生まれ持った唾棄すべき才能
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「イスズズの言っていた転送魔法陣を確認しておいた方がいいか」
「そうね」
イスズズが伝えてくれたことを無駄にしないためにも、俺たちは感傷に浸るよりも先に進まなければならない。
私とリントウは死力を尽くし、お互いぼろぼろであったが、ゆっくりと戦いの余波で半壊してしまった神殿の奥へと進んでいく。
すると祭壇のような場所で盛り上がった台座を発見。
近づいてみると、人間三人程度が乗れる大きさの台座に、私の知らない術式の魔法陣が描かれていた。
「これが転送魔方陣のようね」
あらためて考えると、条件付きとはいえ人を転送させる魔方陣というのは物凄い代物だ。
カンドーシアの魔法技術水準は相当に高いのだろう。
「ん? 俺には霧で何も見えないが……」
考察に入ろうとしていると、リントウが怪訝な顔で台座を見つめていた。
――というか。
「え?」
霧など全く視えないのだが……
話が噛み合っていない事実に得体の知れない気味の悪さを感じる。
「あ!」
私が訝っていると、いつの間にかリントウが台座の上に飛び乗ってしまった。
「どうしたシャミナ?」
「ちょ、何やっているのよ!」
私は慌ててリントウの手を引き、彼を台座から降ろす。
幸いなことにリントウは転送されずに済んだ。よかった。
いえ、そうじゃない。
「今、魔法陣に乗っても何も起こらなかったわね」
転送魔方陣に乗ったにもかかわらず、転送されなかったという事実、ちっともよくない。
「シャミナ、魔法陣なんてどこにも見当たらないぞ?」
リントウが首を傾げる。
まさか、この期に及んでふざけているわけではないだろう。
とすると……
「ちょっと見せてもらうわよ」
悪寒が全身を駆け巡る中、私はリントウに近づく。
そして呪印が刻まれているはずの左首筋に凝然と見入った。
「ん、どうした?」
「呪印が消えている……」
外の世界へ赴くための通行証である、首筋に刻まれたはず呪いがなくなっていた。
目をしばたかせ何度も確認するが、見間違いではなく、リントウの首に付されていた呪印がさっぱり消えている。
一方で、自分の胸元にはしっかりと呪いの通行証が刻まれていた。
「どういうことだ?」
「分からない、こっちが聞きたいくらい!」
まさかの出来事に頭が真っ白になる。
なぜリントウの呪印だけが消えてしまっているのだろうか?
「やかましいぞ、お前たち」
動揺していると、背後から聞きなれた声が。
振り返ると顔や身体に無数の傷を作ったレッシュと、無傷のアリスの姿が目に入る。
「無事だったみたいだな」
呑気に手を挙げ、戻ってきたレッシュたちに応じるリントウ。
彼はまだ事の重大さを理解していないのだろうか?
「レッシュ、いきなりですまないのだけど……」
私はかいつまんでレッシュに事情を説明。
呪いの力を扱う彼ならば、この呪印について何か知っているかもしれない。
「印を見せてみろ」
言われた通り、呪剣士たるレッシュに胸元を晒す。
「ふむ。この十二の線が時間と共に一本ずつ消えていき、全て消失した時、呪いを刻まれたものは死に至るのだな?」
「ええ、イスズズはそう言っていたわ。それに彼女自身の呪印も線がほとんど消えていた」
イスズズの呪印は縦の線が一本しかなく、色も薄くなっていた。
「ふむ、私の知らない呪いだ」
「そう」
淡い期待が打ち砕かれ、落胆が声に出てしまう。
「ひとまず街に戻るぞ。この場に留まっていてもどうにもなるまい」
「わかったわ」
レッシュの指示に従い、私たちはヨモスグルムへと戻ることにした。
家に到着した私は、あらためて呪印について自分が知っていることをレッシュに報告する。
「その呪印とやらが外界への通行証であり、かつ刻まれた者の命を蝕むという呪いか。――なるほど、呪術の基本である代償契約の法則は守られているのだな」
椅子に腰かけるレッシュが、お医者さんのように症状を聞いて呪いを分析していく。
「身体に何か異常は?」
「ないわ」
不安から無意識にリントウの姿を探してしまう。彼は腕組みをし、私の傍で静かに話を聞いていた。
「まずリントウだけ呪いが消えてしまった件については、私なりの推測がある。聞くか?」
目を伏せ、考え事をしていたレッシュがふと顔をあげた。視線は私からリントウへと向けられている。
「教えてくれ」
すぐに返事をするリントウ。彼の眼はいつになく真剣だった。
「お前は精霊との相性が悪く、契約が出来ず魔法が使えない。その代りに、一部の魔法に対する抵抗力がすこぶる高かったな」
「ああ」
首肯するリントウ。
事実、彼は対象者の身体に異常を齎す毒、麻痺、混乱などの身体異常系魔法への耐性が並はずれていた。
「この呪印も、この世界とは異なる系統かもしれないが、魔法の一種だと考えられよう」
「たしかに」
ここまでの説明で、私はレッシュが何を言わんとしていることに気が付いた。
「とすると、この呪いという身体に異常を催す魔法にも、リントウの身体が無意識に抵抗し、跳ねのけてしまったという一つの仮説が成り立つ」
「俺の体質が、勝手に呪印を消し去ったってことか」
レッシュの仮説を聞いたリントウが噛み砕いて言葉を要約。
盲点だった。まさかリントウの体質が、未知の魔法である呪印すらも無効化してしまうとは。
なんとも皮肉なことに、未知の世界カンドーシアへ最も行きたがっていたはずのリントウが、生まれもっての体質というある種の運命によって弾かれてしまったのだ。
もしいるならば、神様なんてろくなものではないと思う。
「まあ、そういうことだ」
説明を終えたレッシュが険しい顔でリントウを見つめる。
「なるほど、言われてみると腑に落ちるな。で、シャミナの呪いを解く方法は?」
鋭い視線を受け取ったリントウが、真摯な眼差しをレッシュに返し、質問。
「私にも分からない。故に、この世界の誰もが分からないだろう」
レッシュは目を逸らすことなく、リントウを見つめ答えを返した。
言いづらいであろうとこをはっきり告げるのも、彼なりの誠意なのだろう。
「つまり呪いを解くには、イスズズの言った通り外界に行って解呪の方法を自力で見つけるしかないのか」
「それが私の結論だ」
「……」
示された厳しい現実に、言葉が出ない。
「でも、外界に行けるのはシャミナだけなのでしょう?」
傍観者であったアリスがふと口を開き沈黙を破る。
「ええ」
そして彼女の言葉が私の胸に重くのしかかる。
カンドーシアへはリントウと私の二人で行くものだと思っていたのに、まさかこんなことになってしまうとは……




