人ならざるもの
街道に突入し、通りに沿ってひた走る。
手入れの届いていた路が、進んでいくうちに野放図に生えた草がちらほらと目立つようになってきた。
さらに先へと進んでいく。
すると、饐えた血の匂いが微かに鼻につき始める。
さらに走っていくと、大小様々な穴が大地に穿たれているのを発見。
「近づいてきたな」
レッシュが移り変わる景色を目にし、感想を漏らす。
戦闘の傷跡が色濃くなってゆき、標的はそう遠くないだろうと俺も判断。
「誰か居るぞ」
こちらに向かって走り寄ってくる人を発見。
「助けてくれ!」
息も絶え絶えになって助けを求めてきたのは、ジョイルと名乗る冒険者だった。
ジョイルの着ている戦闘衣には大量の血が滲んでいる。
「化け物みたいな奴がこの先に! 早く逃げないと! うう」
大声で捲し立てるジョイルが傷の痛みで呻く。
「落ち着け、この先に敵がいるのだな?」
「ああ。早く逃げないとお前たちも危ないぞ」
震えるジョイルの顔には怯えが色濃く映っていた。
彼の言う化け物に、戦う意思を根こそぎ奪われてしまったようだ。
「どうやら敵は近いらしい。いくぞ、リントウ」
恐怖に竦むジョイルの姿見つめる銀眼には優しさがあった。
「ああ」
元より危険と隣合わせの冒険者。その彼が戦意喪失するほどの相手がこの先で待っているらしい。
「おい、あんたら行くつもりなのか?」
己の忠告に耳を貸さない俺たちに驚くジョイル。
「そのつもりだ」
此処まで来たのは、近くにいる災厄を鎮めるためだ。
「悪いことは言わない逃げた方が良い。でないと俺みたいになるぞ。いや、死ぬぞ!」
極限の精神状態でも他人の心配をするジョイルは善人なのだろう。
蛮勇を止めるべく俺たちを説得しようとしている。
「アリス、彼を治癒してやってくれ」
レッシュが弱者を尊ぶ慈しみの顔でジョイルを見つめる。
「わかったわ」
平淡な声で返事をしたアリスが、小さなウサギのぬいぐるみを懐から取り出す。
すると、ウサギがアリスの命令に従い治癒術式を発動。
柔らかな光が負傷したジョイルの身体を包んでいく。
「ジョイルよ。私は誇り高きラマナス家の当主である。逃げることなどありえないのだ」
騎士が領民に声を掛けるように、レッシュがジョイルを諭す。
「あんたたち、もしかして呪剣士レッシュと魔女アリスかい⁉」
会話の中で、目の前の男が何者であるか気が付いたらしく、ジョイルの顔に驚きが浮かぶ。
「そうだ。そして無法のリントウと錬金術師シャミナも此処にいる」
レッシュが安心しろとばかりに俺とシャミナのことも紹介する。
驚きが重なり、ジョイルの口があんぐり開く。
「頼む、仲間がやられたんだ。貴方たちで、奴をやっつけてくれ」
愕然としていたジョイルは、それまでとうって変って、撤退から討伐へと願いを変えた。
「ふん、げんきんなやつめ。安心しろ、強者の務めは果たしてくる」
不器用に微笑み、レッシュが己の胸を叩く。
彼なりに仲間を失ってしまったというジョイルを励ましているのだろう。
「ああ、全霊は尽くすよ」
俺はレッシュのような大仰な言い方は出来ないが、やれることはやると告げた。
頼まれごとがまた一つ増えてしまった。
既に背負いきれないほど、たくさんの希望や願いを託されているのに。
故に、今度の願いは早く叶えてあげて、楽になりたいところだ。
俺たちはジョイルの願いを聞き、先へと向かうことにした。
血の匂いが濃くなり、地に伏して動かなくなっている人間の姿が幾つか見え始める。
惨劇の後を目にし、空気が張りつめていく。
「レッシュ」
俺は立ち止まり、隣に向かって声を掛ける。
「ああ」
レッシュは短く答える。
俺たちの前に映るのは、無防備に空を仰ぐ人の形をした何者か。
超然とした佇まいの人らしきものは、尋常ならざる圧を周囲に放っていた。
初めて会うので、こいつが何者かは分からない。
――――だが俺の勘が告げている。
「あいつが敵だな」
「そうであろうな」
人の形をした者が空から正面、正面から俺たちの方へ向き直り、目を見開いた。
猫目で橙黄色の瞳が俺たちを睨みつける。
併せて獅子の鬣を想起させる逆巻く茶色の髪が揺らめく。
よく見ると、野性味に溢れた男の手は血に塗れていた。
「イスズズ様をどうするつもりだ!」
大声で叫ぶ獅子男。
「あんた、何者だ?」
俺は警戒を強めながらも、対話を試みる。
もしも意思の疎通が可能ならば、闘う以外にも選択肢が出てくる。
「私は愚かな人間の敵だ!」
俺の問いに返されたのは憤怒の顔と猛る声。
理由は分からないが、獅子男の目は鋭角に吊り上がっており、怒りに燃えているのが分かった。
状況から察するに、あの獅子男が何人もの冒険者の命を奪ったと考えるべきだろう。
そしてこちらに向けられた剥き出しの敵意から想像するに、俺たちの命も狙っていると想定するべきだ。
――――その通りと言わんばかりに、獅子男が真っ直ぐ突っ込んできた。
「シャミナ、下がって!」
思った通りの展開になったことで、俺は四人の中で誰よりも素早く獅子男の動きに対応。
疾走し、相手の突撃に真っ向から突っ込んでいく。
人間離れした速度で地を駆る獅子男に、俺も全力の疾走で対抗。
お互いの距離が狭まってきたところで、銀指輪をダマスカスハウルに重ね片手剣を生成。
プラーナを注ぎ込み、剣身だけを極端に長くした長々剣を造りだす。
「せいっ!」
長さ三メーテルの刃を創造すると同時に突きを放つ。
思わぬ距離からの攻撃を獅子男は腕を交差させて防御。
貫くつもりで放った渾身の突きは、獅子男の腕に突き刺さったところで留まる。
――――硬い!
分厚い筋肉のせいなのか。はたまた皮膚自体の質がそうなのか。
理由は分からないが、思ったよりも遥かに獅子男の身体は頑強だった。
「グオオオオォ!」
咆哮した獅子男が剣の突き刺さった腕を顔の上に持ち上げ、そのまま強引に突っ込んでくる。
――――いくらなんでも野性味に溢れ過ぎだろう!
開いた口からは牙の如き鋭い犬歯が並んでいた。
大口が俺の肩に迫る。
獣さながらの噛み付きを、俺は伸ばした剣身を縮ませつつ横っ飛びで右に回避。
隙の出来た獅子男に真横から斬りつける。
「はあ⁉」
冗談だろう? という想いが思わず声に出てしまう。




