第17話:午後8時のシンデレラなのっ!
オータク国では、四天王のユーフィが体調不良によりお休みするということが発表されて以来ユーフィちゃん不足に苦しんでいたが、今日は皆、生き生きとしていた。
それもそのはず、ついに『ユーフィちゃん水着ポスター』が発売されたのである。
ユーフィちゃん成分が不足するこのタイミングで出してくるとは、さすが有能マネージャーだぜとファンたちは大変感心した。開店前から並んでようやく手に入れられた者や、出遅れて入手できずに嘆き悲しむ者など、大盛り上がりであった。
そして、ここにも購入できたことで感極まったのか、うずくまっている男が一人――。
「そんな……。嘘だ、まさか彼女が――」
この男こそ、リアージュ王国の勇者ドウティーである。
彼は大賢者から貰った認識疎外の仮面をつけ、四天王の姿を確認するために潜入作戦を続けていた。そして、ついに最後の四天王ユーフィ・タンのポスターが発売されると耳にしたので、早朝から並んでいたのだ。
そこに写っていた少女は、敵であるはずの自分をその身を顧みず助けてくれたあの少女だったのである。
「おいおいロリコ――、仮面の兄ちゃん喜びすぎだろ。まあ気持ちはわかるけどな。よかったなやっと買えてよ」
同じくポスターを買いに来ていた魔族の男がドウティーに親しげに話しかける。
ドウティーとしては、未知の四天王ユーフィ・タンの姿を知るためポスターを探し求めていただけなのだが、四天王のファンたちからは、ユーフィたんの水着ポスターを必死に探し求めている変な仮面をつけた謎の男――通称『ロリコン仮面』――として知れ渡っていた。
「早く帰って、報告しないと――」
ドウティーは、一刻も早く王城へ戻るために走り出した――。
ドウティーが、ねんがんのポスターをてにいれたぞ! からの王国へ猛烈ダッシュ帰還している頃、王城ではクラリス姫の誕生日パーティが華やかに執り行われていた。
会場の大ホールでは王族や貴族などが食事や踊りを楽しみ、城のメイドたちも休む間もなく働いている。
そんな中、会場や厨房ではなく、お城の裏口へと向かう通路をこそこそと歩いている一人のメイドがいた。
「よしっ! 今なら抜け出せそうですね!」
王様やその他お偉いさんたちのお話も終わり、会場では飲めや踊れやと盛り上がっている最中だ。今なら見つかることなく外に出られそうだとユーフィは城からの脱出を試みていた。
クラリス姫に、パーティへの出席を望まれていたことは、かなり心残りではあるのだが、敵国同士ということを考えると本来はあまり関わらない方がいいのだ。もう大分手遅れな気もするが……。
ユーフィはクールに去るぜ――、と後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように走り出す。
「どこへ行かれるのです?」
「ひゃいっ!?」
クールに去ろうとしていたところへ後ろから突然声を掛けられ、ユーフィは大層驚いた。
恐る恐る声がした方へ振り返ると、そこにいたのは執事長であった。
「こ、こんばんは執事長さん。あ、あのっ! パーティでお出しする料理の材料が足りなくなりそうなので、買い出しを――、と思いまして……えへへ」
いきなり声をかけられてびっくりしたが、こんなこともあろうかと用意していた理由を告げた。面接で、聞かれると思ってしっかり答えを用意していた質問が来た時の、してやったり感。
頭脳戦に読み勝ったユーフィは心の中で「計画通り!」と邪悪な笑みを浮かべた。新世界の神にでもなれそうだ。
「ふむ……。おかしいですね。メイド長がそんなミスをするとも思えませんし、厨房からもそのような報告は受けていませんが……」
「あ、あれ~? おかしいですね~」
ユーフィは、「あ、これはダメかも知れない」と思い始めた。この執事長、隙がなさすぎる!
――もうあと少しだし、いっそ強行突破してみるか? いや、こういう渋い執事キャラは強いに決まってる。糸とか使いそう。あと絶対、懐中時計持ってる。
脳内シミュレートの結果、力押しもダメそうで万策尽きたユーフィが「むむむ……」とうなり始めたのを見ながら執事長が口を開いた――。
「――あなたがここに来て一週間がたちましたか」
「……? はい、そうですね」
問答無用で連れ戻されるかと思いきや、何やら会話パートに入ったようだ。お説教でもされるのかな、とユーフィは身構えた。
「あなたが来てから姫様は毎日がとても楽しそうでした。あまり乗り気ではなかった今夜のパーティに対しても、あなたにダンスを教えることで前向きに取り組めるようになりました」
「そ、そうですか……」
予想外に褒められてしまった。
先日、主から無能メイド扱いをうけたユーフィだが、やっぱりわかる人にはわかっちゃうか、と得意気になった。
別に執事長は仕事ぶりを褒めたわけではないので残念ながら無能メイドのままである。
「きっと、今もあなたが来てくれるのを心待ちにされていると思いますよ」
「うっ……」
痛いところを突かれて言葉に詰まった。
「最後までとは言いません。姫様のために、少しだけでも出ていただけませんか」
救出組との予定時刻まで、まだ少し余裕がある。たしかに少しくらいパーティに出ることはできるのだ――。
もちろん、寄り道せずにさっさと脱出した方がいいに決まってる。きっとそれが一番賢い選択だ。多少予定より早いとはいっても、救出組はもう周辺には待機しているだろう。
ただ、この一週間のクラリス姫と過ごした思い出が頭をよぎり、パーティに出なかったら悲しませてしまうだろうなと思ってしまったから――。
ちょっと顔を見せて抜け出せば大丈夫なはず――、とユーフィは覚悟を決めた。
「――わかりました。少しだけ……。えっと、買い出しに行かないとなので」
「ありがとうございます。それでは――、着替える必要がありますね」
「へ?」
執事長はそう言うと指をパチンと鳴らした。
同時にどこからともなく現れたメイドたちがユーフィを取り囲む。
「姫様のお相手として相応しい恰好でなければいけませんので。メイド隊、後はよろしくお願いします」
「「「「「「おまかせください!」」」」」」
「ちょ、待っ――」
メイドたちに捕まって更衣室に拉致されたユーフィは、あれよあれよという間にすっぽんぽんにされ、ドレスに着替えさせられてしまった。実に10秒の早業であった。魔法かな?
そのままわっせわっせとメイドたちに担がれたユーフィは、気がつくとパーティホールへ続く大扉の前に立っていた。
――うわぁ。この扉、豪華で重そうだし、開くとき結構音がしそう。途中で入っていくのめっちゃ嫌なんだけど……。今なら音楽が演奏されてるし、そこまで目立ちそうにないのが救いか……?
途中参加という事実を前に、ユーフィの陰キャ思考が炸裂した。
このまま回れ右したくなってきたが、さすがにそういうわけにもいかないので、扉が開くのを待った――。
――待ったのだが、困ったことに扉を開けてくれない。
扉の前には、扉を開ける係兼ガードマンとして城の兵士がスタンバイしているのだが、仕事を忘れたのかユーフィを見つめたまま、ぽけ~っとしている。ただのカカシですな。だらしない兵士ですまない……。
そんな間に、会場から漏れ聞こえてくる音楽が終わりそうになってきた。こう、いかにも曲の終わりって感じのジャーンって音を伸ばすところに入っている。
「あ、あの~……」
これはマズい。せっかくの『音楽が演奏されている間にこっそり入ろう作戦』が台無しになってしまう、とユーフィは動かない兵士に声をかけた。
「天使だ……」
「いえ、違いますが」
「――っ! し、失礼しました! どうぞお楽しみください!」
よくわからないことを言ったあげく、ようやく我に返ったらしい兵士が、丁度演奏が終わったタイミングで会場への扉を開けた――。
静かになっていた会場に扉の開閉音が響き、パーティの参加者たちが入ってきたユーフィに目を向ける。皆、その可憐な姿に目を奪われ動きを止めた。
ユーフィを少し遠巻きに見つめながら、「あれって天使様?」「妖精なの」「精霊様でしょ」など好き勝手に囁きあっている。四天王ですよ。
ユーフィのあまりの美しさに声をかけることも憚られ、誰も近づいていかないため、ぼっち状態のユーフィを皆が注目しながら囁きあうという状態になっていた。いじめかな?
そんなユーフィのもとへ、クラリス姫が近づいていき手を差し伸べた――。
「私と踊っていただけますか? お嬢さん」
「ひゃ、ひゃい……」
会場の雰囲気と、クラリス姫のイケメンムーブにのまれたユーフィはおずおずとクラリス姫の手を取った。
知り合いが来てくれた安堵から、思わずへにゃへにゃと力なくクラリス姫に笑いかけるユーフィ。それを近くで見てしまった貴族は尊さで死んだ。
姫にリードされながらホールの中心へと移動すると、やがて演奏が始まった。音楽に合わせて二人は静かに踊りだす――。
すっかり緊張してしまったユーフィは、足を踏まないように、ステップを間違えないように、と下を向いて必死に動いていた。
そんな様子を微笑ましく見つめながら、クラリス姫は自分の大切なパートナーの名を呼んだ。
「ねえ、ユーフィ」
「はい。――えっ」
教えていた偽名ではなく、本名で呼ばれたことに気づき思わずユーフィは顔を上げる。
クラリス姫と目が合うが、そこには敵意や驚きといった様子はなく、穏やかに慈しむように見つめていた。
「えっと、えっ? あの、姫様は、気づいて――?」
「馬鹿ねえ……。バレバレよ」
正体がバレていたことに慌てているユーフィを見て、クラリス姫はくすくす笑っている。
そんなクラリス姫の様子を見ていると、バレないよう必死に取り繕っていたことがおかしくなってきて「バレバレでしたかー……」とユーフィも笑った。
互いを見つめて微笑み合いながら踊る二人の美少女――。広いホールは、もはやこの二人だけの舞台と化し、ほかの参加者たちはこの光景を目に焼き付けようと一心に見つめていた。
「……もう、行っちゃうの?」
ぽつり、とクラリス姫が泣きそうな笑顔で問いかけた。
「……はい」
そんな顔を見ていられなくて、ユーフィは目を伏せて答える。
俯いたユーフィのおでこにコツン、とクラリス姫が自分のおでこをくっつけてきた。お互いの体温を感じながらしばらく黙っていると、なんだか世界中に自分たち二人だけのように思えてくる。
「このままフィーとして、私とここで暮らしてもいいのよ?」
「それは……」
お互い、それは叶わないことだとわかっている。
それでも、そんな生活も楽しいかもしれないな――、とユーフィは少し想像してしまい、答えに詰まった。
そのとき、8時を告げる鐘の音が城に響き渡った。
「――っ! ごめんなさい……。ボク、もう行かないと」
「そっか。まだ12時じゃないのに、もう魔法が解けちゃうみたいね」
鐘の音にハッとしたユーフィは時間のことを思い出した。8時に救出組と合流するように抜け出す予定だったはずだ。完全に遅刻である。
ちびっこシンデレラの門限は12時ではなく8時だった。
「ボク、ここでのこと忘れません。姫様も、どうかお元気で――」
クラリス姫に向けて、最後となる別れの言葉を口にする。
しかし、その言葉を聞いたクラリス姫は不思議そうに首をかしげた。
「何言ってるの! あなたは私の専属メイド兼伴侶なんだから絶対迎えに行くからね!」
「……ん~?」
専属メイドの後に、就任した記憶のない役職がくっついていたような気がして、今度はユーフィは首をかしげた。
「前に話したでしょ。一応、この舞踏会には婚約者としてふさわしい人を探すっていう面もあるって。周りの様子を見てみなさい。皆、あなた以上に私にふさわしい人はいないって思ってるみたいよ」
そう言われてユーフィが周りの様子を見てみると、会場の人たちは皆、目を輝かせて踊る二人を見つめていた。
口々に、「素晴らしいですわ!」とか「キマシタワー!」とか、おそらく姫と踊ったであろうキザっぽい貴族は「フッ、僕の完敗だよ……」とか言っている。勝手に敗北しないでほしい。
お偉いさん席に座っていた初老の男性なんて、立ち上がって涙を流しながら「ブラボー! おお……ブラボー!」と騒いでいた。
「い、いやボクたち一応女同士ですけど、大丈夫なんですか?」
「あら、オータクってお堅いのね。こっちじゃ全然ありよ」
ありだったかー。
曲が終わって二人が踊り終わると、もう周りはみんなお祭り騒ぎであった。スポーツチームが優勝したときのようにシャンパンを掛け合ったりしている。どっから持ってきた。川があったら橋から飛び込んでそうな勢いだ。
こいつらノリよすぎだろ、お城で何やってんだ――、とユーフィはジト目で眺めていた。
「ほら、いまのうちに早く行きなさい」
クラリス姫が、呆けているユーフィを軽く押して促す。
二人のつないでいた手が離れた――。
「あ、あのっ、姫様! ありがとうございました!」
「ふふっ。またね――」
ユーフィはどんちゃん騒ぎの会場から抜け出すと、お城の裏口へと駆けていった――。
ユーフィが去ったあと、クラリス姫の周りには貴族や経営者たちが集まり、「ウエディングドレスの仕立てはぜひ私どもに――!」とか「お二人に似合いの宝石を――!」とか売り込み合戦が始まっていた。
国王がそんな娘の様子を「まあ、本人がまんざらでもなさそうじゃし、いっか」と複雑な心境で眺めていると、兵士が一人やって来てひざまずいた。
「ご報告いたします。勇者様が戻られました。国王陛下とマジーメ様に至急、お伝えしたいことがあるとのことです」
「――ふむ、何やら一大事のようじゃの。ほれ、行くぞマジーメよ」
「え? ああ、はいはい。なんですかな?」
国王は、自分の隣で大興奮して『百合の花が咲き乱れる魔法』でホールを飾り付け始めていたマジーメのローブを引っ掴むと会場の外へと移動した――。
「勇者よ、無事で何よりじゃ」
「ありがとうございます」
「さて、至急知らせたいこととは、一体何があったのじゃ?」
潜入任務に就いていた勇者の労をねぎらうと、早速本題に入る。
「ユーフィ・タンのポスターを入手したのですが……」
「なんと! でかしたぞ勇者よ!」
ついに謎に包まれていた最後の四天王の姿が明らかになるときが来た、と国王とマジーメは喜んだ。
一方で、なぜか勇者の表情や言葉に覇気がない。まさか、予想に反して最後の四天王の姿はむさ苦しいおっさんだったのか? 一抹の不安を抱きながら、国王は勇者からポスターを受け取った。
「どれどれ……」
国王がくるくると丸まっていたポスターを広げ、それを横からマジーメが覗き込む。
傍から見れば、二人のおっさんが肩を寄せ合って美少女の水着ポスターを食い入るように見ているという何とも言えない絵面であった。
「むっ! ふむぅ……。さすがのかわいさといったところじゃの。先ほどクラリスと踊っておった娘と同じくらいかわいいのぉ!」
「エッッッ! ふぅ……。そうですな。敵ながら天晴れ。というかさっき、姫様と踊ってた子ですなこれ」
「……」
「……」
さっきまで踊ってた子が四人目の四天王じゃん、と気づいた二人は目を合わせて固まった。
「――つ、捕まえるのじゃ~!!」
我に返った国王の号令が、城に響き渡った――。




