20 色褪せた写真
結局、イーヴとの距離は縮まらないまま日々は過ぎていく。だけど手を握りながら眠る夜は幸せで、いつもあっという間に寝落ちてしまう。イーヴのぬくもりは、何よりもシェイラを安心させてくれるものだ。
自室でひとりのんびりと過ごしていたシェイラは、ふぁと小さく欠伸をすると部屋を出た。今日はルベリアが遊びに来る予定だけど、それまでは少し時間を持て余している。調理場には朝一番に顔を出したし、エルフェは買い物に行くと言って外出している。レジスもイーヴも仕事があるから忙しそうなので、構ってほしいなんて我儘を言えるはずがない。
広い屋敷の中を自由に歩き回ることも楽しいけれど、やっぱりシェイラは誰かと過ごしたいと思ってしまうのだ。
ルベリアが来るまでの辛抱だなと言い聞かせて、シェイラは書庫へと向かった。壁一面に本が並んだその部屋は、シェイラのお気に入りの場所のひとつだ。難しくて読めない本も多いけれど、イーヴが綺麗な画集や流行りの本をいくつか買ってくれたので、窓辺にある本棚の一角はシェイラのための場所。
以前にレジスが用意してくれた一人掛けの椅子に座って、シェイラは膝の上に置いた本を開く。しばらく読み進めてみたものの、どうも集中できない。文字が頭の中に入っていかないのを感じて、シェイラは首を振ると立ち上がった。
窓の外は少し曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。竜の姿で空を飛んでくるはずのルベリアが濡れないといいのだけどと思いながら、庭を散策しながらルベリアの到着を待つのはどうだろうかと考える。まだ彼女の竜の姿は見たことがないので、シェイラは自分の思いつきに満足する。きっとルベリアは、妖艶で美しい黒竜なのだろう。
このところ祖父である長の手伝いが増えて忙しいというルベリアとは、久しぶりに会う。雨に降られるかもしれない彼女のために、タオルを用意しておこうと決めて、シェイラはレジスのもとに行くことにした。ついでにイーヴの顔も見られたら、嬉しい。
本棚に本を戻し、急いで部屋を出ようとしたところで、シェイラは絨毯に足を取られてつまづいた。慌ててそばの本棚に掴まったことで転倒は免れたものの、その衝撃で棚から本が何冊か床に落ちてしまう。
「わ、大変!」
散らばる本を慌てて拾い集めていたシェイラは、一冊の本の前でぴたりと手を止めた。分厚いその本は、イーヴがいつも読んでいるものとよく似た装丁をしている。だけど、シェイラの視線は本ではなく、本の隙間から飛び出した古い写真に注がれた。
「これ、は」
震える手で、シェイラはゆっくりと写真を取り出した。
少し色褪せたその写真に写っていたのは、イーヴと見知らぬ女性。寄り添って立つその姿は、お互いが大切な人であると示しているかのよう。少し緊張したような面持ちのイーヴは、今よりも少し若く見える。儚げな笑みを浮かべた長い黒髪の女性は、シェイラとそう変わらない年頃だろうか。
ふとここに来てすぐ、イーヴに大切な人はいないのかと聞いたことを思い出す。あの時彼はそんな相手はいないと言ったけれど、誰かを想うような遠い目をしていた。それがこの人なのだろう。まるで隠すように、だけど大切に保管された写真。二人の間に何があったのかは分からないけれど、この人はきっと、イーヴの忘れられない人なのだ。
イーヴが頑なにシェイラとの関係を進めたがらない理由が、ようやく分かった。だけど、胸が苦しくて息ができない。
「ふ……うっ」
潰れたような声と共に、涙があふれた。あとからあとからこぼれ落ちる涙は、床に散らばった本の上にもぱたぱたと流れ落ちる。本が濡れてしまうと思うのに、動くことすらできない。
シェイラは大きくしゃくりあげると、その場にうずくまった。




