20話「リョカ」
「入学式の時から思ってたことだけど、その服装はちょっと不思議だよね。なんというか、いい意味で普通じゃない」
リョカに一年越しに言われた服装への苦言。それもそのはず、三人の服装はネモの受け売りで仕立て上げられたもののため、コンセプトが貴族のそれとは大きく違う。
黒の生地に藍色と灰色のストライプの入った綿製品の服、同じく黒の生地に紫色の一本の線がサイドに入った絹製品。この時代の雰囲気とはかけ離れたその服装は、贔屓めに見られている。
それはリョカも同様だったようで、ずっと抱いていたがなかなか言い出せなかったことだったのだろう。一年越しに言われていることが何よりも悩んでいた証拠だ。
それでもネモに勧められた服を着続けた。理由は単純だ。その服が気に入っている。
今更手を出されない程度の非難程度では動じなくなっていた。
「まぁ、俺たちはリョカみたいな貴族じゃないからな。堅苦しい服装よりかはこっちの方がいい」
きっぱりとロイスは答える。
「えー……私はドレスがいいですわ。かわいいですもの」
ふてくされたようにエリスは答える。
「僕も、この服は気に入ってるよ。ネモさんの熱のこもった推薦を受けた服だからね」
照れくさそうにオークスは答える。
「まぁ、みんなが気に入っているのなら僕は何も言及しないけど、学校じゃかなり腫れもの扱いされたんじゃない?」
「今更だな。大人の方がもっと腹黒いから嫌いだ」
険悪な表情で悪態をつく。珍しくロイスが表情をゆがませて悪い言葉を吐いているところを見た。
ロイスの回答を聞いたリョカは静かにオークスに近づいて耳打ちをする。
「ロイスって過去に何かあったのか?」
「僕たちの先生に会うまでは色々あったらしいよ。詳しく聞いたことはないけど」
「ふーん」
訝しむように観察していたリョカの視線に気づき、ロイスは「なんだよ」と睨みの効いた視線と重い言葉が飛んでくる。
「いや。すまない。これ以上の詮索はしない」
リョカが両手を挙げて降参のポーズをとってこの話題は終わった。
四人は学校の立派な門の前で立ち話をしている。
学年が一つ上がるということは、すなわちそれぞれの道で研究を続けることになる。それは、しばらく顔を合わせることがないということを意味していた。
貴族の出の生徒たちは皆がこぞって実家へと帰り、研究を続けることを決めている。
理由は単純だ。離れた街で学ぶよりも、身近で、出資の募れる伝手があり、生活を工面してくれるからだ。
リョカは商店の件があり、実家には帰らないらしい。
狙いが金品だったとはいえ、家のセキュリティに問題があったことは否めない。そうなれば後継者となるリョカの命が狙われかねない。――――行先は教えてもらえなかった。
「三人はどこに行くんだい? この学校にいるってことはないだろ?」
「俺たちはとりあえず、ダイネの街に寄ってから考えることにしてる」
三人は似たような大容量リュックを背負い直し、ロイスは明るい表情でリョカに向きなおした。
「ある人を探したいんだ。僕らがこの街に来るまでの護衛を任されていた人を……」
「一年前に失踪しましたの。謎の怪物との戦闘後に、忽然と」
エリスとオークスは少し暗い表情を一瞬見せたものの、いつも通りの表情へと戻った。しかし、ショルダーベルトを強く握りしめている様子を見れば、表々に出ている感情とは違ったものを抱えていると容易にわかる。
「じゃあ、卒業までほとんど会えなさそうだね。その様子じゃ、三学年に上がるときだってこっちに帰ってこないんだろ?」
「そう……かもしれない。なんせ目的が人探しだからね」
「ほんとは家に招待したいんだけどね。今は身を隠すことに専念しろってお父様がうるさくて……」
やれやれと言わんばかりに眉を寄せてため息をつくリョカ。だが貴族にとって後継者を失うということは、権力が弱まることにつながる。何が何でも跡継ぎは死守しようとするだろう。
その波にさらされているのが目の前にいる少年なのだが、彼も事の重大さと緊迫感は感じ取っているはずだ。それなのにこの余裕な感じを出せるのは、さすが教育されている貴族のお坊ちゃんという感想が出る。
「焦ったところで、有効な手は打てない。だったら普段通りおチャラけていた方が僕も過ごしやすいんだ」
これは詭弁だとその場にいた誰もが感じ取れてしまうほどわかりやすい虚言だった。
「……もし、貴族ではない俺たちにできることがあれば、ダイネのここに手紙を出してくれ。なんでも協力しよう」
それを感じたロイスは一枚の神を手渡す。それには、ダイネにいる先生の宛先と学び舎として使っていた家の住所が書かれていた。
「賛成! 私だってリョカとお友達になれてすごく楽しい生活を送れましたもの。恩返しさせていただきますわ」
「僕も同感。最初はぐいぐい来る苦手な人だって印象だったけど、ね」
「……三人がうらやましいよ。ありがとう」
本心からの言葉を漏らし、目には涙が浮かんでいる。
「この、僕の一件が終わったら――――」
「リョカ様、お迎えに上がりました」
彼が言い終わる前に黒い箱馬車が門前に到着する。そして、中から紳士服の初老の男性が出てきて、リョカの横で深々とお辞儀をした。
「うん……今行く」
暗く、寂しそうな表情のリョカは、最後まで続きの言葉を言うことはなく、馬車に乗り込んだ。
「またな!リョカ!」
「また会いましょう!」
「元気でね!リョカ君!」
三人からの激励の言葉を外からもらい、リョカはためていた感情があふれて涙をこぼした。
しかし、無情にもその馬車は発車してしまった。
箱の中から外に乗り出し、三人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「みっともないですぞ。リョカ様」
「許せ。今回だけだ」
ため息をこぼす初老の男性に、少し怒気のこもった言葉で返す。
エリス達の姿が見えなくなると、ゆっくりと箱の中へと戻り、乱雑に涙をぬぐい捨て、男性へ尋ねた。
「今回の首謀者は誰だ」
「言わずもがな、巷を騒がせている『時雨刻』が有力視されています」
リョカは今までの優しさがにじんでいる眼を変え、黒い感情に染まった瞳を宿した。




