☆悪役令嬢は手を繋ぐ
「ま、松影ルナちゃんを殺したのはあなたね?」
思ってもいなかったその名前に、私はピシリと固まる。ーー松影ルナ?
「る、ルナちゃんと学校が同じだった、って子から、聞きましたっ。あなたは、ルナちゃんとトラブルになってたって。ルナちゃんは、あなたを許さないって、何度も言ってたって」
私は目を見開く。
「調べたところによりますとっ、ルナちゃんが家からいなくなったのは夜8時前後っ。あなたはそれくらいの時間にルナちゃんを呼び出して、海へ行き、そして殺したんだわ! そして久保とかいう人も殺して、罪をなすりつけた! そうに違いない、んですっ」
自信満々、というかむしろ自慢げ、と言ってもいいかもしれないその表情。ふん、と得意げに鼻息をついて、石宮さんは手を腰に当てた。
「さあ、設楽華、懺悔なさい! 悔い改めるのですっ」
私は言葉が出ない。心の中にいろんな感情が渦巻く。
(松影ルナ)
あの苛烈で、綺麗で、怖くて、悲しい女の子ーー。
そんな私を見て、アキラくんは頭を撫でてくれた。
「めんどいのに絡まれてんなぁ、華」
「ほえ!? め、めんどい、とは何ですっ!?」
石宮さんは心外そうに言う。
「あー、えっと、アンタ」
「石宮ですっ」
「そうか、石宮さんな」
アキラくんは私の手を握ってから言う。ぎゅう。私はそれだけで安心する。
「なぁに山ノ内くん」
「てかマジ、なんで俺の名前知ってんねん。っつうのはさておいてやな、華が夜にその、松影ルナか、そいつ呼び出すんはムリや」
「なんで?」
きょとん、と可愛らしく首を傾げる瑠璃。自分が間違っている、なんて露ほども考えたことのない、そんな顔。
「華は日が落ちたら外に出られへんねや」
「え?」
ぱちり、と石宮さんは目を見開いた。
「せやから無理やで」
淡々と、いっそ冷たく言うアキラくんに、石宮さんは「ふんふん」と頷いた。
「……ふうん、な、なるほどねっ」
「なにがなるほどやねん」
アキラくんは眉間にシワを寄せる。
「そ、そういうアリバイ工作ね、設楽華っ!」
またもや、ピシリと私に人差し指を突きつける石宮さん。
「アリバイぃ?」
「そう、そういう設定にしておけば、自分が呼び出したと思われないと考えたに違いないわ!」
うん、きっとそうよ! と自分で何度もうなずく石宮さんに、アキラくんはひとつ大きなため息をついて、それから口を開いた。
「もう、俺、アンタのその推理か? マジどうでもええねんけど……まぁ教えといたるわ。その日、そいつが殺された日な、華は8時過ぎまで俺といたわ。せやから8時に電話は無理や」
それから私に笑いかける。
「なぁ、華。俺ちょうどそん時、華のおでこにちゅーしてたやんな」
なぜだか自慢げに言われる。
「え、と、よ、よく覚えてるねっ!?」
私はどぎまぎとおでこを押さえながら、アキラくんを見る。顔、絶対赤い。
(ていうか、手っ!)
嬉しいけれど、でも、でも……あー、それでも嬉しい。手を繋いでる!
「あんなゴーカな玄関、初めてやったから……って、そんなんはええねん。アリバイ工作もクソもないねん、そもそものアリバイがあんねん」
「……え?」
「もう行ってもらえへん? 華と過ごすきっちょーな時間潰されたくないねんけど」
アキラくんはしっし、と手で追い払う仕草をした。
「あんま俺を怒らせんといてや」
更に一歩、アキラくんは前に出たのでその表情は見えない。
でも、石宮さんが少し怯えた表情をしたので、もしかしたら怖い顔をしているのかも。
「俺な、ねーちゃんらに女子には優しくせぇ言われてんねん。言いつけに背きたくないねん、早よどっか行け」
「ふえ、で、でも」
「どっか行け言うてんねん」
アキラくんの声が低くなる。
びくり、と石宮さんは肩をゆらして「あ、諦めませんからっ」と言い残し、走っていった。
「アキラくん」
「華」
アキラくんは振り向いて、私からぱっと手を離す。
「ごめん」
「あ、ううん」
ひんやり、とした空気が手を撫でていく。
アキラくんの手があったかかった分、すごく冷たく感じた。
「あー、あのな。華のこと、ヒト殺し扱いなんかされて、つい、俺」
キレてもうた、と小さく言う。
「ううん、ありがと、庇ってくれて」
「ん」
当たり前やんけ、とアキラくんはにかっと笑った。
「せやけど何なんや、あいつ」
「……うちのクラスの転校生」
「は!? 同じクラス!?」
「……うん」
私は少し気が重くなりながら答えた。
「同じクラス」
「激ヤバやん! なんかされたらすぐ言うんやで、華」
「ん、そうする」
私は微笑んでアキラくんを見上げるけど、アキラくんは不安そうに眉をしかめたまま、私を見つめるのだった。