神の啓示と赤い布
◇◇ クレイアス ◇◇
「クレイアス兄上!遠いところをご出席いただき、ありがとうございます!」
第三王子ダリオンは明るい笑顔で礼を述べた。
今日はカシェリオスの第三王子ダリオンが、伯爵令嬢マリアーシェとの婚約式に臨む日であった。
側室の子で、今年15歳になるダリオンは、遠縁にあたる伯爵家への婿入りを決めて、本日正式に婚約式を迎えたのである。
明るく人懐こい性格のダリオンは、年上の従弟であるクレイアスに懐いており、会えば「兄上」と呼んで嬉しそうに寄ってくる。
「ダリオン殿下、本日はご婚約が調いましたこと、まこと喜ばしいことでございます。」
クレイアスは表裏のない性格で、気の良い従弟を快く思っており、手合わせなどをして遊ぶほど親しい間柄でもあった。
「本当はこの後、クレイアス兄上に手合わせをお願いしたかったのですが……」
「何を言っているのだ。婚約したのだから、まず婚約者を第一に考えなければな」
クレイアスが言うと、嬉しそうに笑いながら
「そうですね! クレイアス兄上の時には、ぜひ私も呼んでください!マリアーシェと一緒に、絶対に出席します!」
と元気に言って婚約者のもとに歩いて行った。
この国には三人の王子がいる
第一王子は20歳、第二王子は18歳、
そして今日の主役だった第三王子 ダリオン 15歳
今日はその末っ子であるダリオン王子の婚約式であり、その儀式への出席の為、クレイアスは現在、王都に滞在している。
滞在中、王族の末端としての義務である王子の婚約式にも形式通りに出席し、他の貴族たちとも必要最小限のやり取りを交わし、義務を終えた彼は、王都の大神殿へと向かう所であった。
彼の領地は隣国との国境にあり、防衛の最前線でもある。また、王都ともそれなりに距離が離れており、本来なら頻繁に王都に来る様な事は無い。
(……彼が幸せになるのなら喜ばしいことだ)
普段なら憂鬱にしか感じない王都行きではあるが、今回は親しい第三王子の婚約式という事もあり、心は軽やかであった。
いつもは義務を果たしたらすぐに帰路に就くのだが、今回はもう一つ、個人的に重要な目的があった。
「大叔父上…大神官殿に……例の布のことを相談しなければ」
その“例の布”とは、3か月ほど前に、あの不思議な白い袋に入って落ちてきた、赤い布ーー女性の下着ーーの事であった。
人の手で作ったにしてはあまりにも繊細すぎ、しかも素材は未知のもの。
神代からの遺物として、まれに想像もつかない様な物が、探索者によって発見されることがあるが……
(その類かとも思ったが……)
しかし現れた状況は”探して見つけた”というより”空中から湧いて出た”としか言いようがない形だ。
ーーークレイアスは、生まれてすぐ、母が神殿で子の健康祈願を捧げた際、女神の加護を受けていた。
母が祈り始めた時、クレイアスの周りに小さな光が生まれ左肩に加護の証である小さな花の痣が現れた。
また、父母亡きあと、当時すでに神官となっていた大叔父が領土の神殿に移動し、まだ若かったクレイアスを守り、導いてくれた。
そのせいか、クレイアス自身も信仰心を人一倍強く持っている。
「……もし女神の加護に関係あることならば、無下に扱う事はできん」
捨てることは容易い。
だが、それで何か神聖なものを粗末にしていたら取り返しがつかない。
二つの赤い布(下着上下セット)と、それが入っていた白い袋を収めた箱を両手で持ちなおした。
彼が頼りにしている王都の大神官ーークレイアスを守り導いてくれたその人ーーは、前・国王陛下の弟であり、現国王と亡き母の叔父にあたる人物だ。
布の事もそうだが…もう一つ、どうしても避けて通れない問題が有った。
それは――婚姻問題だ。
貴族の婚姻は、政略としがらみを伴う。
例え本人に悪意が無くても、背後にいる家が悪事を企てることも有る。
クレイアスの持つ権力が、どこぞの貴族に利用されかねない。
顔合わせをしても、これといった決め手のある女性はいなかった。
血筋を重んじれば、むしろ政略の道具になるだけ。
へたに繋がれば、貴族たちに権力を与えてしまう。
大物すぎれば、逆に王家にとって重荷となる可能性もある。
「権力の均衡」が崩れれば、それは内乱の種にもなり得るのだ。
しかも辺境である。
自領に住めば若い貴族女性が好む王都での舞踏会や社交などに参加するのも難しい。
社交も舞踏会にも出られない環境に、自らの意思で嫁ぎたい女性はまずいないだろう。
となれば、結婚しても伴侶は自領にはではなく、王都のタウンハウスでの生活を望む事になる。
末端とはいえ王族の一員であり、容姿も整っており王位継承権も持つ彼には、以前から縁談の話が絶えなかったが、婚姻を結んだところで、上手くいくとも思えない。
身分が釣り合う者同士で出会い、恋愛結婚をした自分の父母の例が特殊だったのだ。
……それでも仲睦まじい両親をみて育ったクレイアスは結婚に憧れる気持ちもあった。
(王家にも文句を言わせず、神殿にも認められ……社交や舞踏会に出られなくても、不満を持たず、そして、どこの家ともしがらみのない女性……)
血筋や名声ではなく、自分自身を見てくれる相手…
「……そんな奇跡の様な女など、どこにいる」
自嘲気味に呟いた。
(……結婚しないという選択肢も、あるが……)
クレイアスは、養子を迎える可能性すら考えていた。
だがそれもまた、簡単に決められることではない。
(王家の動向によっては養子の実家も精査しなくてはいけない……)
だからこそ、王都の大神官、クレイアスにとって大叔父に当たる人物に、全てを相談するつもりでいる。
「布のことも……結婚のことも。俺だけでは結論が出せん事が多すぎる」
彼は静かに歩みを再開し、大神殿の荘厳な扉を押し開けた。




