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友達の意味

「帰ってきた早々で悪いけど、ダマスカスハウル、貸してもらえる? 試してみたいことが幾つかあるのよ」


 早々に、シャミナが俺の左手に着けられている複合手甲を要求。


「はいよ」


 俺は手甲と四つのリングを外し彼女に手渡す。

 これから己が造った錬金武具の改良をするつもりなのだろう。

 つくづく勤勉な相棒だ。


「ご飯が出来たら呼びに行くよ」


 手甲を胸に抱え、工房へと向かおうとするシャミナにむかって声を掛ける。


「ええ。いつもありがとう」 


 俺の声に反応し振り向いたシャミナの顔が緩む。

 俺の方こそ、いつもありがとう。

 仕事に向かう相棒を、長々とこの場に留めてしまうのも悪いと思った俺は、心の中でお礼を述べておいた。


「さて、俺もやるか」


 シャミナを労うために、腕によりをかけてご飯を用意するとしようじゃないか。

 俺は台所で残っている食材を確認した後、意気揚々と足りない食材の買い出しに向かったのだった。


「リントウ、とりあえず喫緊の課題はクリアしたわよ」


 ひょいと銀指輪を摘みあげ、俺に見せつけるシャミナ。

 向かい側に座る彼女は、声を弾ませて嬉しさを表現していた。


「おお、やった! さすがシャミナだな」


 小麦麺を繰る手を止め、俺も喜びを示す。

 銀指輪から生成する片手剣について、問題点であった剣生成速度の維持とプラーナ需要限界量の上昇を両立させたらしい。


「新しい指輪の方はもう少し待っていてね」


 新たな力の象徴である新リングはまだお預けといったところか。


「待つさ、幾らでも。だからシャミナの納得いくまで実験してくれ」


 彼女の錬金術師としての矜持を尊重し、応援することが相棒である俺の役目だろう。


「ふふ、言われなくてもそうするわよ。リントウも私が凝り性だって知っているでしょう?」


 得意げな顔でシャミナがいたずらっぽく笑う。

 未知を探究し続ける錬金術師の通り名に恥じないことを示すように、彼女は物凄い執念を見せることがある。


「ああ、そうだな」


 もっとも彼女のそんなところが俺は好きなのだが……


「リントウの方は何か変わったことでもあったかな?」


 今度は話の矛先が俺に向けられる。


「む。そうだな、特に変わったことは――――あ」


 巻き戻って今日一日の出来事を回想していくと、朝にちょっとした出来事があったことを思い出した。


「ん? 何かあったの?」

「そんなにたいしたことではないが、レッシュから手紙をもらったな」


 首を傾げるシャミナに、ギルドでの一幕を端的に話す。


「げ」


 途端に全力で顔を背けるシャミナ。


「お、どうかした?」


 何か思い当る事でもあるのだろうか?


「いや、なんでもないのだけど……その、手紙にはなんて書いてあったの?」


 目線を俺の顔から逸らしたまま、シャミナが質問してくる。

 はて、なんて書いてあっただろうか……


「確か、一緒に遊ぼうって書いてあったような――」

「え」


 目を丸くし、きょとんとするシャミナ。


「どうした?」

「いいえ、どうもしないわ」


 訝る俺に、シャミナが大げさに頭を振ってなんでもないよと示す。

 どうやら何かを隠しているようだが、本人が言わないなら詮索はしない。

 彼女が言わないのなら、きっと俺が知る必要のないことなのだろう。


 翌朝も、俺はギルドへと向かった。

 ギルド会館に着いた俺は、さっそく依頼を受けようと受付の元へ歩を進める。と、


「リントウよ。私を無視するとはどういうつもりだ?」


 俺を咎める声が耳に届く。反応して足を止めて後ろを振り向くと、


「お、レッシュか。おはよう」


 銀に輝く髪と瞳が目の前にあった。

 色褪せることを知らない、宝石の如き輝きを見せるその相貌。

 つくづく綺麗な顔をした奴だと思う。


「アリスもおはよう」


 銀色の化身たるレッシュの横には、金色の艶やかな髪を弄んでいるアリスの姿。


「ん、おはよう」


 アリスが一瞬だけ目線を俺に合わせて挨拶する。が、すぐに興味なさそうに視線を外した。


「おはようではない! なぜお前は手紙を無碍にしたのだ! 答えろ」


 怒りを隠さず、感情を俺に向かって発散させるレッシュ。


「ああ、ごめん。ちょっと忙しくてさ、レッシュと遊んでいる暇がなかった」


 この友人は、そんなにも俺と遊びたかったのだろうか?


「なぬ! 遊びだと?」


 俺の言葉に反応し、驚くレッシュ。


「ああ。あれはそういう用件の手紙だろう?」


 怒ったり驚いたりと忙しい奴だ。


「違う! なぜ私の口からお前と遊ぼうなどという言葉が出てくるのだ?」


 レッシュの青白い顔がほんのり赤みを帯びる。


「それは俺に聞くなよ。自分のことだろう?」


 興奮し過ぎてよくわからないことを質問しているレッシュを、俺は冷静に宥める。

 間違いを指摘してあげることも友達の役目だ。


「ぐ。――いや、お前のペースに乗せられてたまるか」


 何を言っているのかよく分からないが、レッシュは大きく深呼吸して気を落ち着けようとしている様子。

 友の助言は効果有りだったようだ。


「リントウよ。今から私と一緒に来い。借りを返してもらう」


 気が落ち着いたはずのレッシュが、あらためて俺を遊びへと誘ってくる。


「ごめん、忙しいから今日も無理なんだ。また今度、遊ぼうな」


 またもや友人の誘いを断らなければならないことに、申し訳ないとは思う。

 だが、シャミナが頑張っているのに俺だけがレッシュと遊ぶわけにはいかないのだ。

 だから俺は断腸の思いで俺は断った。  


「貴様という奴は、私を馬鹿にしているのか」


 わなわなと身体を震わせるレッシュ。どうやら俺の謝罪に納得がいっていない様子。

 俺はこの男の、友達と遊びたいという気持ちの強さを見誤っていたらしい。

 たいした執着心だ。 

 ――さて、どうしたものか。


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