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朝の孤独と守るべきもの

 ◇◇ 美春 ◇◇


 ふと目が覚めて時計を見ると午前6時。

 まだ早いな……


 会社勤めをしていた頃は、この時間には起きて出勤の支度をしていたのに。今は会社を辞めたから、好きなだけ眠れる。贅沢だと思う。


 ベッドの頭の棚には、おばあちゃんのお守りとクレイアスのボタンが置いてある。手に取ってそっと朝の挨拶をする。


「おはよう、おばあちゃん。セリオン、クレイアス」


 ーーそして、重い体を起こした。


 あの世界から帰ってきて、もう二か月が経った。夢のようだけど、夢じゃないことはわかっている。

 和室には、いまだにフリフリでピカピカの聖女ドレスが掛けられたまま。


 就職してから一人暮らしだったし、おばあちゃんが亡くなってからは家族もいなくなり、ずっと一人だった。

 慣れていると思っていたのに、戻ったこの家で一人きりになると、とてつもなく寂しい。

 あの世界では、言葉がわからなくても寂しさは感じなかったのに……。


 どうにか別のことを考えようとしても、思い出されるのはクレイアスの笑顔、温かい手、優しい微笑み……。


「まずい、これ、完全にこじらせてるんじゃ……」


 白い空間で交わした会話や触れ合いが、ふいに頭をよぎる。


「……っ!」


 いやいや、もうダメだって。慣れてないんだから! 

 思い出すと赤面してしまうのに、でももう会えないかもしれないと思うと、胸の奥にすっと冷たい何かが走る。


 そう、もう会えないかもしれないんだ。むしろその可能性の方が高い。どう考えても異世界だもの……。


 おばあちゃんは多分あちらの人……。こちらに来て帰れなくなってしまったのだろうか。


 でも、おばあちゃんのお守りは、”自分の家だと思っている場所に帰れる”と教えてくれた。

 おばあちゃんは、お守りを持っていたのに……ずっとこちらにいた。


 もしかして、あの世界に”おばあちゃんの家(居場所)”は無かったのかもしれない。


 もし、あの時勝負下着を洗っていなかったら……

 もし洗濯機の蓋を開けなかったら……

 もしお守りを持っていなかったら……。


 答えは出ないのに、いつも色々考えてしまう……。


 ◇◇ クレイアス ◇◇


 クレイアスは東のフェルガント公爵からの使者と対面していた。

 使者は公爵からの文書として、77年前に滅びた島国『ケルメナ』の悲劇の記録を持参している


「ヴァンドル辺境伯閣下、お時間をいただきましてありがとうございます。

 人が消える事例について、北に位置するヴァンデル領での傾向をお聞きしたく、参上いたしました」


 公爵家からの使者は淡々と主からの伝言を伝える。

 クレイアスは資料に目を通しながら答えた。


「なるほど、国内での人の移動は普通の事だが……開拓村で全員が忽然と消えたとなると、偶然とは思えぬな」


 使者の訪問の内容は、最近、行方不明になる人間が増えているとの事で、他の領での傾向の確認だった。

 国内であれば、一般人の行き来は普通に認められる。

 なので、ある程度の人間の移動はあるものだ。


 しかし、東の山林地帯のとある開拓村で村人全員がいなくなる事件が起きていた。

 そこで情報を集めるために、公爵は各領へ使者を送っているようだ。


「当家(公爵家)でも、その件を重く見ております。

 資料にはケルメナでの事件と今回の事件の類似点がまとめてございます」


 使者が説明を続ける。


「ケルメナの件は昔の事でもあり、事実確認が難しい所もありますが、

 当時、当家はケルメナと交易をおこなっており、その際かの国におきまして行方不明事件が多発したため、当家の人間が相手国に入れず、一時期足止めをされたとの記録がございます。

 その後、ケルメナではそれまでに見た事もない魔物が現れ国が滅んだとの記録でございます。


 またダルカニアの関与に関しても不明ではありますが……」


 クレイアスは資料を見下ろし、険しい表情を浮かべた


「……普通の人さらいでは無いと、またダルカニアの関与があると、公爵殿は見ておられるという事だな?」


 使者は頷きながら話をする


「当時の公爵家の資料によると、


『続発する人さらいの件で当家の使者が足止めをされていた時、ケルメナで禍々しい魔力が爆発し、見た事もない魔獣が現れた。

 災害がおさまるかどうか、と言う時にすでにダルカニアが軍を進めており、まるで事前に災害が起こることを分かっていて準備していたようであった』と。


 人の不明と、ケルメナの滅亡が関係しているかどうかは、定かではありません。

 さらにそれに対してダルカニアが関与しているという証拠もありません。


 しかし、ダルカニアが何らかの関与をしているとしたら、領土が面しているヴァンドル領によからぬ事をたくらんでいないとも限らず。

 一応情報の共有をさせていただくと。」


 東の公爵家は山脈に隣接している。

 高い山脈からは豊富な湧き水と川があり、豊かな農耕地帯でもある。


 東の侯爵家の山脈近くの平地はさほど魔力の強い場所がなく農耕に適した土地となっている。

 身分を求めて山脈の麓の森の開拓に臨む者もそれなりにいる。


 そこで忽然と人々が消える事件が起こり、浚われたのではないかと公爵は考え調査に乗り出したようだ。


 八十年近く前に滅びた国「ケルメナ」は、聖姫エリエゼルの母である巫女ルメシアの故郷だ。


 小さなその国は同じ女神を祀ってはいたが、島独特の風習と混ざった形であり、神殿を管理する者は中央より派遣された神官と、その島の巫女であった。


 公爵の文章には

「現在の行方不明事件では、当初、人身売買等の犯罪が起きたかと思い、その方向で調査を進めていた。

 しかし、人の消え方が異常であった。

 誰もが無抵抗でその場から消える様に”そこにいたという痕跡のみ”を残して消えていた。明らかに普通の人さらいではない」との調査結果が付いていた。


 クレイアスは視線を使者に向ける。


「承知した。貴重な情報に感謝する。こちらでも至急調査を進めるとしよう。

 使者殿はゆっくりと体を休めていかれよ。」


 使者は礼をして、侍従に促され退出していった。


 クレイアスは家臣たちと共に、資料を広げ、深くため息をついた。

 資料を見た側近が言葉をえらびながら発言をする。


「公爵家の資料によれば、人々は忽然と消え、人が居たという痕跡だけが残って居るとのことです。

 70年以上前、公爵家がケルメナと交易をしていた時の不明でも同様に忽然と人が消えたと。

 これは通常の事件ではありません」


「そうだな。単なる人さらいではない。ダルカニアの関与が確実だと言える材料もまだ無いが……」


 クレイアスは資料から目を上げ、窓の外を見やった。

「いま争っているのは何人だ?」


 隣国ダルカニアは、現王の病により依然として兄弟たちで王位争いを行っている。


「情報では二名のようです」

 側近が答える。


 隣国ダルカニアは現王の病を受けて王位継承争いが続いている。

 五人いた有力者のうち一人は年若い王女で、自ら神殿の庇護を求め神殿の保護下にある。

 二人は既に脱落し、残り二人で争っている。脱落した一人は穏健派で、真っ先に排除され行方不明となった。もう一人は昨年、命を落としたと伝えられている。



「勝手に潰し合って、国そのものが滅びればいい」

 とクレイアスは内心で毒づく。


 彼は視線を窓の外に向けた。

 豊かな農耕地帯。山脈からは清らかな水が流れ、領土を豊かに潤している。


「この地を守るのは、私の責務だ。この地の安全を脅かすものには容赦はせぬ。」


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