1.みかん泥棒ですか?
おひさしぶりです。
第4巻、年末の予定で準備中でございます。
これからも、よろしくおねがいします。
その奇妙な姿に、誰もが固唾を呑んでいた。
テーブルを囲んでいるのは、九十九に小夜子、京、そして、将崇……いつもの面子である。
床に黒いカバンを投げ出して、目当ての料理を持っていた。さきほどまでは、和気あいあいと。楽しく会話を楽しんでいたものだ。
だが、ソレが来た瞬間、どうだろう。
四人はピタリと会話を止めてしまった。
「これが……」
最初に口を開いたのは、将崇だった。ゴクリと唾を呑み込む音がする。
「とんかつパフェ……!」
四人の前にそれぞれ置かれたのは、とんかつパフェだった。そう。文字通りの、とんかつパフェ。
店の表に飾ってあったポスターと同じ姿のパフェだった。
浅いガラスの器の底には、抹茶アイス。飾るように、彩りのよい寒天とフルーツが載っている。囲うように薄切りのりんごと……きつね色の揚げ物が刺さっていた。
「ねえ、ソースまでかかっとんやけど」
京が訝しげに、パフェに刺さった揚げ物――とんかつを観察する。
「これ、食べ方だって」
小夜子が店員に渡されたカードを、みんなにも見えるようテーブルに置いた。
そこには、とんかつパフェを食べるための順序が書いてある。表面には、心得。あくまで、デザートとして、食べるよう記載されていた。
裏面には、手順。パフェに刺さったとんかつを手でつかみ、抹茶アイスとクリームを載せる。そして、スライスりんごを合体させ、これを食べるらしい。すべてを一緒に口に入れるための基本形のようだ。
「分離させるんは、なしなんかな? とんかつと甘いものは、別々に食べたほうが絶対美味しいと思うんやけど」
「京。とんかつパフェ食べたいって言ったの、京でしょ?」
「ぐ……」
往生際の悪い京を横に、九十九はため息をつく。
この形は、メニューの考案者が編み出した最善の食べ方なのだ。であれば、それに則って食べるのが流儀。
九十九だって、いつもお客様のことを考えている。その形が変わってしまうのは、ちょっと悲しい。もちろん、お客様が喜ぶなら、それが一番いいのだけど。
「ゆづ!」
京の制止も聞かず、九十九はとんかつを手に取った。
手順どおり、薄いカツに具をあわせていく。そして、完成形をまじまじとながめる。指が汚れたが、ご丁寧に用意されたフィンガーボールがあるから大丈夫だ。
「ん……」
九十九は意を決して、組み立てたパフェを口の中に入れる。
「ん?」
りんごのシャリシャリ感と、衣のザクザク感。温かさと冷たさが、妙にマッチしていた。
ソースの塩気が抹茶アイスの甘さと調和しており、絶妙だ。とんかつの肉は薄く、お菓子のような感覚だった。抹茶の苦みがあとに残り、嫌味がない。
「これ……意外と、ううん。普通に美味しい!」
九十九はパッと笑みをはずませ、次の一口の準備をする。それを号令に、将崇と小夜子、京も、とんかつパフェに手を出した。
「本当だ。これ、美味いな……爺様にも食べさせたい」
「うん。とっても美味しいね。とんかつが駄菓子みたい!」
「嘘やん……普通に美味しいんやけど」
安全が確保されると、みんなでパフェを組み立てて食べる。この作業も実に楽しい。他のフルーツを盛りつけたり、クリームを多めにしたり。
ただ、九十九は基本形が一番美味しいと感じるのだった。やはり、これは黄金比だ。考えられて作られていると思う。
「とんかつパフェを、いただけるかね?」
入店して、一番に注文する客があった。
にこにことした笑顔が特徴的だ。口調がハキハキとしており、絵に描いたような好青年である。
その顔に、九十九は見覚えがあった。
「あ、田道……田嶋さん!」
「? ……ああ、湯築さんところのお嬢さん」
つい、本当の名前で呼んでしまいそうになったが、いまは京がいる。九十九は、ぐっとこらえた。
田道間守は、神様だ。人間の姿をしているときは、田嶋を名乗っている。
湯築屋のご近所様で、中嶋神社に祀られていた。旅館にも、ときどき遊びに来てくれる顔なじみである。
田道間守は全国でも珍しいお菓子の神様だ。もとは人間だったが、垂仁天皇の命で常世へ、不老不死の薬を探しに行ったとされている。田道間守は十年かけて、常世から橘の実を持ち帰ったが、垂仁天皇はすでに崩御していた。その悲しみから、田道間守も亡くなったとされている。
橘は、みかんの原型だ。さらに、昔は甘味も少なかったので、みかんを加工した菓子が多かったらしい。そういう由縁があり、田道間守はお菓子の神様として信仰されるようになった。
「稲荷神は元気ですか?」
京の前なのに、田道間守はそんな話題をふった。京以外の面子が従業員と狸なので、おそらく、意識していない。
不思議に思った京が、首を傾げている。
「いなり?」
「え、え? えーっと……いなり寿司は昨日食べましたよ! 田嶋さん! わたし、とっても元気です!」
京の言葉を遮って、九十九は田道間守に向かって、首をブンブン横にふった。田道間守は、ようやく理解したのか、「わかったよ」と軽く笑う。
「何なん? ゆづ、知りあい?」
「うん、まあ……うちのご近所さん」
「ふうん」
嘘はついていないので、セーフだ。
田道間守は道後温泉の各所にも顔が利く。湯築屋に道後の湯を配管できるように手配してくれたのも、実は彼だったりする。
道後温泉は四ヶ所あるポンプで汲みあげられており、各施設へ配管される。その仕組みができたときに、湯築屋も候補に入れてくれたのだ。ありがたい。
温泉街の一部の関係者は湯築屋や、そこに訪れるお客様の特異性を理解している。旅館を経営する以上、不可欠だった。
「田嶋さんも、とんかつパフェ食べるんですか?」
「最近、甘味巡りが趣味でして。でも、甘いものばかり食べていると、塩気もほしくなるでしょう?」
とんかつパフェは、塩気扱い。
さすがは、お菓子の神様。そういえば、かなりの甘党で、湯築屋に来ても甘いものしか食べていなかった気がする。
田道間守は、やってきたパフェを嬉しそうに食べていた。
「ちょっと、うちお手洗い行ってこうわい。ちゃんと手洗いたいし」
パフェを食べ終わった京が立ちあがる。フィンガーボールが用意されているとはいえ、しっかり手を洗いたい気持ちは、理解できた。九十九も、あとで洗いに行こう。
京が席を立ったのを確認して、田道間守が小声で九十九に話しかける。
「そういえば、湯築さん。うちの橘を知りませんか?」
「え? 橘、ですか?」
一瞬、なんのことかわからなかった。
おそらく、田道間守が育てている橘のことだ。中嶋神社には、結界が張られている。田道間守が出入りを認めている者ならば、誰でも出入り可能。湯築屋の結界と似ているが、もっと弱いものであると、シロが言っていた。
そこには橘の木が植えてあるそうだ。
田道間守が育てる橘は正真正銘の霊薬。神気がこめられ、不老不死の力があるとされている。
九十九のような人間が持ち出していいものではないと教えられていた。
「少し前から、数個ずつ消えていまして……」
「え……それ、まずいんじゃないですか?」
持ち出した相手と目的によっては、大変なことだ。
「結界に誰が入ったか、わからないんですか?」
「それが……お恥ずかしいことに、よくわからなかったんですよ。おかしいなぁ……人間ではないと思うのですが……稲荷神ほど、万能な結界ではないので」
田道間守は不思議そうに顎をなでる。
その顔は、みるみるうちに笑顔をなくし、悲しげに歪んでいく。仕舞いには顔をくしゃくしゃにして、滂沱の涙を流しはじめた。
あ、スイッチ入っちゃった。九十九は苦笑いする。
「こんな未熟な私だから……嗚呼……私が至らぬばかりに……私がぁぁぁぁあああ!」
「た、田嶋さんのせいじゃないですよ……」
田道間守は机に伏して大号泣。店の人も注目していたので、九十九は思わず慰める。
田道間守は常世から霊薬である橘を持ち帰った。しかし、その霊薬を欲していた垂仁天皇は、田道間守の帰還を待たずに崩御してしまったのだ。彼は悲しみに暮れ、泣き叫びながら死を迎えたらしい。
そのためか……田道間守の涙腺は非常に緩い。いつもにこにこしているが、不意に、号泣することがあるのだ。
「わたし、シロ様にも聞いてみますね。だから、泣かないでください」
「うう……湯築さぁぁぁぁあああん……お、お、おおおお優しい……」
笑いかけると、田道間守は涙を流しながら、九十九の袖をつかんだ。
そこへ、京が帰ってくる。
「あ、ゆづ! 浮気しよる!」
違う。これは違う。
九十九は笑っている京に、よくわからない言い訳をしなくては、ならなかった。
※清まるさんは、とんかつパフェ以外のメニューも充実していて、ランチとしてはリーズナブルで大変美味しいお店ですよ※




