり、絞り出すように答える。
「 ……あれは……わたくしのために……持ち込まれていたもの……。 心を落ち着かせる茶だと、そう聞いて…… 」
彼女に納めていた商人は、事件の直後に姿を消していた。 通行を許可していたのは――宰相。
「 では、そなたに “ 心を落ち着かせる茶だ ” と告げたのは誰じゃ? 」
アルセルドの問いに、ドリアーナの唇は固く閉ざされた。
「 ドリアーナ妃よ。 よく聞け。
その者が関わっているかどうかはまだ分からぬ。 もし無関係なら、名を利用されているだけかもしれぬ。 その場合、沈黙はその者を危険に晒すぞ。 むしろ名を明かすことが、唯一の守りとなるやもしれん 」
優しく諭す声音に、ドリアーナははっと顔を上げた。
長い沈黙ののち、肩を震わせーーついに口を開いた。
「 その方は……カストル様……ヴァルディアの王弟、カストル公にございます。
わたくしの……かつての思い人でございました。
将来を語り合った方で……。 あの出来事がなければ、わたくしはカストル様の隣に…… 」
そこで言葉は途切れ、涙が滲んだ。
「 カシェリオスへと嫁いだ後は、お会いしたことは一度もございません。 けれど、度々こちらを気遣う文を……そして癒しになるだろうと、茶を贈ってくださっていたのです 」
「 ……王族への贈り物はすべて記録されているはずだ。 文書も観閲を経て渡される。ましてや王妃への献上品ならなおさら……。 なのに、なぜ記録に残っていない! 」
王が驚愕に目を見開く。
ドリアーナは苦しげに伏し目がちに答えた。
「 わたくしを思いやり、宰相が商人を仲介してくださって……文も、茶も……記録に残らぬ形で…… 」
「 ……やはり、そうであったか 」
アルセルドは深いため息を漏らした。
「 大神官殿、その茶は一体……? 」
甥の問いに、大神官は静かに答えた。
「 その茶は単体では毒ではない。 ただの香り高い茶だ。
だが、その茶を飲んだ後に “ 特定の物質 ” を摂れば、体内で毒に変わる。 逃げ出そうとしたドリアーナ妃の側近が持っていた未知の薬品がそれだ。
それぞれ単品では害はないのだ。だが組み合わせればーー
茶を飲んだ後にその物質を摂取すると衰弱を招き、やがて命を落とす。
未知の病と見えるが……症状は、前王妃クローシェリア様の死因と一致している 」
「 あ、あ……そんな…… 」
ドリアーナは蒼白になり、その場に崩れ落ちた。嗚咽を漏らしながら、蹲る。
その泣き声を後にし、大神官は王を伴って部屋を出た。
彼女は本当に “ 毒 ” とは知らなかった。
ただ、侍女の一人に 「 同じものを分け合えば信頼を得られましょう 」 と囁かれ、その通りにしただけであった。
そして、その侍女の出身国は、
ヴァルディア王国。
エルラント王国の王女であるドリアーナ妃の傍にいた侍女たちは、一人を覗いて全員がその隣国、ヴァルディア王国の出身者であった。
* * *
ーーアルセルドは王と並んで廊下を歩きながら、あの日のことを思い返していた。
ミハル様が第二王子に襲われ、女神さまに保護されて姿を消したあの日。
混乱の中で王城から逃げ出そうとした者たちは、宰相を除きすべて捕縛された。
その取り押さえられた者の中に、ドリアーナ妃の傍に仕えていた者がいた。
その所持品から見つかったのが、用途不明の薬品である。
当初は何に使うものかも分からず、捜査は難航した。
だが――神殿の調査官が着目したのは、クローシェリア様が生前ほぼ毎日のように口にし、現陛下も愛飲している「とある紅茶」であった。
香りもよく、見た目には何の変哲もない茶葉。
検査の結果、毒物は一切検出されなかった。
実際、ドリアーナ元妃自身も普段からそれを口にしていた。
しかし、試験のために監督官に毒見をさせたところ――驚くべき事実が判明した。
その紅茶を飲ませたのち、例の薬品を摂取させると……急激な倦怠感に襲われる。
つまり体内で反応し、毒に変わるのだ。
「 長期間、片方を少量ずつ与え続け、ある日、もう一方を飲ませる…… 」
「 これでは病死としか見えまい
その場に居合わせた神殿の捜査部門に、ざわめきが走った。
そして今まさに、その効力や発現の条件を徹底的に調べている最中である。
* * *
特別牢から神殿の執務室にアルセルドと共に戻った王は、終始うなだれていた。
「 さて……、そなたからも詳しく事情を聴かねばならぬようだな? 」
アルセルドが問いかけると、王は項垂れたまま小さく答えた。
「 なんなりと…… 」
アルセルドの目が鋭く王を捉える。
「 妹姫の婚姻の折、ドリアーナが眠っている部屋に閉じ込められたのだったな。王に付き従っていたはずの近衛は本来、決して目を離すことはない。 では、なぜ 『 抜け出すことが出来た 』 のだ? 」
王は言葉に詰まり、思い出すように答えた。
「 そ、そういえば……確か、ヴァルディアの使者が来た時には、誰も対応していなかったような…… 」
王は本来、使者であろうと取次であろうと、自ら対応することはない。
しかし、その時は誰も対応せず、王自ら使者と直接話していたのだ。
近衛が王から遠ざけられていたのか、あるいは自ら離れたのか……
愛し子の侍女が襲われた際にも、近衛の制服を纏った者、そして正規兵の関与が明らかになっている。
その時の者と同一かは定かではないが、二十年前からすでに 「 裏切り者 」 が巣くっていたのは間違いない。
外遊時に同行する中隊は第一か第二。
あるいはその両方か……
あまりに露骨な ”誘惑の罠” だ。
王族は本来そういった物に掛からぬよう教育を受けている。
しかし、その程度の低い罠に、この王はやすやすと引っ掛かるのだ。
アルセルドの視線が鋭く王を射る。
「 王よ、よく聞け。 ドリアーナ妃を娶とることになった件は、ヴァルディアとエルラント両方の謀だ。宰相も深く関わっていよう。
さらに……近衛の中には当時より、国の王家ではなく、他の貴族、あるいは他国の王族を真の主と仰ぐ者が潜んでいるという事だ 」
アルセルドは間を置き、低く続けた。
「 其方の外遊時に随行した隊と隊員を一人残らず洗い出せ。
ただし、調査に宰相派の者を入れるでないぞ?
やつらにはこう伝えよ 『 重要な調査を任せる 』 とな。
その上で第二王子の交友関係と市販の菓子の成分でも調べさせておけ 」




