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~その布は広げないでください!~

美春は呆然と洗濯機の奥をで繰り広げられる戦闘を眺めていた。



(……あ、盗賊が逃げていく……)



洗濯槽の奥に広がる風景で、戦闘が終わりつつある。


「追うな! 深追いは無用だ! まずは被害の確認を!」


鋭く響いた命令に、周囲の護衛と思われる男たちが周りを警戒しつつ、次々と動き始める。


戦いの砂塵が収まっていく中、鋭い眼差しで部下たちの報告を受けるその横顔が見えた瞬間、美春みはるは思わず息をのんだ。


(……え…うそでしょ……。なにあのイケメン……)


目を奪われるような鋭い眼差しと端正な顔立ち。スラリとした堂々たるたたずまい。


(えっ、ちょっとなにあれ、すご……っカッコ良すぎる……! あの人が閣下って呼ばれてた人だよね…?)


    ……ドストライクであった……


ふと、その男性の手元に視線を移すと…何かを持っていた。

白くて柔らかそうな網状の”何か”を。


「あっ……それ……ちょっと待って、それ、絶対私のっ…!!」


男は眉をひそめ、指先でつまみをスライドさせる。


袋の中から、濡れた布ーーー赤い下着がゆっくりと姿を現した。


(ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! それ、私の下着ぃぃぃ!!)


彼はそれを真顔で広げ、確かめるように光に透かしている。


(何真剣にみてるのよ!? やめてぇぇぇぇぇ!!!)



ドンッ!!



羞恥と動揺で限界を迎えた美春みはるは、叩きつけるように洗濯機のフタを閉めた。


「見てた……ガン見してた……! なんなの……? いったい何なのよぉ……」



◇◇◇



”閣下”と呼ばれている男 ーー クレイアス・ヴァンドル ーー は、新年の祝賀行事を終え、王都から自らが収める領土への帰路を、数人の護衛を務める部下達と共に進んでいた。


視界の先に領土の境界の林道が見えてきたときーー


「林道を抜けたら小休止する!」


馬上から声を張り上げる。


隣領の領都より走り続けている馬を、林道を越えた先の水場で休ませた後に領主館へと戻る予定であった。



   …その時…



 ーーーバシャッーーー


「……?!」


「水…?」


「急に水が…!?空から!?」


雲一つない空から、降り注いだ水に馬を止め護衛が警戒を始めた。


  ーーーポフッーーー


「……これは、なんだ!?」


白い網の様な物がクレイアスの目の前に舞い落ちて来て咄嗟に掴み取ってしまった。


「……! 閣下! 林の奥に不信な動きが有ります……!」


護衛の一人が動く何かを発見し、林道の方向を見ながら声を張り上げた。



……待ち伏せか……!


「全員、抜刀!!!」


叫ぶのとほぼ同時に、木々の間から盗賊のような身なりの男たちが剣を手に現れた。


見た目は盗賊風だが、その動きは明らかに訓練を受けた兵士のそれである。

完全にこちらを狙った計画的な襲撃だろう。


襲撃者との戦闘はこちらの勝利で終わった。けが人は出たが全員軽傷であった。


謎の水が落ちてきて林道の手前で止まり警戒を強めていた為、奇襲を受けずに済んで応戦することが出来たのは幸いだった。


護衛の一人が倒れている襲撃者を検分し戻ってきた。



「身元を表すものは見つかったか?」


「それらしいものは何もありません。」


クレイアスの側近であり、乳兄弟でもあるノアリスが問うと

検分した護衛が答える。


「敵の身元は何一つ分からんか……」


ノアリスが忌々し気に言うと、それにクレイアスが答える様につぶやいた。


「……また、隣国の……、ダルカニアの刺客であろうよ」



隣国は今、王位をめぐって兄弟姉妹が血で血を洗う争いを繰り広げている。

大方、功績を上げたい王子か王女がクレイアスの命を狙って差し向けたのだろう。

先の戦いで隣国を退けたクレイアスの命を奪う事が出来れば、それだけで十分な名声が得られるはずだ。


だが、そんなくだらない事で命を狙われるのはごめんだ。


「勝手にやってろ……!」


吐き捨てる様に言い、クレイアスはふと自分の手元を見やる。



(……これと水が落ちてこなければ、奇襲を避ける事は難しかった)



ほんの数秒の事だった。林道に入る直前、頭上から水とこの”物”が落ちて来て、とっさに馬を止めた。

あのまま進んでいれば、不意打ちを受けていたのは間違いない。


彼の手にあるそれは白い袋の様な物だった。絹でも麻でもない不思議な手触り。


網の様な構造で、中には赤い色が透けて見えている。端に小さなツマミの様な物が付いてる不思議な物……


思わず受け止めてしまったが……呪物ではないようで安堵した。



「ふむ、……濡れているな……」


「閣下、危険かもしれません。調べるのは我らにお任せを」


「いや、魔術の残証はない。呪物ではないだろう。」


(しかし、これは……なんだ…?)


その感触は柔らかくツマミの様な物が付いている。

つまみを指でつまむ。左右に動かすとーーー


「……ほう」


ジーッと言う小さな音と共に、歯の様にかみ合った線がほどけていく。

袋の口は大きく開き、中から赤い布が姿を現した。

外から透けて見えていたものだ。


赤い布は濡れていて、クシャリと縮まっていた。慎重に取り出して広げてると、その布には繊細なレースがふんだんに使われていた。柔らかく光に透かすとその透け感がきわだつ。


「薄いな……」


あまりにも繊細で人の手によって作られた物とは思えぬほどだ。

小さな布は広げると、驚くほど良く伸びた。


「これほどの繊細な物を作る職人がいるのか……、これはいったい何なのだ」


と、感嘆していたその時ーー



ーーードンッ!!


「……?!」


何かをぶつける様な音が響き、再び緊張が走った。


「……林道を偵察してきます」


索敵に長けた者が即座に動き、林道の奥へと消えていく。


その間に、クレイアスは袋に入ったもう一つの物に目を移し慎重に取り出し、広げると…


(……これは)


それは二つの膨らみのある布が連なった形……

まるで母性の象徴を包むような形に、クレイアスの手が止まる。


(……女性の下着……)


クレイアスと護衛達に間に、何とも言えぬ気まずい空気が流れる。


先ほどの赤い布が、腰に巻くものであるのなら説明がつく。

これは女性の肌に最も近い所で身に着けるもの。


つまり…


(これは極めて…扱いに気を使うものだ……)


その瞬間、クレイアスの表情がわずかにひきつった。


(し、しかしこれは…あまりにも小さすぎるのではないか…!?)


布面積は最小限もなく、守る気どころか隠す気すら無いと言っていいほどだった。

こんなのを身に着ける女性がいるとは……


「……見てはいない。……誰も見てはいない。……いいな?」


護衛達に向けて、平静を装いつつ袋にしまい込むクレイアス。

それを見た護衛達の間に、妙な空気が広がっていた。


やがて偵察が戻り、潜伏者の気配がない事が確認された。


こうして周囲を警戒しながらもクレイアス達は帰路についた。



◇◇◇◇美春みはるside◇◇◇◇◇



ところ変わって、美春みはるの部屋。


窓は閉じられ、カーテンもきっちりと引かれている。

日中にもかかわらず、美春みはるはソファーに沈み込み、缶酎ハイを片手に独り言をつぶやいていた。


「……落ち着け私。冷静になれ、落ち着けってば……っ」


缶を持つ手が震えてる。

どうしてもさっき見た洗濯機の奥の光景が頭から離れない。


……あの瞬間

……あのイケメンが

……よりによって、私のパンツを真顔でじっっっっっくり見ていたあの光景


「いやいやいやいや! なんで!? なんで私のパンツ?

何がどうなってそうなったの!?

いや、え、ちょっと待ってほんと無理……!」


耐えきれず、顔を両手で覆いながら悶える美春みはる


「私なんかした? したね! そうだね! 洗濯したね! 洗濯しただけなのよぉ!」


「でもさ、あんな、じっくり見なくてもいいでしょ!?

なんであんなしげしげと……あんな冷静な目で……いやもう、死にたい……」


頭を抱え、酒を煽る。グビッと飲んではまた独り言を繰り返す。


「なんで? どうしてぇ??パンツがなんでぇぇぇぇ!」


どれだけ酒を飲んでも、頭にこびりついたあの光景は消えてくれない。

美春みはるは冷蔵庫を開け、残っていた缶酎ハイを全て取り出した。



ーーーそして翌日ーーー



二日酔いの頭痛と吐き気。

そしてやたらとリアルな悪夢の記憶が残っている。


「うぅぇ……気持ち悪ぅ……」


 ーー 洗濯機の中に現れた ”戦場” ーー

 ーー 水と共に消えた、私の勝負下着 ーー


「……うん、きっと夢。現実なわけない。

洗濯が終わって、無意識にベランダに干して、風で飛ばされたとか、うん。

そういうパターン……」


自分に言い聞かせるように何度もつぶやく。


「下着が異世界に落ちてイケメンが持ってるとか……ないない。

うん。ないわ。絶対にない……はず…」


けれど、どうにも記憶が生々しい。


『誰かに見せる為じゃなく、自分の気分を上げる為』に選んだ、ちょっとお高いやつだった。


ここ一番!と言う時に身に着けて自分を鼓舞するためのアイテムで、仕事を辞めると上司に辞表を突きつけた時にも身に着けていた。



「……忘れたい……ホントに……この記憶なんかの拍子に消えてくれないかなぁ。」


ふらつく足取りで洗濯機の前に立ち、しばらく見つめてからそっと蓋を開けた。


「……」


中に入ってたのはタオル一枚だけ。”タオルに絡んで見えなかっただけかも”と言う淡い希望は無くなった。

赤い勝負下着の姿はやはり洗濯槽のどこにもなかった……


「……取説どこだったっけ? あ、そうだ保証書に何か書いてあるかも……」


自分でも現実逃避だと分かっている。

それでも何かをしないと落ち着かなかった。


洗濯機を買った時の保証書を読んでみる。


不具合の時は交換してもらえる保証がついてる。へぇ、中古なのに結構しっかりしてるんだなぁ……



ーーーしかしーーー


洗浄せんじょうに関しての項目はあるが、


戦場せんじょうが見える” 


なんて項目はどこにもなかった。



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