第1話:くノ一JKと敵対忍者の襲撃
「……こら、のえる! 講義の間は居眠り厳禁だと、何度言えば気が済むんじゃあ!」
「いった!」
夢の中でイケメンな王子様と、騎士団長の息子で公爵家のワイルドな長男と、才能あふれる平民の中性的な少年に求婚されていたら、パァンッ! という衝撃が頭に走り目を覚まされた。
目の前にはハリセンを携えた気難しそうな年寄りが一人。
じーちゃんだ。
ここは我が家の一角にあるだだっ広い修行場。私は真ん中でポツンと座り、朝から忍者のつまらない講義を正座で受けさせられていた。
最悪な寝起きに気分が沈む中、なおもじーちゃんは叫ぶ。
「こんの、愚か者ぉ! なんでお前は昔からやる気がないんじゃ! 名門忍者たる龍渡家の自覚があるのかぁ!」
「じーちゃん、今年で八十五でしょ。そんな騒いだらぽっくり逝っちゃうよ?」
年寄りのハイテンションにちょっとうんざりしながら言ったら、プルプルプルとじーちゃんの身体が震え出した。
……まずい。
「忍びは毎日の修行が大事だと何回言えばわかるのだ! それと、ワシのことはお師匠様と呼べと言っとるだろうがぁ!」
「うわぁっ! ちょっとやめてよ、じーちゃん! 危ないから!」
四方八方から手裏剣が飛んでくる。悲しいことに、これが私の日常だった。
龍渡のえる、JK二年の十六歳。それが私のプロフィールだ。黒髪黒目の普通のJK(……顔も並み)。本来なら恋愛や勉強に部活、青春の真っ只中にいるはずだ。
――それなのに、生まれが全ての計画をおじゃんにした。
名門忍者、龍渡家の末裔として生まれてしまったのだ。我が家は一人っ子なこともあり、後を継ぐため物心ついたときからずっと忍びの修行をさせられている。
私の意志に反して!
大事なことだからもう一度言うけど、私の意志に反して!
このご時世に忍者ってなんだし。我が家の周りだけ、戦国時代で時が止まっている。ずっと言いたかったけど、忍者の末裔のくせに“のえる”って異国っぽい名前をつける両親のセンスだってどうなんだ。
じーちゃんはさらに眉間に皺を寄せると、厳しい口調で言った。
「いいか、のえる。よく聞け。虎渡忍者が龍渡家への大々的な戦を仕掛けているという情報が入った。絶対に気を抜くんじゃないぞ」
「はぁ……」
龍渡家と虎渡家。
どうやら、この二つが忍者界の二大派閥で、遠く戦国時代から血で血を洗う戦いを繰り広げていると聞いた(ちなみに、我が家は本家)。とはいえ、実際のところ忍者なんて家の人以外に見たことない。そもそも、SNSでバズってるはずでしょ。
早く修行終わんないかな~と思っていたら、じーちゃんの目がギンッ! ときつくなった。
「のえる! 貴様は胆力がないからそんなに腑抜けておるのだ! 忍術には胆力の訓練が大事だと、ぬわぁんども言っとるだろうがぁ!」
「ちゃんとやってるよ!」
「信じられるかぁ!」
一応嫌がりつつも修行はやってきたので、私も基本的な忍術は一通り使える。火を吹いたり、水の上を走ったり……。忍術は胆力を使って発動するので、その訓練も積んだ。
でも、諸々限界だった。私は普通の生活を送りたい。
「もういい、今日の修行は終わり! さよなら!」
ポケットに忍ばせた煙玉を地面に叩きつけ、すぐさま深草徒歩で戦線離脱する。
「コラ、のえる! どこに行く!? まだ修行は終わっとらんぞぉー!」
イヤイヤながらも、修行はちゃんとこなしていたからね。現役を引退して久しいじーちゃんをまくくらいなら造作もない。
家を出て、とりあえず近くの森林公園に退避する。適当なベンチに座ると、生き甲斐の乙女ゲームを起動した。
――『アリストール魔法学院は恋の庭』。
タイトル名は少々色ボケしている気もするけど、まぁ正統派の乙女ゲームだ。舞台はみんな大好き中世ヨーロッパ風の世界。プレイヤーは平民出身にも拘らず、聖女の再来と言われるほどに強い聖属性の魔力を持っている。魔法の勉強をする学院で、貴族に混じって学校生活を送るのだ。全年齢向けなので、別に刺激の強い展開は特にない。恋愛シーンもバトルシーンもそれなりだ。
いわゆる普っ通ーの乙女ゲームではあるけれど、日常的に手裏剣の練習だとか、吹き矢の修行だとかをさせられている私には刺激が強すぎた。リアルで青春を送れないから、二次元の世界で青春を送る。なんとも暗い高校生活を送っているのが、私こと龍渡のえるだった。
打ち込みオーケストラのBGMが鳴り、画面の端からイケメンたちが顔を出す。
――金髪サラサラヘアーの正統派王子様タイプ、ブレッド・アリストール。王国の第一王子。
――赤髪で目つきが鋭い強面タイプ、アンガー・レシピエント。代々騎士団長を務める三大公爵、レシピエント家の跡取り息子。
――青髪で中性的な庇護欲をそそうタイプ、カルム・トランクイル。主人公以外で唯一の平民出身で、天才的な魔法の素質持ち。
まぁ、正直なところこいつらはおまけだった。ゲームの目玉なんだろうけど、それよりもファンタジーな学校生活が楽しかった。魔法試験があったり、魔石の採取があったり、お昼休みに攻略対象とお喋りしたり……本当に他愛もない日々だ。でも、忍びの“し”の字すら出てこない。
忍者とは無縁な完全なる青春の日々……。
――私もこんな学校生活送りたかった。
とは思ったものの、一応お気に入りのキャラはいる。
――悪役令嬢、ノエル・ヴィラニール。
三大公爵ヴィラニール家の跡取り娘で、主人公の恋路を邪魔してくる悪役だ。暗黒のように黒い髪と深淵のように黒い瞳、笑うだけで赤ちゃんを泣かしそうな凶悪面。プロフィールには“生粋の悪役令嬢”と銘打たれていた。元々、自分の名前と一緒だし妙な親近感を抱いていた。
でも、何より自分の欲求に忠実なところが良かった。主人公に想い人を取られまいと必死に妨害、想い人に振り向いてもらおうと懸命にアピール……。傍から見るとただの迷惑行為なんだけど、私もこれくらい自分に素直になれたらなぁ……と思っていたのだ。まぁ、ノエルは悪事のせいで、全エンドで家族もろともギロチン処刑されるんだけどね。
さて、そろそろ帰るかな。じーちゃんもうるさいし。
「龍渡のえるだな」
「え?」
よっこいしょと立ち上がったら、周りを黒づくめの人間達に囲まれていた。み、みんな、見たことのある衣装を着ている。……忍び装束だ。
「我らは虎渡家。龍渡家の末裔である貴様を殺しに来た」
「え? と、虎渡?」
顔はほとんど布で隠され目しか見えないけど、彼らの瞳は不気味なほど冷たかった。え? え? コスプレじゃないの? というか、忍者って本当にいたの? とっさの出来事にひどく混乱する。
「死ね」
「うっ……!」
こんなときこそ忍術を使えばいいものを、実戦経験がまるでない私には何もできなかった。笑っちゃうくらいあっさりとお腹にクナイを刺された。感じちゃいけないところまで痛みを感じる。音もなく地面に倒れ辛うじて辺りを見回すと、すでに虎渡忍者たちは姿を消している。なるほど、さすがはプロの忍者だ。これではバズるはずもない。
視界の隅っこでは、スマホの画面から悪役令嬢がなんか言っている。そうだ、アプリつけたままだった。通信料が……。死の手前だというのに、最後に考えたのはどうでもいいことだった。
体が冷たくなりどんどん目の前が暗くなる。
「死んじゃうんだ、私……」
じーちゃん、ごめん……忍者いたわ。
そして、私は死んだ。