第一節
「……これが、シアねえの言ってたゲームかな?」
そう言って俺は椅子に座りながら、机に置いたマウスを一回クリックした。部屋に、カチッという音が響きモニターに映っている画面が変わった。真っ白な画面に青い文字が並んでいる質素な検索用ページから一変して、明るい色がベースのとあるゲームの公式ホームページに変わった。
そのホームページには延々と文字が書かれており、恐らくゲームの説明が述べられているのだろう。
長々と書かれている文字をいきなり読んで理解できる気もしなさそうなので、ホームページのトップに出ている自己主張の激しい動画の再生ボタンをクリックした。
そして俺はマウスの隣においてある赤紫色のヘッドホンを耳に装着した。それから数分間、俺はそのゲームのPVを見た。ただ、見た感想としてはあれをPVと読んでも良いのか判断が難しいところだった。なぜなら、俺の知っているゲームのPVといえば実際にプレイしている様子やそのゲームの醍醐味、PRポイントを載せたりするだろう。だが、このゲームは殆どその説明は無かった。せいぜい、このゲームはMMORPGに分類される。ということだけだった。
「んんっ……!」
俺は、腕を上に上げて体をほぐした。あれから一時間という時間が経とうとしていた。俺は動画の殆どを占めていた''とある説明''とホームページに書かれていた説明を隈無く調べあげ、情報をまとめた。
と言っても、この時代ではこんな説明なんて必要ないほど常識として捉えられている。
VR。
脳から身体へ送られる信号をシャットアウトし、ネットワークに繋げるシステム。
VRの開発当時は医療などが目的だった。しかし、開発から二十年近くが経過し遂には家庭用ゲーム機として販売されている。これにより、様々なゲーム会社が発展したのは言うまでもあるまい。
レースゲームやFPSなどのゲームを多くの人が好感を持っていた。
ただ、一つのジャンルのゲームがあまりいい評判ではなかった。
そう、RPGだ。RPGゲームはほかのゲームと比べてNPCとの会話回数が圧倒的に多い。ほかのゲームではあまり気にならなかったNPCとの会話。
同じ回答しかしないNPC達にあまりいい評判ではなかった。その上、そこまで作り込まれていないとなってユーザーはどんどん減少してサポートが終了したゲームがいくつかあった。
そんな中、大手のゲーム会社がRPGゲームの制作に取り掛かった。ユディックスは数多くのゲームを開発し、そのすべてを成功してきたいわばベテラン企業だ。そんな、会社が作るRPGゲームだと言うのだから、もしかしたら……。と期待を抱く者は少なくなかった。
そうして開発されたゲームが『Real Ordinary』略してReOというMMORPGだった。
◆◇◆
「ふぁあぁ」
「あら? カナト、寝不足?」
「んー、まあ。シアねえが言ってたゲームを調べてたんだ」
「そうだったの?」
俺とシアねえは朝食のトーストと目玉焼き、ソーセージを食べていた。昨日調べたゲームはシアねえから勧められたもので最初は断ったのだが、シアねえも粘った末に結局俺が折れて一緒にプレイすることになった。
「うん、だけどあのゲームって殆ど情報が無いから奇妙だよな」
「でも、その方がゲームの新鮮さを味わえるっていう人もいるみたいよ?」
「それは価値観の違いってやつだな」
ゲームの正式サービスは今日の十時からなのでそれまで俺は家事をして時間を潰した。
「えーっと、十時まですこし時間があるからアバターの設定でもしておくか」
ホームページに書いてあったのだが、アバターの設定は簡単に行うことができる。VR機器に搭載されているカメラ機能で自分の顔を撮影。そしてその情報を元にアバターを作成するそうだ。性別もその情報を元に判断するらしい。名前もここで設定できるようなので設定しておく。そして、キャラを作れるのは一個のみで新しく作成したりも削除もできない。さらにそのデータにログインできるのは登録した人のみでそれ以外の人はログインできない。
そうすることでデータを売ったりするなどで起こる金銭トラブルを少しでも防止するためだそうだ。
「お、もうそろそろ十時だ。準備でもするか」
俺はベッドに横になり、十時になるのを待った。
すると、視界はいきなり明るくなりさっきまで寝ていたのにいつの間にか立っているという不思議な感覚を味わった。
「とりあえず、シアねえを探さないと」
俺は広場のようなところにいるのだが、サポート開始直後のせいで人が多くてシアねえを探すどころではない。今は少し広場から離れた場所からシアねえを探している。
顔は現実と一緒なので見つけるのは容易いはずだ。そこら辺を歩き回っていればいつかは会えるだろう。
「あーあ、これならシアねえと待ち合わせの場所でも聞いておけばよかったな」
俺はVRの経験は初めてなのだが、現実との身体感覚はほぼ変わらずここが現実だと言われても気が付かないだろう。
なかなか、シアねえが見つからずうんざりしていると俺の近くを女性二人組が通り過ぎた。すると、その二人の女性の話し声が不思議と耳に入った。
「ねえねえ、今の子見た? すっごい可愛かったよね!」
「うん! このゲームってリアルの顔再現してるってことだからリアルでもあんなに可愛いってことだよね! いいなぁー」
ん? 今の話って誰のことだ? 確かに、現実より声が高い気もするんだが……。
そう思いながら性別を確かめるために胸に手を伸ばす。
――ない。
よかった。機械にまで女性と認識されたらどうしようかと思ったが心配は杞憂に終わった。
「カナト?」
「ん?」
そこには、このゲームの初期装備の服を着ているシアねえがいた。そういえば、それぞれのプレイヤーネームは本名を使っている。
一昔前では本名を使う人は少数派で殆どがオリジナルネームだったり、好きなキャラの名前を引用していたらしい。これもプライバシーを守るための人もいればただ単に好きな名前を付けたいという人もいた。
だが、今ではセキュリティーが大きく進化して犯罪事件が大幅に減ったことから次第に本名をプレイヤーネームを使う人が増えて今では本名を使う人の方が多数派になったのだ。
「シアねえ?」
「やっぱりカナトなのね! それにしても……」
シアねえは俺の頭から爪先までじっくり見たあとに
「可愛いっ!」
シアねえは勢いよく抱きついてきた。さらには頬ずりまでしてきて、人目なんて気にしない様子だ。
それと、可愛いと言ったって現実と変わらないだろう? 可愛い要素がどこにあるというのだ。
「何処がだ? 現実と見た目は変わっていないだろう」
「ええ、そうなんだけれども。ゲームになってもカナトは変わらなくて安心したわ」
「そうかよ。俺としてはもっと男らしいアバターになっても構わないんだが……」
「うぅっ、可愛そうなカナト……。ゲーム内でも女の子と間違われるなんてっ……!」
なんか同情するような目で見ているがさっき『よっしゃ! 女の子っぽい!』って小声で言ってたのバレてるからな? シアねえ。
それに、リアルではよく女と間違われてきたから今更どうでもいい。
「そんなことよりはやく攻略進めよう。MMOなんだから、うまい狩場とか占拠されちゃうよ」
「あ! そうだった! カナト、チュートリアルさっさと済まして早く狩りに行きましょう!」
本来なら、サポート開始前に情報を集めることができるんだが今回はほぼ情報を流してくれないせいで、チュートリアルが大変貴重な存在となっていた。
「えーっと、メニューっと」
俺がメニューを開くと背景は白く、縁が赤い何かが出てきた。これがメニューなのだろう。そしてそこに、黒い文字でチュートリアルを開始しますと書かれてあった。
すると、メニューに文字が走り出したので俺は真剣に読んでいく。
『スキルについて。
スキルは、プレイヤーのゲーム生活に大きく関わるものです。基本は戦闘、趣味、生産の3つのカテゴリーから選択して習得します。それでは二つのスキルを習得してみましょう』
そういってメニューは俺の前に『戦闘、趣味、生産』と書かれたパネルがある。俺は試しに戦闘をタップした。
すると、
・片手剣の心得
・両手剣の心得
・短剣の心得
・細剣の心得
・槍の心得
・斧の心得
・鈍器の心得
・弓の心得
・杖の心得
という選択肢が出てきた。つまり、これから使っていく武器を選べということだろう。そしてしたの方に米印のあとに、スキルの一つは必ず先頭から選ぶこと。一度決定してしまえば変更はできない、とのことだった。
「ふーん、まあ戦闘スキルのほかは何を取るか……ん? こ、これは!?」
俺が見つけたスキルは、《料理》だった。
よしっ! 料理スキルがあるということは、やはりあれも作れるということだろう。フッフッフッ、これは決定だな!
ということで、俺は《料理》と変にクセのある武器よりは簡単に扱えそうな《片手剣の心得》を選択した。
普通のゲームであれば、それを使用すると経験値が手に入りレベルが上がる仕組みだ。だが、このゲームは事前情報が一切無いのだ。普段のゲームと同じだと油断すると一瞬で積むハメになるかもしれない。しかもこのゲームはやり直しが不可能だ。慎重に行動すべきだろう。
『以上で、チュートリアルを終了します』
……思ったより短く終わったな。
スキップできると書いてあったものだから、長々と説明を続けるのかと思ったがよく考えてみれば納得できる。今ここですべて話してしまえば今まで情報を秘匿し続けた意味が無くなる。
俺が考えに耽っていると、また新しくパネルが現れた。
『この世界のことを思い出せ。お前は''%#&~¥''なのだから』
だが、そのパネルは1秒ぐらいで消えてしまった。
「なんだったんだ? 今の。……まあいいや、それよりシアねえはもう終わったかな?」
さっきまでシアねえがいたところを見ると、何やらメニューの操作をしているらしく忙しく上下にスライドしたりタップを繰り返している。
「あら? カナト、もう終わったの?」
「ああ、チュートリアルは終わった」
あとはスキルについて確認することだろう。ただ、今軽く見たが今の段階では何も出来ることは無さそうなのでさっさと狩りに出かけたいところだ。
「じゃあ、狩りに行くか?」
「あ、ごめんなさいカナト。そういえば友達と待ち合わせしてたの、私の方から誘っておいてなんだけど……」
「いや、大丈夫だ。はやく友達のところに行ってこい」
「ありがとう……! 今度、埋め合わせするから!」
「わかった。期待しないで待ってる」
姉は走って大通りを駆けて行った。きっと、友達と仮にでも行ったのだろう。
「うーん……街でも探索するか」
俺はプレイヤーが多い大通りは後にしてNPC達から情報を収集することにした。NPCとプレイヤーの区別は、はっきりいってイマイチ分からない。せいぜい、ゲームの話が通じるかどうかだろう。
動きや会話内容はまるで人間だ。
それと、NPCと接する時は人間だと思って会話した方がいい。というのがユディックスからのアドバイスだ。その点に関しては言われなくてもそうするつもりだ。初日から関係が悪くなるのは不本意だしな。
「うーん……どうしよう」
「ん?」
そこには皮袋の中をあさっている女性がいた。ローブを着込んでいるがその隙間から見える髪は金色に輝いているのだがプレイヤーもNPCも髪の色はカラフルなので彼女はNPCなのか、それともプレイヤーなのか。見るだけではわからない、俺は話しかけに行くことにする。
どうせ、困っているようだしな。
「困っているようだけど、なにか捜し物ですか?」
「ええ、そうなんです。実は必要なお花を摘みに行ったんですがをうっかり落としてしまったようなんです」
「大丈夫なんですか?」
「そうですね……。今頃探しに行っても見つかるかどうかわからないですし、もう一回摘みに行った方が早いですし。幸い、そのお花はこの周辺で手に入るのでもう一度摘みに行こうと向かおうと思います」
「手伝いましょうか?」
「いえ、手間をかけさせるわけにもいきませんから」
てっきり、クエストとして成立するものだと思ったんだがやんわりと断られてしまった。
もしかしたら、ほかのゲームのように決められた依頼をこなして報酬を得る。というゲームではないのかもしれない。運営が設定した依頼は一切無く、それぞれのNPC達が状況によって依頼をする。という人間そのものと同じかもしれない。
「だから人間と同じように接しろってことか」
「なにか言いましたか?」
「いや、なんでもないです。それじゃあ俺は行きますね。それでは」
「はい、ありがとうございました」
俺は軽く手を振ったあとに俺は再び情報収集に向かった。