第一二話 所長と副所長
――四月一二日。
十月風成が本条啓子に『神戸特区能力所』へと連れられ、お手洗いを済ませた後の話である。
現在、本能力所の副所長である水菜瑠那と共に所長が待っているという集会所に向かっていた。
「所長ってどんな人?」
風成はおもむろに言うと、
「んー」
彼の横を歩いている啓子は口ごもったが、二人の前にいる瑠那が「話してみれば分かるだろ。まぁ……良い人かな」と代わりに答える。後半は気恥ずかしそうに言いながら。
「ふーん、実在しているのかな」
「いや、いるから、瑠那さんの前で変なこと言わないで恥ずかしいから」
啓子は風成の横腹をど突こうとするが、彼は難なく避けて「止まって見えるぞ」と煽った。すると少女はむむっと口を真一文字に結ぶ。
「お前達、本当に仲が良いな」
と二人の様子をみた瑠那が言う。
「いや、仲良くないですから」
啓子は副所長が言ったことに反対する。
「いや、俺は良いと思うぞ」
「うっさい」
「怒ってばっかだな、俺の見立てによるとカルシウム不足と思われ」
「あっそ」
「冷たっ」
風成と啓子が言い合っていると何時の間にか集会所の前まで到達していた。
集会所は四〇平方メートルある部屋で丸テーブルと四脚の椅子のセットが幾つか置いてある。また、集会所の入り口から真向かいにある壁に三〇〇インチの巨大モニターが取り付けられている。また、部屋はキッチンと隣接している。
集会所の中に入った風成は二人の人間がいることを確認した。
一人は入り口近くの丸テーブルに着いている制服を着た茶髪の男子高校生、他方は端っこのテーブルに突っ伏して寝ている金髪の少年。
茶髪の男子高校生に近づいた瑠那は口を開く。
「彼がこの能力所の所長、楠瞬也だ」
瞬也は高校生であり、瑠那と同年齢でもある。彼はワイシャツの上に黒色のベストを着て、黒を基調としたモノトーンチェックのズボンを履いていた。
ミディアムショートヘアの茶髪で爽やかな顔立ちをしているものの風成は何処にでもいそうな高校生という印象を受けた。平たく言うと凡庸な雰囲気だ。
「君が風成だな、よろしく頼む。どうぞ座ってくれ」
「宜しくお願いします……なんか所長って聞いたから六〇代ぐらいの方かと思いましたよ」
瞬也が着席を促したので風成は席に着く。
「能力者自体、日本に現れてから五〇年も経ってないからな、能力所の所長は意外と若い人が多いんじゃないかな?」
「ほーーへーー」
風成が気の抜けた返事をすると啓子が注意するように視線を送るが、彼はチラッと目線を合わせただけだった。
風成に次いで、啓子、瑠那が席に着いたのを把握すると所長は口を開く。
「まず礼を言うよ、啓子君を助けてくれてありがとう」
「いえいえ、人を助けてしまう質なんで、また人を救ってしまった。ただそれだです」
風成は威風堂々と言う。
「素晴らしいな、何時も人助けをしているのか」
「瞬也さん騙されないで、こいつ今ふざけてるから」
と啓子が口を挟む。
「そうなのか風成」
「ええ」
「「おい」」
啓子と瞬也が同時に言葉を発する。
それから、風成と啓子が通っている学校の事や普段何をしているかなど取り留めのない会話をしていると瑠那は自身の前髪を整えてから瞬也に向けて喋り始める。
「啓子の言ったとおりの子だろ」
「確かに掴み所がないな。だが悪い子ではなさそうだ」
「にしても瞬也、今日、学校から帰ってくるのが早くないか」
「用事があったんだ」
「学校を早退して漫画の新刊を買うことが用事か?」
「うっ……知っているのか。TENPICEが良いところでな……ついつい」
と言って、瞬也はバツが悪そうにした。
「言い訳にもならないな」
「すいません」
「周りの者に示しがつかないぞ」
「あ、はい」
瑠那に気圧される所長。
「いつもこんな感じなの?」
二人の様子を見て風成が啓子に尋ねた。
「瑠那さん、しっかりしてるから」
「いや、瞬也さんの方」
「マイペースなところはあるけど、基本的には真面目な人よ」
「俺より?」
啓子は笑顔で「は?」と威圧した。暗にお前は何を言ってるんだと訴えていた。
「怒るなって、やっぱカルシウムが不足してるのかなー」
「ぐっ……ほんと、腹立つ」
風成の飄々とした感じに啓子はむっとする。
「今のは俺のせいなんだけどな」
「自覚あるんかい」
「ってかあいつの所に行っていい?」
風成は端っこのテーブルで突っ伏している、金髪の少年を指差す。興味本位の行動である。
すると瞬也は風成の発言を聞いていたのか、
「話は終わりだから今日のところは自由に過ごしてくれ、それとあの子も君と同い年だから仲良くしてくれ、じゃあ」
と言い終わると同時にその場を去る。
「あ、おい! 逃げやがった……今日の晩飯何がいいか聞きたかったのに……はぁ……」
と瑠那は名残惜しそうに呟いて口を尖らせた。そして、瞬也の背中をしばらく見ると、後追いかけて行った。
「瑠那さんって瞬也さんのこと好きなの?」
「え? なんで?」
瑠那の呟きを聞いた風成は啓子に疑問をぶつけていた。
「んー、なんとなく。そんな気がした」
些細な事だが所長が去って行った後の彼女の様子が気になっていた。
「あんまり、そんな話聞いたことないけど」
「案外、本条って鈍感なのかもな」
「確かに私はあんたより五感が鈍いわよ。肉体強化の能力で五感が良くなるとか聞いたことないけど」
「いや……そういうことじゃないんだが……初めてお前に呆れたかもしれない」
そんなこと言われると思ってなかったのか、啓子は風成の服を掴んで揺らしながら「それってどいうことよ。ねぇ! ちょっと呆れないでよ」と珍しくしおらしくなった。
なお、風成は少女に構わず金髪の少年の方に向かって歩き始めた。
「金髪君の所に行くぞ」
「ちょっと待って……ってか金髪君ってなによ」
文句を言いながらも啓子は風成の後を付いて行った。