優先順位
『今から私の家まで来い、借りを返してもらう』
手紙にはその一文だけ書いてあった。
「む?」
書いてある内容が腑に落ちない。
ここ最近で、レッシュに借りを作った覚えなどないのだが……
「ああ。そういうことか」
だが、そこそこ長くレッシュの友達をやっている俺は、彼が何を言わんとしているのかすぐに合点がいった。
文面から察するに、おそらくレッシュは自分の家に遊びに来いと俺を誘っているのだろう。
わざわざ手紙をしたためるあたりが、照れ屋なあいつらしい。
「どうかしましたか?」
それまで黙って俺の様子を窺っていたナンナさんが問う。
俺の、表情の変化が気になったのだろう。
「いや、たいしたことではありませんでしたよ」
いわば、この手紙は友達からの招待状。
だがしかし、俺はこの招待を受けるわけにはいかない。
シャミナは既に人工遺物を解析し終えた。
彼女の成果に応える為にも、今は遊んでいる場合ではないのだ。
「というわけで、おすすめの依頼を教えて下さい」
故に業腹ではあったが、俺はレッシュの誘いを無視することにした。
――――悪いな、レッシュ。
ナンナさんに斡旋された依頼は商隊の護衛だった。
ヨモスグルムで商品を卸した商人たちの、帰路の安全を確保するのが俺の役割だ。
近頃はこの辺りに野党が出るらしく、ギルドに依頼が入ったらしい。
商人からの依頼は報酬が良いので人気がある。それを俺に回してくれたナンナの信頼に応える為にも、しっかりと依頼を達成させておきたい。
馬車が列を成して街道を走る。
隣の街まで送り届ければ俺の任務は終わりとなる。
「すごい体力ですね」
幌の付いた荷台を引っ張って走る馬と並走する俺に、馬上の卸者が声を掛けてくる。
「そうですか? そちらの馬もなかなかの持久力だと思いますよ?」
周囲の様子を見渡し辺りを警戒する必要がある為、俺は幌の外に出る必要があった。
かといって馬の扱いが上手くない俺は、馬上では馬を御することにどうしても気がいってしまう。
よって、こうして自分の足で走ることが護衛方法として最適なのだ。
鍛錬にもなるし。
「はっは。もしや貴方は脚力で馬と張り合うつもりなのですか?」
卸者がふくよかな顔に笑みを称えて尋ねてくる。
己の身の安全を守る護衛者である、俺の実力が気になるのだろうか?
「ええ。こう見えても俺、馬力はある方なのです」
「あっはっは! これは何とも頼もしい護衛ですな」
俺の主張は卸者に伝わったらしく、彼は愉快そうに呵呵大笑していた。
それにしても何が可笑しいのだろうか?
馬と走るよりも、商人の気持ちを推し量る方が俺にとっては大変だ。
麗らかな日差しに照らされ、俺と馬は順調に目的地へと走り進んでいく。
二時間ほど走ったところで見晴の良い草原を抜けきり、林道へと差し掛かる。
もし野盗が出るならば、身を隠し安いこの辺りだろう。
「ん?」
林道を駆けていると、進行方向の先で小さく何かが動いた気がした。
気になった俺は目を凝らす。間違いない、約一キロメーテル程先に人影を発見。
数は四。囮かもしれないと思い、馬車の周囲にも気を配るが特に人の気配はない。
「待ち伏せされていますね」
手短に現状を報告。
「なんですと! どうしますか?」
卸者は弛んだ頬の肉を引き攣らせる。
「馬車は速度を落としてこのまま進んで下さい。俺はちょっと先行します」
動揺する卸者に告げると、俺は閃いた対応策を行動に移すことにする。
「え?」
俺は驚きの声を背中に受けつつ、走る速度を上げ馬車の前に出る。
さらに加速し全力疾走。四人の野盗めがけて猛突進していく。
「なんだっ⁉」
身を隠しおおせていたと思っていたらしい四人の髭男が目を丸くして驚く。
この時点で相手の力量を察知。申し訳ないが取るに足らない相手だと判断。
「なんだてめ――」
「馬車が来るまで時間が無いから手早くいかせてもらうよ」
髭男の言葉を遮りこちらの用件を述べる。
同時に制圧行動も開始。
髭男たちの首の後ろに手刀を叩き込む。その数、きっちり四回。
昏倒した髭男たちを、取り出した縄で手近な木にぐるぐる縛り付けておく。
「ふう、なんとか間に合ったか」
少し先を行かれてしまったが、特に問題なく馬車に合流出来た。
「どうも、お待たせしました」
口をあんぐりと開けて固まっている卸者に声を掛ける。
「いやはや、すごいですね。同じ人間とは思えない動きでしたよ。お見事です」
話し掛けられ、我に返った様子の卸者が、今度は興奮した面持ちとなった。
「言ったでしょう? 俺、けっこう馬力はあるほうだって」
自分の働きを評価してくれた雇い主に俺は笑顔で応える。
「はは、心強いお人だ。貴方が護衛に付いてくれて幸運でしたよ」
眉を下げ、にっこりとほほ笑み返す卸者。
俺の方も、貴方のような護衛料にいとめをつけない太っ腹な雇い主で幸運でしたよ。と、返しそうになったが、止めておいた。
沈黙は金なり、というシャミナの助言を思い出したからだ。
その後は特に何も起こらず、昼過ぎには目的地のサンミールに到着することが出来た。
「ありがとう、リントウ君。また会おう」
恰幅の良い卸者が馬から降り、握手を求めてきた。
「ありがとうございます」
俺は手を差出し短く挨拶をかわす。
依頼書に一筆を貰ったところで任務完了となる。あとはギルドに報告して報酬をもらえばよい。
「では、お達者で」
用を済ませた俺は、商隊に背中を向け、来た路を戻る。
行きは荷馬車の速度に合わせなければならなかったが、帰りは誰にも気を遣わなくてよい。
「よし」
歩きから早足、駆け足へと徐々に速度をあげていく。
鍛錬をかねて、持てる力の限り疾駆し、ヨモスグルムを目指す。
日々動き回る冒険者にとって、第一に必要なのは体力だ。
足を前へと踏み出し、力強く大地を蹴る。この繰り返しを可能な限り速くする。
俺は早く街へ戻る為に、全速力で走り続ける。
鍛錬は厳しいほどに効果があると信じているからだ。
そしてなによりも――――――きっとシャミナが腹を空かせて待っている!
果敢に走った結果、夕日が沈んで夜の帳が降り始めた頃に、街へ戻ることが出来た。
「お疲れ様でした」
「ああ」
家に帰る前に、ギルドによって依頼の報告をしておく。
明日には報酬を用意するそうだ。
その額十五万ゴルほど。
一日の護衛料としては破格の値段だが、三人分を俺一人がこなしたと換算するとそうでもないらしい。
とはいえ大金なことには変わりない。ありがたく頂戴しておこう。
「おかえりなさい、リントウ」
人もまばらになった通りを歩き家に到着。
最初に出迎えてくれたのは相棒の笑顔だった。
「ただいま。シャミナ」
彼女の顔を目にし、家に戻ったという実感が沸きあがり、ふと安堵の息が漏れる。
俺は冒険が好きだが、だからといって家が嫌いというわけでもないらしい。




