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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
22/75

21話「発現」

「ただいま!」「ただいまですネモさん」「ただいま帰りました」

「お帰り! 三人とも! 帰ってきて急だけど、ちょっと手伝ってくれない?」

 お店の奥から顔は見せずにネモの大きな声が返ってきた。

 まだ開店時間にはなっていないが、一体何があったのかと心配になった三人はその場に荷物を置いて、急いでネモの元へと向かう。

 厨房の奥、そこには小麦粉を材料庫にぶちまけ、噴煙と小麦粉によって文字通り真っ白になった顔をのぞかせながら、いそいそと片付けていた。

「ゴホッ……どうしたんですか? これ……」

 舞い上がった粉が肺に入ろうとして、ロイスの体が拒否反応を起こす。

「いや……小麦粉の仕入れ先を変えてたのを忘れててさ、積み上げ厳禁の箱を積み上げてたらしく、倉庫整理中に倒れてきたんだ」

「僕、箒を取ってきます」

「私はごみ箱を持ってきますわ」

「申し訳ねぇ……」

 テキパキと分担してできることは分担し、それぞれが役割を持って動く。

 ロイスは倉庫内に残っている食材や箱を外へ搬出し、オークスは持ってきた放棄で倉庫内に散布された小麦粉を優しく掃いて集め、エリスは集められたものを拾ってゴミ箱へ移す。ネモは、それらすべての作業を順々にこなしていた。

 掃除は三十分ほどで終わり、倉庫内もいつも以上に輝いている。

「ほんと、助かった。今日は豪勢な食事にしよう」

「お店は開けないんですか?」

 小首をかしげながら、ロイスは単純な疑問を投げかけた。

「今日はお店を開けない! お祝いをしなきゃね」

 いつも口うるさいというか、サバサバしているというか、はっきりものをいうネモは、かなり世話焼きな体質なことを忘れていた三人。

 今日は一学年が終わり、すぐに二学年が始まるという節目の時期ということで、盛大な食事会が開かれる。これは、この宿?に来てからもすぐに開かれ、事あるごとに開かれてはネモ自慢の料理がテーブルを埋め尽くす恒例行事だ。

 料理には、お店で提供していないものやこの街では見たこともないような物も出てくるため、いつ開かれても新しい発見がある。

「じゃあ、今から準備するから、先にお風呂に行ってらっしゃい」

 加えて、ネモの料理スピードははっきり言って異常だった。

 四人分の料理を数種類、あるいは数十種類作るというのに、三人がお風呂に行って身支度を済ませると完成している。

 エリス達も厨房には何度も入ったことがあるが、ネモの動きをマネすることはできないとあきらめるほどの手際の良さである。

 三人は二階へ上がり、リュックをいつもの場所へと下ろし、おそろいの指輪を机に置いてから外にある離れのお風呂へと向かう。

「いつ出発するんですの?」

 脇に着替えを抱えて階段を下りながらエリスが尋ねた。

「僕は、早い方がいい。ヒノビさんの行方を少しでも早く掴みたいから」

 エリスの方に顔を向けることなくオークスは即答した。

 彼の顔を見なくても、不安と焦燥を隠し、必死に普段通りの真面目でどこか内気な表情を取り繕っているとエリスは察している。

「と、オークスが言っているから、明日にでも出発しようかと考えていたんだが……問題がいくつかあるんだよ」

「問題って?」

「ルートとお金と俺たちの護衛術のレベルと目的地が大きいかな」

 一つ二つと指で数えながら思いつく問題点を挙げていく。

「最初の三つはわかりますわ、でも最後の目的地が問題点ってどういうことですの?」

「それは単純な話、ヒノさんを探しに行くのは賛成だけど、東西南北どこを目指すんだってこと」

「あ、確かに……」

「手がかりが一つもないっていうのが、難しいんだよ」

 忽然と姿を消したヒノビの手掛かりは一つも残っていない。故に、どこの街から探し始めるのが効率的なのかはわからない。そして、それに伴ってルートを練ったりお金を工面するため、その目的地次第でその後の問題点も大きく変わってくる。

「とりあえずダイネの街に行くことは決まってるけど……」

「……炎狐族の村」

「オークス……さすがにそれは無理がある。俺たちじゃそこにたどり着くまでに死んじゃうよ」

「そう……だよな」

 話にひと段落つく前に離れのお風呂へと到着してしまった。

 満天の星空に眺められながら入るお風呂には何とも言えぬ解放感と脱力感がある。

 贅沢に露天風呂というものを設置してくれたネモには感謝しかない。外気はそれほど寒いわけではないにしろ、裸でうろつくには適していないため、温かなお湯につかりながら寒い外気にさらされるという異色の組み合わせ。だが心地よい。

 エリスはいつもこのお風呂の後は艶々とした表情と肌で出てくる。日々の疲れと汚れを落とす貴重な時間となっている。

「なぁなぁオークス。魔法の発現はできた?」

 極厚の眼鏡をはずしながらロイスが尋ねてきた。

 見た目だけでも相当重そうなその眼鏡を脱いだ服の上に置いた。服はその重みを表すかのように沈み込む。

「……できてない」

「難しいよな、ヒノさんのを見ていたら簡単そうに見えたんだけどな……」

 二人の話題は、魔法使いになるための最初の一歩。魔法の発現について。

 どれだけ魔法に興味関心があり、知識をつけたとしても、この関門を突破できなければスタートラインにすら立てていない状態だ。

 だがなかなか立てないのには理由がある。

 一つは、発現方法が確立されていないこと。ほとんどがまだ個人の感覚の領域を出ていない魔法において、確かな方法は見つかっていないのだ。

 例えば、初心者が料理を学ぶときに、レシピがなくて『適当に塩を入れて』とか『いい感じに炒めて』と言われるようなもの。経験がない人にとっては何をどうすればいいのかがわかりにくく、試行錯誤が必要になる状況なのだ。

 故に、どうすれば魔法が発現するのかは個人の頑張り次第とされ、鬼門となっている。

 もう一つは、現時点で魔法に適性のない人を判断でする方法がないということ。

 それすなわち、魔法が使えない体質の人が魔法を使おうとしても何もできないが、それを判断する基準や機械装置は発明されていないため、無駄な努力に終わる可能性もあるということ。

 ほかにも、道具を使って発現させようとしている人は道具の長さや材質、持ち方などがあったり声を媒体として発現させようとしている人は、その声の高さや言葉、口の使い方などと様々な問題が存在する。

 この鬼門を乗り越えれば、魔法使いへの道が開けたことになる。

 ――――三人はまだ突破できていない。

「一緒に魔法を使えるようになろうな。そんでもって、扉を開ける者(ルトプポルス)になるんだ!」

 こぶしを握り、声高々に宣言をした。だがロイスの目線の先には、簡易的に作られた木製の壁しか見えていない。

「ロイスはやる気満々だね……僕も二人についていけるように負けないよ」

 その様子に苦笑いをしつつ、最初は反対していた伝説上の人たちになるという夢を、いつしか三人の共通の夢へと昇華させていた。

 遠くに広がる星空に向かってオークスも同じようにこぶしを握り、腕を突き上げた。

「二人ともまだまだ()()()わりに夢は大きいですわね」

「あ!? おい!! エロスめ!! 覗くなバカ!!」

「覗いてないですわ!! ロイスこそ壁に向かって話しかけないでもらえます!?」

「話しかけてないわ! オークスに話しかけてるよ!」

「明らかに壁と話しててよ!」

「やっぱ覗いてんじゃねぇか!」

「覗いてないって、言ってますわよね!?」

「あはははは」

 二人の怒気のこもっていない罵り合いを間近で見物中のオークスは、そのバカらしさに思わず笑ってしまう。

 だが直後、周囲が異様に熱くなっていっているのを感じた。

 ロイスもそれを感じ取ったようで、一寸先もぼやけている視界の中から眼鏡を探し出し、装着する。

「あんたたち!!調子に乗りすぎですわよ!!」

 エリスの怒声と同時に周辺に火の粉が舞い始める。これは比喩ではなく、目の前の減少をそのまま説明している。

 次第に高まっていく気温に肌からは汗が出始め、いつしか滝のように額から流れ落ちてくるほどに。

「オークス! エリスから離れるぞ!」

「え!? どうして!?」

「これは――――」

 ――――魔法の発現の一つ。と言い切る前に、エリスの入っているお風呂の方から大きな爆発が起こった。

 だが、不思議なことに周辺の建物は無傷で、吹き飛ばされたのはロイスとオークスの体だけ。

 確かに爆風らしき強烈な風を体に感じたものの、板一枚で隔たれている壁が吹き飛んでいないことや軽い服すら吹き飛ばされていないことから、地形や造形物には影響の与えられない()()が起こった。

 ロイスとオークスは吹き飛ばされた方向がお風呂場の方向だったため、溜められていた湯に体を助けられる。しかし、背中から湯に突っ込んだため、鞭で打たれるような痛みが背中全体に感じられたが、命に係わるほどではなかった。

 勢いよく吹き飛ばされ湯に突っ込んだ二人は、半分以上なくなったお湯から顔を上げ、立ち上がる。

「い、いって……」

「大丈夫? ロイス?」

「あぁ、背中がヒリヒリすることを除けばね」

 ロイスが背中の痛みに顔をしかめ、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

 二人が吹き飛ばされたお風呂場の中は、露天となっているとはいえ湯気が邪魔をして視界が悪い。が、入り口にぼんやりと人影を見つける。

「エリ――――」

 最後の言葉を発する前に、火の粉を含んだ熱風がオークスを襲う。それは彼の口腔内から水分を奪い、のどを枯らし、肺にダメージを与えた。

「う……ぐっ」

「大丈夫か!? オークス! やばい、魔力症だ」

「え、りすが……」

 魔法使いになるための最初の一歩が鬼門とされる理由の一番の問題点されているのが『魔力症』だ。

 まだ魔力のコントロールができないうちに強力な魔法を放ってしまうことによって起こる。本来ならば『魔力汚染』から段階的に悪化するものだが、一歩が大きすぎたあまりにそのステップを飛び越えて起こってしまう。

 こうなってしまうと、気絶させて脳を休ませる方法が一番の解決策だと学校では教わっているが――――

「エリスの魔法が強力すぎて、近づけない!」

 周辺には急激な温度の上昇により乱気流が発生し、火の粉が四方八方から二人を襲う。

 また、エリスの周辺には空気の歪みが見える。これは陽炎と同じような原理だと思われる。ならば彼女の周辺は、今二人のいる場所よりも高温になっているということ。

「ゴホッゴホッ! 喉が……」

「ロ、イス……」

 オークスがロイスの名前を呼びながら、湯舟の方を指さす。

 彼は一瞬困惑した表情を浮かべたものの、すぐに意図を理解し、できるだけ姿勢を低くした状態で移動する。

 一呼吸するたびに熱風が喉と肺を襲い、焼けるように痛い。

 移動しながら口元を手で覆い、火の粉が口や鼻に入ることを防ぎつつ、湯舟に体をつけることでやけどを防止する。

 「どうにか逃げたい……けど――――」

 入り口はエリスが立っている場所。完全にふさがれている。

 なぜそこにエリスが立っているのかはなはだ疑問だが、今はそんなことを考えるほど余裕はなかった。

 顔を湯舟に半分浸けた状態で、ここからの打開策を考える。

 現状を整理すると、ロイスは背中に大きな打撲と喉と肺に軽度のやけど。オークスは口腔内と喉と肺のやけどでほとんど声が出せない状態。

 入り口にはおそらく魔力症によって行動のコントロールができなくなったエリスが立っており、唯一の出入り口をふさがれている状態。また、周辺には熱風の乱気流と火の粉のダブルパンチが吹き荒れ、エリスの方に近づけば近づくほど温度は高くなっているんと推測される。助けを呼ぼうにも大声が出せる状態ではない。

 万事休すな状況に諦めかけたその時、突如エリスの影が床に伏せたように見えた。

「大丈夫かい?」

 そういって入ってきた新たな人影――――ネモだった。片手に桶を持っている。

「急に爆発音がしたから急いで来てみたら、エリスちゃんからすっごい湯気が立ってて、熱かと思って急いで冷水をぶっかけたわ。それにしてもあっついな……」

「助かりました……」

 消え入りそうなほど細い声でネモに感謝を伝える。

 しかし、視界がぐらつき始め、床に突っ伏す。

 「あちゃー、のぼせちゃったかな」

 遠のくネモの言葉を聞きながら、意識は暗闇へと落ちていった。

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