非常線抜刀一閃
「グルアアアアアッ!」
重く鋭い爪撃が嵐の如く怒涛の勢いで繰り出される。
俺は猛烈な連打を受け止めるのではなく、逸らし、受け流すことによって捌こうと試みる。
が、流しきれなかった爪が頬を掠め血が滲んでいく。さらに戦闘衣が裂け、脇腹からも出血。
細かな傷がみるみる増えていくが、幸いなことに致命傷とよべるほどの深手をくらうにはいたらない。
――――まだまだやれる!
俺は傷つきながらも、虎視眈々と隙を狙う。
そろそろ相棒が何かやってくるはず。
「リントウ、壁!」
待ちかねていると、想いが届きシャミナから指示がやってきた。
俺は瞬時に意図を察し、大きく飛び退く。
獣人も前に飛んで俺に追い縋ろうとするも、突如目の前に石の壁が出現。急停止する間もなく現れた石壁にぶつかってしまう。
「よし!」
咄嗟の連携が上手くいったことに思わず声が出る。
俺の飛び退きに合わせ、シャミナが予め準備していた土系石魔法《石壁隆起》を発動させたことにより、追い縋ろうとしていた獣人は突然現れた石壁に激突してしまったのだ。
息の合った連係が決まった!
同時に直接魔法で攻撃すると結界が作用するが、不意に当てる分には問題ないということも分かった。
「グオオオオォ!」
怒りの雄叫びが再び俺の耳をつんざく。
埒外の攻撃を身に受け激昂したのだろう。
壁の向こうの獣人の心情を察していると。
重苦しい衝撃音が響いていく。
「!」
言い知れぬ寒気を感じた俺は、直感に従い大きく横っ飛び。
同時に厚い石の壁をぶちかましで粉砕する獣人の姿が視界の隅に映った。
「力技にもほどがあるだろう!」
体当たりを辛うじて避けた俺は、前につんのめり隙が出来た獣人の横合いから太刀を浴びせる。
気合いの入った俺の斬撃は、鋼鉄を誇る獣人の皮膚を裂き、左肩から腕へと大きな傷を拵えた。
手強い相手だが、俺とシャミナの二人なら勝てない相手ではなさそうだ。
確かな手応えに勝利を確信する俺。
「な⁉」
しかしながらその矢先――――黒宝珠がいきなり輝き始めると獣人の傷をたちどころに治してしまった。
「そんなのありかい!」
たまらずに不満がこぼれる。
獣人だけでも厄介なのに、あの宝珠が結界や回復の補助をすることによって、洒落にならない状況になっている。
この出鱈目に強い相手を倒すにはどうしたらよいか?
久々の危機に頭を回転させ考える。
出た答えは、
「ともかく頑張ってみるしかないか!」
気合いで踏ん張るという、至極単純なものだった
やるべきことが決まった俺は立ち上がった獣人と再び対峙。
爪の襲撃に備えて目を光らせていると、突然獣人の口が開いた。
また雄叫がくるのかと予想し、大音声に虚を突かれないよう意識。
あの咆哮は急に来ると萎縮してしまうが、事前に来る可能性を考慮しておけば身体が竦むこともないだろう。
「ハッ!」
俺の予想は外れ、獣人の口から発せられたのは大音ではなく石の礫だった。
「シャミナ!」
しかも最悪なことに狙いは俺ではなく後ろにいるシャミナ。
思わず叫んで後ろを振り向く。
次の魔法を発動しようと、魔法組成式を紡いでいたシャミナが虚を突かれ目を見開く。
まさか獣人自体が魔法を使ってくるとは。
しかも難易度の高い、組成式なしで発動する超速攻型魔法だ。
――――無事でいてくれ!
「ふん、また一つ。貸しが出来たな」
無数の礫を、レッシュが生み出す無数の剣閃が相殺していく。
シャミナの前に立ちはだかり、獣人の魔法を防いだのは頼れる好敵手こと呪剣士レッシュだった。
「リントウよ。私は敵の強さを見くびっていたらしい。その獣ビトは極上の怪物と断ずるに相応しい力を持っている。多数で迎え撃つ価値のある相手だ」
レッシュは獣人に対する評価を修正。迂遠な言い回しではあるが、共闘する姿勢を示した。
「ああ、一緒にやろう」
俺は獣人から飛び退き、態勢を整える。
「援護しろ、私が前に出る!」
一旦下がった俺に代わり、アゾット剣を握るレッシュが疾走、獣人へと向かっていく。
「獣ビトよ、剣技というものを教えてやろう」
「グルル!」
実直な剛腕としなやかな柔剣が激突。
レッシュは半身になって突きを主体とした攻撃を繰り出す。
そして獣人の重い一撃を巧みな剣捌きで逸らし、時には華麗な体捌きも駆使して躱す。
猛牛をあしらう闘牛士のように鮮やかな身のこなしだった。
俺はレッシュの戦いぶりに瞠目しつつも、銅指輪をダマスカスハウルに重ね長筒を生成。
プラーナを筒へと注ぎ込みレッシュの邪魔にならないように援護しようと位置を取る。
「リントウ、援護するわ!」
声と共にシャミナの風魔法《風刃付加》が発動。長筒に風の加護が付される。
俺は狙いを定め、引き鉄を引き手裏剣を発射。
風魔法によって切れ味の増した回転する刃が、レッシュとの近接戦に没頭している獣人になんなく当たり突き刺さった。
やはり直接魔法が通じなくても、間接的になら魔法の力は活かせるようだ。
そして、手裏剣による浅い傷でも積み重ねれば痛手に成り得るはず。
そう判断した俺は、無防備な相手に向かってここぞとばかりに手裏剣を連射連射連射。
夥しい数の手裏剣が獣人に刺さり、肌が血の赤色に染まっていく。
と、獣人の周りを浮遊する黒宝珠が不気味に黒く光った。
宝珠の黒い光が獣人の身体を包みこんでいくと、刺さっていた手裏剣が地面に落ち無数の傷口をたちまち治してしまう。
「っつ。またか」
獣人も強いが、この宝珠の力が恐ろしい。
シャミナの魔法を無効化するだけでなく、傷もたちどころに治してしまう。
防御と治療を一手に引き受ける不気味な黒宝珠は、ひょっとしたら獣人以上に厄介な存在なのかもしれない。
だが、いくらなんでも無限に治癒を出来るとも思えない。
「このまま押し切ろう!」
故に、長期戦は免れずとも、このまま三対一という数の有利を活かし、着実に傷を与えていくことが勝利への道と判断した。




