人から獣へ
何故なら俺の剣での斬りおろしは、獅子男の左拳で防がれていたのだ。
本来ならば、素手である獅子男が銀の刃を防御出来るはずがない。
が、この人外じみた男は、それをやってのけた。
驚愕する俺の前に、刃をも防ぐ獅子男の右鋼鉄拳が繰り出される。
飛び退いて緊急回避すると、謬という風切りの音が耳に残った。
「むっ」
不意のこととはいえ、一歩退かされてしまった。
俺は考えを改め、目の前の相手は人を超えた超常の存在であると認識。
左手の鉄指輪を外し、すぐに盾を生成。剣と盾を油断無く構え、手強い怪物と対峙する姿勢をとる。
睨みあう俺と超人。
「リントウよ、その男は尋常でない力を備えているようだが、私の見立てでは一応は人のようだ。そして同じ人間相手に多勢無勢は主義に合わん。まずはお前が一人で相手をしろ」
背後からレッシュの声。
正々堂々を重んじる騎士道を好む、彼らしい考えだ。
なんであれ、信念を持っているのは良いと思う。
であるが故に、俺の信念である不退転をここでも曲げるわけにはいかない。
「任せろ!」
後ろのレッシュに応えた俺は、剣と盾を構えてじりじり敵との距離を詰めていく。
「安心しろ、もしお前が負けてしまった時は私が代わりに相手をしてや――ぶほ」
続くレッシュの言葉は、途中で止まってしまった。おそらくシャミナが彼を小突いたのだろう。
「リントウ! 援護するからもうしばらく持ちこたえて」
俺は超人に攻撃を仕掛けることで、相棒の声に応える。
剣と拳が重なり、拳と盾が弾ける。
重い衝撃が盾から身体へと伝播し、拳の威力を盾ごしに感じ取る。
やはりこいつの拳は凶器だ。
素手の攻撃は、速さはあっても威力に劣ると思っていたのだが、この超人の場合はそうではないらしい。
速さはもとより威力まである。
相手として申し分のない強さだ。
事実として、俺は今防戦一方となっていた。
荒削りだが、速さと硬さと力強さを兼ね備えた攻撃は類を見ないものであり、うまく捌ききれないのだ。
だが、今はそれでいい。
遠からず攻める機会はやってくる。
――――――なぜならこちらにはシャミナがいる!
「リントウ! 下がって!」
相棒の声を聞いた刹那、俺は大きく飛び退く。
すると超人の足元から氷が発生。氷が逞しい身体を下から上へと包み込んでいく。
シャミナの水系氷魔法《氷結(ヨ―)霜包》が発動したのだ。
狙った対象の身体を足元から全身を凍らせていく。
「さすがシャミナ」
氷結霜包が見事に極まり形勢は逆転。
あとは身動きの取れなくなった超人を両断すればおしまいだ。
「二対一で卑怯と思うかもしれないが、俺とシャミナは二人で一人みたいなものだ。悪く思うなよ」
俺は氷漬けにされた超人に近づいていき、氷ごと身体を両断すべく振り上げた剣を勢いよく斬り下す。
「なんっ⁉」
が、超人を切断するはずだった俺の剣は、氷棺を破って出た両手の平に挟まれ止められてしまった。
氷漬けの状態を力で打ち破り、必殺の剣を白刃取るという人外の所業に驚愕。
俺はすぐに超人の手の平から刃を引き抜き、再度斬りつけ――――ようとしたところで、
「グオオオオオオ!」
超人の轟く咆哮が耳朶をつんざいた。
特大の音に身体が硬直する俺。超人を拘束していた氷も、ガラスを鎚で砕いたかのように粉々に砕け散っていく。
怒れる獅子の瞋恚の瞳が俺を見据えと、 超人の筋肉が隆起し顔つきに変化が。
口元から鋭い牙が生え、眼光は獣さながらの野生を帯びていく。
さらに手足の指先からは鋭利な爪が伸び始め、素肌が黄金の毛皮に覆われていく。
人を超越していた存在は、獣のような人へと姿を変えていった。
「世の中はまだまだ広いな」
そんな場合ではないと分かっているにもかかわらず、俺は好奇心を掻きたてる未知の存在に心が躍ってしまうのを自覚。
どう足掻いても、冒険者としての本性は隠せないらしい。
「ガアアアアアアッ!」
身長二メーテルはあろう獣人が俺を見下ろす。
獣じみた眼光が俺を射すくめる。
と、
突然 獣人の影法師が浮き上がり、黒い塊が宙に浮いた。
そして黒い固まりは瞬く間に圧縮されて握りこぶし程の球体となった。
レッシュのように、飛ばして攻撃するつもりだろうか?
変身する敵は初めてなので、どんな手札を隠しているのか見当もつかない。が、たった一つだけ分かっていることがある。それは、
――間違いなくさっきよりも強いということ。
粟立つ己の肌がそう教えてくれた。
「リントウ!」
突然シャミナが叫んだ。
俺は相棒の声に反応し、すぐさま横に跳ねつつ後ろを確認。
変身の空白を好機ととらえたシャミナが、出の早い速攻魔法を放ったと思ったからだ。
予想は的中。
シャミナの紡いだ火魔法《赤炎球撃》がぽつねんと佇む獣人に放たれる――同時に、獣人の傍を漂う黒い宝珠がうっすら輝いた。
燃え盛る火の玉が獣人に迫る。
着弾したと思いきや、見えない壁に阻まれ、当たる寸前で青白い光を放ち火の玉は消失してしまう。
「うそ、こいつ結界持ちなの⁉」
まさかの事態に驚愕するシャミナ。
魔法の威力を減衰し、低位のものだと無効化する防御術である結界。
竜などの高位怪物がたまに持ち合わせている能力で、魔法を使うシャミナの天敵とも言ってよい力だ。
見たところ、獣人というよりは黒玉の方が魔法を防いだのだろう。
「シャミナ、こいつは高位竜並みの相手だ!」
今の攻撃はそれが分かっただけでもよしとしよう。
相手の戦力は、過去の対戦相手の中でも最大級であると認識。
「でも俺たちなら勝てる!」
俺は少なからず動揺しているだろう相棒を鼓舞しておく。
シャミナならたとえ魔法に強い耐性を持つ、自分の苦手な相手であれ、対応できると信じている。
「分かった!」
「グルルッ!」
低く唸った獣人が俺に向かって突進。弧を描く腕から爪撃が振るわれる。
俺は飛燕の如く迫る鍵爪を盾で受け止める。
「ぬぬっ」
爪の切っ先が、槌の如き重圧で盾に押し付けられる。
尋常ではない腕力。怪物以上の力に晒され、踏みしめる足が大地に食い込む。
盾の向きを変え、相手の力を逸らして獣人の爪から回避。
真っ向からの力勝負を止め、人間らしく磨き上げた技を以てこの異形に挑むと心に決める。
想像し模倣すべきは、レッシュの華麗な剣捌きだ。




