演劇部3
「あの。演劇部、ですよね? ここ」
「ええ。そうよ。ここは演劇部よ。私は部長の花園 礼。よろしくね?」
「今日のこれは、何か特別な仮装の練習ですか?」
咲弥の質問に、花園はふふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「そうねぇ。練習と言うか、そもそもこれが活動と言うか」
「?」
「私たちの活動は、劇を演じるのではなく、役を演じるということに重きを置いているの」
「役を……」
「そう。今日のテーマはずばり不思議の国のアリスのお茶会よ」
そう言われて見てみれば、ウサギの着ぐるみにシルクハット、水色のワンピースの女の子とくれば確かにアリスだ。ならば部長の花園はハートの女王さまか。
「……コスプレ集団だろ」
演劇部の実態を噂で知っていた雄大が、ぼそりと低い声でつぶやく。
「そういう言い方もあるわね。私たちは非日常を演じることで、自分の中のまだ知らない自分を探しているの。それをコスプレと言うなら、そう言ってもらっても構わないわ」
自分の中のまだ知らない自分。
そのフレーズは、咲弥の中の何かを揺り動かした。
女でありながら男のような自分。
田舎の町で息を潜めるように生きていた咲弥には、素のままの自分で生きることなど不可能だった。
他人の不快にならないよう、他人の目に映る自分を意識して生きてきた咲弥には、本当の自分というものがどういうものなのか、よく分からなかったのだ。
「無理に入部を勧めるような真似はしないわ。見学だけでも、もちろん好きな時に来て、好きな衣装に着替えて参加してもらうだけでも構わないわ」
「えっ。参加してもいいんですか?」
「ちょっなに積極的になってんだよ!?」
目を輝かせる咲弥の肩を雄大が慌てて引く。
しかし花園は雄大をまるっと無視して鷹揚に頷いた。
「もちろん。じゃあみんな、用意してあげてちょうだい」
花園の言葉を受けて、席に着いていた部員が一斉に立ち上がった。
その圧力に、雄大は反射的に席を立った。
「確保なさい」
花園の声を合図に、部員が一斉に雄大を取り囲む。
二人がこの部屋に入ったとき感じた違和感の正体。
可愛らしい衣装に身を包んだ演劇部員は、実はそのほとんどが男子生徒だったのだ。
「ちょっと待って。俺はもう来ないって言いに……っ」
「ほらほら遠慮しないで」
「いや遠慮じゃないから、ってちょっと引っ張らないで! 離して! 離せよっ」
「わー楽しみだなー」
「どうぞ、こちらへ」
「はーい」
「さーくーやーっ」
にこにこ上機嫌でお着替えスペースに移動しようとする咲弥に、雄大が批難の雄叫びを上げる。
促されて素直に従う咲弥とちがい、雄大は最後まで抵抗をやめなかった。
しばらくして、お着替えスペースから出てきた二人は、騎士とお姫様になっていた。
並んだ二人を見て、花園が目を細める。
「ハートの騎士と君は白のお姫様かな。ああ、双子の衣装でもよかったわねぇ」
「ちょっと待って! なんで咲弥は騎士で、俺はお姫様なの!? 反対だろ普通!」
「なんだか不思議な気分です」
「咲弥!? 俺を無視しないでくれる!?」
「ごめんごめん。よく似合ってるよ。雄大」
「ほんと、可愛いわねえ」
「はいとっても」
「俺は褒めてほしいんじゃねえぇぇぇぇっ」
頬を赤く染めて抗議を続ける雄大に、着替えを手伝った部員たちが声を揃える。
「やっぱりこの衣装で正解です」
「やめて。もうこれ以上俺の心を折らないで」
「さあ、お茶会を始めましょう」
花園の言葉を合図に、お茶会が再開された。
いつもなら大喜びする美味しいお菓子を前にしても、ふわふわのドレスを着せられた雄大の機嫌は、とうとう最後まで直らなかった。
その後、花園と意気投合した咲弥は演劇部に入部することになるのだが、咲弥がいくら誘っても、雄大が演劇部に行くことは二度となかったという。




